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【番外編】

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」にて

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「……はァ……」

アタシは現在いま、軽い放心状態だ。
あまりにも、良い仏像ものを拝見させて頂けて。


※ ※ ※


待ちに待った、世紀の特別展「運慶」。
 興福寺の中金堂再建記念に開催された今回の特別展は、全国各地に在る運慶作の仏像群の中から国宝級の“ぶつ”を一気に見せて頂ける夢のような好機チャンスだ。アタシは無職なのを良い事に、九月の開始早々に拝見させて頂いて、おおきな衝撃を受けた。
あまりに素晴らしい仏像群の数々に。
アタシは思った。
 『ここで、生活出来る!』
と。

 数週間を掛けてルーヴル美術館を観て回るのが老後の夢だが。
この展覧会は、とても一回じゃ物足りない! 何度でも通いつめたいっ!!

さすがに運慶は日本人に人気があって、あの興福寺の【阿修羅像スーパー・スター】はやって来ないが、連日大人気で土日・祝日は入場規制になる程であった。お気持ちは良く理解りますよ、皆さま!!

約束通りに優里ちゃんともやって来た。
 秋雨も何のその、朝から午前中一杯堪能した。アタシも優里ちゃんも感涙ものだ。特設ミュージアムショップで散財したその後は、喫茶店でぶつ談義で大盛り上がりだ。貴志さんとも来た。勿論、デート半分だ(照)。いや、そっちが目的になってしまったかも知れない(赤面)。

そうして、アタシはまたまたやって来てしまった。
 十月も来たかったのだが、由美センセとの合同結婚式があって展覧会それどころではなかったのだ。貴志さんのお誕生日を無事にお祝い出来た後に、『最後に、もう一回だけ。』と自分に言い訳して。冒頭の場面シーンへと戻るのである。


※ ※ ※


チケットを購入すると、国立博物館本館の左側の「平成館」へとまっしぐらだ。
この時期になっても、入場者が途絶える事はない。大きなポスターを背景バックに写真を撮ってらっしゃる方々のお気持ちは、良く理解る。アタシはブログアップ用に撮っただけだったけどね(苦笑)。
 入館するとチケットのもぎりのオネーサマがいらっしゃて、にっこりと笑顔で送り出して下さる。「ゆっくり、楽しんでらして下さいね」と。アタシは勿論、「ありがとうございます!」と初めてのような澄ました表情かおして、笑顔で答える。エスカレーターで二階へ上がると、第一展示室へと誘導されるが、先ず一番のトップバッターは運慶のデビュー作品だ。


【大日如来坐像】

 円成寺の御本尊である、このお像はアタシはなかなか御縁を頂く事が出来なかった。御寺に詣でる事なくお像のみを拝見させて頂くと、何だかズルをしたような心地になるが。今回の展覧会は、『展示品を陳列』と云う感じがまるでない。『御寺に拝観』と云う、敬虔な感じさえ与えてくれる。
 大日如来の智拳印を結んだ威厳に満ちたお像は、とてもデビュー作には思えない。アタシはかつて、サン・ピエトロ大聖堂で観たミケランジェロの鮮烈なデビュー作【ピエタ】を思い出す。大理石の静謐な聖母子像は、キリスト教に懐疑的なアタシをさえ跪かせる崇高さが在った。このお像も、そうだ。密教宇宙せかい最高神グレート・サムシングを二十代で創り出してしまう、その早熟な天賦の才に感嘆する他はない。


 【毘沙門天立像】

 四天王のお一人なのだから、憤怒の表情は当然なのだが。
この奈良の中川寺の毘沙門天の容赦のなさは、例えようもない。仏法の守護神なのだから当然なのだが、『邪鬼さんから、どいてあげて下さい!!』と懇願して、すがりつきたくなってしまう非情さは一片の情けの欠片もない。
 対して。


 【不動明王立像】

 神奈川県の浄楽寺のお像で、仏像これも一度拝観してみたいと思っていたお像だ。アタシは仏像は、しゃがんで下からお見上げする事にしてるのだが。憤怒の相をしていながらも、こんなに静謐な不動明王は初めてだった。ヒンドゥーの神鳥ガルーダ・迦楼羅の炎を纏いながらの、この神秘的な静かさは、一体何なのであろうか? まるで、菩薩の表情それだ。同じ憤怒の表情をとってはいても、四天王などの戦闘神とは違って、大日如来の教化の為の化身ゆえの御姿だからであろうか。確かな慈悲の精神こころを感じさせる運慶の造形に畏敬の念を覚えずにはいられない。アタシは長い間、そこから動く事が出来なかったのだった。


 【毘沙門天立像】

 願成就院の、あまりにも有名な国宝だ。
やはり、長い間の憧れのお像だった。先ほど観た毘沙門天立像とは、まるで違う。
 特に憤怒の表情はない。けれども、仏の法を護らんとする強固な意志と威厳が、その肉感的なお像からは確かに感じられるのだ。『誰かに、似てるんだよねぇ~』と云う呟きが毎回のように周囲の方々から聞こえたのには、苦笑いを隠すのに苦労してしまった。


 【聖観音菩薩立像】

 瀧山寺のお像で、アタシは以前御縁を頂いた事があるのだが。
 何故だろう、一際、精神こころに染み入る気がするのは。
あの浅草寺の御本尊が、この聖観世音菩薩さまだからであろうか?
 色鮮やかで華やかなのだが、宝冠や光背も仏像それに負けていない。相乗効果で、ただ一体のみで極楽浄土を、アタシたちに体感せて下さる素晴らしいお像なのだ。


 【矜羯羅童子立像】

 今回は高野山の金剛峯寺の不動堂の八大童子の、運慶作とされる六体のお像が出張なされる事が目玉となっているが。このお像も、二度目の御縁だ。八大童子は不動明王の眷属であるが、アタシはこの童子が特にお気に入りだ。他のお像も個性的で魅力的なのだが、この矜羯羅童子は穏やかな表情とただ無心な不動明王への信頼が表れている気がするのだ。特に下からお見上げすると、その印象は益々強まる。浄瑠璃寺の矜羯羅童子と違って、まるで現実リアルの少年のようだが、受ける印象が同じなのが何だか嬉しい。


 【無著菩薩立像】

 興福寺の北円堂の弥勒如来の脇侍で秘仏で国宝である。
やはり以前上野に出張されてらっしゃった事があって、二度目の御縁なのだが。
 今回の運慶展で、一番衝撃を受けたお像なのである。
 九月に真っ先に押し掛けた時。このお像の前に立って、何の感情も感動も湧き上がって来ない事に愕然としたのだが。下からお見上げした瞬間とき。その啓示インスピレーションは、閃光フラッシュのようにアタシの脳を刺し貫いた。このお像は。
 「『くう』である」
と。


 般若心経で言う、「色即是空、空即是色」を体現しているお像なのである、と。



―――ああ。

 大仏師・運慶は最晩年に遂に、この境地にまで到達する事が出来たのか―――



アタシはいつしか、涙を流していた。
 仏の形をした真理の光の前に佇んで。
しばらく動く事が出来ないでいたのだったが。
この日もこのお像の前で合掌し涙して、しばらく動く事が出来ずにいたのだった。




【天燈鬼立像】

ようやく涙がおさまったら、やはりこのかたにご挨拶を忘れてはならない。
 左側には相方の【龍燈鬼】さんがおいでだが、アタシは誰が何と言おうと【天燈鬼】推進・擁護派なのだ♪
今回の運慶展のマスコットキャラクターのように扱われているから、ここも人気のコーナーだ。多くの人々がおいでになって、中には外国の方もおいでになって、ちょっち不安になってしまった。何故ならば、特設ミュージアムショップで売られていたトートバッグに『Standing Demons』と書かれていたからである。
アタシは声を大にして主張したい。
 『「悪魔DEMON」じゃないのよ!
  改心した「ONI」で、「天部top part」にも等しい存在なのよ!! 』と。
 仏燈籠を灯すお役目を頂戴しているのだから、アタシの主張は正しいと思うのだ。
 天燈鬼は阿形で龍燈鬼は吽形なのだから、仏法を守護する金剛力士像にも通じるとすら思う。
アタシのブログではフォントを倍にした太字で訴えているから、日本のアタシの読者様には通じていると思うが。異国の皆様はどうであろうか? こー云う時は、貴志さんの「ブログを英訳して、海外に発信してみては?」との誘いに乗りたくなってしまう。
そうでなければ、『オレは仏様からお役目を頂戴して、ここで頑張っているんだァ~!!』と、己の持ちうる力の限りで仏燈籠を灯してらっしゃる天燈鬼さんがあまりにも哀れでお気の毒である(涙)。


※ ※ ※


そうして、現在いま
アタシは【椿屋珈琲店 上野茶廊】に来ているのだ。
 精神こころの保養と栄養補給をして、素敵な仏像群が醸し出す余韻に浸っているのだ。馥郁たる芳香を放つ美味な珈琲と、秋の王者の風格を放つおおきな栗さんが鎮座しているマロンショコラケーキを前にして。

遂にイヤホンガイドは使わなかった。
 自慢する訳ではないが、その手の本はかなり読んでいるし。最新情報もネットなどで入手済である。ミュージアムショップは、華麗にスルーだ。一番最初に来た時には勢いのままに、優里ちゃんと来た時もそれなりに買ってしまったから。それにしても、興福寺さんは商売上手である。マスコットキャラクターのお菓子は序の口で、お香などはハッキリ言ってやり方が上手すぎるあざとい。あんなに知恵がまわるのなら、まだ復興支援を必要としている各地への募金などを募ったりして欲しいものである。まあ、思惑が理解っていながらも、それに乗ってしまうアタシたちも悪いんだけどネ(苦笑)。



それにしても、『運慶仏』は格別であった。
 独身時代には感じる事のなかった感覚を体感する事が出来た。

 仏師・運慶は、仏教で言う『末法』と呼ばれた乱世の時代を生きた人間ひとである。南都復興に力を尽くすが、興福寺の再興事業への参加や東大寺の仁王像はその顕著な例であろう。一切の妥協を許さない、その真摯な姿勢は正に「大仏師」の称号に相応しいと言えよう。運慶の造る仏像には、“祈り”があり、観る人の心に訴える何か・・があるのだ。それ故に時代や世代を超え、人々に愛され続けているのであろう。
ただ、アタシ的には、広目天像や毘沙門天像の下の邪鬼さんにまでは神経がゆき届いてないように見えて、些か残念である(苦笑)。ああ、誤解なきようにお願いしたいのだが、邪鬼さんの造形に文句がある訳ではない。他の仏師が造る『姐さん、助けておくんなさ~い!』とか『しょーがねーなァ、オレっちが支えてやるゼ。』みたいな邪鬼さんの囁きが聴こえて来ないから、ちょっとだけ寂しいのである。
ないものねだりで、申し訳ございません(ココロの中の土下座)。

それにしても。
 仏像を観て涙したのは、久し振りである。
 般若心経はソラで言える程だし、解説書だって飽きる程読んだ。
あの澤木さんのお申し出を受けるか否かを決める為に悩んだ時に。
ただ、あのように感じたのは初めてであり、今日やっと腑に落ちたように思うのだ。これも、貴志さんと【結魂】して、アタシの精神こころが満たされているからであろうか(照)。



いずれにしても。
 平安の天皇や貴族の時代から、武士もののふが台頭してきた鎌倉時代を駆け抜けた、一人の天才仏師の魂に触れる事が出来る、素晴らしい展覧会であった。このように仏像を魅せて頂けるのは、本当に嬉しく有り難い。

アタシは季節のケーキを味わい、珈琲の最後の一口を含むと席を立ったのだった。




 貴志さんの誕生日をお祝いする心算が、自分が結婚記念日を祝福して頂くかのような凄まじい体験をする事になるのは、また別のお話である。








 FIN


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