黒の瞳の覚醒者

一条光

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九章~蝕まれるもの~

ただいま

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「目覚めたんだな、気分はどうだ? どこか調子の悪いところとか――」
「気分なんて良いわけないじゃない。こんなもの付けられて、こんな所に入れられて、気分が良いなんて言う奴は変態よ。私は変態じゃない」
 魔物殲滅を終えて本陣に戻り、対価として枷や檻の鍵を受け取ってアリスの居る天幕にやって来たのはいいが……お嬢様は不機嫌ですよ。膝を抱えて俯きながら視線だけはチラチラとこちらを窺っている。
「一応捕虜扱いだったんだからしょうがないだろ。でももう――」
「ねぇ、こうして生きてるって事はあなたが助けてくれたんでしょ? ……どうしてあの時助けに来たの? 私敵よ? それに混ざり者だし、道具の為に命懸けるなんておかしいじゃない」
「俺にとっては混血者だって人間だ。だからアリスも人間だ、道具だなんて思ってない。それにお前『助けて』って言ったろ?」
「そ、そんな事で助けに来たの!? さっきも言ったけど私敵よ! 自分だって飲み込まれて死ぬかもしれなかったのに……あなた馬鹿じゃないの!」
「そうかもな。それでも俺はアリスが死ぬのは嫌だった。死んでほしくなかったんだ。子供が死ぬところは二度と見たくないんだ」
「っ! そうなんだ、私に死んでほしくない……って、私十八よ、子供じゃない」
 頬を薄く染めはにかんでいた表情は子供扱いに気付いて唇を尖らせ不服そうなものへと変わった。ころころと表情が変わっていく様は中々に面白く、可愛らしい…………って、なんだってー!? こ、これで十八!? このサイズでか!? フィオと一つしか違わないのか? 本当にどうなってんだアドラの混血者は……強いほど成長しないんだろうか? 油断を誘うにはありかもしれないが……んん! 服の上からだからはっきりしないが、僅かにアリスの方が豊かかもしれない。
「どこ見てるのよ!」
「あぁいや、フィオの負けだなと――」
「え!? 本当? 私フィオに勝ってる!?」
 なんなんだろう、このフィオへの拘りは……目がキラキラしてるんですが、勝ちならなんでもいいんだろうか?
「まぁそんな事はさておき、ついさっきアリスの身柄はこの国の軍から俺へと引き渡された。そんな訳でアリスにはアドラを捨てて俺たちと一緒にクロイツに来てもらう」
「アドラを捨てる…………?」
 理解が追い付かないのかぽかんとしてしまった。アドラを離れる事を喜ぶでもないし、かといって生まれた国を捨てる事を悲しむ訳でもない。本当に分からないといった様子だ。そこまで変な事を言っただろうか?
「……あなたが新しい主人って事? ……良い道具を手に入れたわね。今度は誰を殺せばいいの? 好きに命令すればいいじゃない」
 突然落胆した様子でこちらから視線を外して投げやりにそう言い放ち不貞腐れてしまった。
「違う違う違う! 俺は保護者、道具だなんてこれっぽっちも思ってない。そして誰も殺さんでいい。むしろ誰も殺すな。慣れるまでは大変かもしれないが、お前はもうそんな事をしなくていい場所に行くんだ。普通に暮らして、普通に好きなやつ作って、そういう生活をだな――」
「普通とか言われてもそんなの困る! 私戦う事しか知らない。普通の人間の生活なんて出来ない。それに、好きな相手なんて作れない。好きになっても、道具の混ざり者がそんな感情を持つなって言われる」
「だから、誰もそんな事を言わない場所に行くんだよ。アリスは道具じゃなくて人間だ。……まるで言われた事があるみたいな言い方だったな。アドラに好きなやつが居るのか?」
 マズいな、それだと引き離しちゃう事になるぞ。解放してアドラに帰す方がいいのか?
「い、いいい、いいない! ただの例え話じゃない。なに本気にしてるの。アドラにはもう居ないんだから! っ!?」
「なるほど、出国してるのか。どこに居るのか分かるか? 国だけでも分かれば探して――」
「い、いい、探さなくていい、もう会ったもの――あっ!」
 もう会った? 戦場でか? 戦場での再会……もしかして?
「フィオか?」
「ひぅ!? しょしょ、しょんなわけないじゃない。フィオなんてちょっと無敵でかっこ良くてキラキラしてて、ちょっと目標にいいかな、なんて思ったりしてなかったわ!」
「そ、そうか…………」
 なんて分かりやすい……フィオに憧れてたのか。フィオに勝つ事に拘るのは憧れの相手に認めて欲しいからってところか。
「まぁそれならこれからは一緒なんだし、友達にでもなればいいんじゃないのか?」
「と、友達!? フィオと友達……あなた! 何を聞いていたの? フィオなんてなんとも思ってないって言ってるじゃない…………で、でも、命を助けてくれたあなたがどうしてもって言うなら友達になってもいいわ」
 檻の中、枷の付いたまま胸を張り、さぁどうするのとばかりにこちらを見つめてくる。
「いや、別に? 嫌ならそのままで――」
「うぅぅぅ~、うぅぅぅ~!」
 分かりやすいくらいに不満そうだ。檻の中をゴロゴロと転がり抗議してくるが、アリス自身が素直にならないとフィオ相手じゃ上手く行きそうにないもんな。
「一応確認だがアドラに戻りたいとかは思わないか?」
「あなた私を連れて行くって言ったじゃない、やめるの? それに戻ったところでこうして敵に捕まる間抜けは処分されるだけよ。だから戻りたいなんて思わないわね」
「敵だって言い張るからアドラに拘りがあるのかと思ったんだよ。それに、さっきはああ言ったがアリスの意思を無視して連れていったら誘拐になるだろ? だから確認、行く宛なんてないだろうし一緒に来ないか?」
「別にアドラで戦う事に拘りがある訳じゃない。戦わないと生きられなかったからそうしてきただけ、役立たずは処分されるから……あなたはこんな私を引き取ってどうしたいの? …………はっ、もしかして私の体が目当て!?」
 頬を染めて身体をよじって少しでも俺から離れようとする。俺はこいつの目にどう映ってるんだ…………。
「違うわ! 助けたのは子供が死ぬのが嫌だったから、そして引き取ったのは道具扱いされる境遇から連れ出したかったからだ! やましい事は無いぞ」
「ふ~ん、なんの見返りもなく助けるなんて変な異界者ね。でもいいわ、こき使われる事もなく人間扱いもしてくれるって言うならあなたに付いて行く。フィオも一緒だし」
 最後にボソッと付け足したな。勝負にもやたら拘ってたしフィオに相当思い入れがあるみたいだ。
「よし、よろしくな、アリス――」
 檻を開け枷を外しアリスへ手を差し出すと、俺の手を掴み捻り上げて後ろに回り込まれ腰の短剣を奪われて喉元へ当てられた。殺気は感じないが、これは…………。
「あなた甘いのよ、こんなに無防備に――いったぁい!?」
 したり顔をするアリスに触れている部分から電撃を流して感電させた。加減はしたが相当痺れたようで蹲り動かなくなった。
「言い忘れたけどな、悪さをしたらお仕置きだからな。あと、警戒位はしてるからな? 当面は俺かフィオのどちらかと常に一緒に居てもらうからな――うわっ、フィオに負けず劣らずやわすべだな。うりうり」
 痺れて身動きが取れず悔しそうに睨んでくるアリスの頬を突き回す。流石美少女、ふにふにの良い触り心地だ。一頻り突いて満足するとアリスを抱き上げて天幕を出た。
「ちょ、ちょっと! 恥ずかしい、下ろしなさいよ」
「まだ動けないんだろ? ならこのままだ」
 アリスは本当に恥ずかしいらしく顔を真っ赤にして身体をよじって逃れようとするが上手くいかず縮こまっている。
「もう帰るのかい? 今回は本当に助かったよ、ありがとう」
「あ、俺たち本当に帰っていいのか?」
「ああ、十分役目は果たしてくれたからね。それに最前線にいた進軍部隊が魔物の襲撃で壊滅してスヴァログも失い、首狩りアリスもいなくなった。敵の勢いはかなり落ちている、偵察からの報告だと占領されていた町の幾つかは住民ごと放棄されているのを確認出来たみたいだし、奪われた土地を取り返すのもそう遠くないよ」
 ツチヤを殺す時に一緒に居た連中もアスモデウス達に殺されたんだろうな……魔物の襲撃は予想外の出来事だったがこの国にとってはアドラの戦力を削るのに一役買った訳だ。
「放棄って……アドラは撤退してるのか?」
「ああ、各町の住民の話では食糧と物資を奪って西へ向かったそうだ。スヴァログや主力を失った状態では広範囲に部隊を駐留させるだけの余裕がないんだろう」
「アリス、アドラの他の戦力って分かるか?」
「……私細かい事までは知らない、敵を殺すのが役目で考えるのは仕事じゃないもの。混ざり者は率先して作ってるからどの国よりも多いんじゃない? 覚醒者は……知ってるのはブスジマって男くらい。この戦争には出てきてないけど、もしあいつが出てきたらあなた達全てが潰されると思うわ」
 毒島という名前を出した途端に苦虫を噛み潰したような表情に変わり、アリスは僅かにだが震え始めた。それほどまでに怖い相手なのか? 混血者最強を名乗っていたとは思えないくらいに不安げな顔をしている。
「潰される? 言葉の綾ではなくそのままの意味かい?」
「そうよ。あいつの視界に入ったら潰されてみんな等しくぐちゃぐちゃの肉塊よ」
 ……そういえば、フィオと初めて話をした時にそんな能力の覚醒者がいるって聞いたような気がするな。服従しない混血者はそいつに殺されるんだっけか、それでアリスは怯えてるのか。
「それほど強力な覚醒者が何故同行していないんだい?」
「そんなの知らないわ。スヴァログが居るから十分だと思ったんじゃないの?」
「……なんにせよ、あちらが援軍を要請しても到着までには時間がかかる。その間にこの国に入り込んだ者たちを壊滅させ援軍の上陸を阻めば危険な能力だろうと問題ない。進軍の準備があるからそろそろ失礼するよ。今回はありがとう、気を付けて帰ってくれ」
「あ、ああ、頑張れよ」
「当然だとも!」
 去っていくダニエルに声をかけると拳を空へと突き上げると共に勇ましい返事が返ってきた。簡単ではないだろうがあいつならやり遂げるだろう。そう思わせる声だった。

「やっと終わった」
 自室に戻ってようやく人心地付いた。クロイツへ戻るなり休む間もなく王様の元へ魔物の件の報告に上がった。国を滅茶苦茶にした一端である外法師が生きていると知った王様の行動は早かった。各国と情報を共有して近日中に対策について協議し魔物の居所の調査を行うとの事だった。次こそ確実に仕留める……外法師も、アスモデウスも、そしてディーを討って魔物の封印破壊に関わった事にけりをつけてやる。
「ワ~タ~ル~……な・ん・だ! あの娘は! 戦争に行って何故女を増やして帰ってくるんだ! 私たちだけではそんなに不満なのか!? クーニャに続いてまたも小さい娘、そんなに小さいのがいいのか! この浮気者!」
「な、ナハト落ち着け――」
「これが落ち着いていられるか!」
 決意を新たにしていると背後の扉が開き、聞こえた声に振り向いた途端、ご立腹なナハトに襟元を掴まれ無茶苦茶に振り回される。あぁ~、頭くらくらしてきた。アリスの件で何か言われるとは思ってたがここまで怒るか。
「ナハト、落ち着いてよく聞け……俺は小さいのが好きなんじゃない」
「なら何故――」
「小さいのも好きなんだ!」
「…………」
 うわー、すっごい冷たい目……呆れて言葉もないといった感じか。でも実際どっちも好きだったりするし、嘘を言っても仕方ない。
「あと、行き場がないから連れて来ただけで俺の女にするとかではないぞ? ティナから聞いただろ?」
「……それは聞いたが、女好きなワタルのことだ、いつの間にかあの娘も加えそうだ…………何故目を逸らす」
「いやー、なんでもないなんでもない。大体アリスは俺よりフィオに興味津々だから」
「はぁ……あの娘リオ達にワタルの事を聞いて回っていたが?」
「ありゃ? それは意外だな。話した感じではフィオに憧れてるってのはあっても俺に興味持ってるって感じじゃなかったぞ」
「命を助けたんだろう? そして今まで人間扱いされていなかった者を人間だと言った。私ならこれだけで十分に興味を持つが?」
 そんなものか……というかナハトさん睨まないでください、俺が何か悪い事したわけじゃないだろ。あの時助ける以外の選択肢なんか俺にはなかったし、人間扱いも人間なんだから当然だ。
「それは俺が悪いのか?」
「悪い」
「…………はぁ~、分かった。俺が悪かった、ごめん。あとただいま」
 拗ねてそっぽを向いたままのナハトを抱きしめて背中を撫でると抱きしめ返され甘えるように体重を預けられた。柔らかい重さが心地良い。
「おかえり。次は置いて行くなよ」
「分かったよ。次はナハトにも手伝ってもらう、よろしくな」
「ああ、それでいい――」
「ナハトさんだけズルいです。ワタル様、私も」
「妾もなのじゃー」
「うわっちょっいつの間に!?」
 開けっ放しの扉から入ってきたクロとミシャに飛び付かれてナハトごと押し倒された。なんか二人とも美味しそうな匂いがするような? 料理でもしてたのか?
「おかえりなさい、ワタル。フィオちゃんからワタルが私たちの手料理を食べたいって言ってたって聞いたので作ってきましたよ。みんなで食べましょう?」
「ありがとうリオ。それから、ただいま」
 帰る場所があって笑顔で迎えてもらえるのは幸せだな……この笑顔を守る為にも俺は魔物を駆逐する。魔物にこの世界を支配させたりしない。守るんだ、自分の居場所を、帰りたい場所を。
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