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二年目の新婚夫妻(バカップル)
No,220 新婚2年目のバレンタイン
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アタシはパソコンの画面を見ながら思案した。
「ホント、今は検索すれば何でも出てくるなァ~…これなら、マッツンに頼るまでもないかァ…」
そして、これはと思うレシピをメモり。
早速、買い出しに出掛ける準備をするのだった。
来る、セイント・ヴァレンタイン・デーに向けて。
※ ※ ※
ピンポ~ン♪
ドアフォンが鳴って、「はい、は~い、今行きますよォ~」パタパタとスリッパを鳴らしながら、ついつい声が出てしまうのは一人暮らしが長かったせいだろうか。慌てて解錠すれば、玄関先には旦那さまが立っていた。
……満面の笑顔で。
「ただ今、戻りました。今日もお弁当、美味しかったですよ。」
広い大理石の玄関でギュウッと抱き締められるのは、最早お約束。
「…お帰りなさい…お疲れさまです…」
顔中にキスの雨が降って来るのも。
「…ああ…チョコレートの甘い匂いがする…忘れずに用意して下さったんですね…」
「…当たり前です…私を誰だと思ってるんですか…?」
「…誰よりも愛しい、私の奥方です…」
「理解ってるなら…よろしい。」
その間も絶え間ないキスの嵐は止む事はなく。
さり気なくお尻に伸びる不埒な手はピシャリと叩いて撃退した。
敵は本気だった訳ではなく、案の定スンナリと撤退してくれた。
ちなみに、敵が本気だった場合。
キスは最初から唇へのディープキスだ。
こんな風に甘やかな額や頬へのキスではない。
夫も理解っているのだ、今日が特別な夜だと。
ようやく満足して離してくれた夫にニッコリと微笑む。
「今夜は特別に、君枝さんには遠慮して頂きました。」
アタシの言葉に、彼が笑み崩れる。
「嬉しいですね…久し振りに、真唯さんの手料理ですか…」
「…そんなに喜んでもらえると恐縮なんですが…実はすごい手抜きなんです…
…でも、愛情はタップリこもってますからね♡」
「それが一番重要なんですよ…ああ、チョコレートフォンデュですか…成る程…」
そう、ダイニングテーブルの上を見れば、一目瞭然だ。
フォンデュ用のお鍋には、甘い香りを放つチョコレートソースがグツグツ言ってるし。具材はこれでもかと云う程、用意されてるし。
でも、色々工夫したんだからね!
甘くて美味しいだけでなく、栄養も摂れるようにと思って!!
「着替えて来ますね。」
アタシの頭の天辺にキスを落とすと、旦那さまはうがい手洗いをする為に洗面所へ向かった。アタシはその後ろ姿を見送って、自分の部屋からこの日の為にずっと隠してた物を取りに行った。ウォークインクローゼットから戻って来た貴志さんは、スーツから部屋着に着替えていた。このオンからオフに切り替えてリラックスしてくれてる瞬間を見るのが、最近のアタシの密かな楽しみだったりする(照)。
「…これはまた、随分と豪勢ですね…」
テーブルについてくれた貴志さんの第一声がコレだ。
「恋人時代にヴァレンタインにチーズフォンデュをやってるので芸がないかとも思ったんですが、アレンジのしようによってはそれなりに楽しめると思って。」
「…充分ですよ…苺やバナナ、バゲットやマシュマロは定番ですが…プチトマトやキュウリとは珍しい…」
「意外と美味しいらしいですよ! 沢山食べて下さいね!!」
アタシは【富士山麓シングルモルト】を貴志さん用に水割りを用意して、アタシはハイボールでご相伴。貴志さんはウィスキー好きだし、何よりチョコレートに合うと聞いたので。
「はい。貴志さん、どうぞ。」
「…ありがとうございます…貴女に初めてチョコレートを頂いた時の事を思い出しますね…」
「アハ…あの時は、すみませんでした。」
「あの時の自分に教えてやりたいですね…今日の幸福を。」
「私の愛しい奥方が愛情を込めて用意して下さった、バレンタインの晩餐に。」
貴志さんがそう言って、グラスを掲げるから。
「…大好きな旦那さまと迎える事が出来る、ヴァレンタインの夜に…」
アタシはそう返して。
瞳と瞳で微笑み合って。
乾杯をして、ヴァレンタインのディナーは始まった。
「うん! トマトの酸味とチョコレートの甘さが意外に合いますね!!」
一番最初にプチトマトに手を伸ばした貴志さんが嬉しそうに笑う。
「良かった! 実は、お煎餅や柿の種って云うのもあったんですが、そこまで挑戦者になれなくて。」
アタシはブロッコリーに挑戦してみた。うん、これもなかなか美味しい♪
「このチョコレートソースも美味しいですね! レシピは?」
「とっても簡単ですよ。普通の板チョコに生クリームを加えただけです。」
「経済観念のしっかりした奥さんを貰えた私は幸せ者ですね。」
ホットケーキを片手に、貴志さんから笑顔が消える事はない。
そのホットケーキもホットケーキミックスを使って作った安物ですしね!
アタシもワッフルやクッキーを片手にニコニコの恵比寿顔だ。
果物は勿論、人参などの野菜も意外にチョコと合った。
チーズフォンデュの時も思ったけど、家庭で意外と簡単に作れるもんなんだな。経済的で美味しいし! 何より貴志さんが喜んでくれるのが嬉しい。チョコレートに含まれるカカオ成分が精神疲労や脳の疲労回復に効くと言うから、慣れない仕事にお疲れの旦那さまを少しでも癒して差し上げたくて。楽しく美味しく食べて、疲れが取れるなら一石三鳥だ!! ウィスキーの減り具合が少し気になるが。週末の、そして年に一度の特別な夜だ。固い事は言うまい(苦笑)。
粗方の食材が貴志さんとアタシの胃の中に見事におさまって。
アタシは珈琲を淹れる事にした。
チョコレートを大量に摂取した後だから、苦めが良かろう。
貴志さんの御用達の珈琲専門店で購入したグァテマラだ。
丁寧にドリップして、景徳鎮のペアカップに注ぐ。
「…はい、どうぞ…熱いですから、気を付けて…」
「…ありがとうございます…ああ…良い薫りだ…」
貴志さんが満足そうにカップを傾けるのを見て。
アタシは隠してた袋を取り出した。
「…貴志さん、これ…ヴァレンタインのプレゼントです…去年と違ってアタシ一人で選んだ物ですから、センスの保証は出来ませんけど…会社にしてゆく事は出来なくても、カジュアルにスーツを楽しむ時にでも使って頂けたら嬉しいです…」
「…ありがとうございます…開けても良いですか…?」
「…勿論です…どうぞ。」
貴志さんは、中身が直ぐに理解る細長い箱の包装を丁寧に解いていって。
中身の物を取り出して、手触りを楽しむように撫でて。
柄を見つめた。
「これは…もしかして、西陣織ですか…?」
「はい…そうです。」
「【宝づくし】ですか…縁起の良い物だ。」
【宝づくし】とは。
団扇・打出の小槌・丁子・巻物・分銅・宝袋・米俵の七つの宝をデザインした物である。縁起の良い物として、着物や帯の柄としては好まれて使われているが、ネクタイは珍しい。
「…実に真唯さんらしいチョイスですね…大切に使わせて頂きますよ…」
貴志さんが心底愛しい物を見るような瞳でネクタイを見つめて。
接吻を一つ、そのヴァレンタイン・プレゼントに落とした。
……良かった……今年は気に入って貰えて……
アタシがホッと安堵して、珈琲を含むと。
その珈琲を噴き出す様な事を夫が言い出した。
「真唯さんが選んで下さったネクタイは嬉しいんですが…プレゼントと言うなら、去年やって下さった事以上に嬉しい事はありませんでしたね…今年はやって下さらないんですか…?」
……この夫は…っ!!
「もう絶対にやりません…っ!!」
「それは残念ですねェ…では、今年の私の誕生日でも、是非、」
「もう二度と、や・り・ま・せ・んっ!!」
「おや。つくづく残念です。では、CAの次は是非、セーラー服を、」
「ずぅぇっっったい!! や り ま せ ん っっ!!!」
「では、女医さんはいかがですか? あれなら、白衣を着るだけですよ?」
「…グ…ッ」
「女教師や、チャイナドレスと言うのも良いですね。」
「………………………」
「警察官も良いですね…ミニスカポリスになら逮捕されても抵抗はしませんよ? ああ、勿論、中身が真唯さんだと云う事は絶対条件ですが。」
「………………………」
「…どん引きさせてしまいましたか…?」
「…呆れるのを通り越して、感心してしまってるんです…」
アタシは席を立って、回り込んで貴志さんの背後から肩に覆い被さる様に彼の首に両腕を回して抱き付いた。
大事で愛しいものを抱く様に。
そして耳元で囁いた。
「…貴志さんって、ホントに趣味が悪い…一生、趣味が悪いままでいてね…」
「…何気に失礼ですね…何回でも言いますが、私は最高の趣味をしていると自負しております…何と言っても、貴女と云う女性と結婚したのですからね…」
そう言って。
貴志さんは胸の辺りで組んでたアタシの手を握って。
アタシを振り返って、キスをしてくれた。
優しさと愛しさを確かめる戯れの様なキス。
角度を変えて何回も啄ばむ様に重ね合わせ。
チョコレートの甘さとウィスキーと珈琲の苦さが入り混じった舌を絡め合うと。
それはアッと云う間に、深い口付けに変わって行った。
お互いに呼吸が苦しくなって来た頃。
貴志さんは唇を離してくれた。
至近距離で見つめ合うと、貴志さんの瞳の中にいるアタシの姿が視える。
………ああ……何て、物欲しそうな表情をしてるんだろう……
「…真唯さん…これ以上のおあずけは辛いです…ベッドへ行きましょう…?」
「…ダメ…お風呂…」 ……ああ、説得力ないなァ……
「…明日の昼に、私が入れて綺麗にしてあげますから…」
「…食器…食洗機に入れないと…」
「…それも明日、私がやりますから…」
「…フォンデュのお鍋は手洗いしないと…それもやってくれる…?」
「…喜んで…」
夫の熱い囁きに、アタシは陥落した。
全ての理性を手放す決意をする。
全身の身体の力を抜いて、貴志さんの逞しい背中に寄り掛かると。
彼は宥める様にアタシの頭を撫でて。
アタシの腕を優しく解いて立ち上がった。
そして今でも時折筋トレをやって鍛えてる両腕で優しくお姫さま抱っこしてくれて。向かうは夫婦の寝室だ。その間もキスは止む事はなく。貴志さんの首に両腕を回したアタシは、それに素直に応えながら。
ふとある疑問が頭を過ぎったが。
甘く激しいキスとSEXに翻弄されて、浮かんだ疑問は直ぐにかき消えてしまったのだった。
※ ※ ※
翌月曜日。
愛用のパソコンの前に、再びアタシは座っていた。
結局、あの日は朝まで寝かせてもらえなくて。
旦那さまの宣言通りに、痛む身体を優しくお風呂で洗ってくれて。
久し振りの彼お手製のブランチに舌鼓を打ったのだった。
ヴァレンタイン当日の日曜日は、家でのんびりDVDを見て過ごした。
アタシはアドミラルの忠告を思い出して、彼の肩に寄り掛かってみた。
フッと優しく微笑む気配があった後、肩を抱かれたのは良いが。
そのまま突入されてしまったのは、誤算だった。
それで、あの瞬間、浮かんだ疑問を思い出してしまって。
旦那さまが出勤してしまった後に、こうしてネットの海の航海に出航したのだ。
アタシが検索した疑問は。
『結婚後、何年までが新婚と言うのか?』
思い返せば、結婚する前。
同棲を始めた頃。
貴志さんの甘く蕩ける様な様子に、『同棲でコレなら、結婚した後はどうなってしまうのか』と不安に思ったものだが。アタシの危惧は大当たりだったのだ。大体、あの精力は一体、何なのだ!?
四十代なのだから、少しは枯れそうなものなのに!!
まあ、セックスレスになって、擦れ違うよりは良いかも知れないが。
だから。
世間では、何年までが『新婚』の一言で許されるものなのか知りたくなってしまったのだった。
しばらくネットの海を彷徨った結果。
『一年から三年。』
『一年から五年。』
と云う意見が主流だった。
『三年』と云う意見の根拠は、某ご長寿番組の参加資格によるものだ。
まあ、これで少しは気が楽になった。
二年目のアタシたちは、まだまだ立派に“新婚”で通用するのだ。
ただ、貴志さんのアタシに対する度を超した甘えには。
幼児期にご両親の愛情に飢えて育った貴志さんが、唯一と決めた存在から“愛される”事を望んでるものだと思うと無下には出来ない。
精神の飢えは、苦しく哀しいものだ。
アタシにも覚えがある。
肉親の愛情に恵まれなかった彼が、唯一甘えられる存在だと認識してくれているのなら。アタシに出来る事なら、何でもしてあげたくなってしまう。喉がカラカラの人間が水を貪り飲む様に、空腹の人間が食物を貪り食らう様に、アタシから“無償の愛”を受けようとする必死さを感じてアタシの小さな胸がキュンキュンしてしまうのだ。
……あれは確か、【ジゼル】の舞台を観た後だった。
アタシには、“無償の愛”なんて高尚なものを貴志さんにあげるのは無理だと思ったのは。
あれから約一年が経つのだけれど。
色んな事があって、アタシの心境も心情も、微妙に変化して行ってる。
貴志さん。
アタシは救世主や聖ウァレンティヌスのような殉教者じゃないから、“無償の愛”なんてご大層なものは、やっぱりあなたにあげられないけど。
この胸に溢れる想いの全てをあなたに捧げる。
たった一人の夫である、唯一のあなたに。
この生命が終わる、その瞬間まで―――
「ホント、今は検索すれば何でも出てくるなァ~…これなら、マッツンに頼るまでもないかァ…」
そして、これはと思うレシピをメモり。
早速、買い出しに出掛ける準備をするのだった。
来る、セイント・ヴァレンタイン・デーに向けて。
※ ※ ※
ピンポ~ン♪
ドアフォンが鳴って、「はい、は~い、今行きますよォ~」パタパタとスリッパを鳴らしながら、ついつい声が出てしまうのは一人暮らしが長かったせいだろうか。慌てて解錠すれば、玄関先には旦那さまが立っていた。
……満面の笑顔で。
「ただ今、戻りました。今日もお弁当、美味しかったですよ。」
広い大理石の玄関でギュウッと抱き締められるのは、最早お約束。
「…お帰りなさい…お疲れさまです…」
顔中にキスの雨が降って来るのも。
「…ああ…チョコレートの甘い匂いがする…忘れずに用意して下さったんですね…」
「…当たり前です…私を誰だと思ってるんですか…?」
「…誰よりも愛しい、私の奥方です…」
「理解ってるなら…よろしい。」
その間も絶え間ないキスの嵐は止む事はなく。
さり気なくお尻に伸びる不埒な手はピシャリと叩いて撃退した。
敵は本気だった訳ではなく、案の定スンナリと撤退してくれた。
ちなみに、敵が本気だった場合。
キスは最初から唇へのディープキスだ。
こんな風に甘やかな額や頬へのキスではない。
夫も理解っているのだ、今日が特別な夜だと。
ようやく満足して離してくれた夫にニッコリと微笑む。
「今夜は特別に、君枝さんには遠慮して頂きました。」
アタシの言葉に、彼が笑み崩れる。
「嬉しいですね…久し振りに、真唯さんの手料理ですか…」
「…そんなに喜んでもらえると恐縮なんですが…実はすごい手抜きなんです…
…でも、愛情はタップリこもってますからね♡」
「それが一番重要なんですよ…ああ、チョコレートフォンデュですか…成る程…」
そう、ダイニングテーブルの上を見れば、一目瞭然だ。
フォンデュ用のお鍋には、甘い香りを放つチョコレートソースがグツグツ言ってるし。具材はこれでもかと云う程、用意されてるし。
でも、色々工夫したんだからね!
甘くて美味しいだけでなく、栄養も摂れるようにと思って!!
「着替えて来ますね。」
アタシの頭の天辺にキスを落とすと、旦那さまはうがい手洗いをする為に洗面所へ向かった。アタシはその後ろ姿を見送って、自分の部屋からこの日の為にずっと隠してた物を取りに行った。ウォークインクローゼットから戻って来た貴志さんは、スーツから部屋着に着替えていた。このオンからオフに切り替えてリラックスしてくれてる瞬間を見るのが、最近のアタシの密かな楽しみだったりする(照)。
「…これはまた、随分と豪勢ですね…」
テーブルについてくれた貴志さんの第一声がコレだ。
「恋人時代にヴァレンタインにチーズフォンデュをやってるので芸がないかとも思ったんですが、アレンジのしようによってはそれなりに楽しめると思って。」
「…充分ですよ…苺やバナナ、バゲットやマシュマロは定番ですが…プチトマトやキュウリとは珍しい…」
「意外と美味しいらしいですよ! 沢山食べて下さいね!!」
アタシは【富士山麓シングルモルト】を貴志さん用に水割りを用意して、アタシはハイボールでご相伴。貴志さんはウィスキー好きだし、何よりチョコレートに合うと聞いたので。
「はい。貴志さん、どうぞ。」
「…ありがとうございます…貴女に初めてチョコレートを頂いた時の事を思い出しますね…」
「アハ…あの時は、すみませんでした。」
「あの時の自分に教えてやりたいですね…今日の幸福を。」
「私の愛しい奥方が愛情を込めて用意して下さった、バレンタインの晩餐に。」
貴志さんがそう言って、グラスを掲げるから。
「…大好きな旦那さまと迎える事が出来る、ヴァレンタインの夜に…」
アタシはそう返して。
瞳と瞳で微笑み合って。
乾杯をして、ヴァレンタインのディナーは始まった。
「うん! トマトの酸味とチョコレートの甘さが意外に合いますね!!」
一番最初にプチトマトに手を伸ばした貴志さんが嬉しそうに笑う。
「良かった! 実は、お煎餅や柿の種って云うのもあったんですが、そこまで挑戦者になれなくて。」
アタシはブロッコリーに挑戦してみた。うん、これもなかなか美味しい♪
「このチョコレートソースも美味しいですね! レシピは?」
「とっても簡単ですよ。普通の板チョコに生クリームを加えただけです。」
「経済観念のしっかりした奥さんを貰えた私は幸せ者ですね。」
ホットケーキを片手に、貴志さんから笑顔が消える事はない。
そのホットケーキもホットケーキミックスを使って作った安物ですしね!
アタシもワッフルやクッキーを片手にニコニコの恵比寿顔だ。
果物は勿論、人参などの野菜も意外にチョコと合った。
チーズフォンデュの時も思ったけど、家庭で意外と簡単に作れるもんなんだな。経済的で美味しいし! 何より貴志さんが喜んでくれるのが嬉しい。チョコレートに含まれるカカオ成分が精神疲労や脳の疲労回復に効くと言うから、慣れない仕事にお疲れの旦那さまを少しでも癒して差し上げたくて。楽しく美味しく食べて、疲れが取れるなら一石三鳥だ!! ウィスキーの減り具合が少し気になるが。週末の、そして年に一度の特別な夜だ。固い事は言うまい(苦笑)。
粗方の食材が貴志さんとアタシの胃の中に見事におさまって。
アタシは珈琲を淹れる事にした。
チョコレートを大量に摂取した後だから、苦めが良かろう。
貴志さんの御用達の珈琲専門店で購入したグァテマラだ。
丁寧にドリップして、景徳鎮のペアカップに注ぐ。
「…はい、どうぞ…熱いですから、気を付けて…」
「…ありがとうございます…ああ…良い薫りだ…」
貴志さんが満足そうにカップを傾けるのを見て。
アタシは隠してた袋を取り出した。
「…貴志さん、これ…ヴァレンタインのプレゼントです…去年と違ってアタシ一人で選んだ物ですから、センスの保証は出来ませんけど…会社にしてゆく事は出来なくても、カジュアルにスーツを楽しむ時にでも使って頂けたら嬉しいです…」
「…ありがとうございます…開けても良いですか…?」
「…勿論です…どうぞ。」
貴志さんは、中身が直ぐに理解る細長い箱の包装を丁寧に解いていって。
中身の物を取り出して、手触りを楽しむように撫でて。
柄を見つめた。
「これは…もしかして、西陣織ですか…?」
「はい…そうです。」
「【宝づくし】ですか…縁起の良い物だ。」
【宝づくし】とは。
団扇・打出の小槌・丁子・巻物・分銅・宝袋・米俵の七つの宝をデザインした物である。縁起の良い物として、着物や帯の柄としては好まれて使われているが、ネクタイは珍しい。
「…実に真唯さんらしいチョイスですね…大切に使わせて頂きますよ…」
貴志さんが心底愛しい物を見るような瞳でネクタイを見つめて。
接吻を一つ、そのヴァレンタイン・プレゼントに落とした。
……良かった……今年は気に入って貰えて……
アタシがホッと安堵して、珈琲を含むと。
その珈琲を噴き出す様な事を夫が言い出した。
「真唯さんが選んで下さったネクタイは嬉しいんですが…プレゼントと言うなら、去年やって下さった事以上に嬉しい事はありませんでしたね…今年はやって下さらないんですか…?」
……この夫は…っ!!
「もう絶対にやりません…っ!!」
「それは残念ですねェ…では、今年の私の誕生日でも、是非、」
「もう二度と、や・り・ま・せ・んっ!!」
「おや。つくづく残念です。では、CAの次は是非、セーラー服を、」
「ずぅぇっっったい!! や り ま せ ん っっ!!!」
「では、女医さんはいかがですか? あれなら、白衣を着るだけですよ?」
「…グ…ッ」
「女教師や、チャイナドレスと言うのも良いですね。」
「………………………」
「警察官も良いですね…ミニスカポリスになら逮捕されても抵抗はしませんよ? ああ、勿論、中身が真唯さんだと云う事は絶対条件ですが。」
「………………………」
「…どん引きさせてしまいましたか…?」
「…呆れるのを通り越して、感心してしまってるんです…」
アタシは席を立って、回り込んで貴志さんの背後から肩に覆い被さる様に彼の首に両腕を回して抱き付いた。
大事で愛しいものを抱く様に。
そして耳元で囁いた。
「…貴志さんって、ホントに趣味が悪い…一生、趣味が悪いままでいてね…」
「…何気に失礼ですね…何回でも言いますが、私は最高の趣味をしていると自負しております…何と言っても、貴女と云う女性と結婚したのですからね…」
そう言って。
貴志さんは胸の辺りで組んでたアタシの手を握って。
アタシを振り返って、キスをしてくれた。
優しさと愛しさを確かめる戯れの様なキス。
角度を変えて何回も啄ばむ様に重ね合わせ。
チョコレートの甘さとウィスキーと珈琲の苦さが入り混じった舌を絡め合うと。
それはアッと云う間に、深い口付けに変わって行った。
お互いに呼吸が苦しくなって来た頃。
貴志さんは唇を離してくれた。
至近距離で見つめ合うと、貴志さんの瞳の中にいるアタシの姿が視える。
………ああ……何て、物欲しそうな表情をしてるんだろう……
「…真唯さん…これ以上のおあずけは辛いです…ベッドへ行きましょう…?」
「…ダメ…お風呂…」 ……ああ、説得力ないなァ……
「…明日の昼に、私が入れて綺麗にしてあげますから…」
「…食器…食洗機に入れないと…」
「…それも明日、私がやりますから…」
「…フォンデュのお鍋は手洗いしないと…それもやってくれる…?」
「…喜んで…」
夫の熱い囁きに、アタシは陥落した。
全ての理性を手放す決意をする。
全身の身体の力を抜いて、貴志さんの逞しい背中に寄り掛かると。
彼は宥める様にアタシの頭を撫でて。
アタシの腕を優しく解いて立ち上がった。
そして今でも時折筋トレをやって鍛えてる両腕で優しくお姫さま抱っこしてくれて。向かうは夫婦の寝室だ。その間もキスは止む事はなく。貴志さんの首に両腕を回したアタシは、それに素直に応えながら。
ふとある疑問が頭を過ぎったが。
甘く激しいキスとSEXに翻弄されて、浮かんだ疑問は直ぐにかき消えてしまったのだった。
※ ※ ※
翌月曜日。
愛用のパソコンの前に、再びアタシは座っていた。
結局、あの日は朝まで寝かせてもらえなくて。
旦那さまの宣言通りに、痛む身体を優しくお風呂で洗ってくれて。
久し振りの彼お手製のブランチに舌鼓を打ったのだった。
ヴァレンタイン当日の日曜日は、家でのんびりDVDを見て過ごした。
アタシはアドミラルの忠告を思い出して、彼の肩に寄り掛かってみた。
フッと優しく微笑む気配があった後、肩を抱かれたのは良いが。
そのまま突入されてしまったのは、誤算だった。
それで、あの瞬間、浮かんだ疑問を思い出してしまって。
旦那さまが出勤してしまった後に、こうしてネットの海の航海に出航したのだ。
アタシが検索した疑問は。
『結婚後、何年までが新婚と言うのか?』
思い返せば、結婚する前。
同棲を始めた頃。
貴志さんの甘く蕩ける様な様子に、『同棲でコレなら、結婚した後はどうなってしまうのか』と不安に思ったものだが。アタシの危惧は大当たりだったのだ。大体、あの精力は一体、何なのだ!?
四十代なのだから、少しは枯れそうなものなのに!!
まあ、セックスレスになって、擦れ違うよりは良いかも知れないが。
だから。
世間では、何年までが『新婚』の一言で許されるものなのか知りたくなってしまったのだった。
しばらくネットの海を彷徨った結果。
『一年から三年。』
『一年から五年。』
と云う意見が主流だった。
『三年』と云う意見の根拠は、某ご長寿番組の参加資格によるものだ。
まあ、これで少しは気が楽になった。
二年目のアタシたちは、まだまだ立派に“新婚”で通用するのだ。
ただ、貴志さんのアタシに対する度を超した甘えには。
幼児期にご両親の愛情に飢えて育った貴志さんが、唯一と決めた存在から“愛される”事を望んでるものだと思うと無下には出来ない。
精神の飢えは、苦しく哀しいものだ。
アタシにも覚えがある。
肉親の愛情に恵まれなかった彼が、唯一甘えられる存在だと認識してくれているのなら。アタシに出来る事なら、何でもしてあげたくなってしまう。喉がカラカラの人間が水を貪り飲む様に、空腹の人間が食物を貪り食らう様に、アタシから“無償の愛”を受けようとする必死さを感じてアタシの小さな胸がキュンキュンしてしまうのだ。
……あれは確か、【ジゼル】の舞台を観た後だった。
アタシには、“無償の愛”なんて高尚なものを貴志さんにあげるのは無理だと思ったのは。
あれから約一年が経つのだけれど。
色んな事があって、アタシの心境も心情も、微妙に変化して行ってる。
貴志さん。
アタシは救世主や聖ウァレンティヌスのような殉教者じゃないから、“無償の愛”なんてご大層なものは、やっぱりあなたにあげられないけど。
この胸に溢れる想いの全てをあなたに捧げる。
たった一人の夫である、唯一のあなたに。
この生命が終わる、その瞬間まで―――
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