黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

未知の世界

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「飲まれたわね」
「飲まれちゃいましたね」
「飲まれた」
 暗い穴に飲まれた私たちはどうする事も出来ないまま漂流してる。
 先なんて見通せないくらいに暗い闇の中のはずなのにワタルや姫の顔はよく見える。
 私が混ざり者だから見えてるわけじゃない、ワタルも私に視線を向けて、次に姫へ――。

「あっ」
「ちょ、放さないでよ!」
 自分が姫と繋いでる手を見てから慌てて放そうとしたから姫ががっちり両手で捕まえ直した。
 行動を起こさない所を見ると姫が使ってた裂け目と違うようだし、そんな場所で身動きも取れないのにはぐれるような事は避けるべきだからこれは姫が正しいからもやもやするのは我慢する。

「たぶん私たちが吸い込まれた裂け目はワタル達の攻撃を受けて、歪み広がって、普段私が使ってるモノとは別の不安定なモノになっていて別の世界へ繋がる穴になってるんだと思うの。だからここから出られたとしてもヴァーンシアじゃない別の場所、離れたら別々の世界に放り出される可能性もあるからお互いしっかり掴まっておいた方がいいと思うわ。ワタルと私が居ればさっきと同じ事をしてヴァーンシアに帰れる可能性もあるしね」
 別の世界……? 帰れる可能性もある……? その言い方だと帰れない場合もあるの?
 帰れなかったら……リオはどうなるの? …………大丈夫、きっと大丈夫……ワタルなら何とかする。
 それに専門家の姫が落ち着き払ってる、姫なら大切なものだっていっぱいあるはず、それなのに帰れないなんてなったらもっと動揺するはず、きっと大丈夫――。

「なにしてる?」
「突いてる」
 大丈夫……ワタルだって傍に居る、離ればなれじゃないんだから大丈夫……。
 そう思ってもリオにもう会えないかもしれない可能性が頭を過って少し不安になってワタルの頬に触れる。

「そういえば、なんでフィオは飛び込んで来たんだよ? お前が居た位置ならこんな厄介なもんに飲まれる事もなかっただろ」
「…………もさが連れて行かれそうだった」
 離ればなれが嫌だった。連れて帰るってリオに約束した。
 でもそれを何も知らずに真っ直ぐこっちを覗き込んでくるワタルに説明するのは妙な気恥ずかしさがあって言葉が詰まって言い訳した。

「ほれ、わざわざお前の為にこんな所へ飛び込んでくれたご主人の頭に乗ってろ」
 剣を納めたワタルが懐からもさを引っ張り出して私の頭に押し付けた。
 頭の上で何かを確かめるようにしながらくるりと回ったもさは――。
『きゅぃー』
 私の言い訳を見抜いたのかもさが不機嫌そうに頭の上で暴れてる。
 素直に言えって言ってるの? 早く言えって急かすみたいにもさの足踏みが激しくなってくる。

「…………あと、ワタルが……居なくなるのも嫌だった」
 言った。
 なんか……顔が熱い、今までこんなことなかったのに――ワタルは少し驚いて困惑したみたいに視線を彷徨わせた。
 それに合わせてもさは私の行動に納得したのか足踏みをやめて座り込んでる。
「…………姫様までなにしてんですか」
「二人だけの空気って感じでムカついたの、変な浮遊感のせいで自由に動けそうもないし、それにほら! 私の能力で出口を作る事も出来ない。だから諦めてワタルの頬で遊ぶ事にしたのよ」
 私と同じようにワタルを突きながら片手で剣を振ってるけどあの時移動したような空間の裂け目は出来てない。
 ここを出ない事には帰る為の行動も起こせない?

「暢気ですね」
「だって出来る事が無いのよ? 悩んでも解決出来ないんだから精神衛生上良くない事は止めて、遊んでる方がいいでしょ? それにもし変な世界に行って帰れなくなったら唯一の男と女よ、親睦を深めるのも悪い事じゃないでしょ?」
 帰れない……? 今出来ることがなくて切り替えるのはいいけどそんな諦めた切り替え方は納得いかない。
 姫の能力が起点になってる以上帰る事にはもっと真剣になってくれないと困る。
 リオと約束したんだから絶対帰る。

「変な世界って、やっぱり魔物しか居ない世界とかですか?」
「そうね、他にも生き物が全く居ない世界とか、気持ちの悪いモノしか居ない世界とか、人間やエルフみたいな人型の生き物を捕食する物が居る世界とか、死者の世界とか、他にも――」
 姫が想像もつかない世界を並べていく。
 生き物が居ない世界や死者の世界なんて私たちが生存出来ない可能性がある。
 出るなら対処出来る場所じゃないと困る。敵なら殺すけど環境そのものは私じゃどうにも出来ない……。
 どうか……どうか安全な場所であってほしい、帰る為の行動を起こせる場所であって…………。

「なんとかここから脱出する方法は?」
「私には無いわね。いっそさっきみたいにワタルが雷ドーンってやって穴でも開けてみれば?」
 この姫大丈夫……? 余裕があるのか適当なのか判断がつかない……それでも姫を頼りにするしかないのがもどかしい。
 私にも能力ちからがあったらよかったのに……。

「あれ? え? なん、で?」
「どうかしたの?」
「能力が、使えないです…………」
 っ!? 使えない? ワタルの能力と姫の能力でこの状況なのに帰る為の再現が出来ないの?
「え?」
「能力を使う時の感覚が全くないんです。姫様は大丈夫ですか?」
「私? 私はいつも通りよ。ここから出られれば使えると思うわ…………それにしても困ったわね、ワタルの能力が無かったら私が裂け目を作っても歪めてくれる人が居ないとヴァーンシアに帰還するってのも無理かも…………仕方ないわね」
 一応帰る為の算段はしてたみたいだけど、それも潰えた。それでも姫の表情は曇らない――。
 流石人間よりも長い生を生きているエルフ、ちゃんと他の手も――。

「どうにも出来そうになかったら三人仲良くそこで暮らしましょ」
 ダメだった…………。
「あの、もっと真面目に――」
「さっきも言ったでしょ、悩んでどうにもならないなら悩むだけ無駄! さっさと別の事を始めた方が建設的よ」
 悩んでばかりなんて馬鹿々々しい、そんな事より行動をしてしまうべき、ダメなら別の事をする。
 それは理解できる、でもそれは帰る為の行動であるべき、時間は掛かってもいい。
 ただ、絶対にリオの所にワタルと帰りたい。

「出口、出てこないですね」
「そうね」
「暇」
 態度はおちゃらけてるけど姫の表情にふざけてる風はない。
 この人にもがあるなら諦めるはずがない――そうじゃないと……おかしいし困る。

「うぅ~」
「なに唸ってるの? もさが困ってる」
 ワタルが唸ってるのを威嚇と捉えたのか頭の上でもさが落ち着きなくもぞもぞしてる。
「能力を使ってた時の感覚を思い出そうとしてるんだよ、ここに居続けたらおかしくなりそうだ。さっさと出たい」
 ワタルはワタルに出来る事をしようとしてる。
 私にも何か出来ればいいのに、この浮遊感のある空間だと自分の身体能力の活かしようがないのが……もやもやする。
「そうね~、私もこんな陰気臭い場所で新婚生活を始めるのは嫌ね」

「一緒に暮らすなら家族?」
 ちょっとした疑問――。
「そうね、種族は違うけれど家族よ」
「家族…………」
 家族、なんて私が思ってても別にワタルやリオがそう言ったわけじゃない。
 でも、異界者、ヴァーンシア人、混ざり者、違ってても一緒に暮らせば家族になれる……だから帰ったら今度は私からリオとワタルに言う。
 私とずっと一緒に居てほしいって、本当の家族になってって。

「良かったわね、同時に二人も妻が出来て」
 妻……? 夫婦、私とワタルが結婚してお父さんとお母さんになる? …………それは、なんだか…………なんだかっ。

「あ」
 顔が熱くなってワタルの顔を見てられなくなって逸らした視線の先にぼやけた微かな光を見た。
「今度はなんだ?」
「光」
『え!?』
 何もなかった場所に変化が起きた。
 違う世界……少し強張る自分の身体から力を抜く、もさもそれを知ってか撫でるように前足を動かしてくれてる。
 うん、大丈夫……何があってもワタルを守る、だからどうか対処出来る世界であって。

「フィオと姫様って運は良い方?」
 どうなのかな……ワタルやリオに出会えたのはとても幸運、でもリオと離れてしまったし、ワタルを取ろうとするエルフは居るし――。
「微妙」
「私は……悪い方かしらね、夫候補が中々現れなかったし」
 二人も身体を強張らせ嫌でも緊張が伝わってくる。
 そんな私たちが落ち着くのを待つ事なく光が大きくなって近付いてくる。

「いよいよね」
 さっきまでの態度が嘘みたいに姫の声が震えてる。
 私は……大丈夫、ちゃんと動ける。
 姫は帰る方法の要、何があっても二人を死守する。
 リオ、ちゃんと帰るからっ――だから無事で待ってて!

 ワタルに抱き寄せられながら私たちは光に飲まれた。
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