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七章~邂逅ストラグル~
出港は慌ただしい
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大した問題もなく国境を越える事が出来て、港町付近で野宿をして朝になって町へ入ったが――。
「ワタル様は本当に凄いですね。国境に居た兵士たちが立ち塞がった時も簡単に追い払ってしまわれるし、あれほど外の世界を見る事は不可能だと思っていたのに私を外の世界に連れ出してくださって――先程からしているこの香りはなんでしょうか?」
国境とか言うから関所とか検問所の様なものや壁、大きな門で自由に行き来出来ない状態を想像していたのに、国境だという場所を挟んでお互い距離を取った位置に両国の兵士が数名と掘っ建て小屋があるだけの侘しいものだった。おかげで大した手間もなく遠距離から電撃で牽制してあっさりと抜けた。夜中だったというのも簡単に通行出来た要因かもしれない。
「あぁ、これは潮風ですね」
「塩、ですか? ……そういえば海の水は塩を含んでいるんでしたね」
初めて自由に外を歩き回れるから色々と物珍しいんだろう、姫様は店や店先にある商品、それだけでなく普通の人の暮らしを興味深そうに眺めながら街の中を進んでいく。
「ひめ――」
「駄目ですワタル様、そのような呼び方をしたらクロエ様のお立場が知れてしまいます。ディアを出国したとはいえ、デューストもクロエ様にとっては安全とは言えないのです。名前でお呼びになってください」
「様付けもマズいんじゃ? というかメイドさんが居る時点で身分とかがバレて目立ってる気がしますけど――」
「目立っているのはワタル様の服装とその乗り物のせいだと思いますけど、布を被せているとはいえ、このように大きく見慣れぬ物を運んでいれば嫌でも目についてしまいます」
「それは分かってますけど乗り捨てるわけにもいかないし、海を渡った後にはまた使うんだから運ぶしかないじゃないですか。呼び方云々を言うならシロナさんも様付けを止めないと駄目じゃないですか?」
「ワタル様の事はともかく、主であるクロエ様の呼び方を変えるなどできません」
「……まぁとりあえず俺の様は無しにしてください。様なんて付けられた事ないから落ち着かないです」
「それでは……ワタルさん、これでよろしいですか?」
機嫌が悪いのか、さっきから一度もこちらを見る事なく俺の名前を呼ぶシロナさん。俺が何かしただろうか? 移動中は前方に車両も無いし信号も無い、その上見晴らしもよかったから走る事に集中して飛ばしてたから特に何か話すという事もなかったし、着いてからも何かした覚えはないんだが。
「あの、俺何かしました?」
「……ああするしかなかったとはいえ、会って間もない男性とあれほど密着していたのですから気まずく思ってしまっても仕方ないでしょう! いやらしいワタル様とは違うのです」
呼び方戻ってるしいやらしいが確定してるし、シロナさんって初心だなぁ……そうだよな、女の子は恥じらいが大事だよ。白い頬を薄く染めて拗ねた様にそっぽを向いているのなんて凄く可愛らしい。
「ひ――クロエさんは?」
「クロエ様はその……男性と関わる事が殆どありませんでしたから男性がどういうものか分かっておられないだけです。その上数少ない普通に接する事の出来る方という事で幾分気も緩んでおられますし……ですので! 好意があるとかではありませんので決して勘違いなどなさって妙な行動などされませぬように、もし何かあれば私が許しませんから」
「それで、そのクロエさんどこ行った?」
「え? ……く、クロエ様ーっ、どこへ行かれたのですかー! なにしてるんですか!? 早くワタル様も捜してください! クロエ様の身に何かあったらどう責任を取るおつもりですか!?」
それだけ言い捨てるとシロナさんは町の中に消えていった。
「速いな~、やっぱりこっちの世界の人の基礎的な身体能力とかって俺の世界の人間より上なのかもなぁ」
シロナさんに続いて大慌てで町中を捜し回って、港で海を眺めてぼんやりしているクロエさんを見つけた。
「クロエさん一人で離れたら駄目ですって、せめてシロナさんを連れてから行かないと……シロナさん心配して大慌てしてましたよ」
「…………ワタル様、世界は本当に広いのですね。この海も先が全く見えません。このような見果てぬ世界があの城の外にはずっと広がっていたのですね……私を外へ連れ出してくださって本当にありがとうございます…………ところで、先程の呼び方は?」
「姫様だと立場が周りに知れてよくないから変えろってシロナさんに言われたんですけど、駄目でしたか? この大陸を離れたら戻しますから少しの間我慢してほしいんですけど」
「い、いえ! 構いません。なんでしたらさんも無くても構いませんよ?」
「流石にそれは…………」
「そう、ですか…………」
うわぁ……なんかガッカリされた。普通に接する事が出来る人ってシロナさんしか居なかったんだろうし、気安い感じを望まれてたのかなぁ……どうせ姫の呼び捨てなんてティナで慣れてるしシロナさんの許可が出たらその内呼んでみるか――。
「く、クロエ様ーっ! よ、よかった……き、急に御姿が見えなくなって捜したんです、よ? 国境を越えたとはいえデューストも安全とは言えないのですから、気を付けて下さらないと」
クロエさんの姿を見つけたシロナさんが縋りついている。ようやく見つける事が出来て安心して力が抜けてしまったようで、言うだけ言うとしゃがみ込んでハァハァと荒い息を整えている。
「ごめんなさいシロナ、次はシロナかワタル様と一緒に行くようにします――」
「もう諦めろディノ! もう一月以上も経ってるんだ、行っても無駄なんだ。お前まで死ぬ事はない。今すぐは無理でもゆっくりと受け入れて新しい生活を始めろ」
「ふざけるなっ! あいつらは絶対に生きている。ユノは聡い女だ、自分とシノアくらいならどうにかして生き残っているはずだ。だから迎えに行ってやるんだ」
「無茶だ! 一度クロイツに向かって失敗しただろうがっ! もうクロイツに行く事は無理なんだよ!」
船の前で屯している人たちが暴れる一人の男を押さえ込んでいる。聞こえた内容は不穏なものを感じるには十分なものだった。もしかしなくてもクロイツへの船が出ていないとかじゃないのか? …………それはマズい、この大陸から北へ行けないならクロイツから行く他に選択肢がない。どうにか話を聞いてみないと――。
「待ってください。私が話を聞いてきますからワタル様は目立たない様にクロエ様と一緒にここで大人しくしていてください……いいですか? 絶対ですよ!」
話だけでも聞いて来ようと足を踏み出したらシロナさんに止められた。注意をした後に集団に向かって行ったが、信用されていないのか途中で振り返って念押しまでされた。
真っ白なふわふわメイドが現れた事で思考がフリーズしてしまったのか、騒がしかった船乗り風の男たちは大人しくなっていた。
「シロナさん凄いですね」
「そうなんです。炊事も掃除も洗濯も裁縫も、他にもメイドは居るのに私の身の回りの事は一人で全てこなしてしまうんですよ。幼少の頃に一度だけ会いに来てくださったお母様が連れてきてくれた私の大切な友人です。友人だと言うとシロナに主従だと言い直されてしまうのですけどね」
クロエさんは少し困ったような寂しそうな表情をしている。
「シロナさんも本当はそう思ってるんじゃないですか? ただ、立場もあるから建前としてとか……若しくは照れ隠しかも?」
「そうなのでしょうか? ……実は私の事嫌っているというような事は――」
「ないない。それは絶対にないですって」
「本当にそう思われますか?」
「さっきも心配したって言ってたじゃないですか。クロエさんが居なくなったと知った時の慌てっぷりは凄かったですよ。あれで大切に思ってないわけないです」
周りからの扱いのせいか、シロナさんもそうなんじゃないかと不安だったんだろう。否定すると表情が和らいだ。
「そうですか……そうだととても嬉しいです。何だか安心しました。ワタル様にも大切な友人はいらっしゃいますか?」
「俺? 俺は…………どうなんだろうなぁ、フィオ達は友達って感じとは違う気がするし、友達って分けるなら、居たってのが正しいのかも」
「今はいらっしゃらないのですか? ……もしかしてお亡くなりに?」
「あぁ、違うちがう。小さい頃に引っ越して疎遠になってそれっきりって事です」
「そうなのですね。どんな方だったんですか?」
「ん~、凄いやつで、一応憧れ?」
「憧れ、ですか?」
「小さい頃なんて身体能力や学力に大して差なんかないですけどあいつは運動も勉強も何でも出来たんですよ。張り合ってしょっちゅう競ってたんですけど一回も勝てた事なかったし、こいつみたいにカッコよくなりたい、というかこいつには負けたくないというか、目標?」
「ワタル様が勝てないなんて凄い方なんですね」
「何やってもあと一歩足りなくて負けるんですよ。俺と違って人当たりも良くて友達も多かったし」
思い出したら鬱になってきた。あいつ絶対にあの頃以上に凄いやつになってるんだろうな……それに引き換え俺はダメ人間。
「まぁたあいつらか、飽きもせずによくやるな」
通りかかった男が船の前の集団を見てそう呟いた。
「あの、またって言うのは? あれはよくある事なんですか?」
「んぁ? ああ、ほぼ毎日だな。煩いから勝手にさせりゃぁいいものを、毎回毎回連中が止めてんだよ。それよりお前ら、その黒い髪……男の方は黒目、女は紅目、異界者と混血者か?」
「俺はそうですけど、こっち――」
「そうです。騒いでいる方々からクロイツに行くのは無理という言葉が聞こえたのですがどういう事かご存知でしたら教えていただけませんか?」
俺が異界者なのは誤魔化せないがクロエさんは違うわけだから否定しておこうとしたら本人に遮られた。なんなんだ? この男の目つきからして異界者に関係するものにいい感情を抱いていないようなのに。
「お前ら余所者だな」
「はい、田舎から出て来てクロイツへ観光に行こうと思っていたのですが」
「……止めとけやめとけ、あの国は今や魔物の溢れる魔界になっているそうだ。あそこで男を捕まえている連中はクロイツから逃げてきた奴らだ。あいつらの話じゃ世界各地に魔物が現れ始めて一月くらい経った頃に突然今まで以上の魔物が町や村に押し寄せてきたそうだ。連中は命辛々逃げ出せたが、船に乗りきれなかった奴らも多かったらしい。押さえ付けられている男は仕事でデューストに居たんだが家族はクロイツらしい、それで戻るって聞かねぇのさ。一度向かって魔物に襲われ瀕死の状態で引き返してきたくせに、動けるようになったらご覧の有様だ。せっかく助かったってのに物好きなもんだ」
「救援に向かったりはしないんですか?」
「あ゛あ゛? うちの国は別に同盟国でも何でもないからそんな義理はねぇよ。大体、魔物が溢れてんなら向かっても無駄だろ。その無駄な事を南の大陸の四国は画策してるらしいがな、ご苦労なこったよ」
それだけ言うと男はもう用はないとばかりに去って行った。魔物が溢れている? クロエさん達の話とこの街の様子からして、この大陸には大きな被害が出ている感じはない。だとしたらクロイツだけそうなのか? 南の四国が救援を計画してるなら南も被害が酷いといった事は無いんだろうし…………。
「ワタル様、クロイツに行けないとしたら一体どうしたら?」
そんなもの俺が聞きたい、クロイツに渡るのを諦めて北に向かってそこからどうにかして北の大陸へ渡るか? 雪に覆われているような土地だぞ? 普通の航海すら儘ならないのに極寒の海なんてどうするんだ? そもそも船が無い……あのおっさんに協力してクロイツへ渡ってクロイツの北で船を調達するか? その場合クロエさん達はどうするんだ? 危険な場所を連れ回すのか? おっさんは? ……思いつかない。ティナと同じ能力者を探す? 無理だ、エルフの中でも希少な能力がそう簡単に見つかるはずもない、手詰まりだ。北の大陸はどうなっている? リオは? フィオは? みんなは無事でいるのか? 自分の力ではどうにもできない状況に無力感に支配される。
「ワタル様? 大丈夫ですか?」
俺が引っ張り出した以上安全な場所へ連れて行く責任もあるし…………。
「クロエさん、俺はどうにかしてクロイツへ渡って北に向かうつもりです。さっき聞いた状況からして相当危ない状況だと思います。だからクロエさん達は南の大陸へ連れて行こうと思います」
「えっ……それは、あの、でも…………ワタル様はお強いですし、危険でも構いません。大丈夫ですから、ですから……ワタル様に誘拐されたのですから、異世界に行けるまで付いて行きます」
「いやそれは…………」
危険でも構いませんって駄目だろ、シロナさんの事もあるしせっかく城から出られたんだから異世界に拘らなくても自由に生きられるはずだ。
「ワタル様、クロイツは大変な事になっているみたいで――あの、クロエ様もワタル様もどうかされたのですか?」
「…………そんな事よりあっちの話はどうだったんですか?」
「あ、はい、クロイツに魔物が溢れて次々に村や町が襲われたそうで、恐らく無事な場所は殆ど無いそうです。ただ、王都にある王城は魔物を退ける力に護られていると言われているそうなので、王都の住民は王城へ立て籠もって生き延びている可能性があるそうです」
それで南の四国の救援の話に繋がるのか。
「そんな状態ですからクロイツから北の大陸に渡るというのも不可能になると思うのですが、どうされますか? ここの港から出ている正規の船も南のバドへしか行かないそうです」
ヤバい状況だと分かっている。分かっているからこそ無視するのも気分が悪い、王城は無事なら王族は生きているんだよな。助けて恩を売れば船を出してもらえるか? クロイツに渡って王都までは魔物を無視して進んで処理をする……皮算用にも程があるけど、早く北に行きたい。
「俺はそれでもクロイツに行こうと思います。勿論二人を南の安全な場所に送ってからですけど」
「南に、ですか? ――」
「ワタル様、それは――」
「別に俺に付いて来て危険な目に遭わなくても安全な所で待ってれば、異界者捜索で自衛隊がその内南にも行くだろうから異世界に行く事は出来ますよ」
「でもっ、それは…………」
「クロエ様?」
「なぁあんた、そこのメイドが言ってたがクロイツに行きたいってのは本当か? あんた異界者だよな? 能力はあるか? 戦闘向きか? よかったら俺たちに協力してくれないか? どうしても家族を迎えに行きたいんだ」
家族を迎えに行くと叫んでいたおっさんとさっきは居なかった男数人が話しかけてきた。
「一応そのつもりですけど、すぐには無理です。二人を南に送ってからでないと」
「悠長に待ってる余裕はないんだ! こうしてる間にも俺の家族が危険な目に遭ってるかもしれないんだよ! 頼む! 今すぐ俺たちと一緒に船に乗ってくれ、航海の準備は出来てるんだ。食糧や水も多めに積んであるから心配ない」
「いや、そういう訳にも――っ!?」
町の入り口の方から大勢の兵士がやって来た。この国の兵士だろうとも思ったが身に着けている鎧が異なっている者が半々、ディアの兵士も混ざっている様に見える。
「ワタル様、ディアの兵士も混ざっています。逃げないと、このままでは」
兵士を見たシロナさんが怯えた様にそう伝えてくる。
「あんたらディアから逃げてきたのか?」
「今すぐ南へ行く船に乗れたりしませんか?」
「いや、それは無理だろう。今日着港したばかりだから出港は数日先になる」
「チッ…………ああっもう! 絶対に守るから二人とも一緒に来てくれ」
蹴散らすのは簡単でもそれをすれば普通の船には乗れなくなる。なんでこの世界で船に乗ろうとしたら面倒事が起こるかなぁ。
「はい!」
「うぅ~、こんなの他に選択肢がないじゃないですかぁ~」
「おっさんたちの船はすぐに出港出来るんですよね?」
「ああ、問題ない」
「はぁ~、しゃーない。予定とは違うけどクロイツまでよろしく」
「おう! こちらこそよろしくなっ!」
「ワタル様は本当に凄いですね。国境に居た兵士たちが立ち塞がった時も簡単に追い払ってしまわれるし、あれほど外の世界を見る事は不可能だと思っていたのに私を外の世界に連れ出してくださって――先程からしているこの香りはなんでしょうか?」
国境とか言うから関所とか検問所の様なものや壁、大きな門で自由に行き来出来ない状態を想像していたのに、国境だという場所を挟んでお互い距離を取った位置に両国の兵士が数名と掘っ建て小屋があるだけの侘しいものだった。おかげで大した手間もなく遠距離から電撃で牽制してあっさりと抜けた。夜中だったというのも簡単に通行出来た要因かもしれない。
「あぁ、これは潮風ですね」
「塩、ですか? ……そういえば海の水は塩を含んでいるんでしたね」
初めて自由に外を歩き回れるから色々と物珍しいんだろう、姫様は店や店先にある商品、それだけでなく普通の人の暮らしを興味深そうに眺めながら街の中を進んでいく。
「ひめ――」
「駄目ですワタル様、そのような呼び方をしたらクロエ様のお立場が知れてしまいます。ディアを出国したとはいえ、デューストもクロエ様にとっては安全とは言えないのです。名前でお呼びになってください」
「様付けもマズいんじゃ? というかメイドさんが居る時点で身分とかがバレて目立ってる気がしますけど――」
「目立っているのはワタル様の服装とその乗り物のせいだと思いますけど、布を被せているとはいえ、このように大きく見慣れぬ物を運んでいれば嫌でも目についてしまいます」
「それは分かってますけど乗り捨てるわけにもいかないし、海を渡った後にはまた使うんだから運ぶしかないじゃないですか。呼び方云々を言うならシロナさんも様付けを止めないと駄目じゃないですか?」
「ワタル様の事はともかく、主であるクロエ様の呼び方を変えるなどできません」
「……まぁとりあえず俺の様は無しにしてください。様なんて付けられた事ないから落ち着かないです」
「それでは……ワタルさん、これでよろしいですか?」
機嫌が悪いのか、さっきから一度もこちらを見る事なく俺の名前を呼ぶシロナさん。俺が何かしただろうか? 移動中は前方に車両も無いし信号も無い、その上見晴らしもよかったから走る事に集中して飛ばしてたから特に何か話すという事もなかったし、着いてからも何かした覚えはないんだが。
「あの、俺何かしました?」
「……ああするしかなかったとはいえ、会って間もない男性とあれほど密着していたのですから気まずく思ってしまっても仕方ないでしょう! いやらしいワタル様とは違うのです」
呼び方戻ってるしいやらしいが確定してるし、シロナさんって初心だなぁ……そうだよな、女の子は恥じらいが大事だよ。白い頬を薄く染めて拗ねた様にそっぽを向いているのなんて凄く可愛らしい。
「ひ――クロエさんは?」
「クロエ様はその……男性と関わる事が殆どありませんでしたから男性がどういうものか分かっておられないだけです。その上数少ない普通に接する事の出来る方という事で幾分気も緩んでおられますし……ですので! 好意があるとかではありませんので決して勘違いなどなさって妙な行動などされませぬように、もし何かあれば私が許しませんから」
「それで、そのクロエさんどこ行った?」
「え? ……く、クロエ様ーっ、どこへ行かれたのですかー! なにしてるんですか!? 早くワタル様も捜してください! クロエ様の身に何かあったらどう責任を取るおつもりですか!?」
それだけ言い捨てるとシロナさんは町の中に消えていった。
「速いな~、やっぱりこっちの世界の人の基礎的な身体能力とかって俺の世界の人間より上なのかもなぁ」
シロナさんに続いて大慌てで町中を捜し回って、港で海を眺めてぼんやりしているクロエさんを見つけた。
「クロエさん一人で離れたら駄目ですって、せめてシロナさんを連れてから行かないと……シロナさん心配して大慌てしてましたよ」
「…………ワタル様、世界は本当に広いのですね。この海も先が全く見えません。このような見果てぬ世界があの城の外にはずっと広がっていたのですね……私を外へ連れ出してくださって本当にありがとうございます…………ところで、先程の呼び方は?」
「姫様だと立場が周りに知れてよくないから変えろってシロナさんに言われたんですけど、駄目でしたか? この大陸を離れたら戻しますから少しの間我慢してほしいんですけど」
「い、いえ! 構いません。なんでしたらさんも無くても構いませんよ?」
「流石にそれは…………」
「そう、ですか…………」
うわぁ……なんかガッカリされた。普通に接する事が出来る人ってシロナさんしか居なかったんだろうし、気安い感じを望まれてたのかなぁ……どうせ姫の呼び捨てなんてティナで慣れてるしシロナさんの許可が出たらその内呼んでみるか――。
「く、クロエ様ーっ! よ、よかった……き、急に御姿が見えなくなって捜したんです、よ? 国境を越えたとはいえデューストも安全とは言えないのですから、気を付けて下さらないと」
クロエさんの姿を見つけたシロナさんが縋りついている。ようやく見つける事が出来て安心して力が抜けてしまったようで、言うだけ言うとしゃがみ込んでハァハァと荒い息を整えている。
「ごめんなさいシロナ、次はシロナかワタル様と一緒に行くようにします――」
「もう諦めろディノ! もう一月以上も経ってるんだ、行っても無駄なんだ。お前まで死ぬ事はない。今すぐは無理でもゆっくりと受け入れて新しい生活を始めろ」
「ふざけるなっ! あいつらは絶対に生きている。ユノは聡い女だ、自分とシノアくらいならどうにかして生き残っているはずだ。だから迎えに行ってやるんだ」
「無茶だ! 一度クロイツに向かって失敗しただろうがっ! もうクロイツに行く事は無理なんだよ!」
船の前で屯している人たちが暴れる一人の男を押さえ込んでいる。聞こえた内容は不穏なものを感じるには十分なものだった。もしかしなくてもクロイツへの船が出ていないとかじゃないのか? …………それはマズい、この大陸から北へ行けないならクロイツから行く他に選択肢がない。どうにか話を聞いてみないと――。
「待ってください。私が話を聞いてきますからワタル様は目立たない様にクロエ様と一緒にここで大人しくしていてください……いいですか? 絶対ですよ!」
話だけでも聞いて来ようと足を踏み出したらシロナさんに止められた。注意をした後に集団に向かって行ったが、信用されていないのか途中で振り返って念押しまでされた。
真っ白なふわふわメイドが現れた事で思考がフリーズしてしまったのか、騒がしかった船乗り風の男たちは大人しくなっていた。
「シロナさん凄いですね」
「そうなんです。炊事も掃除も洗濯も裁縫も、他にもメイドは居るのに私の身の回りの事は一人で全てこなしてしまうんですよ。幼少の頃に一度だけ会いに来てくださったお母様が連れてきてくれた私の大切な友人です。友人だと言うとシロナに主従だと言い直されてしまうのですけどね」
クロエさんは少し困ったような寂しそうな表情をしている。
「シロナさんも本当はそう思ってるんじゃないですか? ただ、立場もあるから建前としてとか……若しくは照れ隠しかも?」
「そうなのでしょうか? ……実は私の事嫌っているというような事は――」
「ないない。それは絶対にないですって」
「本当にそう思われますか?」
「さっきも心配したって言ってたじゃないですか。クロエさんが居なくなったと知った時の慌てっぷりは凄かったですよ。あれで大切に思ってないわけないです」
周りからの扱いのせいか、シロナさんもそうなんじゃないかと不安だったんだろう。否定すると表情が和らいだ。
「そうですか……そうだととても嬉しいです。何だか安心しました。ワタル様にも大切な友人はいらっしゃいますか?」
「俺? 俺は…………どうなんだろうなぁ、フィオ達は友達って感じとは違う気がするし、友達って分けるなら、居たってのが正しいのかも」
「今はいらっしゃらないのですか? ……もしかしてお亡くなりに?」
「あぁ、違うちがう。小さい頃に引っ越して疎遠になってそれっきりって事です」
「そうなのですね。どんな方だったんですか?」
「ん~、凄いやつで、一応憧れ?」
「憧れ、ですか?」
「小さい頃なんて身体能力や学力に大して差なんかないですけどあいつは運動も勉強も何でも出来たんですよ。張り合ってしょっちゅう競ってたんですけど一回も勝てた事なかったし、こいつみたいにカッコよくなりたい、というかこいつには負けたくないというか、目標?」
「ワタル様が勝てないなんて凄い方なんですね」
「何やってもあと一歩足りなくて負けるんですよ。俺と違って人当たりも良くて友達も多かったし」
思い出したら鬱になってきた。あいつ絶対にあの頃以上に凄いやつになってるんだろうな……それに引き換え俺はダメ人間。
「まぁたあいつらか、飽きもせずによくやるな」
通りかかった男が船の前の集団を見てそう呟いた。
「あの、またって言うのは? あれはよくある事なんですか?」
「んぁ? ああ、ほぼ毎日だな。煩いから勝手にさせりゃぁいいものを、毎回毎回連中が止めてんだよ。それよりお前ら、その黒い髪……男の方は黒目、女は紅目、異界者と混血者か?」
「俺はそうですけど、こっち――」
「そうです。騒いでいる方々からクロイツに行くのは無理という言葉が聞こえたのですがどういう事かご存知でしたら教えていただけませんか?」
俺が異界者なのは誤魔化せないがクロエさんは違うわけだから否定しておこうとしたら本人に遮られた。なんなんだ? この男の目つきからして異界者に関係するものにいい感情を抱いていないようなのに。
「お前ら余所者だな」
「はい、田舎から出て来てクロイツへ観光に行こうと思っていたのですが」
「……止めとけやめとけ、あの国は今や魔物の溢れる魔界になっているそうだ。あそこで男を捕まえている連中はクロイツから逃げてきた奴らだ。あいつらの話じゃ世界各地に魔物が現れ始めて一月くらい経った頃に突然今まで以上の魔物が町や村に押し寄せてきたそうだ。連中は命辛々逃げ出せたが、船に乗りきれなかった奴らも多かったらしい。押さえ付けられている男は仕事でデューストに居たんだが家族はクロイツらしい、それで戻るって聞かねぇのさ。一度向かって魔物に襲われ瀕死の状態で引き返してきたくせに、動けるようになったらご覧の有様だ。せっかく助かったってのに物好きなもんだ」
「救援に向かったりはしないんですか?」
「あ゛あ゛? うちの国は別に同盟国でも何でもないからそんな義理はねぇよ。大体、魔物が溢れてんなら向かっても無駄だろ。その無駄な事を南の大陸の四国は画策してるらしいがな、ご苦労なこったよ」
それだけ言うと男はもう用はないとばかりに去って行った。魔物が溢れている? クロエさん達の話とこの街の様子からして、この大陸には大きな被害が出ている感じはない。だとしたらクロイツだけそうなのか? 南の四国が救援を計画してるなら南も被害が酷いといった事は無いんだろうし…………。
「ワタル様、クロイツに行けないとしたら一体どうしたら?」
そんなもの俺が聞きたい、クロイツに渡るのを諦めて北に向かってそこからどうにかして北の大陸へ渡るか? 雪に覆われているような土地だぞ? 普通の航海すら儘ならないのに極寒の海なんてどうするんだ? そもそも船が無い……あのおっさんに協力してクロイツへ渡ってクロイツの北で船を調達するか? その場合クロエさん達はどうするんだ? 危険な場所を連れ回すのか? おっさんは? ……思いつかない。ティナと同じ能力者を探す? 無理だ、エルフの中でも希少な能力がそう簡単に見つかるはずもない、手詰まりだ。北の大陸はどうなっている? リオは? フィオは? みんなは無事でいるのか? 自分の力ではどうにもできない状況に無力感に支配される。
「ワタル様? 大丈夫ですか?」
俺が引っ張り出した以上安全な場所へ連れて行く責任もあるし…………。
「クロエさん、俺はどうにかしてクロイツへ渡って北に向かうつもりです。さっき聞いた状況からして相当危ない状況だと思います。だからクロエさん達は南の大陸へ連れて行こうと思います」
「えっ……それは、あの、でも…………ワタル様はお強いですし、危険でも構いません。大丈夫ですから、ですから……ワタル様に誘拐されたのですから、異世界に行けるまで付いて行きます」
「いやそれは…………」
危険でも構いませんって駄目だろ、シロナさんの事もあるしせっかく城から出られたんだから異世界に拘らなくても自由に生きられるはずだ。
「ワタル様、クロイツは大変な事になっているみたいで――あの、クロエ様もワタル様もどうかされたのですか?」
「…………そんな事よりあっちの話はどうだったんですか?」
「あ、はい、クロイツに魔物が溢れて次々に村や町が襲われたそうで、恐らく無事な場所は殆ど無いそうです。ただ、王都にある王城は魔物を退ける力に護られていると言われているそうなので、王都の住民は王城へ立て籠もって生き延びている可能性があるそうです」
それで南の四国の救援の話に繋がるのか。
「そんな状態ですからクロイツから北の大陸に渡るというのも不可能になると思うのですが、どうされますか? ここの港から出ている正規の船も南のバドへしか行かないそうです」
ヤバい状況だと分かっている。分かっているからこそ無視するのも気分が悪い、王城は無事なら王族は生きているんだよな。助けて恩を売れば船を出してもらえるか? クロイツに渡って王都までは魔物を無視して進んで処理をする……皮算用にも程があるけど、早く北に行きたい。
「俺はそれでもクロイツに行こうと思います。勿論二人を南の安全な場所に送ってからですけど」
「南に、ですか? ――」
「ワタル様、それは――」
「別に俺に付いて来て危険な目に遭わなくても安全な所で待ってれば、異界者捜索で自衛隊がその内南にも行くだろうから異世界に行く事は出来ますよ」
「でもっ、それは…………」
「クロエ様?」
「なぁあんた、そこのメイドが言ってたがクロイツに行きたいってのは本当か? あんた異界者だよな? 能力はあるか? 戦闘向きか? よかったら俺たちに協力してくれないか? どうしても家族を迎えに行きたいんだ」
家族を迎えに行くと叫んでいたおっさんとさっきは居なかった男数人が話しかけてきた。
「一応そのつもりですけど、すぐには無理です。二人を南に送ってからでないと」
「悠長に待ってる余裕はないんだ! こうしてる間にも俺の家族が危険な目に遭ってるかもしれないんだよ! 頼む! 今すぐ俺たちと一緒に船に乗ってくれ、航海の準備は出来てるんだ。食糧や水も多めに積んであるから心配ない」
「いや、そういう訳にも――っ!?」
町の入り口の方から大勢の兵士がやって来た。この国の兵士だろうとも思ったが身に着けている鎧が異なっている者が半々、ディアの兵士も混ざっている様に見える。
「ワタル様、ディアの兵士も混ざっています。逃げないと、このままでは」
兵士を見たシロナさんが怯えた様にそう伝えてくる。
「あんたらディアから逃げてきたのか?」
「今すぐ南へ行く船に乗れたりしませんか?」
「いや、それは無理だろう。今日着港したばかりだから出港は数日先になる」
「チッ…………ああっもう! 絶対に守るから二人とも一緒に来てくれ」
蹴散らすのは簡単でもそれをすれば普通の船には乗れなくなる。なんでこの世界で船に乗ろうとしたら面倒事が起こるかなぁ。
「はい!」
「うぅ~、こんなの他に選択肢がないじゃないですかぁ~」
「おっさんたちの船はすぐに出港出来るんですよね?」
「ああ、問題ない」
「はぁ~、しゃーない。予定とは違うけどクロイツまでよろしく」
「おう! こちらこそよろしくなっ!」
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それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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