黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

訓練は厳しく

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 訓練の開始と共に私は速攻でワタルの顔にナイフを突き込んだ。
 やる気は見られるけど気の抜けてるワタルには不意打ちに映ったのかもしれない。私は始めるって言ったのに……。
 仰け反って回避して目の前にあるナイフをひきつる顔で凝視してる。でも――。

 そんな事をしている余裕があるの? 私は手を捻って角度を変えてワタルに刃を見せつける。
 するとようやく意味を悟ったのか青ざめながら振り下ろされる一撃を転がるようにして回避した。

 私は逃げ道を用意している。でもそれはその先の行動を読んでいるから、だとしたら回避した先にも私の刃は届く――それくらい瞬時に理解して欲しい。
「遅い、寝惚けてるの?」
 転がった先でワタルは私にナイフを当てられている。始めたばかりでもう三回、三回も死んでる。
 上等な混ざり者の兵なら今の私の動きくらいは真似られる、私以外にすら殺される程度…………。

 まだまだ……まだ、まだ! 休ませる隙を与えないようにナイフを振るう。
 強くなれるなら強くしてあげる。でももし、紋様が大した効果じゃなくて強くならなかったら……その時は――。

 何度と打ち込まれて地を這いつくばるワタル――。
 力の差を見せつけても瞳の光は消えてない――。
 私と縄で縛っちゃおう。物理的に繋がってしまえば無茶をするのを監視も抑制も出来る。

 今日は騙しを多く織り混ぜて昨日とどの程度の変化が出てるか確かめてるけど、どうにもワタルの反応にはムラがある。

 感覚的には私を捉えていそうな時もあるけど大概騙されて空振りをする。
 ……たぶん、だけど私が漏らしてる闘気に反応してる。でも視覚に頼って騙される。
 ん……思考で意識を散らすと簡単に崩れる。すぐに余計な事を考える、命のやり取りをしてる時に敵を見ないでどうするの?

 叱責すると見えてないくせに私の位置を捉えた。
 やっぱり……視覚以外では私を捉えてる。今は声に反応したんだ。

 それでもやっぱり一人での行動を認めるには程遠い――そんな意味を込めて、振るわれた剣を打ち返す。
 驚きに目を見開いて動きが鈍る。
 そういうの、直さないと――直させるから。

 速度を上げて翻弄する。
 無茶をするには程遠い身の程だと思い知ってもらう。
 外れが多い、少し挑発すると剣の軌道は簡単にブレた。こんなことだと敵も切れない。
 その剣は飾り? 基礎能力が低いと強化されても大したことない。
 やっぱり地力を付けさせないと――。

 っ!? 反応を確認する為に似た動きを反復してたとはいえ、今度は完璧に私の姿を捉えた。
 視覚では確認できてないから残像にも一応左手で攻撃をしてる――利き手じゃないって言ってたからかなりぎこちないけど――それでも言った事はちゃんと守ってる。

 私は気が緩みそうになるのを引き締めてワタルの足を払った。
 上半身の動きに集中し過ぎて下が大分疎かになってた。

「早く立って」
 ワタルが進んでるのは分かった。でも甘くはしない、生き死に関わる以上本気でやる。

 蹴りを交ぜた早い攻撃に切り替えるとやっぱり捌き切れなくなってくる。
 そして大きな隙が出来る――そこへ私は躊躇いなく一撃を加える。
 生き物は痛みを伴った方が早く覚えるから――。

 でも、やった後に少しだけ後悔した……痛みを与える私は今ワタルの目にどんな風に映ってるんだろう? 踞って私を見上げるその瞳は少し恨めしそう。

 少しだけ休憩を取ってた時に近所の住人が魔物の調査を依頼してきた。
 当然ワタルが断るはずもなく…………。
「いや~、生で見ると更に二人とも別嬪だなぁ~。羨ましいねぇ、異世界でこんなに綺麗な嫁さんを二人も作って来るなんて」
「いやいや、ニュースじゃ異世界にも、もう二人居るって言ってたぞ」
「じゃあ嫁さん四人か! はぁ~、いや~、凄いね。おじさん尊敬しちまうよ」
 うるさい……案内にって勝手に付いてきて騒ぐから邪魔……狩る気あるの?
「しかもティナちゃんはお姫様なんだろ? 逆玉じゃねぇか!」
「ねぇワタル、べっぴんってなに?」
「ティナちゃんそりゃあ飛び切り美人って事だよ」
「ふ~ん、そういう意味なのね」
 ティナも素っ気なく対応してて、たぶん怒ってると思ったのに……後ろ手に組んで少し先を歩くティナの指先がるんるんしてた…………。

 ワタルの方は動物とはいえ被害があったからか忙しなく周囲に視線を巡らせてる。
 そう、敵の正体が分からない以上本来気配を断って痕跡を探るべき、なのに――。

「ああっ! 勿体ない、今の蝮だぞ。捕まえたら蝮酒が作れたのに」
 飛び出した蛇をワタルが斬っただけでこの騒ぎ……もうこれはまともな狩りじゃない。
 これならワタルを連れずに一人で探索する方が早くて安全だった。まだ訓練終わってないのに……。

「蛇取りに来たんじゃないでしょう? 死骸を見つけた場所はまだなんですか?」
「もう少しで着くよ。それにしても嫁さん二人を連れて来て良かったのか?」
「二人とも俺より強いですから、あと嫁じゃないです」
 嫁じゃない……。
「そうだぞ、まだ結婚してないんだから、結婚式には俺たちも是非呼んでくれよ。国際結婚なんて珍しいからなぁ」
 なるほど、確かにまだ結婚式っていうのはやってない――。
 騒がしい会話が続く中でワタルが鼻をひくひくさせている。ん、確かに腐臭がする……やっぱり目以外の感覚はそれなりに優れてると私の中で評価を改める。

 臭いが行く先から流れて来ると知ってワタルは足を止めた。正解、ここで飛び出すようだったら今日は徹底的に叩き潰すつもりだったけど、必要なかった。

「臭い」
「何か変な気配もするわね」
 私とティナがそういうと男達はようやくお喋りをやめて警戒を始めた。
「こりゃまたやられたかもしれんな、前に見つけた時もこんな感じの腐臭がしてたからな」
 それにしても気配……? そんなもの私は全く感じてない。エルフだけの感知能力……? ない、普段のティナから考えてもそれほど鋭い感覚を持っているようには思えない。
 六感すべて私の方が上回ってるはず……なのに確かにと断言して周囲に目を凝らすティナ、彼女は嘘つきじゃない。

 変わった思考や言動を持っていても嘘は付かない。
 なら敵は居る。視線を巡らせ微かな音も逃すまいと敵を警戒する――でも、この周囲に動物を捕食出来る大きさの存在を感じない。
 見えるものや音だけじゃない、敵がこっちを捉えてるなら敵意を持つ、仮にそれを消せるほど高等でもこっちを見てたらその気配くらい分かるのにそれすらない。
 分からない……。

「気配がするって、近いのか?」
「ん~、はっきからないりしないから説明がし辛いのよねぇ。殺気とかそういうのとも違う感じなんだけど…………フィオは何か感じない?」
 不快そうに顔を歪めると頻りに視線を彷徨わせてる。ティナがここまで反応していて敵は居ないと判断する理由は無い。
 でも――。
「…………分からない」
 気配が読めないなんて、こんな事は初めて……。

「ああ~、こりゃ酷いな。群れごとやられたな」
 臭いの発生源には無惨な動物の骸が散らばってた。食い散らかしてる量からして結構な大型か、それとも複数……?
「ティナ、気配は?」
「まだあるわ、それにしても変な感じ……知っている感覚の様な気もするんだけど…………はっきりしないせいで気持ち悪いわ」
「んでフィオは分からないんだよな?」
「ん…………」
 なんで分からないの? 敵はどこから来る? ……この場で今一番狙いやすいのは付いてきた男達――それを狙える位置の気配を探っても何も掴めない。
 まるで本当に何も存在してないみたい。

「俺らも猟で撃って殺すけどなぁ、害獣って扱いになっててもこれは流石に心が痛むなぁ。腐敗し始めてるからやられたのは一昨日辺りか?」
 この暑さなら腐敗も早そう――腐敗が始まってるのにここに居るの……? ここは敵の狩場? 誘い込まれた? ……その割りには気配が無いし攻めるなら骸を見つけて注意が逸れた時がよかったはず。
 何を狙ってるの……?

「う~ん、この辺りかしら?」
「うおぉ!? なんだこりゃ!? 何もない場所に裂け目が!?」
 っ! そうか、ティナみたいなことが出来るとしたら気配の探りようもない。
「何か見つけたのか?」
「ハズレね。見つけたというか、私が感じてる変な気配って空間跳躍をする時の感覚に似てるのよ。だからもしかしたら私と同じ様な事が出来て、裂け目の中に留まってたりするんじゃないかと思ったの」
 やっぱり。
 でもそうなると私には完全に手出し出来ない。
 ティナが引き摺り出すのを待ちながら何が起きてもいいようにワタルの周囲を警戒する。

「気配はまだここにあるのか?」
「たぶん、そんなに離れた場所ではないと思うんだけど、はっきりしないのよ。不快だわ…………とりあえず切りまくろうかしら?」
 途端に周囲を切り付けて裂け目を大量に作り出した。
 作れるの一つじゃないんだ。
 次々と生み出され、黒が覗く裂け目に目を向けてティナがある一点を切り裂いた瞬間濃い血の臭いが漏れ出した。
「居たっ! ティナここだ!」
『ギャッギャッ!?』
 安全地帯を奪われた事に動揺した一体が迂闊にも裂け目から躍り出てワタルに斬りかかって行った。

 今の動きでワタルの対応圏内だと判断した私は逃亡にだけ注意する事にした。
「遅いんだよっ」
 自分だってまだまだ速くないくせに――それでも一撃で仕留めた事に安堵して私は小さな笑みをこぼした。

『ギィ、ギィ!』
 敵わないと判断して大きなワタルの方じゃなくて敵で一番小さい私が突破しやすいと見た魔物が武器を振り回し突進してきた。
「遅い、これならケイサツでも殺せる」
 これは弱い。
 あまりワタルに狩らせると過信を招くかもしれないと判断してすぐに首を落とした。

 魔物狩りを終えて山を下りると待ち構えていた住民たちに捕まった。
「いやー、凄かった。航君は化け物を真っ二つにするし、銀髪のお嬢さんは化け物二匹の首を一瞬で飛ばすわ、お姫様は何もない場所に裂け目を作って化け物を見つけ出すし! 生きてる間にあんなものを見るとは思いもしなかった」
 勝った事で過信しないように戻ったら訓練して力量差を確認させるつもりだったのに…………。

 酒だ酒だと住民たちは祝杯をあげる。
 魔物を狩ったからってあんな弱いものでこんなに騒ぐなんて……これに乗せられてワタルが増長しないといいけど……過信は判断を間違わせるしワタルの場合は無茶が増えそうだからよくない。

 飲酒したティナの顔が真っ赤になって男たちを脱がせ始めて変な騒ぎになってる。
「フィオ、手伝ってくれ! ティナを引き摺ってでも連れて帰るんだ。これ以上飲ませられない」
「…………面倒」
 元々すぐに帰りたかったけど、ティナに抱き付かれて赤ら顔のワタルを見てると言う事聞きたくなくなった。私が引っ付いてもあんなにならないのに…………。
「ワタルのも、もう一度確認~」
「ちょ、止めろ! フィオ! どうにかしてくれこの酔っぱらい残念姫」
「…………はぁ~」
 ほっとくって決めたのに……困り顔のワタルに見られるとどうにも弱い。
 ティナを眠らせてさっさと帰ろうと手刀を放つ――。

「甘いわよフィオ~、しょのくらい簡単に止められるんだから」
 酔ってるくせに……昨日こういう悪戯でワタルを気絶させたくせに…………。
「ふふふふふふ~、フォオを倒してワタルを独占するのもいいわねぇ~」
「止めろ馬鹿、剣使うとか冗談じゃ済まんだろうが! ってフィオも駄目だぞ、ナイフを掴むな!」
 ちょっとこれはむかむかする。
 飲酒したら馬鹿になるのは人間も混ざり者もエルフも違いは無いみたい。こういう時の対処は分かってる、徹底的に叩き潰す。
「うっ!?」
 慌てたワタルがティナを羽交い絞めにして隙を作ったところに一発打ち込んだ。
 ワタルに免じてさっきの独占発言は一回だけ見逃す、次は無い。

「そういう訳で俺たちは帰りますんで、お邪魔しました~」
 ティナを背負ったワタルは大慌てで宴会場から逃げ出した。
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