黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

あふれるもの

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 ワタルの目覚めない日々が過ぎていく。
 五日経ち、六日が過ぎるともう目覚めないんじゃないかなんて不安でいっぱいになった。
 カーバンクルの宝石の力で元気になるかもしれないともさにずっと居てもらってるけど目覚める兆候はなくて眠り続けてる。

 リオになんて言えばいいの……? それどころかワタルが居ないと帰れもしない。
 このままじゃ大切なもの二つとも失う…………。

 嫌っ――起きて、起きて……早く起きて、ずっと胸が痛い。
 なんでワタルはこんなに私を揺らすの?
 こんなに怖いのは嫌……。

「ほらフィオ、少し寝なさい」
「いい」
「よくないわ、あなた今すごい顔してるわよ。ワタルの隣で寝なさい、それならいいでしょう?」
「…………」
「じゃあいいわよ、私だけワタルと寝るから。こうやって手を握って、早く起きなさいって私の熱を送り続けるんだから」
 わざとらしくむくれたティナがワタルのベッドに潜り込んで身を寄せてる。
 熱を送る……別にワタルは凍えてるわけじゃない、そんなことじゃ良くならない――そんな事医者じゃなくても分かることなのにティナはワタルの手を取って祈ってる。

 祈って治るくらいならもう治ってないとおかしい。
 私がこの数日どれだけ願って祈ったか、でもそんなもの役に立たない……どれだけ願っても祈ってもワタルは目覚めない。
 必要なのはもっとすごい治療――。

「そんな事しても――」
「フィオさんそうとは限らないですよ? 重体でもう目覚めないかもって人が最愛の人が呼び掛け続けた事で目覚めたって事例もあるそうですし、隣で声を掛け続けるのは意味があると思います」
「本当に……?」
「はい、フィオさんが如月さんを大切に思ってるのはきっと届きますよ――」
 私は素早くベッドに潜り込んだ。

 ワタルの手を取って祈る、願う――熱を与える。
 必要なら私の命だって分けてあげる、だから起きて。
 一緒にリオの所に帰ってほしい、一緒にただいまを言ってほしい、一緒にリオのおかえりを聞きたい。

 ワタルの熱を感じた私は、包むはずが包まれていていつの間にか眠っていた。
 ワタルが入院してから眠ってなかったのと精神が不安定になってたせいかもしれない。

「あらお目覚め? 私はこれから下で食事を買ってくるけどフィオはどうする?」
「私は――」
「しっかり食べて健康と美しさを維持するのは妻たる者の務めよねぇ? 出来なきゃ妻失格よ」
 今はまだ傍を離れたくない、隣に居る事にも意味があるならずっと居たい。
「ほら悩んでないで、起きた時にフィオの顔色が悪かったら自分のせいだってまた寝込むかもしれないでしょ? そんなわけで行くのよ」

 納得したようなやっぱり傍に居たかったような……この件に関してはティナに振り回されっぱなしになってる。
 でも、揺れて不安定な私よりティナの方が正しい判断をしてる気もする。

「ふふん、私もこの世界の買い物に慣れたものね。このカードでお願い」
 軽食を手に取ってレジに並ぶティナは少し自慢げ……。
「はい……お客様、残高の方が不足しておりましてこちらではお支払い出来ません」
 目が点になったティナは後ろに並ぶ人間の声に急かされて慌て出した。
「あ、ぅ、私これしかもらってなくて……入ってるお金の量とか分からなくて……だから、誰かお金を貸してくれると助かるわ」
 どうもこの姫ダメな所が多い気がしてきた。
 知らない事を教えてくれたりもするけどダメな所も多い……頼りになる時は頼りになるのに。

「私ももらったのある」
 説明は聞いたけどやっぱりよく分からない、なんでこれがお金の代わりになるの? そのままお金を渡す方がいいのに。
「はい、ではこちらではお会計させていただきます」
 店員にカードを渡すと会計してくれた。
「よ、よかった……私のカツサンドはちゃんと手に入るのよね?」
「買った」
「ありがと~フィオ、お礼にワタルが断れない甘え方を教えてあげるわ。まず目を真っ直ぐ見るの、そうしたら照れて顔を逸らすからそっと身を寄せて耳元ですればいいのよ」
 誰かの命が懸かってるとかじゃなかったら普通に言っても聞いてくれると思うけど……これがティナ流みたい。

「それにしてもこの世界は面白いわよね。色んなものが手近な場所で簡単に手に入る、どうせならワタルと一緒にもっと色んなものを見てみたいわよね――分かってるわ、そんな目をしなくても帰る事を忘れたりしてないわよ。私だって心配なんだから」
 膨れつつもカツサンドを一つ平らげたティナは次を開けてる。
 どうしてティナはそんなに普通でいられるの……?
 私はこんなに揺れてるのに……ワタルが大切じゃないの?

 タマゴサンドの袋を開けてかじってみるけど食欲はない、早く病室に戻りたい気持ちばかりで勝手に足が速くなる。
 ティナは何も言わずに歩調を合わせてくれた。
 結局少しも食べないまま病室の扉の前に戻ってきた。

「ただいま。惧瀞、ワタルの様子は…………なんなのかしら、この状況は? なんでワタルが惧瀞に抱き付いているのかしら?」
 扉を開けると起き上がったワタルが震えながら惧瀞を抱いてる。
「ひぅ!? ティナ様、フィオさん、あの! これは……その――」
「よかった、二人ともぶ――っぅ!?」
 一足飛びに距離を詰めて思いっきりひっぱたいた。
 二人とも無事? 何を言ってるの? 七日も眠り続けておいて……大切な人がそんな状態なのに無事なわけない。
 私たちの事を気にするくせに私の気持ち分かってない。
 戦いで受ける傷なんかよりもずっと痛い傷をワタルに負わされた。

「なにすん――っ!?」
「嘘吐き……嘘つき! うそつき! ふぇ、うっ、ふぅぁぁぁあああああああん、うそつきっ、うそつきっ! 約束、やくそくしたのに……ひっく、うっぅ……うそつきぃ…………」
 言いたい事が本当はいっぱいあった。
 でもそんなもの一つも出てこなくて、あとからあとからどうしようもない感情が湧いてきて自分でも驚くくらい情けなく泣き喚いてしまう。
 抑えようとしても言葉にならない声が競り上がって来て嗚咽になって堪えられない。
 涙も溢れるばかりで止め方も分からずただただ震える頬伝って落ちていった。

 ワタルが目覚めてくれて嬉しい気持ち。
 約束を破って許せない気持ち。
 私の気持ちを全然分かってない苛立ち――色んなものがぐちゃぐちゃになって自分が自分じゃないみたい。

「よかった、本当によかった。七日も目を覚まさないから心配したのよ? フィオの言う通り嘘吐きだわ。小さな嘘なら許してあげるけど、こういうのは今後は無しにしてよ? この七日間ずっと辛かったんだから」
 ティナが私と惧瀞ごとワタルを抱き締めた。
 その腕は震えてて顔を伏せてるけど伝い落ちたものがシーツに染みを作っていく。
 ティナも、同じだったんだ……私よりずっと我慢して必死に普通にしてたんだ。

 ワタルにしがみついてを吐き出す行為は終わらない。
 優しく声を掛けられれば生きているのを実感して涙が溢れる。
 優しく撫でられるとワタルの熱が嬉しくて涙が溢れる。
 でも今はワタルの行動を素直に受け入れたくはなくて、嬉しいのにこんなに嬉しいのに普通にしてくるワタルに納得がいかなくて――。

「ようやく落ち着いたか」
 みっともなく声を上げる事はなくなったけど、落ち着くはずがない、まだ胸の中がぐちゃぐちゃしてる。
「それで、あの後どうなったんですか? 俺一応魔物を処理出来たと思うんですけど、その後自衛隊の人が駆け寄ってきた辺りで意識飛んでて」
「はい、如月さんはちゃんと魔物を倒してくださってますよ。ティナ様とフィオさんの方も殆ど被害無く処理してくださって、話を聞いた限りでは如月さんが対処に向かった魔物が一番厄介な物だったみたいです」
「あ、そうだ。館脇さんはどうしてますか? その……生きてますよね?」
 もう別の人を気にして……やっぱり納得がいかない。私はこんなに苦しくていっぱい心配したのに……反省するまで喋ってあげない。

 でも離れる事は出来なくってワタルにしがみつき続ける。ワタルがベッドに寝転がれば当然私も一緒に倒れ込む事になって――。
「フィオ重いんだけ――何でもないです」
 離れろって言いたげなワタルの目を見ると言葉を飲み込んで諦めた。
 ティナの技少し使える……喋らないって決めたから当面この技で押し切る。

「やっぱりフィオにだけは甘い気がするわ。私だってとてもとても心配したのよ? もっと私にも甘えさせてくれてもいいんじゃないかしら?」
「うぅ~、悪かったよ。銃が効かないだけだと思ってたんだって、それなのに動きは速いし頭を狙われてるのを理解して防いだり躱したりする知能だってあって、手甲なんて爆発に耐えてたし」
「そういう厄介な物だったのなら退くという約束をしたと思うのだけど?」
 そう、約束破ったワタルが悪い――最後までやり切っちゃうのがワタルらしいけど、今後もありそうで凄く嫌。

「悪かっ――ふみゅ」
 っ!? 私の目の前で……ティナがワタルに口づけした。
 行為自体は知ってる、見たこともある……でも、ワタルがしてるのはむかむかする。

 私の不機嫌は加速する。
 ティナは今の口づけで許すって言ってるけど私は簡単に許したりしない……許して――あげないから。
 収まり掛けてたものが俯く私の頬を伝った。
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