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三年目の新婚クライシス

No,241 ホワイトデーの鎌倉半日デート

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アタシの旦那さまである貴志さんは、究極の“夫馬鹿”である。
単なる惚気にしか聞こえないかも知れないからリザさんぐらいにしか愚痴れないが、アタシの為ならいくら散財しても惜しくはないと思ってる節がある。アタシに関する事なら、いくらお金をつぎ込んでも構わないと言わんばかりなのだ。アタシの誕生日インティ・ライミは言うに及ばず、ヴァレンタインのお返しのホワイトデーにも並々ならぬリキを入れていらっしゃる。去年は働くようになっていたから“お家デート”にしてくれて安心してたのに。敵は油断させておいて、最後にまたまた贅沢をしやがってくれはりました。今年こそは!! と思うけど……無駄だろうなァ……と早々に諦めました。最早、悟りの境地に近いものがございます。どうせ贅沢させられるならと、こちらからリクエストする事にしたのでございます。

そんな訳で。
実現した、年度末で超忙しい旦那さまとの、半日デート。
ホワイトデーの週末の、土曜の午後からのデートと相成ったのである。
場所は鎌倉。
小町通りを散策して、思いっ切りお買い物を楽しむ事にしたのだった。
勿論スポンサーは旦那さま。この話しを持ち掛けた時、貴志さんは喜んでお財布になる事を承諾してくれた。貴志さんが経営してる『アイ’s_Books』の来年度からの事業拡大に伴う一般事務の募集の書類審査で、私情を挟みまくりで早々とこのアタシを落としてくれた腹いせも兼ねて、うんっと散財してやるんだから★

けれど。
せめてこの時、気付くべきだったのだ。
あの貴志さんが、アタシ如きが考え付く“小町通り制覇デート”で満足するひとか否か。後にアタシは、鎌倉デートを提案した自分を心から後悔する羽目に陥ったのだった。



※ ※ ※



「真唯さん、お待たせしました!」
「お疲れ様です、貴志さん。」
待ち合わせのお店に駆け込んで来た貴志さんは珈琲を注文すると、ウェイトレスが持って来たお冷を一気に飲み干してしまったのだ。もう一杯勧めると、恐縮しながらも二杯目を頼み、それも直ぐに飲み干してしまった。
「…貴志さん…無理しなくても、」
「ストップ。折角の真唯さんからのおねだりデートで、私も楽しみにしてたんですよ?」
「…ですが、日を改めた方が…」
「生憎ですが、来月以降はもっと忙しくなる予定ですので。」
「………………………」
「そんな私を癒して下さい、奥さま。」
「………………………」
「ああ、そんな表情かおをなさらないで。それより、午前中の観光はいかがでしたか?」
「…あ…はい、朝一で円覚寺の佛日庵の白木蓮を見て、お抹茶を頂いて…建長寺では半僧坊まで足を伸ばして由比ヶ浜の眺望を楽しんで、綺麗な富士山を拝む事が出来ました…」
「それは何よりでした。ブログのアップを楽しみにしてますよ。」

……にっこり笑顔で誤魔化してしまうなんて…アタシの旦那さまは、ホントにズルい……

「…理解りました…! …ですが、くれぐれも無理はなさらないで下さいね。」
「大丈夫ですよ。そんなに柔ではありません。それより、ランチは何になさいます?」
メニューを差し出して来る旦那さまと、う~んと首を捻って考える。ここは某古民家カフェ。珈琲の器も渋い焼物なのだ。味がイマイチなんだけどね(苦笑)。今日は食べ歩きをする心算なので、お昼は軽めにしておかないと。散々迷って、アタシは蕎麦粉のガレットにした。食後のスイーツは今は我慢だ。けど。もしもし、貴志さん? いつもアタシとおんなじにしなくてもいいんですからね?
そして小腹を満たしたアタシたちは鎌倉のシンボル、八幡宮を拠点に歩き出したのだった。貴志さんは最初このお宮の境内内の喫茶店を待ち合わせ場所にしようとしたのだが、アタシは断固としてお断り申し上げた。“パワーブロガー”などと呼ばれるはるか昔の話しなのだが。八幡宮の神苑ぼたん庭で雪の残る冬牡丹を心ゆくまで鑑賞したアタシは、一度入ってみたいと思っていたお店に入ったのだ。八幡宮の緑を見ながら温かい珈琲を飲む事に和テイストの浪漫を感じて。けれど。入った途端の罵声に仰天した。店員のお客へ向けての怒鳴り声だったのだ。見れば、アタシの前のお客さんが空いてた席に座ろうとしたらしい。それを制する声だったのだ。確かに扉の直ぐ傍に『スタッフがお席に案内致しますので、お待ち下さい。』との案内札があり、その為に用意された椅子もあった。けれど、「ご案内するまでお待ち下さいっ!」と店中に響く様な声で叫ぶ必要が果たしてあるのかとアタシは声を大にして問いたい。その声の中には確かに叱責する響きがあり、『待てって言ってんだろ! 札が見えねーのかっ!?』との声なき声が聴こえんばかりだったのだ。即回れ右したくなる衝動を堪え、大人しく案内があるまで待ち、席に着いて珈琲を注文した。確かに珈琲の味は良かった。だが、お客が入って来る度にその店員の怒鳴り声は続いた。観光客がひっきりなしにやって来て忙しいのは理解る。勝手な客に苛立つ気持ちも良く理解る。それでも、アレはないだろうと思うのだ。美味しい珈琲の味も風情ある景観も、折角のNoritakeのカップも色々と台無しだった。勿論接客の丁寧な他の店員さんもいらした。けれども、もう二度とあの店には入るまいと固く誓ってしまったアタシって罪な奴?
閑話休題。
八幡宮内の旗上弁財天と国宝館に心を残しながら、貴志さんと小町通りを歩き出す。勿論腕を組みながら。ちなみに本日の装いだが、優里ちゃんのお店で見立ててもらった鶯色の地に桃の花柄のお着物ワンピである。先月の浴衣デートで本物の着物は懲りてしまったのだ。下駄の鼻緒が痛くて(苦笑)。桃花の花言葉は『私はあなたの虜』などがあって、邪なものを退ける力があるとされる。故に雛祭りなどに用いられたのであろう。アクセはインカローズのブレスとイヤリングだが、纏う香りは勿論【IMpevu】…ではなくて、今日ばかりはちょっぴり甘いピーチ系のオードトワレだ。貴志さんはいつものスーツ姿だが、ネクタイが朝の出勤時と違う。アタシからのヴァレンタイン・プレゼトである西陣織の【宝づくし】のネクタイをしておられる。こんな心遣いがニクイのだ(照)。
小町通りは相変わらず人の波だ。増してや人によっては、三連休の初日である。カップルも友人とご一緒の皆さんも、思い思いに楽しんでらっしゃる。レンタル着物の女性も多く見掛けた。やはり皆さま、オシャレさんだ。肉まんならぬ豚まんは、専門店だけあって角煮の味が濃厚だ。タケノコがシャキシャキして歯応えも良い☆ 晴れてるとは云え、まだ肌寒い日にはもってこいのご馳走だ。無添加のクリームを使った手作りのワッフルを食べれば喉も渇く。アタシはアイスコーヒーをテイクアウトしたが、貴志さんは鎌倉麦酒をラッパ飲みしている。そんな粗野な仕草もキマってるなんて……反則だ(赤面)。慌てて視線を外し、ストローを吸いつつあちこちの店を覗く。やがて第一のお目当てのお店が見えて来た。老舗のお香の専門店だ。いつもはケチって吟味してるが、今日は遠慮しねーゼッ!(笑) 風雅な店内をゆっくりじっくり見て回る。自家調合してると云うお香はどれもこれもが捨て難い魅力に満ち溢れてアタシをそそる。

……大人買いしたら…貴志さん、喜ぶだろうなァ……

危険な誘惑を振り切り、一つ一つ手に取って聞いてみる。自分が貧乏性だと思うのはこんな時だ。遠慮する心算は更々ないのに、じっくり検討して熟考してしまうのだ。結局はお手軽なインセンスではなく、普段は手を出さない高価なお香や匂い袋、文香などをお買い上げ。
「ありがとうございました♡」
「香炉はよろしいのですか?」
「…勘弁して下さい…」
その昔、ナントカ殿下に贈答したと云うひとは、言う事が違う。
江ノ島のシーキャンドルからダイブしたって、ンなもん買うもんですか★
脱力してしまった力を取り戻す為にも、今度はシラスのホットサンドにかぶりつく。湘南の新鮮なシラスとチーズが口の中で抜群のハーモニーを奏でてくれる♪ 食べ歩き出来ると云うカップ入りのチーズケーキはシャリシャリふわふわ、食感がユニークでとにかく美味しいのだ♡ いつも入る甘味処も今日ばかりは素通りだ。
和雑貨のお店では天然素材の手作りの石鹸を、そして二番目のお目当ての和風グッズが充実してるお店では散々悩んでレターセットと文香を購入した。ホントはティッシュBOXカバーも欲しかったのだが、理想のお部屋作りのインテリアの為に諦めた。傘の専門店では和柄の軽量折り畳み傘を購入してしまった。この軽さでこの柄はお買い得である。陽傘兼用なのも有り難い。びーどろや天然石のお店も熱心に見て回った。貴志さんはしきりにお高い宝石のアクセサリーを薦めて来るが丸っと無視して、ひと目惚れしてしまったラブラドライトのブレスを即買い。こう云うのは石との“御縁”なんだよね♡
玉子焼きの名店【おざわ】に行く度に気になってたギャラリーにも入ってみた。今までは神社仏閣の観光メインだったから立ち寄る時間がなかったのだ。現代アートにはあんまり興味ナッシングなのだが、それなりに楽しめた。他にも美味しそうな干物やシラス干し、蜂蜜に甘納豆などをてんこ盛りで購入して自分土産にしたのだった。新鮮な鎌倉野菜のピクルスは貴志さんのお酒の肴に丁度良さそうだ。友人達やSPさん達には老舗の豆菓子や洒落た和三盆をお土産にした。鳩サブレーは今更だからね(苦笑)。

終点の鎌倉駅に着いたら、ちょっと一休み。
待機してて下さったSPさんの車に貴志さんが持っててくれた荷物を預けて、京都に本店があるお抹茶のお店で休憩だ。ホントはパフェを食べたかったのだが、さすがに入らない。葛餅とお抹茶のセットにした。貴志さんはお抹茶だけだ。ガラス張りの店内からは小町通りの賑わいと駅のロータリーの混雑振りが良く見える。鎌倉は平日でも人が多いのに、こんな日は人が途切れる事がない。 ……色んな男性ひとがいるが、眼の前のひとが一番格好良い♡♡♡
「…愛する奥さま…ご満足頂けましたか…?」
「はい! とても楽しかったです!!」
「…しかし…鎌倉彫は本当によろしかったのですか…?」
「…はい、折角ですが…正直申し上げて、アタシの趣味ではなかったので…」
……そうなのだ。
旦那さまに薦められて何件かの鎌倉彫のお店に入ってみたのだが、どうしても気に入る物がなかったのだ。木目調の物は大好きな筈なのだが、仕方が無い。買い物はストレス発散になるらしいが、無理して買うのはNGだろう。それに正直、買い物自体がアタシにとっては余程ストレスになりそうだ(苦笑)。やはり自分で稼いだお金でチマチマ好きな物を買い集めてゆくのが性に合ってるらしい。
「それでは、真唯さん…この後のご予定は…?」
「…そうですね…もう少し暑い季節なら海岸まで出るのも気持ちが良いのですが…」
「…人力車で観光でもなさいますか…?」
「…あれって、まんま見世物なんですよね…」
「でしたら、ハイキングはいかがですか…?」
「いいですね! 折角だから、銭洗弁財天に参拝しても良いですか?」
「勿論ですよ!」
やがてアタシたちは腹ごなしも兼ねて、佐助稲荷神社と銭洗弁財天まで歩いて参拝して、源氏山公園では桜の蕾がきたるべき春の訪れを待ちわびていた。夕闇迫る海岸を見降ろす絶景や、遠くに望む富士山など素晴らしい眺望を楽しんだ。ひっくいパンプスで来てホントに良かった。下駄だったら絶対無理なコースだ。いやむしろ、スニーカーが恋しいくらいだ。ちなみに銭洗弁財天では参拝だけだ。決して御神水でお金を洗ったりなどしていない。これ以上金運が良くなってたまるもんですか★

夕景に沈む海岸を眺めながら、アタシは隣に立つ旦那さまを見やった。
「…で…?」
「…はい…?」
「とぼけないで下さい。こんなに歩かせて。」
「………………………」
「お夕飯は一体どこに連れてって下さるお心算なんですか…?」
「…私の古くから知り合いの店なんですが…結婚した事を知らせた時から、君の奥方を連れて来いと矢の催促だったのですが…今回やっとお連れする事になって、向こうも喜んでます…行って下さいますよね…?」

……抜かった…っ、…アタシの中の“鎌倉での贅沢”と言えば、鎌倉山のローストビーフぐらいしか思い付かなかったのに…貴志さんの“古くからの知り合い”って、悪い予感しかしないんですけど…っ、…しかも、向こうが待ってるとなると今更断る訳にもいかないじゃない…っ!!



※ ※ ※



そうして辺りがすっかり暗くなる頃、源氏山公園まで迎えに来てくれたSPさんの車は今夜の夕飯を食べさせてくれると云う処の駐車場に停まったのだが。そこが“お店”だとはどうしても信じられなかった。どう見ても住宅街の普通の民家にしか見えなかったからだ。しかし貴志さんは戸惑うアタシをよそにさっさと車から降りてしまう。そしてアタシをエスコートすると慣れた様子で門扉を開けて。短いアプローチを通り過ぎて、ドアフォンを鳴らしてしまう。それに応えて中から姿を現したのは、可愛いらしい印象の白髪の老婦人だった。

「まあまあ、ようこそ…いらっしゃいませ…っ」
「こんばんは、ご無沙汰しております。神村さん…ご主人はお元気ですか…?」
「勿論でございますよ。宅の主人は元気だけが取り柄ですから。さあ、とにかく、おあがりになって下さいませ…!」
「失礼します。」

玄関の中も、本当にごく普通のお宅のようだった。シューズボックスの上に品の良い置物や可愛いらしいポプリがあって、そこから良い香りがして来るのも常識の範囲内だろう。
けれど、リビングルームに通された瞬間、その印象はガラリと変わってしまう。大きなガラス窓からは広いお庭と共に、住宅街の夜景とそのはるか向こうに広がる真っ暗な海を映し出していたから。そう云えば坂道を登ってかなり高台までやって来た事を思い出す。今は夜で真っ暗だが、昼間は綺麗な海が見渡せてかなり景色も良い事だろう。立派だが家庭的なダイニングに設えられたテーブルに、椅子を引かれて腰を下ろす。“セルヴーズ”の品格に満ちた老婦人マダムの手によって(貴志さんは自分で椅子を引いて座っていた)。用意されたナプキンには、本日のメニューが和紙に書かれて置かれていた。味のある墨書の達筆で。

「…改めまして…本日はホワイトデーのディナーにようこそお越し下さいまして、ありがとうございます。ご自宅だと思って、ゆっくりお過ごし下さいませ。」
「真唯さん、こちらはこの店のオーナーシェフのご夫人で、パティシエールでもある神村敏子さんです。…敏子さん…紹介がすっかり遅くなりましたが、彼女が私の妻の真唯です。」
「…貴志さんの妻の、真唯と申します…どうぞよろしくお願い致します…っ!!」
「まあまあ、ご丁寧に…神村敏子と申します。ご結婚、おめでとうございます…っ、…可愛いらしいお嬢さんです事…っ!」
「…いえいえ、もう“お嬢さん”と云う年齢としでもないんですが…」
「私みたいなおばあちゃんからすれば、まだまだ充分お若いお嬢さんですよ…っ、…今夜は楽しんでらして下さいませね…!!」
「はい、ありがとうございます! お世話になります。」「ありがとうございます。久し振りの神村さんの料理を楽しみにしてますよ。」


<旬の鎌倉野菜と毛蟹をラヴィオリに見立てて>

<トリュフクリームをからめたバターナッツのニョッキ
2013年夏より熟成させたコンテチーズのコポーと黒トリュフを振りかけて>

<帆立貝のリソレを緑色のクーリーの上に
蕪のグラッセと日本酒を香らせたベアルネーズソース>

<尼鯛の松笠仕立て 黄ニラ じゃがいものフォンダンとモワル>

<蝦夷鹿ロース肉のロティ 酸味のある柿と薫香をつけたバターをからめたビーツ>

<特製デセール>



……メニューを見ただけでも、かなり本格的なにほひがする……ここは、一体…っ!?



などと云うアタシの心の声が聴こえたかの様なタイミングで、貴志さんが口を開いた。
「…驚かせてしまったようですが…ここは神村康治やすはるさんと言う男性かたが、自宅を改装してまったくの趣味でってる店でして…一日一組限定のフレンチレストランなんです。」
「……っ!!??」
「…ホワイトデーの特別な晩餐なんですよ…? …このくらいの事はさせて下さい…」
「………………………」
「…小町通りでの買い物だって、大した物は買って下さいませんでしたし…」
「………………………」
「…それに一度真唯さんに、神村さんのお料理を召し上がって頂きたかったんです…」
「………………………」
「…私の我儘を許して下さい…ね…?」
「……貴方って男性ひとは……仕方がない男性かたですねェ……」
おおきなため息を吐く事で、結局このひとを苦笑いで許してしまった。

……ま、あの沖縄までのクルージングの事を思えば…可愛いものかァ……

な~んて思ってしまえるアタシも大概毒されてるとは思うけど…しゃーないやねェ……。敏子奥さまが持って来て下さったサロンのシャンパンを開けて乾杯して、特別な夜の晩餐ディナーは始まりを告げたのだった。



優雅なクラシックのBGMが流れる中、お喋りをしながら和やかなディナーを楽しんだ。運ばれて来るお皿は一つ一つがまるで芸術品の様で、アタシを驚嘆させ悦ばせた。あまりに素敵なので駄目元でお願いしてみたら、名前と住所を伏せる事を条件にブログにアップする許可を頂けてしまった!! これは神村さんが貴志さんと昔からのご友人であると云う事も大きいのだろう。この時ばかりは貴志さんに感謝してしまった。
お喋りの内容は、当然今日の鎌倉観光についてだ。円覚寺の白木蓮の美しさは勿論の事だが、今回初めて見た建長寺の『心』と云う漢字をかたどったと言われる方丈庭園や、これまた初めて行った半僧坊の事など話題は尽きる事がなかった。特に半僧坊は殆ど山登りに近く、245段の階段の途中には烏天狗のお像がいくつもあってなかなか楽しめた。それに御朱印を授与して頂けた事が嬉しく、何よりの収穫であった♡ 御本尊の半僧坊権現は招福や火除けの御利益が有名だ。例によって祈願はせずに、御縁を頂く事が出来たお礼を申し上げただけだったけど。小町通りのお買い物デートの事でも盛り上がった。鎌倉と云えば神社仏閣巡りばかりだったので、あんな風に食べ歩きしながらショッピングなんて初めての経験だったので、新鮮でココロ弾む出来事の連続だった。正直言えば、和雑貨のお店で焼物の珈琲の器や一輪挿しで欲しい物があったのだけど、我が家の収納事情を考えて諦めた。でも飾ってあるのを見てるだけでも充分面白かった。何より貴志さんと一緒なのが、ホントに嬉しかった。こんな素敵な男性ひとと結婚してるなんて……現在いまでも夢をみてるみたいだ(火照)。
最後のデセールは、ご主人自らが運んで来て下さった。このデザートだけは、パティシエールの奥さまの手作りだそうだ。紅白いちごのフルーツタルトだったのだが、「かなり気が早いですが、結婚三年目をお祝いしたいので。」と言う前口上通り、お皿にはチョコレートソースで『Happy the 3rd wedding anniversary.』と書かれていて、アタシの小さな胸をキュンキュン熱くさせてくれた。

「…今更ですが、ご結婚おめでとうございます…ああ、食べながら聞いて下さい…今夜の料理はいかがでしたかな…?」
料理長シェフでもあるご主人・神村さんのお言葉に甘えて、タルトを一口頬張って。どんな有名店にも負けないお味ににっこり微笑んで。

「…とっても美味しいです…っ、…作って下さった神村さんご夫妻と、予約リザーヴしてくれた貴志さんに感謝してます…っ!!」
「ご満足頂けたなら何よりです。私も感無量ですよ。あの・・貴志くんがご結婚されるなんて…」
「…あの失礼ですが…貴志さんとは…うちの主人とは、長いお付き合いなんですか…?」
「ええ。帝都ホテル時代からだから、随分長く親しくさせて頂いております。」
「…! …帝都ホテルにいらっしゃったんですか…!?」
「ええ、パリで修行した後、長く務めさせてもらいました。銀座で独立した時も、貴志くんには随分ご贔屓にして頂いて…」
「…あ、あの…! …よろしかったら、シャンパンをいかがですか? …昔のお話も伺いたいし…貴志さん、良いでしょう…?」
「勿論ですよ。良かったら、奥さまもご一緒に…」
「…では、有り難く、お言葉に甘えまして…」


きっとこうやってお客と一緒に過ごすのは日常茶飯事なのだろう神村さんご夫妻は、手際良くグラスと簡易椅子を運んで来られてそこに落ち着いて下さって。楽しいお話しを随分と聞かせて下さった。修行時代のパリでのお話し、帝都ホテル時代の裏話、銀座でのお店でのお話しとそこを畳んで一旦は鎌倉に隠居したものの、周囲の人々の勧めもあって自宅に店を構えてからのお話しなどなど。若い頃の貴志さんのお話しも聞けて、時の経つのも忘れて聴き入ってしまったのだった。食後の珈琲を飲みながら。
しかしそれが一転、貴志さんの旧悪を暴露するものに変わり始めると、すかさず貴志さんからストップが入った。

「…神村さん…妻の前です…勘弁して下さい…」
「…おや…さすがの貴志くんも、奥さんには弱いとみえる…真唯さん…もし、貴志くんがオイタをしたら、私のところにいらっしゃい…昔の面白いお話しを沢山聞かせて差し上げましょう。」
「…神村さん…酔ってらっしゃるんですか…?」
「…嬉しいんだよ…人間不信なところがあった君が、やっと素敵な奥さまを迎えられて…貴志くん…真唯さんを大事にしなきゃダメだぞ。」
「…勿論ですよ…一生かけて幸せにしてみせます…」
「…うんうん…良かった、良かった…ああ、良い夜だ…よし…っ、…今夜は私の奢りだ…っ!!」

実に気前良く叫んで下さった神村さんには悪いが、こんなに美味しいお料理と素敵な時間を過ごさせて頂いてそれはあんまりだ。「払う」「受け取らない」が「払わせて下さい」「結婚記念に是非奢らせて下さい。その代わり、貴志くんが浮気でもしたら、その時こそ耳を揃えて請求させて頂きます」などと、かなり日本語的に可笑しな脅迫までされてしまう始末で。
「…年寄りの我儘を聞いてやって下さいな…」との奥さまのにっこり笑顔に押し切られて。とうとう、このゴージャスな特別ディナーを奢って頂く事になってしまったのだった。「…ホワイトデーの食事ですから、私が払いたかったですよ…」との貴志さんの愚痴は綺麗に黙殺されて。貴志さんも年長のご友人の顔を立てたのだろう。アタシは神村さんご夫妻の、そのお気持ちが嬉しかった。

……何か特別な事がなくても、神村さんのお話しはまた伺いたいナ…でも、一日一組なんて、超難関よね…予約取れるかしら……

美味しいお食事と貴重なお話し。
神村さんご夫妻との新たな御縁を、鎌倉の神仏に感謝を捧げたのだった。



※ ※ ※



後日、ブログ【強引g 真唯道ゴーイング・マイウェイ】が更新された。
いつも通り、豊かな筆致で早春の鎌倉の様子が克明に描写されていたが、【西鎌倉 K亭】なるフレンチレストランが紹介されるやいなや、問い合わせのコメントやメールが殺到した。けれど、『お店の都合によりお答えする事は出来ません。ご容赦下さい。』とのみのコメントが載せられ、筆者は黙して語らなかった。様々な憶測が飛び交い、話題を振り撒いた事は言う間でもない。
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