黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

戦時と平時

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「みんな疲れたんだな」
 よく揺れる狭い馬車の中でもティナ達は丸くなって眠ってる。
「ワタルは疲れてないの?」
「疲れたよ」
「寝てもいい」
 いつもリオがしてくれるみたいになでなでする。
「寝れそうにないんだ」
「どうして?」
「……殺し合いをした……一刺しで死ぬ毒針を向けられた、ティナを侮辱された。この国を滅茶苦茶にしてる連中だった……理由は色々あったけど、結局俺はギルスがやってる事が納得いかなくて殺そうとした」
「……? それでいい」
 ワタルは強くなってるけど殺しに慣れた敵を相手に半端な加減を出来るほどじゃない、精神も揺らぎやすい。
 ならしっかり殺意を持って対峙する方がいい。

「よくないだろ……お前には殺すなとか言っといて自分はそうしないとか――」
「私は出来るからいい、ワタルはまだ出来ない」
「うぐ……」
 自分の言った事でワタルに苦い顔をさせるのは嫌だけどこれは事実、少なくとも今回は力や能力だけの魔物とは違って正面から叩けば終わる敵ばかりじゃなかった。

「もしワタルが判断を迷って変な手加減をしてたらティナがその補助に動く事になってたかもしれない、そうなってたら……」
「ティナが傷付いた――最悪殺されてた、か……」
「ん、ティナは分かってたはず、どんな戦い方してた? 敵を斬った?」
「あ、ああ……腕を切り飛ばして……一人は切り捨てた……俺が、出来なかったから、ティナにやらせた……」
 余計な事にも気付かせたせいでワタルの顔が更に曇った……ティナなら上手く言って流せるけど……ティナならなんて言う……?

「ティナはワタルを守る為に――」
「だよな……俺が弱くて口だけのやつだからお前たちに人を斬らせるような状況に……」
 悪化した……。
 殺意を向けれたなら割り切ればいいのに、自分とその大切なものを脅かす敵の命を気遣う意味はあるの?
 自分が苦しむばっかりで何の意味も無い事に思える。

「結局、ただの偽善者なのかな……そもそもあの時にもう殺してるのに、なんでまだ迷う?」
「私は……ワタルやリオみたいな殺しちゃいけないっていう考え方はやっぱりよく分からない。大切なものは分かる、それを守りたい気持ちもワタルのおかげでもう知ってる、だから、守る為ならいいんじゃないの? ここは日本じゃない、殺す事が日常になってるのもいっぱい居る」
「それは……」
 私は間違ってる? どうしてさっきより辛そうな顔をするの?

「なんで人を殺しちゃいけないのか、か……漠然とそれが当たり前だからなんてのは駄目だよな……確かにヴァーンシアには日本より殺しが多いのかもしれない、でもそういうのが無い環境の方が多いのは間違いないだろ? じゃないと集落や町は成立しない」
「……ん、でも町でも殺しは起こる」
「そうだな、でもそういうのに備える為に警備の兵士とかが居るだろ? 人を殺しちゃいけないって決まりのおかげで世界は成立してる。もし誰も彼もが人を殺していい世界だったら……フィオが知ったあたたかいものも大切なものも無くなってしまう」
 っ! もう知ってしまった。
 リオやワタルと触れ合うあたたかさも優しさも、失うなんて嫌。

「……どうして?」
「殺しが常態化したら……例えば、リオの事が好きな男が居たとしよう、そいつにとってリオの周りをうろつく奴は邪魔だよな? なら殺してしまえってなる」
「私が守る」
「ところが男はフィオの強さを知ってて正面からは来ない、リオが買い物をする商店に潜んで購入する食品に毒物を混ぜてリオが俺たちに振る舞った料理で殺す事を企む」
「私がリオに付いてるからそんな隙は無い」
「今は? 現に俺たちはリオと離れてる、リオは疲れて帰る俺たちの為に何か作ってくれてるかもしれない。それは凄く嬉しいことだよな?」
「ん」
「でも殺しが常態化した世界だとその好意も素直に受け取れない、食べ物は色んな人の働きで消費者の所まで届く、その過程に悪意を仕込むなんてどれだけ簡単かフィオには分かるだろう? この世界に悪意はある、でもそれ以上に色んな人の善意で回ってるんだよ。その輪の中に居たいならルールは守らないといけない、破ればそこから追い出される」
 善意で回ってる……ワタルの言ってること、少しは分かるけど――。

「でも、それなら、悪意のある人間を狩ればいい」
「そうかもしれない、でもそれは自分の主観じゃ決められないだろ? 自分が悪人だと思ったから殺しただとフィオが相手の事を気に食わなかったから殺した。だからフィオは悪いやつだ! って言う人が出てくるぞ」
「それは……殺した相手が悪意を持ってたって証明すれば」
「でも相手はもう死んでる、他の人が話をして聞き出したり人となりを見る事も出来ない、困るだろ?」
「むぅ……」
「だから人は法を作ってそれを守って生きてる、確かに例外もあるんだとは思う、それでもルールを破り続けたらそれは自分に返ってくる。人間ってコミュニティで暮らしたいならルールを守らないって事は出来ないんだよ」
 ワタルの言葉で私はクロイツの城下町での事を思い出した。
 擬態した魔物を殺しただけであんな事になった。
 もしもあれが悪意を持ったただの人間だったらどうなってた……?

 流石に私でも結果は想像できる、でも――。
「それはそれ、今回のは戦争、敵を殺さないと味方の被害が増える。敵を無効化する手段が殺すしか無いならそれは間違いじゃない、自分を殺しに来る相手の命を気遣うなんて間違ってる」
「それは……」
 ワタルが言ったのは平時の事、でもさっきまで居たのは殺し合いが当たり前の戦場、日常の決まりは適用出来ないはず。
 今度はワタルが渋い顔をして俯いた。

 ワタルが優しいのは好きだし考え方とかも極力否定したくないし曲げたくもない。
 それでもやっぱり、殺しに来る相手を殺しちゃいけないのは何か間違ってる気がする。
 何よりそれをしてワタルの命が脅かされるのが嫌、戦場に立つならちゃんと戦って欲しい。

「俺は……自分の手が汚れていくのが怖いだけなのかな……人間以外なら散々殺してるのに変だよな」
 そう呟いたきりワタルは町に着くまで顔を上げなかった。

 心って難しい。
 私には簡単な事でもワタルは凄く悩む、たぶんリオもワタルと同じ立場なら悩む。
 なら私が間違ってるの?

 でも……ナハトもティナも敵を殺してる。
 エルフだから? 同じ種族じゃないから?
 戦いが終わってあたたかい場所に帰れるのに、もやもやが消えない。
 
「よかったフィオちゃん……無事で何よりです」
「ん、ただいま」
 出迎えてくれたリオの腕に収まって家族の居る所に帰ってきたのを堪能する。
 これを守る為に敵を殺す。
 それが間違ってるなんてやっぱり思えない。

「ねぇワタル、今フィオ羨ましい~って顔してなかった?」
「……してないぞ」
「嘘よ、ゲヘヘ、あの巨乳に顔を埋めて好き放題堪能したいぜって顔してたもの!」
 ティナがいつものようにワタルをからかい始めてそれに反応したリオの顔が朱に染まる。
「どんな顔だ!?」
「こういう顔よ」
 ティナがすまほで撮った写真を見せつけてる。

「してないだろ」
「そうかしら? ほら、リオの方を見てるじゃない? ほらこっちの胸にいらっしゃい――ってなんで無視するのよぉ~」
 腕を広げて構えてたティナを無視してリオに軽くただいまを言ってワタルは宿の自分の部屋に戻って行った。

「何かあったんですか?」
「特には……なかったと思うのだけど」
「本当か? ワタルと一緒に戦っていたのはお前だけだぞ、何も異変は無かったのか」
「旦那様なんだか悲しそうだったのじゃ」
「ええ、人間を斬るのはやっぱりまだ負担になるでしょうから敵は私が斬ったし――」
「それじゃないですか?」
 っ! ……リオはすぐに気付く、代わりに殺すのはそんなに気にする事なの?
 私もティナもナハトだってワタルの代わりに人を斬ったって負担に思ったりしないのに。

「あ~……戦闘で結構高揚していたし気にしていないのだと思っていたのだけど気付いちゃったのね、気にしなくていいのに……ちょっと行ってくるわね」
 ティナはすごく優しく笑ってワタル部屋に向かっていった。
「どういうことだ?」
「ナハトは鈍感なのじゃ」
「なんだと? 私とてワタルの心の機微くらい気付いてやれる!」
 自信満々だけどたぶんナハトも私と同じで分かってない。
 家族の中だとナハトが一番私に近い、昔から何度と混ざり者を殺して撃退してきた。
 だから敵を排除する事に躊躇いが無い、それが普通だって考えてる。

「ならなんで旦那様は悲しそうだったのじゃ?」
「それは……あれだ、僅かとはいえどこちらの陣営に被害が出たからだろう?」
「違うのじゃ」
「何が違う? 言ってみろ」
「ナハトがちゃんとした答えを言えたら言うのじゃ」
「それ私が言った答えをパクるつもりだろう」
「じゃあ妾の答えは先にリオに言っておくのじゃ」
 若干呆れ顔のミシャはリオに耳打ちをしてリオも頷いてる。

「ならあれだ、小さいとはいえ私たちが手傷を負った事を気に病んでいるんだ。優しいやつだからな」
「もう治してあるのじゃ」
「ぐぬ……なら、まさかティナが代わりに敵を斬ったからだとでも言うのか? 命を尊重するのは分からないでもないが戦場で敵を殺すのは当たり前の事だろう?」
 迷った末に口にした答えへのリオ達の反応にナハトはそんな事があるのかって驚いてる。

「殺す事へ躊躇いがあるのだとティナに聞いてはいたが、自分以外の殺しもとは」
「自分以外だからだと思いますよ、自分のした事なら自分の罪として背負えます。
でもそれが出来ないって躊躇っている内に自分の大切な人にそれをさせてしまったから悩んでるんだと思います」
「ふむ……悩んでいるのは私たちが大切ゆえか――お、どうだった?」
「私は気にしてないって伝えたけれど、表面的には平気を装ってて本心は見せてくれないわね」
 ティナでも駄目だったんだ。
 どうしたら――。

「なんとか元気付けてあげられませんかね……」
「ふふ、そこで良い案があるのよ」
「なんなのじゃ……ティナが旦那様で遊ぶ時の顔になってるのじゃ」
 たしかに……顔を赤くして困ってる時のワタルで遊び倒す時の顔になってる。
「どうするんだ?」
「時期的にそろそろ日本への帰還第二陣の知らせが来ると思うのだけど、ナハトとミシャ、行きたいって言ってたわよね? いっその事みんなで日本へ行ってワタルの気晴らしましょ」
「おおー! ワタルの世界を見られるのだな!」
「妾も旦那様が育った世界興味津々なのじゃ! きっとクロとシロもいっぱい喜ぶのじゃ」
 ナハトとミシャが瞳を輝かせてティナを見つめてる。

「あのでもティナさん、ヴァーンシアの人は特別な理由が無い限り行けない決まりなんじゃ……?」
「ワタルは行き来に絶対必要な人間よ? そのワタルの大切な女となれば特別以外の
何者でもないんじゃないかしら? それでも文句をつけられるようならナハトとミシャがごねればどうにかなるわ」
「そんなまた勝手な……」
 リオが正しいんだと思うけど、私もみんなで一緒に行ってみたい。
 みんなで楽しい事すればワタルも元気になるよね。
「リオ、みんなで行きたい」
 私の我儘に少し驚いたみたいでリオが数秒固まる、それから――。
「そうですね、私も、みんなで一緒にワタルの世界を見てみたいです」
 そう優しく笑ってくれた。
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