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またもリッチな夜でした
その15
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西日の代わりに室内へ絶えず差し込む雨音の中で、美香は俯き加減で黙していた。
眩しさを抑えた照明にも夏服の白さは際立ち、その手に握った黒い通学鞄は逆に光を吸い上げるかのようである。病室奥の窓から伝わる雨音を除けば辺りは静かであり、美香もまた声を上げる事は無かった。
と、そこへ、
「姉ちゃん! 姉ちゃんてば!」
威勢の良い声を間近から掛けられて、美香ははっとした面持ちを浮かべた。
顔を上げた彼女の先では、ベッドに座った達也が怪訝そうな表情で、心ここに在らずと言った体の姉を見上げていた。
パジャマ姿でベッドに胡坐を掻いた達也は、首を少し傾いで美香を見遣る。
「どうしたんだよ、姉ちゃん? 何かずっと黙り込んで……」
「ああ、悪い悪い。ちょっと期末の事が気になってて……」
美香が咄嗟に遣した言い訳に、達也は納得を覗かせなかった。
「だったら別に学校帰りに無理して立ち寄る必要無かったんじゃね? 俺も明後日には退院するんだし……」
「退院……そっか、退院か。日曜に退院するんだっけ」
美香が取って付けたように明るい声を出す斜交いで、達也は白けた表情を浮かべた。
「そうだよ。日曜の昼には家に戻んの。まあ、その後も検査は続くけども……」
「やぁ、まあ、そりゃ知ってたけどさ、あたしもこの週末は家に篭ってみっちり勉強する積もりだから、帰るついででもなきゃ病院にも来れないかなー、って」
「ふーん……」
硬い笑顔を浮かべた姉を、達也は胡散臭そうに見つめた。
外では雨が尚も降り続いた。
ややあってから、美香は病室の壁側に宛がわれたベッドで退屈そうに教科書を読んでいる弟を見下ろす。肉離れを起こした右の脹脛には今も包帯が巻かれていたが、痛み自体は既に引いたのか、先程から割と自由に足を組み替えている。顔色も至って普通であり、苦痛を表情に乗せる事も無い。
「……何?」
視線に気付いたのか、達也が教科書から目を離して美香を見た。
途端、美香は眼差しを脇へと逸らす。体が揺れた拍子に、ベッドを仕切るカーテンが僅かに揺れた。
「ああ、いや、割かし元気そうだなと思って」
「変なの……」
そう呟いた弟を、美香は目端から垣間見た。
「……あんたさ、入院してからどっか悪くなったって事は無いよね?」
「はァ? 何言ってんの?」
美香が歯切れ悪く訊ねると、達也は眉根を寄せた。
「いや、今、足以外でどっか調子が悪いとか言う事は無い?」
美香は眼差しを逸らしつつ、余所余所しく問いを重ねた。
「別に無いけども……」
「うん……なら、いいわ」
それきり沈黙した姉を、達也は扱いに困った表情で眺めていたのであった。
それから十分後、美香は弟の病室より階段を二つ昇り、個室の並ぶ階へと足を踏み入れていた。内部の間取りが代わり映えのしない建物で、そこを特定するのは美香にとっては骨が折れたが、とまれ、やがての末に彼女は一つの病室の前で足を止めたのであった。
閉ざされた扉の横には、『宮沢叔子様』とのネームプレートが掲げられている。
先程よりも少し表情を緩めて、美香は顔馴染みの少女が滞在する病室の扉をノックしようとした。
その時であった。
『……は、はは、早く』
『早く、よよよ遣せ、そそそれれをををを』
『まだまだまだ、いいいい要るるる』
『もっもっもっとと、ああ集めなけければばば』
ドアに片手を伸ばした所で、美香は俄かに眉根を寄せていた。
室内から何ものかの声が聞こえて来る。
囁くような、擦れたような、今にも消えてしまいそうな微かな声であり、同時にそれは鼓膜を震わせる類の声ではなかった。意識に直に訴え掛ける、思念によって表される形無き声であった。
『思わ思思わぬ所で、でで』
『手傷をを負った』
『端共も、もも、だだ大分失われてしまっ、たたた』
『まままだ、おま、おおお前にはには、働いて貰わねばならならぬ』
『おっおおお前には』
重なり合って篭ったような支離滅裂な声であった。
然るに、普段であればまず間違い無く聞き逃すであろう微弱な声を意識した途端、美香は表情を強張らせた。理屈で割り切れぬ防衛本能が、足元から虫の大群が這い上がって来るように呼び覚まされる。どういう手合いがこうした『声』を生み出す事が出来るのか、彼女は少し前に実体験として知っていたからである。
不安と恐れが胸の奥で液体となり、意識と言う容器を溢れさせようとした正にその時、最後の一石となる呼び声が美香の脳裏に響いた。
『やめて、兄さん……!』
聞き覚えのある響きが脳裏に届いた刹那、美香は目の前の扉を激しく叩いていた。
「ちょっと! ちょっと、叔ちゃん! そこに何かいるの!?」
続いて美香は扉を開けようと試みたが、中から鍵でも掛けられているのか、通路と個室を仕切る小さなドアは溶接されたかのように頑として動かなかった。
ベージュの通路で四苦八苦して数秒後、美香の前で扉は不意に開かれた。直前までの抗力を出し抜けに零にして、個室を閉ざしていた引き戸はするりと動いたのであった。
驚いた美香の前に、亮一が立っていた。
相対する美香と同じ夏服姿である。同じく学校の帰りにここへ立ち寄ったのだろうか。
「や、やあ……」
出会い頭に弱々しく笑った少年を、少女は眉根を寄せて見つめていたが、それも束の間、美香は亮一の肩越しに室内へ視線を投げ掛ける。
「今……今、何か、誰か、この部屋にいなかった?」
「いや……」
亮一は余所余所しく否定したが、実際の所、そこまで広くもない個室に他に人影は見当たらなかった。窓の外に雨は降り続いていたが、白い光の満ちる小さな空間は逆に眩いばかりで、清潔な光の照らす中に人影は無かったのである。
「どうしたの、兄さん?」
病室の奥から軽やかな声が美香の下まで届いた。この個室の主たる少女の、何ら変わらぬ呼び声である。
「何でもない。この前のお客さんだよ」
肩越しに病室の奥へと答えてから、亮一は敷居を挟んで立つ美香を改めて見つめた。
「……君も、来てたんだ……」
「うん……まあ、うちも弟がいるから……」
釈然としない面持ちで、美香は頷いた。
そして亮一に導かれるまま、美香は個室へと足を踏み入れた。戸口から眺めた時と同様、内部に他に人影は無く、窓辺のベッドに見知った少女が臥すのみである。
白い光に浮かび上がる、豊かな光沢を持つ頭髪。全体的に丸みを帯びた顔立ちは時に童のようにも見えるが、その双眸から放たれる光には時折妙に大人びた蠱惑的な煌めきもまた載せられていた。
宮沢叔子は不意の来客に病床から笑顔を覗かせた。
「今日は。また遊びに来てくれたんですね」
翳りの欠片も無い笑みを浮かべる叔子へと、美香も微笑と挨拶を返す。
「え、ええ。御邪魔します」
眼前の少女が身を置くベッドにも、些かの乱れも見当たらない。大きな宝石箱のような個室には以前訪れた時と何の差異も見当たらなかった。
全ては空耳か、はたまた雨音の悪戯だったのだろうか。
浮かない顔をして美香は室内を見回した。
と、その眼差しが、或る一点で固定される。
窓辺の隅、叔子の臥すベッドの真向かいに当たる部屋の角に、何か不可解な淀みのようなものが宙を漂っているのを美香は目端に留めたのであった。美香が怪訝に思って目を細めてみれば、窓のすぐ傍に浮かんでいたのは、うっすらと黄色い靄のようなものであった。
ふとそちらへ足を向けた美香の脳裏に、その時、何処からか声が届く。
……まだ、まだ、まだ足りぬ……
……どれだけこんな真似をさせるんだ!? いつになったら……
……まだだ、まだ、まだ……
……誰も傷付けないと言う約束だったろう!? なのに、この間は事故まで起こさせて、お前は本当に……
……まだだ、まだ……
……兄さん、私の事はもういいから!……
……叔子……
……約束は、交わした……
……あの日、確かに聞き届けた……
……お前はただ、待てば良い……
……まだ……
まるで透明な風が頭の中を吹き抜けて行くかのように、美香の意識に実体の無い声が流れて行った。突然の事に驚いて立ち尽くす美香の前で、黄色い靄はぼんやりと流れ去り、窓を透かして雨天の外へ漏れ出て程無く見えなくなった。
半ば呆然と窓の外を眺めていた美香の肩を、傍らから亮一が揺さぶった。
「……大丈夫?」
呼び掛けられて、美香もふと我に返る。貧血にも似た気分を覚えて、美香は額に手を当てた。
「……うん。ちょっと眩暈がしただけ……」
答えつつ、美香は心配そうにこちらを見遣る亮一の方へと、首を巡らせた。
刹那、少女の瞳が大円に見開かれる。
今も慮る面持ちでこちらを見つめる少年。その体から、美香の肩に掛けられた指先からも、あの黄色い光が立ち昇っていたのであった。電灯のような無機的な光とも異なる、それでいて生物的な暖かみも感じられない、覗き込む内に淀みの底へと引きずり込まれてしまいそうな、それは妄執の生み出す輝きであった。
俄かに怯えた表情を浮かべながらも、美香は閉ざされた小さな部屋を改めて見回した。
煌々と白い光の灯る、輝きに満ちた部屋。
翳りとなるようなものは何も無く、均一な光だけが辺りを満たす。
ベッドから上体を起こした叔子が、不思議そうにこちらを見ている。
窓越しに伝わる雨の音だけが、微かに空気を揺らしていた。
その只中に立ち、美香はそれでも不安の拭えぬ表情を浮かべていた。
ここにはやはり、『何か』が『居る』。
いや、『何か』が『居た』のだと。
眩しさを抑えた照明にも夏服の白さは際立ち、その手に握った黒い通学鞄は逆に光を吸い上げるかのようである。病室奥の窓から伝わる雨音を除けば辺りは静かであり、美香もまた声を上げる事は無かった。
と、そこへ、
「姉ちゃん! 姉ちゃんてば!」
威勢の良い声を間近から掛けられて、美香ははっとした面持ちを浮かべた。
顔を上げた彼女の先では、ベッドに座った達也が怪訝そうな表情で、心ここに在らずと言った体の姉を見上げていた。
パジャマ姿でベッドに胡坐を掻いた達也は、首を少し傾いで美香を見遣る。
「どうしたんだよ、姉ちゃん? 何かずっと黙り込んで……」
「ああ、悪い悪い。ちょっと期末の事が気になってて……」
美香が咄嗟に遣した言い訳に、達也は納得を覗かせなかった。
「だったら別に学校帰りに無理して立ち寄る必要無かったんじゃね? 俺も明後日には退院するんだし……」
「退院……そっか、退院か。日曜に退院するんだっけ」
美香が取って付けたように明るい声を出す斜交いで、達也は白けた表情を浮かべた。
「そうだよ。日曜の昼には家に戻んの。まあ、その後も検査は続くけども……」
「やぁ、まあ、そりゃ知ってたけどさ、あたしもこの週末は家に篭ってみっちり勉強する積もりだから、帰るついででもなきゃ病院にも来れないかなー、って」
「ふーん……」
硬い笑顔を浮かべた姉を、達也は胡散臭そうに見つめた。
外では雨が尚も降り続いた。
ややあってから、美香は病室の壁側に宛がわれたベッドで退屈そうに教科書を読んでいる弟を見下ろす。肉離れを起こした右の脹脛には今も包帯が巻かれていたが、痛み自体は既に引いたのか、先程から割と自由に足を組み替えている。顔色も至って普通であり、苦痛を表情に乗せる事も無い。
「……何?」
視線に気付いたのか、達也が教科書から目を離して美香を見た。
途端、美香は眼差しを脇へと逸らす。体が揺れた拍子に、ベッドを仕切るカーテンが僅かに揺れた。
「ああ、いや、割かし元気そうだなと思って」
「変なの……」
そう呟いた弟を、美香は目端から垣間見た。
「……あんたさ、入院してからどっか悪くなったって事は無いよね?」
「はァ? 何言ってんの?」
美香が歯切れ悪く訊ねると、達也は眉根を寄せた。
「いや、今、足以外でどっか調子が悪いとか言う事は無い?」
美香は眼差しを逸らしつつ、余所余所しく問いを重ねた。
「別に無いけども……」
「うん……なら、いいわ」
それきり沈黙した姉を、達也は扱いに困った表情で眺めていたのであった。
それから十分後、美香は弟の病室より階段を二つ昇り、個室の並ぶ階へと足を踏み入れていた。内部の間取りが代わり映えのしない建物で、そこを特定するのは美香にとっては骨が折れたが、とまれ、やがての末に彼女は一つの病室の前で足を止めたのであった。
閉ざされた扉の横には、『宮沢叔子様』とのネームプレートが掲げられている。
先程よりも少し表情を緩めて、美香は顔馴染みの少女が滞在する病室の扉をノックしようとした。
その時であった。
『……は、はは、早く』
『早く、よよよ遣せ、そそそれれをををを』
『まだまだまだ、いいいい要るるる』
『もっもっもっとと、ああ集めなけければばば』
ドアに片手を伸ばした所で、美香は俄かに眉根を寄せていた。
室内から何ものかの声が聞こえて来る。
囁くような、擦れたような、今にも消えてしまいそうな微かな声であり、同時にそれは鼓膜を震わせる類の声ではなかった。意識に直に訴え掛ける、思念によって表される形無き声であった。
『思わ思思わぬ所で、でで』
『手傷をを負った』
『端共も、もも、だだ大分失われてしまっ、たたた』
『まままだ、おま、おおお前にはには、働いて貰わねばならならぬ』
『おっおおお前には』
重なり合って篭ったような支離滅裂な声であった。
然るに、普段であればまず間違い無く聞き逃すであろう微弱な声を意識した途端、美香は表情を強張らせた。理屈で割り切れぬ防衛本能が、足元から虫の大群が這い上がって来るように呼び覚まされる。どういう手合いがこうした『声』を生み出す事が出来るのか、彼女は少し前に実体験として知っていたからである。
不安と恐れが胸の奥で液体となり、意識と言う容器を溢れさせようとした正にその時、最後の一石となる呼び声が美香の脳裏に響いた。
『やめて、兄さん……!』
聞き覚えのある響きが脳裏に届いた刹那、美香は目の前の扉を激しく叩いていた。
「ちょっと! ちょっと、叔ちゃん! そこに何かいるの!?」
続いて美香は扉を開けようと試みたが、中から鍵でも掛けられているのか、通路と個室を仕切る小さなドアは溶接されたかのように頑として動かなかった。
ベージュの通路で四苦八苦して数秒後、美香の前で扉は不意に開かれた。直前までの抗力を出し抜けに零にして、個室を閉ざしていた引き戸はするりと動いたのであった。
驚いた美香の前に、亮一が立っていた。
相対する美香と同じ夏服姿である。同じく学校の帰りにここへ立ち寄ったのだろうか。
「や、やあ……」
出会い頭に弱々しく笑った少年を、少女は眉根を寄せて見つめていたが、それも束の間、美香は亮一の肩越しに室内へ視線を投げ掛ける。
「今……今、何か、誰か、この部屋にいなかった?」
「いや……」
亮一は余所余所しく否定したが、実際の所、そこまで広くもない個室に他に人影は見当たらなかった。窓の外に雨は降り続いていたが、白い光の満ちる小さな空間は逆に眩いばかりで、清潔な光の照らす中に人影は無かったのである。
「どうしたの、兄さん?」
病室の奥から軽やかな声が美香の下まで届いた。この個室の主たる少女の、何ら変わらぬ呼び声である。
「何でもない。この前のお客さんだよ」
肩越しに病室の奥へと答えてから、亮一は敷居を挟んで立つ美香を改めて見つめた。
「……君も、来てたんだ……」
「うん……まあ、うちも弟がいるから……」
釈然としない面持ちで、美香は頷いた。
そして亮一に導かれるまま、美香は個室へと足を踏み入れた。戸口から眺めた時と同様、内部に他に人影は無く、窓辺のベッドに見知った少女が臥すのみである。
白い光に浮かび上がる、豊かな光沢を持つ頭髪。全体的に丸みを帯びた顔立ちは時に童のようにも見えるが、その双眸から放たれる光には時折妙に大人びた蠱惑的な煌めきもまた載せられていた。
宮沢叔子は不意の来客に病床から笑顔を覗かせた。
「今日は。また遊びに来てくれたんですね」
翳りの欠片も無い笑みを浮かべる叔子へと、美香も微笑と挨拶を返す。
「え、ええ。御邪魔します」
眼前の少女が身を置くベッドにも、些かの乱れも見当たらない。大きな宝石箱のような個室には以前訪れた時と何の差異も見当たらなかった。
全ては空耳か、はたまた雨音の悪戯だったのだろうか。
浮かない顔をして美香は室内を見回した。
と、その眼差しが、或る一点で固定される。
窓辺の隅、叔子の臥すベッドの真向かいに当たる部屋の角に、何か不可解な淀みのようなものが宙を漂っているのを美香は目端に留めたのであった。美香が怪訝に思って目を細めてみれば、窓のすぐ傍に浮かんでいたのは、うっすらと黄色い靄のようなものであった。
ふとそちらへ足を向けた美香の脳裏に、その時、何処からか声が届く。
……まだ、まだ、まだ足りぬ……
……どれだけこんな真似をさせるんだ!? いつになったら……
……まだだ、まだ、まだ……
……誰も傷付けないと言う約束だったろう!? なのに、この間は事故まで起こさせて、お前は本当に……
……まだだ、まだ……
……兄さん、私の事はもういいから!……
……叔子……
……約束は、交わした……
……あの日、確かに聞き届けた……
……お前はただ、待てば良い……
……まだ……
まるで透明な風が頭の中を吹き抜けて行くかのように、美香の意識に実体の無い声が流れて行った。突然の事に驚いて立ち尽くす美香の前で、黄色い靄はぼんやりと流れ去り、窓を透かして雨天の外へ漏れ出て程無く見えなくなった。
半ば呆然と窓の外を眺めていた美香の肩を、傍らから亮一が揺さぶった。
「……大丈夫?」
呼び掛けられて、美香もふと我に返る。貧血にも似た気分を覚えて、美香は額に手を当てた。
「……うん。ちょっと眩暈がしただけ……」
答えつつ、美香は心配そうにこちらを見遣る亮一の方へと、首を巡らせた。
刹那、少女の瞳が大円に見開かれる。
今も慮る面持ちでこちらを見つめる少年。その体から、美香の肩に掛けられた指先からも、あの黄色い光が立ち昇っていたのであった。電灯のような無機的な光とも異なる、それでいて生物的な暖かみも感じられない、覗き込む内に淀みの底へと引きずり込まれてしまいそうな、それは妄執の生み出す輝きであった。
俄かに怯えた表情を浮かべながらも、美香は閉ざされた小さな部屋を改めて見回した。
煌々と白い光の灯る、輝きに満ちた部屋。
翳りとなるようなものは何も無く、均一な光だけが辺りを満たす。
ベッドから上体を起こした叔子が、不思議そうにこちらを見ている。
窓越しに伝わる雨の音だけが、微かに空気を揺らしていた。
その只中に立ち、美香はそれでも不安の拭えぬ表情を浮かべていた。
ここにはやはり、『何か』が『居る』。
いや、『何か』が『居た』のだと。
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