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本編
No,28 【シルヴィオ陛下SIDE Ⅵ】
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ナツキに離縁を願い出られてしまった。
もう一刻の猶予もない。
多少の危険を犯す事も厭わない。
多大なる危険も覚悟の上だ。
※ ※ ※
戦を仕掛けられる以前から、ペッレグリーノに関して調査はさせていた。
だが、明確な敵国となったペッレグリーノに対しては、戦終結後にはより本格的な調略戦争を仕掛けていた。
“影”の間諜によるものだ。
“獣人”である“影”の間諜による調査は、その国の機密に関しての精度は抜群に高かった。彼ら、獣人の身体能力は異様に高い。他国に潜り込ませている人間である間諜よりも遥かに詳細で、その国の最高機密と言っても過言ではない事情や事実まで掴んでくるのだ。
今回はたまたま神子が“神風”を吹かせてくれて敵に壊滅的な被害を与える事が出来たが、それがなければ敵国に上陸を許していたかも知れないのだ。
『このままにしておいて、なるものか。』
それが、正直な気持ちだった。
ブリュール皇国には、愛する女性がいるのだ。
本土侵略など、絶対に許さない。
許してなるものか。
【戦女神】に関する事なら、ペッレグリーノの神殿に問い合わせるのが一番なのだが、それは諦めるしかない。
―――最早。
残された道は、一番険しい危険な道しかないのだ。
※ ※ ※
デルヴァンクールの【収穫祭】
今年もこの季節がやって来た。
……私の秘かな楽しみの一日。
着いたその日は、悪友・フレドのいつもの歓迎を受けた。
最早、通過儀礼だ(苦笑)。
ナツキは本当に、コーヒーが好きだ。
七都姫の日本では『珈琲』と言って、立派な嗜好品だった。
広い広い世界の中では、ピンからキリまで存在した。
この世界では、デルヴァンクール王国の特産品だ。
輸入品だから少し高価になってしまうが、彼女はそれを気にしているのだ。
常に国民の血税である事を意識しているのだ。
愛妾を気取る側室とは大違いである。
いや、比べる方が間違っているのだ。
ナツキの為ならば、コーヒー専門職人を呼んで専属にしても良いのに。
ナツキに毎日、美味いコーヒーを飲ませてやりたいのに……
そんな事を考えながら、彼女の表情を盗み見していたら、怪しまれてしまった。
何とかその場を誤魔化そうと思い付き、庭への散歩に誘ったのだが。
いつも思う事なのだが、庭園を見る時、ナツキは微かに微妙に表情が陰る。
……理解っている。
ナツキの精神の深い処に、大きな癒えない傷がある事は。
離婚した母親の精神的な傷がある事は。
思わず衝動的に抱きしめてしまった。
無意識的な衝動だから、始末に負えない。
背中に手が回ってくれない事が寂しいが、そんな事に傷付く権利が私にはない事も良く理解ってる。
……理解っては、いる。
理解っているから、少しだけ。
少しだけ、このままで……
皇国の宮廷は権力闘争と権謀術数の迷宮だが。
【収穫祭】の前夜祭は、それ以上だ。
国と国の高度な情報戦略の……狸と狐の化かし合いなのだから。
特に、ペッレグリーノのエーロ王には気が抜けない。
この特大にして最高最低の化け狸には、いかなる揚げ足取りも許してはならない。
神子を守る為にも。
※ ※ ※
「…っ! 正気なのか、ヴィオ…ッ、…神界に幽体を飛ばすなんて…っ!!」
深夜のフレドの私室。
王太子の私室には、彼の最高の結界が張ってある。
そこでの内密の会談。
神子とこの世界の秘密に関しての密談。
冒頭で私が切り出した話について、彼は激しく反発した。
「…危険は承知の上だ…だが、もう手詰まりなんだ…」
「…………………」
「…もう、一刻の猶予もない…」
「……ナツキの離縁の話か……」
「……そうだ……」
「…だが、危険過ぎる…っ、…神界に幽体を飛ばすなんて…っ!」
「…………………」
「…普通の幽体離脱じゃないんだぞ…っ、…第一、神界までなんて、辿り着くかどうか…」
「…………………」
「…神界まで辿り着かなくて…最悪、どこかの界で、幽体が迷子になる可能性だって…」
「…………………」
「そしたら、本体は衰弱する一方だし、最悪の場合、死に至る可能性だって…っ!!」
「理解ってる…っ、…理解ってるんだ、そんな事…っ」
「…………………」
「…だが、もう手詰まりなんだ…っ」
「…………………」
「…神界に行って、最高神か戦女神に直接聴いてみるしかないんだ…っ!」
「…………………」
「…理解ってるさ、これがどんなに無謀な賭けか…だが他に、良い案があるなら教えてくれ…っ!」
無言になってしまったフレドは、葡萄酒を煽ると荒々しく盃を置いた。
私もつられて葡萄酒を煽ったが……やけに苦く感じた。
「…フレドにも悪いと思ってる…意中の姫がいるのに、いつまでも求婚出来ないでいるのは、私のせいだ…」
「…やめろ…求婚しないでいるのは、俺の勝手だ…」
……理解ってる。
フレドは、神子の謎が解けるまで……私が幸せな結婚をするのを見届けるまで、結婚する心算はないのだ……
こんな友人を持てた私は、心底幸せ者だ……
「…一つだけ、頼みたい事があるんだが…いいか…」
「…頼み事の内容による…」
「……もしも、万が一、私が戻ってこれない場合……」
「おい…っ!」
「……ナツキを速やかに、元の世界に戻す手伝いをしてやって欲しい……」
「…………………」
「……ナツキの帰還には、膨大な魔力が必要になる…私の他には、大神殿の大神官しかいない……」
「…………………」
「……大神官には、もう頼んでおいた…だから、お前も……」
「……今の話は、聞かなかった事にする……」
「…………………」
「……だから、必ず帰ってこい…っ、…必ず、戻ってこい…っ!」
「…………………」
「……ブリュール皇国の神子を幸せにするのは、ブリュールの皇帝の役目だ…俺は、知らん……」
「…………………」
そう言って、乱暴に葡萄酒を煽るフレド。
こんな事を言いながら、こいつは『もしも』の事があったら、全力でナツキをサポートしてくれるに違いない。
だからこそ、無謀だと思われるチャレンジだって、やる気になれるのだ。
……神子の為に。
いや、違う。
八道七都姫と云う、かけがえのない大切な唯一の女性の為に。
私は喜んで、この生命だって賭けてみせる。
もう一刻の猶予もない。
多少の危険を犯す事も厭わない。
多大なる危険も覚悟の上だ。
※ ※ ※
戦を仕掛けられる以前から、ペッレグリーノに関して調査はさせていた。
だが、明確な敵国となったペッレグリーノに対しては、戦終結後にはより本格的な調略戦争を仕掛けていた。
“影”の間諜によるものだ。
“獣人”である“影”の間諜による調査は、その国の機密に関しての精度は抜群に高かった。彼ら、獣人の身体能力は異様に高い。他国に潜り込ませている人間である間諜よりも遥かに詳細で、その国の最高機密と言っても過言ではない事情や事実まで掴んでくるのだ。
今回はたまたま神子が“神風”を吹かせてくれて敵に壊滅的な被害を与える事が出来たが、それがなければ敵国に上陸を許していたかも知れないのだ。
『このままにしておいて、なるものか。』
それが、正直な気持ちだった。
ブリュール皇国には、愛する女性がいるのだ。
本土侵略など、絶対に許さない。
許してなるものか。
【戦女神】に関する事なら、ペッレグリーノの神殿に問い合わせるのが一番なのだが、それは諦めるしかない。
―――最早。
残された道は、一番険しい危険な道しかないのだ。
※ ※ ※
デルヴァンクールの【収穫祭】
今年もこの季節がやって来た。
……私の秘かな楽しみの一日。
着いたその日は、悪友・フレドのいつもの歓迎を受けた。
最早、通過儀礼だ(苦笑)。
ナツキは本当に、コーヒーが好きだ。
七都姫の日本では『珈琲』と言って、立派な嗜好品だった。
広い広い世界の中では、ピンからキリまで存在した。
この世界では、デルヴァンクール王国の特産品だ。
輸入品だから少し高価になってしまうが、彼女はそれを気にしているのだ。
常に国民の血税である事を意識しているのだ。
愛妾を気取る側室とは大違いである。
いや、比べる方が間違っているのだ。
ナツキの為ならば、コーヒー専門職人を呼んで専属にしても良いのに。
ナツキに毎日、美味いコーヒーを飲ませてやりたいのに……
そんな事を考えながら、彼女の表情を盗み見していたら、怪しまれてしまった。
何とかその場を誤魔化そうと思い付き、庭への散歩に誘ったのだが。
いつも思う事なのだが、庭園を見る時、ナツキは微かに微妙に表情が陰る。
……理解っている。
ナツキの精神の深い処に、大きな癒えない傷がある事は。
離婚した母親の精神的な傷がある事は。
思わず衝動的に抱きしめてしまった。
無意識的な衝動だから、始末に負えない。
背中に手が回ってくれない事が寂しいが、そんな事に傷付く権利が私にはない事も良く理解ってる。
……理解っては、いる。
理解っているから、少しだけ。
少しだけ、このままで……
皇国の宮廷は権力闘争と権謀術数の迷宮だが。
【収穫祭】の前夜祭は、それ以上だ。
国と国の高度な情報戦略の……狸と狐の化かし合いなのだから。
特に、ペッレグリーノのエーロ王には気が抜けない。
この特大にして最高最低の化け狸には、いかなる揚げ足取りも許してはならない。
神子を守る為にも。
※ ※ ※
「…っ! 正気なのか、ヴィオ…ッ、…神界に幽体を飛ばすなんて…っ!!」
深夜のフレドの私室。
王太子の私室には、彼の最高の結界が張ってある。
そこでの内密の会談。
神子とこの世界の秘密に関しての密談。
冒頭で私が切り出した話について、彼は激しく反発した。
「…危険は承知の上だ…だが、もう手詰まりなんだ…」
「…………………」
「…もう、一刻の猶予もない…」
「……ナツキの離縁の話か……」
「……そうだ……」
「…だが、危険過ぎる…っ、…神界に幽体を飛ばすなんて…っ!」
「…………………」
「…普通の幽体離脱じゃないんだぞ…っ、…第一、神界までなんて、辿り着くかどうか…」
「…………………」
「…神界まで辿り着かなくて…最悪、どこかの界で、幽体が迷子になる可能性だって…」
「…………………」
「そしたら、本体は衰弱する一方だし、最悪の場合、死に至る可能性だって…っ!!」
「理解ってる…っ、…理解ってるんだ、そんな事…っ」
「…………………」
「…だが、もう手詰まりなんだ…っ」
「…………………」
「…神界に行って、最高神か戦女神に直接聴いてみるしかないんだ…っ!」
「…………………」
「…理解ってるさ、これがどんなに無謀な賭けか…だが他に、良い案があるなら教えてくれ…っ!」
無言になってしまったフレドは、葡萄酒を煽ると荒々しく盃を置いた。
私もつられて葡萄酒を煽ったが……やけに苦く感じた。
「…フレドにも悪いと思ってる…意中の姫がいるのに、いつまでも求婚出来ないでいるのは、私のせいだ…」
「…やめろ…求婚しないでいるのは、俺の勝手だ…」
……理解ってる。
フレドは、神子の謎が解けるまで……私が幸せな結婚をするのを見届けるまで、結婚する心算はないのだ……
こんな友人を持てた私は、心底幸せ者だ……
「…一つだけ、頼みたい事があるんだが…いいか…」
「…頼み事の内容による…」
「……もしも、万が一、私が戻ってこれない場合……」
「おい…っ!」
「……ナツキを速やかに、元の世界に戻す手伝いをしてやって欲しい……」
「…………………」
「……ナツキの帰還には、膨大な魔力が必要になる…私の他には、大神殿の大神官しかいない……」
「…………………」
「……大神官には、もう頼んでおいた…だから、お前も……」
「……今の話は、聞かなかった事にする……」
「…………………」
「……だから、必ず帰ってこい…っ、…必ず、戻ってこい…っ!」
「…………………」
「……ブリュール皇国の神子を幸せにするのは、ブリュールの皇帝の役目だ…俺は、知らん……」
「…………………」
そう言って、乱暴に葡萄酒を煽るフレド。
こんな事を言いながら、こいつは『もしも』の事があったら、全力でナツキをサポートしてくれるに違いない。
だからこそ、無謀だと思われるチャレンジだって、やる気になれるのだ。
……神子の為に。
いや、違う。
八道七都姫と云う、かけがえのない大切な唯一の女性の為に。
私は喜んで、この生命だって賭けてみせる。
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