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三年目の新婚クライシス

No,245 仏友シスターズ in 西大寺展

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「うわァ~、いよいよでドキドキします!」
「気持ちは良く理解るよ、私も最初はそうだったから!」
「う~、真唯さん、二回目なんてズルいッ!!」
「フォーフォッフォッ!!」
「出た! 真唯さんの喪黒笑い!!」
優里ちゃんのお休みの日に、アタシはお江戸、日本橋に来ていた。
三越や有名外資ホテルがありセレブなイメージがあるが、アタシたちの目的はお買い物などではない。アタシたちは、由緒正しい“仏友シスターズ”なのだ。その目的と言ったら仏像しかないではないか。何を隠そう待ちに待った「奈良 西大寺展」にようやく二人で来れたのだ。実を言えば、アタシは展覧会開始早々既に見に来ている。一人でどっぷり浸りたかったのだ。そして今日は二回目だが、浄瑠璃寺の吉祥天がいらしたら、貴志さんと是非来たいと思ってる。では、いざ鎌倉! ならぬ、奈良は西大寺展!!



※ ※ ※



今回の展覧会は、西大寺の創建千二百五十年を記念して開催された。
西大寺とは奈良の代名詞である大仏を建立した聖武天皇と光明皇后の娘である孝謙天皇、後に重祚なさって称徳天皇となられた女帝が建立された真言律宗の総本山である。とにかく世情が不安定な時代であり、西大寺は一時は『南都七大寺』として隆盛を誇るものの自然災害や戦乱により御堂が焼失、次第に衰退してゆき。あの東大寺と並ぶ大伽藍であった往時を偲ばせるものは礎石と僅かに奇跡的に残った宝物の数々だ。今回はその御宝を大々的に公開すると云うので大いに期待していたのだ。

今回の展覧会が開催された三井記念美術館は、建物自体がかなりクラシカルな年代物である。一階のエントランスホールではしゃいでたアタシと優里ちゃんだが、エレベーターに乗り美術館の入り口に近付くにつれ自然と静かに無口になってゆく。受付でチケットを購入して中に入れば、館内の雰囲気に一瞬気圧される気がする。さすがは旧財閥の私立美術館だ。公立の美術館や博物館とはひと味違う。最初に挨拶文が掲載されてるが、『能書きは良いから、御宝を早く拝ませろ!』とばかりに華麗にスルー(笑)。法具や仏舎利などにも興味はナッシング。目指すは仏像が鎮座まします展示室である。そこでそれを見た瞬間、優里ちゃんが小声でアタシに囁いた。
「…真唯さんに始めに注意されてて、ホントに良かったです…」
「…でしょ…」
「…じゃあ、ここからは、自由行動って事で…」
「…OK…じゃあ、二時間後にここで…」
そう言ってアタシたちは一時散開した。


アタシはお目当ての“ぶつ”を視界の隅に捉えつつ、順路通りに丁寧に見てゆく。【金光明最勝王経】の巻物や、それが納められてた蒔絵の箱。当展覧会HPの最初のTOPにあった【塔本四仏坐像】の内の二体【阿弥陀如来坐像】と【釈迦如来坐像】。阿弥陀さまは優しいお顔をされてて、お釈迦さまは些か厳しい顔つきである。アタシはこう云う展覧会に来ると正面から拝した後、必ずしゃがんでお見上げする事にしてる。“仏像”は本来御寺の御堂の中に安置されていて、衆生ひとがお見上げする事を前提に仏師は造っている筈だから。こうしてお見上げしていると、在りし日の人々のざわめきさえ聴こえる気がする。【十二天像】と云う絵画の【帝釈天像】と【火天かてん像】があった。“火天”と云うと“緋天”と脳内変換されて、ついつい愛する旦那さまを思い出してしまうのは、アタシだけの秘密だ(照)。【如意輪観音半跏像】。お恥ずかしい話しだが、アタシは最初は“如意輪”と云う輪を持物とする観音さまだと思い込んでいた。後に文献で如意宝珠と法輪と知り、(先入観ってコワイわ~★)と冷や汗をかいたものだ。法輪とはインドの武器が転じたものとも、戦車の車輪との説もあるが。要は煩悩を破壊する仏法の象徴である。

【興正菩薩坐像】
鎌倉時代の僧侶・叡尊の謚号であり、西大寺の中興の祖である。
今回の展覧会はサブタイトルに『叡尊と一門の名宝』と謳っている通り、荒廃した西大寺を復興させた重要な人物だ。八十歳時の寿像で、弟子たちの熱意によって仏師・善春によって造らせた物らしい。濃く太い眉の下から炯炯たるまなこがのぞいているが、良く良く見れば深い慈愛を感じる。それもその筈で彼は差別と貧困・孤独に苦しむ人々の救済に立ち上がり、様々な社会事業に尽力した清貧を好む人格者であった。彼の救済活動は一般の民草に止まらずに、非人・貧民・らい病患者・囚人にまで及んだのだ。この頃の西大寺の経済は昔の寺領や荘園に依存したものではなく、地方の武士や農民が叡尊に寄進した田畑の集積らしい。時の権力者の寄進を断る無欲で高潔な彼は生前から“生身しょうじんの釈迦”と称され人々に尊敬され、慕われていたのだ。また求道の功績も忘れてはならないだろう。『真言律宗』とは、彼が興したに等しいのだから。

【愛染明王坐像】
前回は『これが見たかったのよ!!』とかぶりついたものだが、今回もかぶりつく(笑)。愛染堂の御本尊であり秘仏でもある為、アタシは今まで御縁がなかったのだ。こうして眼に出来るとは何たる光栄な事であろうか!! 仏師・善円が叡尊の意を受けて造ったものだが、極めて保存状態が素晴らしい。愛染明王は愛欲や煩悩を否定しない。人間の本能を肯定して、現世利益をもたらす有り難い仏さまなのだ。六本の腕があり六つの持物をお持ちだが、アタシは矢に強くココロ魅かれた。矢尻の先がこちらを向いており、まるでアタシを狙っているかのような錯覚に陥るのだ。その瞬間ときアタシの脳裏に浮かんだのは、バロックの巨匠・ベルニーニの有名な彫刻【聖テレジアの法悦】であった。天使が聖テレジアを刺し貫いたように、あの愛染明王がお持ちの弓矢で射られたら……と、ゾクゾクするような快感(?)に襲われてしまった。
そして。

【文殊菩薩坐像】
前回初めて見た瞬間とき、『詐欺だ! 責任者、出て来い!!』と危うく怒鳴り非難しそうになってしまった。アタシが知るお像とはあまりにもかけ離れていたからである。だって本来は【文殊菩薩騎獅・・像】なのよ! 【文殊菩薩渡海図群像・・・・・】なのよ!! それなのに★ あまりと云えばあまりの仕打ちである!! 主催者のあまりのなさりようにスーハースーハーと深呼吸をして心を落ち着かせ。ドウドウと“アタシ”と云う暴れ馬を何とか宥めた。いかってもどうにもならないのだ。ならば、ここにあらっしゃる“仏”を楽しむしかないではないか、と。良く良く考えればいつもは獅子の上に座してらっしゃる菩薩さまなので、こうしてじっくり間近に眺める事など最初で最後かも知れないと。いつもは西大寺本堂で座してお見上げするお像を、初めて視線を合わせてじっくり舐め舐るように拝見させて頂く。華麗にして豪奢な宝冠や瓔珞も素晴らしいのだが、アタシが何よりココロ魅かれるのは、そのお容貌かおである。端正な容貌をなさってらっしゃるが、慈悲深く見える時もあり。またある時は、酷く厳しく見える時もある。叡尊はこの文殊菩薩に深く帰依して、各地で文殊供養と非人布施を行ったが、この文殊菩薩像はそれを象徴するに相応しいお像である。しつこいようだが、本来このお像は先導役の善財童子、獅子の手綱を握る優填王、仏陀波利、最勝老人を従える文殊五尊像だ。今回は【善財童子】と【最勝老人】の立像がご一緒である。「華厳経」では善財童子を仏法求道の旅へ誘う重要な役割を文殊菩薩は担っている為か、この童子像の無垢な瞳は菩薩への信頼と尊敬と憧憬に満ちている。ただ、この文殊菩薩坐像が東京ここにあると云う事は、現在いまの西大寺には獅子の上に蓮華座と光背のみの何ともおマヌケな構図が出現してるかと思うと、今の時期に西大寺にいらっしゃる観光客の皆さまには気の毒の一語に尽きる。

【地蔵菩薩立像】
西大寺の奥の院の御本尊だが、正直言って文殊菩薩像を見た後だと些か見劣りして見える。室町時代のお像と知って、やはり鎌倉時代の方が傑作が多いと思ったのだが。しゃがんでお見上げしてみると、そんな失礼な印象はたちどころに消えてしまう。非常に慈愛深く憂いに満ちた素晴らしいお表情かおなのだ。光背から差す光は、悩める衆生を救う真実まことの光明なのである。

【司命・司録半跏像】
白毫寺からいらした閻魔王の眷属である。この二尊については様々な解釈があるが、アタシには【司命しみょう】が人間ひとの生前の罪状を読み上げ、【司録】が閻魔王の判決を待ってその人間の行く末(極楽へ行くか、あるいはどの地獄に送られるか)を木札に書こうと墨をたっぷりと含ませた筆を持って『いざ!』と身構えてるように思えてならない。この二尊の眼差しは一片の甘えも許さない容赦のない厳しさに満ちている。

【太山王坐像】
地獄の十王のおひとりで四十九日に罪を裁くとされるが、本地仏は薬師如来である。即ち、罪深い凡夫を教化する為にお薬師さまが変身した姿なのだ。玉眼で憤怒の相をしてらっしゃる。このお像も嫌いではないのだが、『あんたが来るなら、閻魔さまを連れて来いや!』と思ってしまうアタシはやっぱり罰当たりな奴であろう(笑)。

【地蔵菩薩立像】
別名・延命地蔵とも申される浄瑠璃寺のお像である。普段は東京国立博物館に出張されてらっしゃるのだが、今回は特別に貸し出されたらしい。とても端正なお像で一度御縁を頂きたいと願っていたので、今回は僥倖であった。しかし。どうせなら国立博物館の平成館で大々的にって、【渡海文殊菩薩群像】を実現して頂きたかった(涙)。



ひと通りのお像を拝見させて頂いたら、入口までとって返し。最初のご挨拶文を拝読する。てっきり真言律宗管長のお言葉でもあるのかと思いきや、美術館館長の挨拶である事には拍子抜けしたが。

最初はスルーした法具や仏舎利をおさめた容器や水晶クリスタルの宝塔や五輪塔を丁寧に見てゆく。般若寺の黒漆舎利厨子は阿吽の昇り双龍の彫刻が実に見事だ。厨子入五輪舎利塔と云う物もあって、お厨子の左右の扉に描かれた不動明王坐像と愛染明王坐像は精緻で素晴らしい。火焔宝珠形舎利容器を見てると某推理小説の“悪魔”を思い出してニヤリと笑ってしまう。ただし、心の中だけで。伊勢神宮の『御正体みしょうたい』と呼ばれるお厨子入りの両界曼荼羅もあって、叡尊の神宮信仰と神仏習合時代の名残を伺わせる。茶室が再現されており、「大茶盛式」に使用するおおきな赤膚焼の茶碗も展示されてたが、重さ十キロを超え三人がかりで持ちあげると云う茶碗もデカければ茶筅も巨大であった。この有名な儀式も当時は薬として貴重であったお茶を叡尊が民衆に振る舞った事に由来するらしい。聖徳太子の孝養像には複雑な気分にさせられ、毘沙門天像では踏み付けられた邪鬼クンに注目してしまうのはアタシの中では最早習性だ(笑)。



※ ※ ※



“仏像は精神こころを映す鏡である”とは、誰が最初に言った言葉なのか。正しく至言であると思う。
優里ちゃんとの待ち合わせ時間にはまだ少し時間があったので、アタシは最後の部屋のソファーに陣取り仏像を眺める。真正面には太山王があらっしゃってこちらを睨んでる。アタシは白毫寺の閻魔王坐像と地蔵菩薩立像を拝観すると必ず涙してたものだったが、去年の秋の旅行では泣く事はなかった。司命・司録像の厳しいお顔と眼差しが怖かった。けれど今回、司命像の前に跪いた瞬間とき、木札を見つめる司録像と眼が合ってしまったのだが、玉眼の瞳をみつめても少しも恐ろしくなかった。一体アタシはどれ程の罪悪感を抱えてたのかと思う。
そして文殊菩薩さまを見てがっかりし、気を取り直して左側面から見た瞬間とき。『お前に我を見る資格があると思うか?』と問われた声を聴いた気がして、非常に驚いて。そして自分の傲慢さに気付かされた。それからは正面から端正なお顔に見惚れ、左右から拝見させて頂いたが、見る度に感じ方が違った。時に己の生きる姿勢を強く問い質し、時に菩薩の大慈悲を感じ。万華鏡のように変化する印象の違いにその場からしばらく動く事が出来なかった。

やはり、仏像は佳い。

とは思うのだが、こうして『展示室』に『陳列』されてると、少々複雑だ。遠い奈良から出張して来て下さってるのだが、やはり『展覧会で拝見』するよりも『御寺で拝観』したいと思うのだ。胸に微かなしこりを残しつつ、文殊菩薩坐像の前のソファーで落ち合った優里ちゃんと今一度一緒に文殊菩薩さまの花のかんばせを拝み、展示室の出口を出た。深々と感謝の一礼をして。


展覧会を見たらミュージアムショップでのお買い物はお約束だ。今回は意気込んで来たので、図録を始め、クリアファイル、ポストカード、チケットケースなどを買いまくった。こう云う時は主催者の思惑に喜んで乗るのだ。さすがに吉祥天や愛染明王のフィギュアは購入しなかったが(苦笑)。そしてこちらも戦利品を抱えてホクホク顔の優里ちゃんと美術館を後にしたのだった。



※ ※ ※



「…ああ…良いモノ見せてもらいました…」
「…ホントね…何度見ても素敵…」

日本橋界隈はオサレなカフェが多い。
その中の一つに入ってコーヒーとケーキをオーダーする。
今日は天気が良いので、テラスでのんびりする事にした。
そこに落ち着けば、出て来るのは感嘆のため息と。

「…でも…」
「………………………」
「…あんなん見ちゃうと、考えちゃいますね…」
「…激しく同感…」
落胆のため息だ。
仕方がない事だとは思う。
御寺や美術館の事情や都合も多々あるのだろう。
だが、西大寺の本堂の文殊菩薩像を見慣れた者としては、獅子も引っ張って来て欲しかった★

でも、ひと通りグチグチ言い合った後には、やはり賛美の声があがってしまう。
「愛染明王坐像、良かったわね!」
「ホントですね! 秘仏だけあって保存状態も抜群でしたし!!」
「浄瑠璃寺の延命地蔵さま、見れて良かったね!」
「寿命伸びるかもしれませんよ!!」
「そしたらお互い、旦那さまと共白髪だね♪」
「けどやっぱり、文殊菩薩さまは別格ですね!」
「それは激しく同感!!」

それからアタシたちの話題はひとしきり今見て来たばかりの“仏”の話題で盛り上がり。チラシで見た奈良でってる快慶展の話しになり、快慶作の仏像についての話しに花が咲いた。



けれど、浄瑠璃寺の吉祥天がいらしたら、と云う話しにはならなかった。
始めは『この期間は絶対休み取ります!!』と豪語してた、あの優里ちゃんがである。お互いにかなりの衝撃だったらしい(苦笑)。アタシも優里ちゃんとは来ないかも知れないが、貴志さんは是非連れて来たいと思ってる。

見て頂きたいのだ。
西大寺の【文殊菩薩】と浄瑠璃寺の【吉祥天】
他に比類なきこの美麗な仏像を、あの大切な男性ひとに。
その際、美術館の隣の五つ星ホテルに連れ込まれないよう、充分用心しないと(笑)。






―――なんて。


この時のアタシは呑気に考えてた。


運命の六月インティ・ライミに。


何が起こるか、知る由もなく―――





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