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フレンチでリッチな夜でした
その4
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そのおよそ七時間程前、青柳美香はリウドルフのマンションを訪れていた。
この日も空は良く晴れており、昼の住宅街には蝉の声が幾重にも折り重なるようにして鳴り響いていた。
「あ、いらっしゃい。暑いでしょ。入って入って」
部屋の入口を開けて、アレグラが美香を招き入れた。
彼女は今日も下着姿で、リビングの窓辺にはいつもと同じく置かれた三つのディスプレイに何かのゲームの画面が映し出されていた。
「……センセはいないんだ」
「そうそう。男友達とちょいとフランスまで出掛けてるよ」
キッチン横のテーブルの席に腰を下ろした美香へ、アレグラはグラスに注いだスポーツドリンクを差し出しながら答えた。
「もうじき学校も始まるってのに相変わらず落ち着きが無くってねぇ。お土産ぐらい買って来いとは言っといたけど」
「うん……」
美香は何処か落ち着かない様子でマンションの一室を見回した。
元々広い部屋ではないのだが、一人の姿が見えないだけで随分と空間が広がって見える。普段はこれと言って何をしている訳でもない、部屋の隅の方でタブレットを弄っている漆黒の躯の姿を、美香は現在の景色の中に重ねていた。
些か所在無さそうに、椅子に小ぢんまりと座る少女を、赤毛の女もやや困ったように見下ろした。
ややあって、席の横手に佇むアレグラを美香は見遣る。隠者の庵に残されたもう一人の人ならざる者を、少女は改めて視界に収めたのであった。
窓から差し込む夏の日差しの中、腰まで垂らした赤毛は淡く煌めき、全身の肌も微かな燐光を発しているかのようである。一月程前、夜の海辺で目にした彼女の真の姿を美香はふと思い起こした。
自身が追い求める者と同じ、近くて遠いその姿を目の当たりにする内、美香はふと湧いて出た疑問を口にする。
「て言うか、珍しいね。アレ姐がお留守番してるなんて」
「まあねぇ……」
問われたアレグラは腰に片手を当てて鼻息をつく。
「あっちにも、偶には羽を伸ばしたい時ってのがあんでしょ。ま、もしかしたら、あたしに気を遣ってんのかも知れないけど……」
「え?」
こちらへ不思議そうに顔を向けた美香から、アレグラは慌てて顔を逸らした。
「いやいや……」
言葉を一度濁した後、アレグラは宙を見上げて言う。
「しっかし、どうしようかね~……待てど暮らせど来ぬ人を~、とか言っててもしょうがないし、居残り組同士どっかお茶でも飲みに行く?」
「う、うん。あたしは構わないけど……」
美香が答えると、アレグラは笑って顔を戻した。
「じゃあ、そうしよっか。鬼の居ぬ間に何とやらで、日頃の愚痴でも吐き出しに行こう」
「それって、ひょっとして何十年分もの愚痴になる訳?」
「やァ、あたしはそこまで溜め込まないよォ~」
美香の指摘にアレグラはやはり一笑して答えたのだった。
主の一人が不在の部屋に、女達の放つ活気が俄かに満ち始めた。
通りから届く蝉の声が何処か白々しく室内に響いた。
ひたすら淡白に鳴り響く蝉の声の間を、三つの人影が通り抜けた。
南仏農村部の例に漏れず、彼らが身を置く場所もまた果てし無く続くように見える農耕地の只中にあり、収穫を待つ種々の作物が強い日差しの下に生い茂っていたのであった。
穂を垂らした小麦。
刈り入れを待つばかりとなった満開のラベンダー。
台形の畑一面に咲き誇る、弾けるような黄色い色彩を青空に晒した向日葵。
一点の翳りも曇りも無いように見える田園風景を、リウドルフは暫し見渡していた。
謎の事件で相次いで被害者が出ている最中、農作業に当たっている者達の姿は何処か不安げであり、作物の海からは尚の事浮いて見えた。
畑の向こうに小川か用水路でも設けられているのか、軽やかなせせらぎが聞こえて来る。
小麦畑の間を伸びる街道の路側帯に佇み、ふと息をついた彼の隣で百目鬼が扇子で顔を扇いだ。
「何ともなぁ、刑事の兄ちゃんが言ってた通り、絵に描いたような田舎だァなあ……」
「空気は美味いが街へは遠い。警察も救急車もすぐには来ない。郊外のコミューンなんぞは何処も似たり寄ったりだろうが」
リウドルフが降り注ぐ陽光に手を翳して答えた。
両者とも今はスーツのジャケットを脱ぎ、半袖のシャツ姿となって畑の中を伸びる国道を歩いて行く。行き交う車の数は少なく、人の声も聞こえず、長く伸び行く道路に響き渡るのは時折吹き抜ける風の音と蝉の単調な鳴き声ばかりである。
四方を囲う田畑を見回し、百目鬼がぼやくように評する。
「山裾にある土地でもねえ。近くに森や林が広がってる訳でもねえ。塒ンなりそうな木立なんかは真っ先に捜索されてるだろうし、何処に隠れてんだろうなぁ、その『獣』ちゃんは」
「そもそも郊外とは言え、この辺りは農業用地として開拓され切っている。日本のように手付かずの山林が国土の七割を覆っているような所とは事情が違う。他所の土地から野犬なり狼なりが移って来たのであれば、何らかの目撃情報が必ず寄せられる筈だ」
「体高の低い動物であれば畑の中に隠れながら移動出来るかも知れんぜ」
「ずっと隠れっ放しと言う訳にも行かんだろう。動物ならば糞尿も出すし鳴き声も上げる。それで縄張りを主張し始める奴だっているかも知れん。人間を仕留められる程の大型の肉食動物となれば尚更、足跡を残さないなんて事はまず在り得ない」
百目鬼へ指摘してからリウドルフは肩越しに後ろを顧みた。
二人組の学者の後ろをゾエが続いていた。
「被害の現場には何の痕跡も残されてはいなかったのだろう?」
リウドルフの言葉にゾエは頷いた。
「そのようですね。最初の被害が確認されたのが五月の十六日、夕方の事だったそうです」
答えながら、ゾエは手にしたスマートフォンの画面に目を凝らした。
「被害者はカンタン・デュメリー、五十二歳、男性。ロデーズの造園業者だったそうですが、ここパードリーの畑の生垣を整枝中に、いつの間にか姿が見えなくなったそうです。他の作業も終わり、会社に戻る頃になって不審に思った仲間が辺りを捜索。畑の中で頭頂部を砕かれた変わり果てた姿で発見されたそうです」
そして彼女は前方に広がる麦畑を道端から指し示した。
「それがそこ、丁度この先十メートル程の地点での事だったそうです」
リウドルフが目を細めた横で百目鬼が扇子の動きを速めた。
車道の脇に立ってゾエは言葉を続ける。
「殺害現場には被害者の物と思われる血痕以外に痕跡は無し。仮に動物の仕業と仮定しても、周辺には足跡も体毛も残されてはいなかったそうです」
百目鬼が晴れた夏空を見上げて徐に口を開く。
「案外、大蛇に襲われたんだったりしてな」
「誰かの飼ってたオオアナコンダが逃げ出してこの辺りに棲み付いてるのか? だが、奴らは獲物へまず巻き付いて締め上げてから丸吞みにする。ジャングルで樹上から襲い掛かるならまだしも、こんな平地で獲物の頭にいきなり齧り付く蛇がいるか? 身を屈めて作業していた所を物陰から不意に襲われたのかも知れんが、遺体の状況だけ聞けば熊の爪に掛かったようにも思える」
リウドルフが苦言を呈すると百目鬼は口先を尖らせた。
「けども、羆辺りが出没したんだったらそれこそ大騒ぎになんじゃねえか? 大体あいつら執着心が人一倍強いんだ。死体をその場に置いてくたぁ思えねえ」
「だから可能性の問題として、だ。考えたくない可能性なぞ他に幾らでもあるが」
「まあまあ……」
偏屈な学者二人の始めた口論へ、ゾエは困惑気味に口を挟んだ。
「ええと、次に犠牲者が出たのがその翌週。今度は地元農家の女性、イヴェット・リラマン、六十四歳が、農作業中に行方を眩ませたそうです。翌朝、家族が水路の近くで死亡している彼女を発見。この場合、内臓を抉られていたようですね。現場にはまたしても何の痕跡も残されてはいませんでした」
路肩に佇む三者の横を木箱を積んだトラックが通り過ぎた。
百目鬼はやはり扇子で顔を扇ぎながら、それまでより低い声で言う。
「……野生動物の仕業でないんなら、殺害自体は他所でやったんだとして、遺体をわざわざ野外へ置き晒しにした理由は何だろうな?」
南向きの部屋を音も無く通り抜ける、冷えた隙間風のような物言いであった。
リウドルフも顎先に手を当てて少しの間黙考する。
「……見せしめ、警告、脅迫、単純な嗜虐性の発露、はたまた承認欲求の暴走……考え出したらきりがない。何かの儀式と言う線すらある」
「病気だな、病気」
「どの道一線を越えてるのは間違い無い」
遠く木立の近くに揺れるラベンダー畑の鮮やかな紫の色彩を義眼の表に収めて、痩身の人影は溜息交じりに言葉を続ける。
「結局警察がそこそこの人数でこんな片田舎まで出張って来たのも、その辺りの懸念が根底にあるからだろう。これが獣害などではなく、共同体内での殺人事件であった場合を警戒して。どんなに長閑な土地であろうが、人同士が群れて暮らせば蟠りは必ず生じるし、屈折して鬱積した感情はある日突然爆発する」
「何とも怖いねぇ……」
百目鬼は扇子を動かしながら、自分達が歩いて来た道を顧みる。
左右に広く田畑を置いて、何処にでもある農村は夏日の下に浮かび上がっていた。
と、その時、その村の向こうからサイレンの音が近付いて来る。
蝉の声を裂き、軽やかな水音に圧し掛かり、麦穂が風に揺れるざわめきをも打ち消して、けたたましく空気を揺らす人工の音が、田園地帯の一画に頓に鳴り響いたのであった。
この日も空は良く晴れており、昼の住宅街には蝉の声が幾重にも折り重なるようにして鳴り響いていた。
「あ、いらっしゃい。暑いでしょ。入って入って」
部屋の入口を開けて、アレグラが美香を招き入れた。
彼女は今日も下着姿で、リビングの窓辺にはいつもと同じく置かれた三つのディスプレイに何かのゲームの画面が映し出されていた。
「……センセはいないんだ」
「そうそう。男友達とちょいとフランスまで出掛けてるよ」
キッチン横のテーブルの席に腰を下ろした美香へ、アレグラはグラスに注いだスポーツドリンクを差し出しながら答えた。
「もうじき学校も始まるってのに相変わらず落ち着きが無くってねぇ。お土産ぐらい買って来いとは言っといたけど」
「うん……」
美香は何処か落ち着かない様子でマンションの一室を見回した。
元々広い部屋ではないのだが、一人の姿が見えないだけで随分と空間が広がって見える。普段はこれと言って何をしている訳でもない、部屋の隅の方でタブレットを弄っている漆黒の躯の姿を、美香は現在の景色の中に重ねていた。
些か所在無さそうに、椅子に小ぢんまりと座る少女を、赤毛の女もやや困ったように見下ろした。
ややあって、席の横手に佇むアレグラを美香は見遣る。隠者の庵に残されたもう一人の人ならざる者を、少女は改めて視界に収めたのであった。
窓から差し込む夏の日差しの中、腰まで垂らした赤毛は淡く煌めき、全身の肌も微かな燐光を発しているかのようである。一月程前、夜の海辺で目にした彼女の真の姿を美香はふと思い起こした。
自身が追い求める者と同じ、近くて遠いその姿を目の当たりにする内、美香はふと湧いて出た疑問を口にする。
「て言うか、珍しいね。アレ姐がお留守番してるなんて」
「まあねぇ……」
問われたアレグラは腰に片手を当てて鼻息をつく。
「あっちにも、偶には羽を伸ばしたい時ってのがあんでしょ。ま、もしかしたら、あたしに気を遣ってんのかも知れないけど……」
「え?」
こちらへ不思議そうに顔を向けた美香から、アレグラは慌てて顔を逸らした。
「いやいや……」
言葉を一度濁した後、アレグラは宙を見上げて言う。
「しっかし、どうしようかね~……待てど暮らせど来ぬ人を~、とか言っててもしょうがないし、居残り組同士どっかお茶でも飲みに行く?」
「う、うん。あたしは構わないけど……」
美香が答えると、アレグラは笑って顔を戻した。
「じゃあ、そうしよっか。鬼の居ぬ間に何とやらで、日頃の愚痴でも吐き出しに行こう」
「それって、ひょっとして何十年分もの愚痴になる訳?」
「やァ、あたしはそこまで溜め込まないよォ~」
美香の指摘にアレグラはやはり一笑して答えたのだった。
主の一人が不在の部屋に、女達の放つ活気が俄かに満ち始めた。
通りから届く蝉の声が何処か白々しく室内に響いた。
ひたすら淡白に鳴り響く蝉の声の間を、三つの人影が通り抜けた。
南仏農村部の例に漏れず、彼らが身を置く場所もまた果てし無く続くように見える農耕地の只中にあり、収穫を待つ種々の作物が強い日差しの下に生い茂っていたのであった。
穂を垂らした小麦。
刈り入れを待つばかりとなった満開のラベンダー。
台形の畑一面に咲き誇る、弾けるような黄色い色彩を青空に晒した向日葵。
一点の翳りも曇りも無いように見える田園風景を、リウドルフは暫し見渡していた。
謎の事件で相次いで被害者が出ている最中、農作業に当たっている者達の姿は何処か不安げであり、作物の海からは尚の事浮いて見えた。
畑の向こうに小川か用水路でも設けられているのか、軽やかなせせらぎが聞こえて来る。
小麦畑の間を伸びる街道の路側帯に佇み、ふと息をついた彼の隣で百目鬼が扇子で顔を扇いだ。
「何ともなぁ、刑事の兄ちゃんが言ってた通り、絵に描いたような田舎だァなあ……」
「空気は美味いが街へは遠い。警察も救急車もすぐには来ない。郊外のコミューンなんぞは何処も似たり寄ったりだろうが」
リウドルフが降り注ぐ陽光に手を翳して答えた。
両者とも今はスーツのジャケットを脱ぎ、半袖のシャツ姿となって畑の中を伸びる国道を歩いて行く。行き交う車の数は少なく、人の声も聞こえず、長く伸び行く道路に響き渡るのは時折吹き抜ける風の音と蝉の単調な鳴き声ばかりである。
四方を囲う田畑を見回し、百目鬼がぼやくように評する。
「山裾にある土地でもねえ。近くに森や林が広がってる訳でもねえ。塒ンなりそうな木立なんかは真っ先に捜索されてるだろうし、何処に隠れてんだろうなぁ、その『獣』ちゃんは」
「そもそも郊外とは言え、この辺りは農業用地として開拓され切っている。日本のように手付かずの山林が国土の七割を覆っているような所とは事情が違う。他所の土地から野犬なり狼なりが移って来たのであれば、何らかの目撃情報が必ず寄せられる筈だ」
「体高の低い動物であれば畑の中に隠れながら移動出来るかも知れんぜ」
「ずっと隠れっ放しと言う訳にも行かんだろう。動物ならば糞尿も出すし鳴き声も上げる。それで縄張りを主張し始める奴だっているかも知れん。人間を仕留められる程の大型の肉食動物となれば尚更、足跡を残さないなんて事はまず在り得ない」
百目鬼へ指摘してからリウドルフは肩越しに後ろを顧みた。
二人組の学者の後ろをゾエが続いていた。
「被害の現場には何の痕跡も残されてはいなかったのだろう?」
リウドルフの言葉にゾエは頷いた。
「そのようですね。最初の被害が確認されたのが五月の十六日、夕方の事だったそうです」
答えながら、ゾエは手にしたスマートフォンの画面に目を凝らした。
「被害者はカンタン・デュメリー、五十二歳、男性。ロデーズの造園業者だったそうですが、ここパードリーの畑の生垣を整枝中に、いつの間にか姿が見えなくなったそうです。他の作業も終わり、会社に戻る頃になって不審に思った仲間が辺りを捜索。畑の中で頭頂部を砕かれた変わり果てた姿で発見されたそうです」
そして彼女は前方に広がる麦畑を道端から指し示した。
「それがそこ、丁度この先十メートル程の地点での事だったそうです」
リウドルフが目を細めた横で百目鬼が扇子の動きを速めた。
車道の脇に立ってゾエは言葉を続ける。
「殺害現場には被害者の物と思われる血痕以外に痕跡は無し。仮に動物の仕業と仮定しても、周辺には足跡も体毛も残されてはいなかったそうです」
百目鬼が晴れた夏空を見上げて徐に口を開く。
「案外、大蛇に襲われたんだったりしてな」
「誰かの飼ってたオオアナコンダが逃げ出してこの辺りに棲み付いてるのか? だが、奴らは獲物へまず巻き付いて締め上げてから丸吞みにする。ジャングルで樹上から襲い掛かるならまだしも、こんな平地で獲物の頭にいきなり齧り付く蛇がいるか? 身を屈めて作業していた所を物陰から不意に襲われたのかも知れんが、遺体の状況だけ聞けば熊の爪に掛かったようにも思える」
リウドルフが苦言を呈すると百目鬼は口先を尖らせた。
「けども、羆辺りが出没したんだったらそれこそ大騒ぎになんじゃねえか? 大体あいつら執着心が人一倍強いんだ。死体をその場に置いてくたぁ思えねえ」
「だから可能性の問題として、だ。考えたくない可能性なぞ他に幾らでもあるが」
「まあまあ……」
偏屈な学者二人の始めた口論へ、ゾエは困惑気味に口を挟んだ。
「ええと、次に犠牲者が出たのがその翌週。今度は地元農家の女性、イヴェット・リラマン、六十四歳が、農作業中に行方を眩ませたそうです。翌朝、家族が水路の近くで死亡している彼女を発見。この場合、内臓を抉られていたようですね。現場にはまたしても何の痕跡も残されてはいませんでした」
路肩に佇む三者の横を木箱を積んだトラックが通り過ぎた。
百目鬼はやはり扇子で顔を扇ぎながら、それまでより低い声で言う。
「……野生動物の仕業でないんなら、殺害自体は他所でやったんだとして、遺体をわざわざ野外へ置き晒しにした理由は何だろうな?」
南向きの部屋を音も無く通り抜ける、冷えた隙間風のような物言いであった。
リウドルフも顎先に手を当てて少しの間黙考する。
「……見せしめ、警告、脅迫、単純な嗜虐性の発露、はたまた承認欲求の暴走……考え出したらきりがない。何かの儀式と言う線すらある」
「病気だな、病気」
「どの道一線を越えてるのは間違い無い」
遠く木立の近くに揺れるラベンダー畑の鮮やかな紫の色彩を義眼の表に収めて、痩身の人影は溜息交じりに言葉を続ける。
「結局警察がそこそこの人数でこんな片田舎まで出張って来たのも、その辺りの懸念が根底にあるからだろう。これが獣害などではなく、共同体内での殺人事件であった場合を警戒して。どんなに長閑な土地であろうが、人同士が群れて暮らせば蟠りは必ず生じるし、屈折して鬱積した感情はある日突然爆発する」
「何とも怖いねぇ……」
百目鬼は扇子を動かしながら、自分達が歩いて来た道を顧みる。
左右に広く田畑を置いて、何処にでもある農村は夏日の下に浮かび上がっていた。
と、その時、その村の向こうからサイレンの音が近付いて来る。
蝉の声を裂き、軽やかな水音に圧し掛かり、麦穂が風に揺れるざわめきをも打ち消して、けたたましく空気を揺らす人工の音が、田園地帯の一画に頓に鳴り響いたのであった。
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