黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

黒い主と白い従者と誘拐犯

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 あれ? 俺ってバイクにしがみ付いた状態で寝てなかったか? いつの間にか仰向けに寝てるし背中に感じる感触は柔らかい、布団に寝ているような感じが――。
「リ……オ…………?」
 ぼやけた視界に居るのは長い黒髪の女性? っ! 一瞬リオと勘違いしたが瞳は紅い、リオなわけない。そもそも俺がヴァーンシアに出られたかどうかも怪しいのに何考えてるんだ。
「う、ぐっ!?」
 慌てて起き上がったらグラついた。
「倒れてらしたので急に動かれない方が良いですよ」
 な、なんだこれっ!? どういう状態だ!? 寝てたのはベッドで、天蓋が付いていて室内にある他の家具も豪華な装飾が施されてる。この人身分の高い人か? というかこのお姉さんの格好どうなってるんだ!? 露出の多い踊り子みたいな感じなんですけど、部屋の高貴な雰囲気とはなんか違うんですが。
「えっと、ここは――」
「あら、お目覚めになられたんです――黒い瞳っ! く、クロエ様、やっぱりこの方異界者、早く追い出さないと大変な事に――」
 扉を開けて入ってきたのは白いメイドさん、髪や眉、まつ毛も真っ白。アニメとかだと白も銀も大して差がない感じだけど、フィオの銀髪とはまた違った美しさって感じ、澄んだ青い瞳も綺麗だしウェーブのかかったロングヘアはふわっふわしてる――って、そんな事はどうでもよくて、今異界者って言ったよな? ならヴァーンシアに出られたのか? そうだとしてこの態度って事はあまりいい場所には出られなかったって事だろう。人間が居る土地なんだからリオに会うには海を渡る必要もある。
「少しくらいならいいでしょう? こんな機会はもう二度とないかもしれないのだから、この方からは悪意なども感じませんし、少しお話を聞いてみたいの」
 二度とない? 異界者が珍しいってことか? それはこの人が接触する機会が少ないって事なのか、それともこの土地全体って事なのか…………後者だとするなら嫌な予感しかしないな。アドラでは奴隷にしてるんだから異界者自体は珍しくないはず、他の国は受け入れをしているところが多い……だとするなら、残ったのは異界者を見つけ次第処刑とするディアですか!?
「あの、状況が分からないんでその事だけでも教えてもらいたいんですが……」
「そっぽを向かれてどうかされたのですか?」
「……っ! クロエ様! あれほど着替えておいてくださいと言ったじゃないですか! その御召し物はあくまでも自室の中だけで人前では着ない物でしょう!」
 俺が顔を背けている理由に思い当たったメイドさんが慌て始めた。あぁ、あれって部屋着なんだ……部屋着が踊り子衣装な高貴な人って何!? ネグリジェとかそんな感じ?
「? ここはわたくしの部屋ですわよ?」
「そ、そうですけど今は男性がいらっしゃるでしょう!? いいから早く着替えてください」
「あー、じゃあ俺は外に――」
『それは駄目です!』
「っ!? え? あの? それはどういう…………?」
 着替えるんなら出ていかないと駄目だろう? それなのになんでそんなに慌てた様子で止めに来た?
「貴方が他の方に見つかると厄介な事になるんです。大人しくクロエ様に背を向けて壁を眺めていてください!」
「は? はぁ……まぁそっちがそれでいいのなら」

 なにかが見えているというわけじゃないが、衣擦れの音が妙に生々しい。
「あの、それで――」
「突然このような状況に放り出された貴方にすぐに信じろと言うのは難しい事かもしれませんが、ここは貴方の生まれ過ごして来た世界ではありません。そして今貴方が居る国は別の世界の方を忌み嫌い排除している国なんです」
 あーあ…………嫌な予感的中、かな?
「この世界と国の名前は?」
「? 世界はヴァーンシア、国の名はディアです」
 なるほど、やっぱりか。国については面倒な場所だがヴァーンシアに帰ってこられた事だけで満足するべきだろう、もし更に見知らぬ異世界に飛ばされでもしていたら移動手段のない俺は積んでいた……この人たちはなんで俺を兵士とかに突き出さないんだ? 主であろう踊り子お姉さんが話を聞いてみたいとか言っていたが、即処刑のお国柄なのに異界者と接触なんかしたらマズいんじゃないのか? ……一応状況としては匿ってもらっているという形になるんだろうか? …………そういえば、うろ覚えだが北の大陸に一番近いのってディアだった気が――。
「俺が倒れていた周辺に荷物とかなかったですか?」
 地図で確認したい。一番近いのなら考えようによっては結構ラッキーだ。
「鞄らしきものはそこに置いてあります。他に、金属で出来た妙な造形物は運べそうにありませんでしたので草を被せて隠してありますが――」
 本当だ、すぐ近くにあった。踊り子衣装と真っ白ふわふわメイドに動転して気が付かなかった。
「地図、地図……オリジナルもコピーして配布されたやつも入れておいたはずなんだけど…………あった」
 ディアは東の大陸の北側、地図上ではアドラのある西の大陸よりも北の大陸に少し近いな、それでも海を渡るって事をどうにかしないといけない事に変わりはないが、それでも何の希望もないより全然マシだ。
「それ、地図ですよね……っ! どうして貴方がヴァーンシアの地図を持っているんですか!? 貴方は一体? この世界に来てすぐの方ではないんですか? ……いえ、異界者が突然現れるという現象でなければ城に庭に入る事など不可能なはずで――」
「あ~、俺二回目なんですよ。ヴァーンシアに来たの、これは前に来た時に手に入れた物で――」
「二回目と仰るという事はヴァーンシアを訪れた後に他の世界に行ってらしたという事ですか? 貴方様は他の世界に行く手段をお持ちなのですか!?」
 話を聞いていた主の方、黒髪で踊り子衣装だったクロエ様? が着替え途中にもかかわらずしがみ付いてきた。随分と興奮しているというか、目がキラキラしている。別の世界に興味があるんだろうか? ……違うか? 興味と言うよりこれは、期待?
「それは――ぬぁっ!?」
 そうだよ、この人着替え途中――なんつぅ恰好してんだ……色々見えそう。
「どうかされたのですか? 顔を逸らされて……申し訳ありません。急にしがみ付くなどはしたないですね。無礼をお許しください」
「いえ、ちょっと凄いものをお持ちなのでビックリして――」
 ティナやフィオには慣れてきたが、この人は違う。クロエ様初対面なのに警戒心がなさ過ぎやしないか?
「クロエ様! お話しはちゃんと着替え終わったあとになさってください!」
「? わたくし今は何も持っておりませんが、服も脱いでいますし――」
 いや、結構なものをお持ちですが…………ある意味凶器だ。
「ですから先に着替え終わってください!」
 メイドさん大変だな。

「あー……先ず助けてもらったみたいなのでお礼を、ありがとうございました。俺は如月航と言います」
「ワタル様ですね。わたくしはクロエ・ディアと申します。ほら、シロナも」
 ディア……さっき城の庭とか言ってたよな? まさかとは思うけどお姫様?
「は、はい。私はシロナ・フィエルダです。クロエ様にメイドとして幼少の頃よりお仕えさせていただいてます」
 小さい頃から自分付きのメイドが居るとか本物なんじゃないの? マジで姫様なんじゃないの!? やべぇ、なんでこんな身分の高い人と接触してんの?
「えっと、クロエ様? は偉い人?」
「当然です! 国王様のご息女ですよ、普通ならお会いする事など叶わぬ立場の方です」
 王族で身分が高いのは分かったけど、こう直接お前は身分が低いと言い放たれるってのは結構きつい気がする。
「シロナ、そのような言い方は失礼ですよ」
「……申し訳ございません。ですが、この方――ワタル様には早々にお引き取り願うべきです。これ以上クロエ様のお立場が悪くなったら――」
「それに関しては今更です。事実であってもわたくしの利になる事は揉み消され、虚構であっても私を貶める内容が吹聴される。聞く者にとっては真偽など分かるはずもない、虚構の一つが真実になっても然程の変化もないでしょう」
「で、ですがっ――」
「ワタル様、先程のお話の続きですが、ワタル様は世界を移動する手段をお持ちなのですか?」
 なんだろう、この期待の眼差し……持ってないって言うのはなんか心苦しいが。
「あー、その、俺と言うか俺の仲間? が……違うか、仲間と協力したら可能になる? ……いやでも不安定だしどうなんだ?」
「お持ちなのですね! ……それでそのお仲間は今どちらに?」
「さぁ? 運が良ければ恐らく北の大陸ですかね」
『っ!?』
「北の、大陸ですか? ……もしやワタル様は今この世界に魔物が出現している事と関係がおありですか?」
 魔物が出現している……やっぱり封印は壊されたのか? あの状況だったしな、なら優夜たちはどうなった?
「無いとは言い切れないかもしれないです。封印が壊されて行く現場には途中まで居ましたから」
 二人とも顔色が変わったな、クロエ様は期待から不安の混じったものへ、シロナさんに至っては完全に怯えているように見える。
「その、世界の状況はどうなってますか? 魔物に因る被害とかは?」
「我が国は他国との交流が殆どありませんから他国の状況は分かりかねますが、ディアでは人の少ない村落の周辺で魔物を目撃する事が多くなり被害も出ているようですが、その後すぐに討伐されていると聞いていますから大きな被害自体はないようです。ですが今まで見る事もなかった存在が現れるようになった事で民の不安は増しているようです」
 …………あの時溢れて来ていた魔物は夥しい数だった。日本に来た奴らだって処理するのに苦労した、それなのにこっちでは被害が少ないのか? それ自体は良い事だと思うけど、エルフや獣人たちが北の大陸に押し止めているのか? 若しくは再封印出来て逃れたのが他の土地に何らかの手段で移動した?
「――様、ワタル様?」
「あ、あぁはい、なんでしょう?」
「封印を破壊されたのはワタル様なのですか?」
「え? あ~、違います。なんて言えばいいのかな……一応あの場に居たのは破壊を止める為でしたし、俺は封印石には何もしてないです」
『…………』
 こんな事言ってもはいそうですかとはいかないよなぁ。封印が壊される現場に居たとか言うやつだもんな、疑いの眼差しが痛い。早々に立ち去りたいな。
「えっとまぁ、俺単体では世界の行き来は出来ないです。何か期待されてたみたいですけど応えられないと思います。すいません。それで俺状況を知る為にも北の大陸に渡らないといけないんで北に行きたいんですけど、ここからどの方角に行けばいいんでしょう?」
「……それはお止めになった方がよろしいですね。ここは南のデューストとの国境の西の端にある古城ですから国境を越えてデューストからクロイツへ渡りそこから北を目指された方が良いでしょう」
「? ディアからの方が近いと思うんですけど……北からの渡航の問題があるとは思いますけど出来るだけ早い方が――」
「北には王都があります。周囲の街に常駐している兵の数を考えても異界者が見つからずに移動する事は難しいと思います。先程もシロナが申しましたし一度この世界を訪れていらっしゃるならご存知かもしれませんがディアでは異界者の存在を認めていません。見つかり次第処刑されてしまいます、そのような危険のある場所へは向かわれない方がよいと思います。それに北の大陸に近い辺りは雪に覆われていて海側には人は住んでおりません、向かわれても船などもありませんし徒労に終わってしまいます」
 近く見えるし船を盗んでどうにかとか思ってたんだが、船がないんじゃどうにもなりそうにないな……クロエ様が言ってる様にクロイツ経由で行くしかないのか? 相当時間が掛かりそう、地続きならバイクあるし問題なかったんだけど……仕方ないか。考えている時間も惜しいし動き出そう、北に行っても無駄と前以て分かっただけマシだ。
「…………その異界者を認めていない国のお姫様がなんで異界者と話そうなんて思ったんですか? 面倒事になるんじゃ?」
「ワタル様はわたくしの髪や瞳の色を見てどう思われますか?」
「どうって……綺麗な黒髪だし長くてつやつやサラサラで触ると気持ち良さそう? 紅い瞳も鮮やかでいいと思いますけど――」
「ふふふ、そんな風に言って下さるのはワタル様で三人目です。異界者についての風聞は酷いものばかりですが話してみるとわたくしたちと違いがあるようには思えない……ご存知ですか? この世界の人間で黒髪を持つ者は稀有な存在で黒髪とは殆どは異界者を指します。そして紅い瞳、これは普通に存在していますが異界者との混血は確実に紅い瞳になる事を……ですからそのどちらをも持つ私は――」
「混血と疑われて酷い扱いを受けている?」
 クロエ様は言葉にはせず曖昧に笑っている。シロナさんも否定しないし事実なんだろう、なら世界を移動できる手段に期待したものは自分が疎まれない世界か? 偶々黒髪と紅い瞳が重なっただけで疎まれるのか? 異界者と関わっていないとしても?
「クロエ様のご両親は確かにヴァーンシア人です。王妃様も不貞を働くような方ではありませんし、そもそも異界者とそのような関係になる事すら難しい国だというのに珍しい黒髪と紅い瞳が重なったというだけで臣下の方々と異母姉弟の王子たちが王妃様とクロエ様を貶めて、国王様もそれを鵜呑みにされていて……そのせいでクロエ様は幼い頃からずっとこの古城に幽閉されているんです」
 悔しそうにシロナさんが語っている。幼い頃からって事は城の外を見た事すらないのか……王族なんて勝ち組な生まれなのに随分と不憫な…………何とかしてあげたい気はするけど、家族だけじゃなく臣下まで絡んでいる上、部外者が何か言えるものでもない。そして俺にとって優先すべきはこれじゃない。フィオ達が無事に帰ってこれているのかの確認、リオの無事の確認、寄り道をしている余裕はない。
「俺が異世界を行き来できる手段を持っていたらどうしたかったんですか?」
 何聞いてんだか…………。
「この籠の中から抜け出したかったんです。それが無理でも城の外を見てみたかった……シロナと一緒に外の世界を歩きたかったのです。でも仕方ありませんね、やはりわたくしは一生籠の鳥なのでしょう。私のこの髪や瞳を褒めてくださる方とお話し出来ただけで満足です」
 …………ほら見ろ、要らん事聞くから放っておく事に酷く罪悪感を感じる。というかなんでこんなに諦めが良いんだ? 本当に抜け出したいならもっと死に物狂いになってもいいんじゃないのか?
「…………はぁ、馬鹿な事言ってもいいですか?」
「? なんでしょうか?」
「誘拐されてみません?」
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