黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
363 / 470
番外編~フィオ・ソリチュード~

選ぶべき道

しおりを挟む
「どういう事なのよ! 今すぐにでもワタルを迎えに行かなきゃならないのにどうして船の用意が出来てないのかしら?」
 港町へ戻った私達に知らされたのは出港させる船が無いっていう馬鹿みたいな状況だった。
「現在国費で用意した物資の横流しの調査の名目で全ての船の出港が禁止されているのです」
「……ならいいわ、能力の無効化が出来る人間を連れて私が跳ぶから、早く連れてきてくれるかしら――」
「それなのですがティナ様……手配していた者が現在行方不明なのです」
 更なる嫌な知らせに私達の表情は益々険しくなる。
 私達を刺激しないように淡々と伝えてた老騎士もエルフの二人に睨まれて眉間に皺を寄せてる。

「ならもういい! 無効化はこっちで手配して勝手にやらせてもらう!」
 ナハトが力いっぱい閉めたドアの音にビクついたドラウトの姫が溜息を吐いた。
「申し訳ございません……ドラウトは現在情勢が少々不安定でして私共の行動――とりわけ姫様と天明の動きに敏感に反応する輩が居るのです」
 やっぱり、私達はもうドラウト国内の争いに巻き込まれてた。
 そうなるとワタルを狙った意図は何……?

「その天明はどこに居るのかしら?」
「船を出す許可を取る為にこの地域を治める領主の元へ行っていますので少しだけお待ち下さい」
ソフィアがここに居るのにどうして領主の許可が必要なの? 姫の命令じゃ駄目なの?」
「私達が急いでいるのは知っているはずよね? 何かあるなら現状を正しく説明して頂けるかしら?」
 私の問いに眉を顰めた老騎士を睨んだティナが問い質すと老騎士は一度目を閉じると観念したように口を開いた。

「現在姫様の父君――現国王は病に臥せっております。病状は芳しくなく一部では既に次の王位を争う状況なのです」
 王位を巡っての権力争い……人同士の争い、敵は人間……魔物退治と意気込んで出発したのに蓋を開けたらこの現状……だからって帰るとは言わないだろうけど、ワタルだし。

「なら今起こってる問題は全てソフィアの政敵が起こしてると言うのかしら? 王位に就く事と今回の事が結び付くようには思えないのだけれど?」
 たしかに、ワタルは騒動に首を突っ込まないと気が済まないような性格だけど今回はまだ何もしてないし、それどころか事情も知らずに魔物退治に来ただけなのにどうして攫う必要があるの?

「我が国で王位に就くにはいくつか条件があるんですの――一つ、王家の血筋である事、二つ、臣下の信頼を得て尽くしてもらえる人格者である事、三つ、民からも慕われ良い治世を行えると期待される者である事、ですので――」
「なるほど……魔物討伐で民からの人気をソフィアに取られたくないのね。それに、公式的なものでは無いとはいえ他国の騎士や立場のある私やナハトを招いてが起こったとしたら他国との間に問題を抱えているという不安材料になって臣下達も――」
「はい、お察しの通りでございますティナ様、現在姫様は騎士団――とりわけ天明のおかげもあって継承権を持つ者の中では優位なお立場です。ですので騎士団の信頼を落とそうと企む者も居るのです。事実魔物の件で僅かでも不手際があれば酷く騒ぎ立てる貴族も居るのです」
「呆れた……己を磨かずに他者を貶めて王位に就こうなんて……そんな事をしている時点で王の器ではないのは明白ね」
 あまりにもくだらないとティナは溜息をつくと机に突っ伏した。
 ティナはそんな者に権力を握らせるなんてあり得ないと唇を尖らせてるけど、私はありふれた事のように思う。

 アドラの権力者だと当たり前の事だったから……良い貴族なんて居ない、他者より満たされたい、その為にはどれだけだって他者を貶める、利用する。
 そして――不要になれば切り捨てる。
 最初はティナ達やクロイツの王様が異質に見えたくらいには当たり前の事だと思ってた。

「はぁ、馬鹿馬鹿しい……待つ必要あるの? 港の警備を蹴散らして出港を強行すればいいんじゃないの?」
「それは――」
「駄目よフィオ、出港を止める名目が国費で賄った物資である以上ソフィアこの娘に関わる者が出港を強行すれば立場を危ぶめる事になりかねないわ。友達の大事なお姫様に迷惑を掛けたなんて知ったらワタル怒るわよ?」
 むぅ……急ぐのに……ワタルの声自体は弱ってる感じじゃなかったけど体が不自由になってるみたいだし、何より――離ればなれなのが嫌!

「ところで出港を止めてる領主というのは政敵のソフィアに仕える騎士が来た程度で出港の許可をくれるのかしら?」
「おそらく許可は得られないでしょう――」
「だったらッ――」
「しかし領主が居なくなれば許可を頂く必要もありません」
「暗殺……?」
「ははは、いえいえまさか、天明はそのような道理から外れた事を承諾など致しませんよ。指示しようものなら真っ向から抗うでしょう、居なくなるというのは罪を裁かれ捕縛されるという意味です」
 老騎士は微笑んでるけど目は笑ってない。
 恨み、憎しみ――そういう黒い感情は見えない。
 でも、私が見ているのに気付くまでに僅かの怒りを覗かせた。
 怒ってる、それも凄く。

「罪?」
「キオリ・ルイズ、姫様とは再従兄弟になる方ですが……彼には特定の貴族、裕福な商人などへの斡旋の噂があります。その他にも彼に逆らった者、その近親者は揉め事から程なくして行方不明になるそうです」
 特別な人材奴隷の手配……ワタルを攫った黒幕ッ――。
 そう思い至った瞬間溢れ出した怒り、殺気――それを感じ取って震え出したソフィアを庇うようにして老騎士とティナが私と姫の間に入った。

「どれだけかかるの?」
「……ルイズ家の屋敷まで馬を飛ばして二日です――ですが天明はそれよりも速い、皆さんがクオリアに向かわれている間の事ですのでそろそろ――」
 そろそろ戻る、その言葉を口にする直前に老騎士は額を押さえて顔を顰めた。

「申し訳ありません、状況が変わってしまったようです」 
「どういう事かしら?」
「我が国の腐敗は私共の予想以上だったようです。を紹介された事が公になる事を恐れた多くの諸侯の方々と富裕層が結託して捕縛の件は姫様の騎士団の越権行為として糾弾、王都に残っている騎士団員の大部分を拘束したと……」
「はぁ……少々どころではないわね、それで? あなた達はこれからどうするつもりなのかしら?」
 ティナはもう船での移動は捨ててるのか能力での移動とその後の帰還について計算し始めてるように見える。

 もしも能力での移動になったら付いていくのが難しくなるかもしれない……ここから印のある場所までの距離、無効化用に確実に一人連れて行かないといけないし帰りはワタルを連れてる――。
 外が騒がしい……?

「捕えられた者の中に天明とアルアは含まれていません。今連絡してきた者も含め一部の隊がルイズ家の悪事を白日の下に晒す為に動いています――」
「皆見ろ! これはお前達の血税で賄われた物資だ。そしてこれは先日賊の襲撃に遭い紛失していたものでもある、それがイザ・ディータ騎士団の使用した船から見つかったのだ」
「あらあら……あんな大荷物先日乗った時にあったかしら? あれが今回の騒動の黒幕?」
 窓から港をの騒ぎを窺うティナが顔をヒクつかせてる。
 冷静を装ってるけど沸点を超えそうなのが見て取れる。

「はい……あれがキオリ・ルイズです」
「分かるか!? 姫に仕える騎士団は裏で賊と共謀して私腹を肥やしていた疑いがあるのだ!」
「潰してくる」
「ちょっと待ちなさいってば!」
「どうして?」
 カラドボルグを掴んだ私の手を掴んで押さえ付けたティナが私の表情を見た一瞬怯んだ。
 敵がすぐそこに居る。
 それも下っ端じゃなくて今回の黒幕、なら今すぐに排除すれば船は出せる。

「今出て行ってあれをのしたら民はどちらを悪と取るかしら? 迷惑掛けるのは駄目って言ったでしょう? だからと言って悠長に待ってもいられない、だからナハトが戻ったら私の能力ですぐに出発しましょ――」
「王都に居る大部分は拘束したが団長や一部の隊が現在行方不明だ。先日この町に居たという事もありまだ潜んでいる可能性もある。よってこの町に設置してある陣の使用を封ずる! 不便もあるだろうが皆少しの間協力してくれ!」
 この町から誰も出さないつもり……ナハトが癇癪を起こしてすぐに動いてくれてて助かった。

「ナハトが早く動いてて助かったわね」
「いえ、ナハト様は当分戻られないでしょう……」
「どういう意味?」
「キオリの私兵が囲っている男が見えますか? あれはこの国で唯一能力を無効化する覚醒者です」
『っ!?』
 老騎士の言葉を聞いて私とティナは窓から港を睨む――表情は虚ろ……何かの薬か、それとも覚醒者の能力か……どちらにしても正常な意識じゃない。
 あの男が陣を無効化してるとしたらナハトは戻ってこられない。

「効果範囲はどの程度なの? 陣から遠ざければ――」
「この町を覆うくらいは余裕でしょう……先程交信していた者からの声が途絶えたままになっている事を考えれば既に能力は発動中なのでしょう」
 っ! 能力が無効化されるなら紋は?
 慌てて剣を掴んでみるけどあの時感じた感覚を今は全く感じない……これで私は力の無い普通の人間……。

「やってくれるわね……これで跳ぶ事も出来なくなったわ。あれの発動時間はどの程度かしら?」
「彼は一般人なので本格的な能力の使用訓練はしていませんが、報告では四、五日は維持出来ると……薬で披露などの感覚を失わせているとしたらもっと長く発動可能なのかもしれません」
 陣の封鎖、ティナの移動、そして――天明への警戒……あれ一つでこっちの動きの尽くを封じられた。
 なら、私の取る道は――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...