黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

飛躍

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「なんでこの組み合わせ……」
『きゅ?』
 城内に異常が出てる以上何かが入り込んだ可能性がある、そしてそれはあの時の討ち損じた魔物の女の可能性が高いってワタルは言う。
 だから容姿が分かる私、ワタル、ティナの三組に分かれて地下を探す事になったんだけど。

「戦力的に適切だと思ったからさっき何も言わなかったんだろう?」
 私の相方はナハトともさ、ティナの相方がミシャ、そしてワタルは――。
「まぁアリスのあの言葉には驚いたが、この緊急時に二人の間に何が起こるわけでもあるまい、不満ならさっさとこの件を済ませてしまう事だ」
 なんでナハトはそんなに平気そうにしてるの……ナハトだってこれ以上女が増えるのは嫌なはずなのに。

「ナハトは不満じゃないの?」
「お前が討ち損じたほどの敵なのだろう? 私はアリスの強さを信頼している」
 まぁたしかに私もアリスの強さは信じられると思うけど、あえて言えばティナ達の方がちょっと心配だけど逃げに徹するならティナとミシャの組み合わせは都合が良いから大丈夫だとは思う。

「しかしあれだな」
「?」
「こんな地下にずっと居れば心が荒んでも仕方がない事かもしれないな、早く魔獣母体と巨人を狩ってしまわねば内側から折れかねない」
「それは……」
 深夜という事もあって寝てる人も居るけど起きてる人もいくらか居て虚ろな表情で天井を見上げてたり何か呟いているのも結構居る。
 
 地下通路の端に寄って眠っている人たちを避けて私たちは通路の奥へと進んでいく。
 あれが避難民に紛れているとも思えないけど――。

「っ! ナハト聞こえた?」
「ああ、ワタルの電撃の音だ」
 通路内に雷鳴と崩落音が響いたのに合わせてナハトが地図を開いた。
「ぬぅ、なんだこの通路は複雑過ぎるぞ」
「こっち」
「おい大丈夫なのか?」
「大丈夫、ここには前にも潜った」
 ナハトから地図を奪って目の端で確認しながら記憶と擦り合わせていく――記憶と噛み合わない、直した時に少し変えたのかもしれない。
 音のした方向へ走ってるつもりだけど通路は音のする方向から離れるように続いている。

「おい本当に大丈夫なのか!?」
 幸いワタルが雷鳴を出し続けてるから方向だけは間違えようがないけど――。
「ナハト」
「なんだ?」
「これは緊急時だから仕方ない」
「は? お、おい何をする気だ――」
 地図上では壁を隔てた先に別の通路が走ってる、そして雷鳴はそっちから響いてる、なら――。

「ふんッ!」
 壁が邪魔なら破ればいい。
 勢いを乗せた回し蹴りで壁を砕いた。
「これは……」
「緊急」
「そうだが……ええい、考えるのは後だ! 行くぞ!」
 駆け出したナハトに並んで音のする方へ駆ける、邪魔な壁は破る。
 音を追って辿り着いたのは通路よりも開けた広間、そしてその壁の先から一際大きな雷鳴が響いた。

「退けフィオ、私がやる」
 ナハトが炎を迸らせた瞬間壁が爆ぜた。
『きゅ!』
「もさ!? そっちは駄目っ」
 壁が崩れたのに反応してもさが肩から飛び降りて粉塵の中へ飛び込んでいった。

『きゅぅ~』
 もさの鳴き声が通路内に響き渡って次第に粉塵が晴れてくるともさが戻ってきて今度は来た道の奥へと隠れた。
 っ! 良い子。
 あれが居る、たぶんさっき私たちに起こった事がワタルにも起きてたんだ。
 だからもさはワタルを治しに走った。

「待たせたなワタル」
「邪魔者が増えちゃったわね。はぁ~、お片付けが先ね。ボウヤはそこで気持ちを高めて待っててね」
 あの時の女が余裕たっぷりにワタルの横を通り過ぎようとしたところにワタルは黒雷を纏った回し蹴りを放った。
 躱されたものの女はワタルの行動に驚愕していて目を見開いている。
 ワタルが正常じゃないと思い込んでたならもう少しやりようがあったのに……ワタルの下手くそ。
 
「どうなってるの……? 情欲に支配されて今は碌に思考が働かないはず…………異世界の人間には色欲がないの!?」
 これでさっき私たちがおかしくなってた原因はあの女で確定した。
 絶対に許さないッ!
 ワタルの行動への動揺が抜け切らない女に距離を詰めてタナトスで薙いだ。
 腕を斬り落とすつもりだったけど、そこまで甘くないか――反応が遅れたものの最小の動きで最適な回避行動、ワタルの言ってた通り私よりも速い、でも――タナトスは通った。

「玉の肌に傷をつけるなんて……やってくれるわね、このちんちくりん。これで二度目、あなたは丁寧に八つ裂きにして殺してあげる」
 ちんちく――ッ!? 急加速からの鎗の一突きを受けて後方の広間まで吹き飛ばされた。
 踏ん張りが利かなかった。
 腕力も私より上――。
 息つく暇もない連撃、タナトスの呪いを受けて尚これだけの速度を維持し続ける怪物。
 ディアボロスの時は環境の利が敵にあったけど今はそれは無い、その上で押されてる、この女ディアボロスなんかよりももっと――。
 それでも受け流すだけなら問題無い、焦れて隙を見せればまたタナトスを通す。

「この……小娘がっ」
 来た。
 精密に急所を狙い続けてた攻撃が苛立ちによって少しブレて深く突き込んで来た。
 姿勢を低く、女の視界から一瞬消えてそのまま股下を抜けながらタナトスで足を撫でる。
 っ! また致命傷を避けられた……少し自信なくすかも……。

「敵はフィオばかりではないぞ!」
 不安定な回避で隙が出来たところへナハトの燃え盛る黒刀が抜刀の勢いのままに鎗の穂先を切り飛ばした。
 途端に切り口から発火して女は柄を投げ捨て苛立たしげに顔を歪め私たちを睨みつけた。
 ワタルは魔神だとか言ってたけど、この程度で苛立って自分のペースを乱すなら戦闘慣れしてない――もしくは今まで圧倒的な力故にまともに戦う事がなくて拮抗した場合の選択肢が少ないか。

「鎗なんて壊れたら作り直せばいい、このくらいでいい気にならないでくれるかしら。見ていてイライラするわ」
 掌から鎗を生み出して一度回転させ構え直した瞬間ナハトへ特攻した。
 まだこれ程の速度を維持出来るの……?
 初撃で防御を崩して二撃目はワタルが割り込む事で致命傷は免れたけどナハトは右肩を切り裂かれた。
 マズい、ナハトの血を見た事でワタルが冷静さを欠き始めた。

「ワタルすまない、助かった」
「あら残念、心臓を一突きにしてあげようと思ったのに……それにしてもボウヤ、酷い殺気ね。そのどす黒い殺気が黒い雷の源かしら?」
 感情に呼応するように溢れ出した黒雷を纏っての蹴りの連撃、触れるどころか近付くだけでも危険な状態のワタルを警戒して女は飛翔して距離を取った。
 ワタルの殺気に当てられたせいか女は幾分冷静さを取り戻してしまった。

「本当にイライラするわ。先ず数を減らしましょう、勿体ないけどボウヤからよ」
 苛立ちを口にしつつもその口元は笑っている。
 女が先程までとは違う構えで鎗を握った意味に気付いて駆け出した時にはもう既にそれは起こっていた。
 爆発でも起こったかのような音を立て粉塵が辺りを覆う、そして――。
 
「アリス? ……アリス!」
 ワタルの声が響くと空気が少し冷たくなった。
 そう感じるほどの殺気が漏れ出してる――。
「予定とは違うけど先ずは一人、そして今度こそボウヤよ」
 再びさっきの投擲の構えを見せようとした女目掛けて跳び上がる。
「させない」
「馬鹿ね、翼もないくせに空中で私に勝てると思っているの?」
 タナトスの初撃を躱して鎗を生成しながら突き下ろして来たのをアゾットで逸して伸び切った腕へタナトスで傷を付ける――浅い――ッ!
 空いた手で再度鎗を生成しようとする女から距離を取るべく体を捻って勢いをそのままに蹴り飛ばす。
 っ! 鎗の柄で防がれた、しかもカウンターで右肩を……タナトスの呪いはこれで四度目、まだこれ程の反応を……。

「こんな小さな傷をちまちまと……これが何だというの? これの為に払った代償が右肩というのは随分と痛いんじゃないのかしら? いい加減に諦めて命乞いでもしたらどうかしら?」
 余裕を崩さない……変調を自覚するほどの効果が出てないの? ――。
「っ!? がぁあああああ!?」
 ゆらりと立ち上がったワタルが一歩踏み出した瞬間あり得ない速度で加速して女の懐に踏み込み暴れ狂う黒雷の掌底を腹部に打ち込み壁際まで追いやった。
 身体強化……あの敵を吹き飛ばす程の腕力まで跳ね上げた……? 掌底の威力もだけど黒雷の一撃が重かった。
 さっきまでの余裕は崩れ女はふらついてる。
 私も食らった事があるから分かる、あれは尾を引く、ましてやディアボロスとの戦いで更に強力になった黒雷だと――。
 畳み掛けるなら今しかない。

「くっ……これは、ボウヤの雷はかなり刺激的ね。もうそれは受けない、ボウヤは近付かずに仕留める」
 言葉通りにワタル目掛けての投擲に割り込んで飛来した鎗を蹴り飛ばす。
 やっぱり、さっきカウンターの時より動きが悪くなってる。

「ワタル、さっきのもう一度出来る?」
 ワタルを背に庇いながら次々に飛んでくる鎗を蹴り捌いていく。
「あ、ああ、多分――」
 思わず笑みが溢れた。
 ワタルは敵を圧倒した自分の動きをまだ理解してない――これのきっかけになったのがアリスなのはちょっと複雑だけど……今はさっさと目の前の敵を潰す。

「やって、急げばアリスも間に合うかもしれない」
 アリスの命がかかってる。
 それを理解したワタルの行動は早かった。
 まだ一度しか出来てない強化、それを容易く行って粉塵に紛れて突貫する。
「驚いたわ、まさか私と同じ速度で動くなんて、でも同じならちゃんと見えてるのよ!」
 投擲の瞬間に狙いを変えて放たれた鎗を左手の甲で流して最小限の動きで女へ突撃するワタルを女はギリギリのところで躱し上空へ逃れた。
 一瞬痛みでワタルの動きがブレた、あれさえなければ――やっぱり普通の人間の体のワタルにわざと受けるやり方は合ってない。
 
 女が飛び上がったのに合わせて動いていた私はナハトに目配せをする――流石、ちゃんと合わせてくれてる。
「読めてたわ! あなたからは何度も攻撃をもらってるんだから警戒しないはずないでしょう?」
 私の攻撃を躱して笑う女を私は笑う。

「読めてたのはこちらもだ。ワタルー!」
「なっ!? そんなっ――」
 負傷してから今まで動きを見せてなかったナハトへの警戒が薄れていた、何度も傷を負わせた私にばかり注意を払ってた。
 そこへワタルの予想外の動きでナハトへの警戒が完全に外れた。
 だからこそこの一撃が決まる。
 私を躱して体勢が崩れたところへ背後の爆発、今の女にこの暴風に抗う術はない。
 そして飛ばされた先には――。

 黒雷を纏い迸らせたワタルが居る!
「もう二度と、奪われてたまるかーッ!」
 ワタルの拳に打ち抜かれだ女は激しい黒雷に覆われ雷鳴すら掻き消す程の絶叫と共に倒れ伏した。
 敵が倒れた事で安心してしまったのかワタルが膝を突いた。

「そうだ、アリスの治療を――立てない…………」
「ワタルは休んでいろ、私が一番軽傷だ。ワタルの恩人だからな、絶対に助ける」
 アリスを背負うとナハトはそのまま走り出した。
 アリスの背中の傷が酷い……ワタルを庇ってくれたせいだ……ありがとう、ごめん。

 あれだけの黒雷を浴びたし生きてはいないと思うけど――っ!
「ワタル、まだ生きてる」
 脈を取ってみて驚愕した。
 ワタルが手加減したとも思えないけど……あれでも死なないなんて、今押し寄せてる魔物や巨人なんかよりもこの女の方が余程――。
「っ! 全力の黒雷だぞ? それでもか!?」
「ん、息がある。殺す?」
 意識の無い今殺すべき――。
「いや……拘束しよう。この大陸の魔物の処理が終わっても大本を断たないと意味がない、どうにかディーの居場所を聞き出さないと」
 たしかに情報は欲しい、でもこれを生かしておいてこの先こっちが受ける被害の方が大きくない……?
 ワタルの目を見つめる。
 いつもの悪い癖じゃなさそうだけど――。

「そう…………」
 だとしても目覚めた時また飛び回られたら面倒、翼は落とす――本当は手足も削いでおきたいけど……ワタルの見てるこの場でするのは難しそう、とりあえず雁字搦めにしておこう。

「や、やっと見つけたのじゃ! ティナが道を間違うから余計な時間を食ったのじゃ!」
「ミシャだって一回間違えたじゃない!」
 急に騒がしく……。
「旦那様もフィオも怪我してるのじゃっ! 薬――いや治癒能力者!」
「ミシャ、この女をもっと縛りあげて」
「これが今回の敵だったのじゃ?」
「そう……」
 私が縛った上からミシャが更にぐるぐる巻きにして女が樽みたいになった。

「今回は倒せたのね、でも縛るだけでいいの? こいつ相当危険なんじゃない?」
「情報を聞き出すんだって」
「ふぅ~ん? ……いつもの悪い癖じゃないわよね?」
 訝しんだティナがじぃっとワタルを見つめる。
「あのな……俺女の趣味は超良いと思うんだけど?」
「ま、まぁそうよね、これはワタルの趣味とは違うわよね」
 なんかティナとミシャが嬉しそう……。

「旦那様肩を貸すのじゃ」
「ああ、悪い……早く戻らないとアリスが心配だ」
「アリスも怪我したのじゃ?」
「ああ、助けられたんだ……」
「ほらフィオ、おぶさりなさい」
「ん、ありがとう」
 重症とまではいかないけど軽症でもないから今は甘える事にした。

 城に戻ってワタルが治療を受けるのを見届けて外へ出ると血相を変えたナハトが駆け寄ってきた。
「フィオ! 戻ったばかりで悪いがアリスに血を分けてやってくれ!」
「血?」
「傷は治癒出来たが血が足りないらしい、血液型が特殊らしく合う人間が少ないらしいんだ、今居る者だけでは足りないんだ」
「分かった、要るだけあげる」
 アリスはワタルの命を二度も助けてくれた。
 出来る事があるなら今度は私の番、ナハトと一緒にアリスの病室へ走った。
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