黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

忍び寄る悪意

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 ワタルの家に帰る道すがら、ワタルを信じて応援してるって人と出会った。
 ワタルは最初警戒して困った顔をしてたけど女に悪意が無いのを感じ取って最後は表情が柔らかくなってた。
 ワタルがまた少し元気になった……良い人間だった。
 他にも応援してる人間が居るって言ってた。リオみたいなあたたかさとは違うけど……この世界にも良い人間居た。
 ああいう人間を増やして会えるようにした方が良いってティナが言う。それがワタルの為になるからって、だから相手に悪意がなかったら少し話をしてあげなさいって……私話すのあんまり上手くない。

「ほらフィオ笑顔笑顔、悪意無く手を振ってくる相手には笑顔で返してあげなさい。こんな感じで、ね?」
 ティナに手を振り返された人間は大騒ぎして喜んでる。私ワタルとリオ以外は苦手――。
「なんか全然報道と違うじゃん? 異世界の人も悪人で女の子殺害の共犯者かもとか偉そうに言ってるおっさん居なかった?」
「本人見た感じ全然違うじゃんねー、案外」
「やっぱあの人やってないんじゃない?」
「かもね」
 ティナはすごいかも……こんな守り方私は考え付きもしなかった。手を振っただけで周りの悪意を減らしてる。
 ちょっと真似をしてみたけどティナみたいにはならない、少し笑って通り過ぎていくだけ。
 むぅ……ティナの方がワタルの役に立ってる…………。

 鉄の大蛇が行き交う場所、あれに乗って移動するらしい。馬が引かない荷車とか色んな物を見たけど……これは一際変……なんであんなものが走るの?
「良かったわね? 信じてくれる人が居て。私この世界の人間はみんな嫌な感じなんだと思ってたわ」
 離れた場所でワタルの事を悪く言ってるのを耳敏く聞き付けてワタルに気付かせないように顔を寄せてよそ見出来なくさせてる。
「ティナ、近い」
「キスしたくなっちゃう?」
「…………ならない」
 違ったかも……妙な笑顔で更に迫ってる、ティナはどこまでが本気なのかいまいち読めない――。

「きゃぁぁぁああああああっー!」
 崩落音の後に悲鳴が建物内に響き渡った。
 事故……? じゃない――この嫌な気配、これは――。
「あれって……オーク? なんでオークが?」
「あ~、だって私たちと同じ裂け目に吸い込まれてたじゃない?」
 確かに凍り付いたのがいっぱい吸われてた。
 この世界の人間は強くない……なら、既に殺された人間も多いかもしれない。せっかく少し元気になったのにまたワタルの顔を曇らせそうな問題が……。
「だって吸い込まれてたのは凍って死んだ奴だろ、それになんで今更? 俺たちより先に吸い込まれてたんだから俺たちより先にこっちに出て来てるか、同時くらいじゃないのか? 俺たちがこっちに来てからもう二十二日目だぞ?」
 あぁ、そっか。この世界はてれびって道具で色んな場所の事件を知らせたりするから……事件があればすぐに知れ渡る。ワタルの事とか嘘もやってるけど。
 でも、周りの人間の様子からして魔物を知っていたって感じじゃない。ならまだ死んだ人間は居ない? 事件は起こってない? ここで処理したらワタルは苦しまない?

「ん~、私たちがあの空間からすぐに出られたのがもさのおかげだったとしたら、あれは今まであの空間を漂ってて漸く出て来たのかも、それとあれは凍ってたけど死んではいなかったと思うわよ? オークって異常に生命力と性力が強いから、この暑さで解凍されて復活したんじゃないかしら?」
 凍っても死なない……やっぱり殺すなら確実に自分の手でやるべき、心臓を抉って首を落とす。
「あのさぁティナ」
「なぁに?」
 ヴァーンシアでは魔物の封印が崩壊したら大慌てだったのに……今ここに魔物が現れてるのには動じずワタルに身を寄せてる。
 むかむかするけどワタルの為になることもするから引っ付くなって言いづらい。

「吸い込まれてた氷像って結構な数だったよな? オーク以外のもあったし」
「そうねぇ、オークにハイオーク、それにオーガとゴブリン、コボルトにラミアだったかしらね。でも、解凍されて復活してるのはオーク系とオーガだけじゃないかしら? オークとオーガはしぶといから簡単には死なないけど、他はそうでもないはずだから……絶対とは言い切れないけど」
 オークもオーガも体の大きい種類……この世界の人間なんて簡単に殺せる……ワタルがまた苦しむ……。

「ちなみにまだあの空間を漂ってるのが居てこの先こっちに出てくる可能性は?」
「う~ん、どうかしら……無くはないでしょうけど、流石にもう殆どこっちに出て来てるんじゃないかしら? もしくは別の世界に出た、ってのもあるわね」
 深く息を吐くとワタルは剣の柄を握り締めた。
 やっぱり……自分を悪く言う相手でも助けようとする。きっと全部倒すまで帰らないとか言う……なら――。

 すぐに全部片付ける。
「はぁ、やるか」
「がんばってねワタル。応援してるわ」
 本当にティナの考えはは分からない、帰るつもりがあるの?
「え? 手伝ってくれないの?」
「私は手伝う」
「ダメよフィオ、ワタル一人の方が良いわ」
 何を言ってるの? ワタルは能力を失ってる。紋様の強化があっても身体能力だけで魔物と張り合える力はまだ無いはず。
「なんで?」
「よく考えて、今ワタルの事を酷い人って思ってる人が多いのよ? そのワタルが大勢の見ている前で魔物を倒せば周りの目も変わると思わない? 一緒に戦うのもいいけど、好きな男を立ててあげるのも女として大事よ?」
「思わない、酷い人間は最初から酷い……立てるって何? アレ?」
 男を立てる……? ヴァイス達が女を襲ってる時相手に立たせろとか命令してたけど、なんで今そんな事をするの?
「う~ん、それも一理あるわね。アレを立てるなら二人っきりか、私との三人でベッドの中じゃないと駄目よ?」
 意味が分からない……なら何を立てるの?

「とか言ってる間にあっちが大変な事になってるわよ。ワタル、頑張って!」
「きゃぁああああっ! 嫌ぁああああっ! 来ないでぇっ!」
 オークが女に向かって大斧向けてるのを見てワタルは駆け出した。
 私も――。
「ダメよフィオ、私たち二人は待つの。周りの態度の悪さも問題だけれどあの子は卑屈過ぎるのよ。だから凄い事をしたのに周りの反応に過敏になって能力喪失なんて事にもなるのよ。なら私たちは癒してあげるのと同時に自信を付けさせてあげた方がいいわ」
 自信、自信……ヴァーンシアではそんな事なかった。強い意思を感じた。
 でも、この世界に――自分の世界に戻ってからのワタルは――。

「おい、大丈――」
「ひっ、人殺し変質者」
 自分の危険も省みずに助けたのにこの言われよう、そんな顔するなら放っておけばいいのに……それが出来ないのがワタルだって思うけど、こんな相手を助けて自分ばっかり苦しんでるのは見ててもやもやする。

「ワータールー、がんばりなさいとは言ったけど、女の子に抱き付いていいなんて言ってないでしょ~」
「ふぃにゃがひうのおひょいかりゃだりょうが」
「それ、に! 対処が甘いわ。さっきオークは生命力が強いって言ったでしょう? しっかり首を落とさないと駄目よ」
 腕を斬り落としただけで止めてしまったワタルに代わってティナがオークの首を落とす。それを見て顔をしかめるワタル……こんなワタルに殺意……? ティナの言ってたの本当なの?

「まだ続くのか!?」
「そうみたいね、やっぱり暑いからかしら? 随分と解凍されてるのね」
 上からオークが更に落ちてきて床を割り揺れが走る。
 その度にこの世界の人間たちは震え上がる、逃げることもせずにその場に座り込む。
 数が増えた。それに――見えてるの以外に何か紛れてる、これはワタルだけじゃ対応出来ない。

「ティナ、ワタル一人じゃ無理」
 私の言葉でワタルは不満そう。
 その表情でワタルが敵を認識出来てないのが分かる。
 一人は駄目、それに助ける度にあんな感じだと自信が付くよりも更に卑屈になりそう。
「そうねぇ、ワタルに活躍してもらいたかったんだけど、こんなのが居たらしょうがないわね」
 ティナは抜き身の剣を逆手持ちに変えて背後を着いた。そこから血が吹き出してハイオークが現れた。
 流石、ちゃんと気付いてた。ティナの感知能力はなかなかだと思う。
「うわっ!? どうなってんだ? ティナ、怪我は?」
 やっぱりワタルは気付けてなかった。
 他にもまだ妙な気配がある、不意打ちされる前に消しておかないと。
「あら、心配してくれるの? でも、平気よ。私の血じゃ――あぁああああっ!」
「ど、どうした!?」
 特に怪我なんかしてないはずなのに騒ぎ出すからワタルが血相を変えて慌て始めた。
 
「……かっく、せっかくワタルに買って貰った服なのにぃ~、ハイオークの血なんかで穢されたぁああああ! もう! 何してくれてるのよっ! このっ!」
『ぎゃぁぁぁああああっ! クソ、アマがぁ…………何故、分か、った?』
 憤慨したティナが傷を押さえて倒れた敵の股間を踏み潰した。
 息も絶え絶えに痙攣を繰り返すこれにもう戦う力も殺気も無い、それでもまだ嫌な気配がする。
 姿を隠せてもこれだけ気配が漏れてしまうなんて力量はたかが知れるけど、ワタルは見えてる敵の気配と混じって感知出来てない。

「嫌な気配がプンプンするのよっ! それに臭いし、姿を消していても殺気でバレバレよ。そんな事よりどうしてくれるのよっ! ワタルが買ってくれたのに、台無しじゃない!」
「ティナ、落ち着け、服ならまた一緒に買いに行こう? それならいいだろ?」
「本当に?」
 動かなくなった敵を蹴り続けるティナを引き剥がしたワタルが見つめ合って動かなくなった。
 そんな場合なの? ……ティナはずるい。こういうの上手いからワタルがすぐなんでもしてくれる。
「う、うん」
「よ~し! それならここをすぐに片付けるわよ。私とフィオでハイオークを狩るからワタルはオークを担当して、能力が使えなくてもオークならちゃんと対処出来るでしょう?」
「まぁ、さっきくらいの動きならどうにか出来ると思う」
「そう、じゃあお願いね。早く終わらせて買い物に行きましょ」
「了解~」
 私を置いて二人だけで話を進めて……ワタルは言い出したら聞かないから協力して片付けるのは賛成だけど……。
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