悠久の Madrugada〈マドゥルガダ〉 －蒼い闇－

密言 1 ー王と影1ー ※「囁言」 から「密言」へ改題

「殿下リシェール様はーーどこか歪いびつでいらっしゃる」
　日陰シェイドは、王にーー己れの主あるじに請こわれるまま、語る。

「日陰シェイ、リシェールは王籍も、その名も取り上げた」
　兄は咎とがめるように、日陰シェイドを遮さえぎった。

「主あるじ……、影シャドウは、王宮の理ことわりを、必要としない」
　しかし日陰シェイドは、頓着とんちゃくしなかった。

「分かっている。日陰シェイ、それでも頼む」

「承知。ーーリシェ様は歪いびつでいらっしゃる……あれはーー危あやうい」

「そうだな。更にこの兄が拍車はくしゃをかけている」

「主あるじ」

「事実だ。そして……どこか、ではない。弟あれは歪いびつなのだ。そう、育ってしまっている」
　異才と讃たたえられ、兄を超えてみせた弟リシェール。だがそれを尚、豊かに育てる前に奪われ、壊された。

　ーー歳としより幼く……ーー且つ、歳としより遥はるかな老成をしてしまった、子供ーー

「幸い、私に殺されることを希み、生き抜いてくれた。だが弟あれは、そのように常に二律背反アンチノミーを抱えている」

「聡さとい方です。ーーそれが故に憐あわれです。リシェ様はーーそして、主あるじも」
　日陰シェイドは、そう表した。

「日陰お前にはどう見えているのだろうな。兄弟我らの“ごっこ遊び”が」
　ふふっ……と、兄は壊れているが故ゆえの透明な瞳で聞いた。

「お可愛いらしい、と思っておりますよ。ーーお二人とも全て分かっていらっしゃる。よろしいのではありませんか？」

「歪いびつでも」

「ーー歪でも」

「壊れていても」

「ーー壊れていても。主、迷ってはいけません」
　日陰シェイドは、兄を諌いさめる言げんを放つ。

「分かっている。迷っているわけではない。ただーー少し疲れているのか」

「それこそ、日陰の埒らちもない言げんを聞くより、リシェ様のお慰なぐさめをいただくべきですーー待っていらっしゃいますよ」
　少々の呆れを滲にじませて、日陰シェイドは勧める。
　確かに主あるじは疲れており、主あるじの弟君に慰めを求めた方が良い筈であった。

「聞こう。ではーー深夜よるに」
「深夜よるに。リシェ様とお待ちしております」