黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

やれば出来る

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 全員が私たちを見ている。混ざり者は困惑の視線を、エルフと獣人は敵意の視線をそれぞれ向けてきていて完全に見つかってる。
「ちなみに全員船首にぶら下がってるハルピュイアを見てるって可能性はないだろうか?」
「ない、全員こちらを視界に捉えているから。…………? これハルピュイアって言うの? ワタルは見たことがあったの? ワタルの世界の魔物なの?」
 ワタルの世界はこんな奇妙な物が居るの? …………変、凄く変。
「これが何なのかは後で考えるとして、まずはこの状況をどうにかしよう、フィオに何か案はあるか?」
 私に聴くって事はワタルには案が無い? なら取れる行動は一つしかない。
「全部殺す」
「却下で」
「なら無い」
 即否定された。なら聴かなきゃいいのに、私に出来るやり方なんてこのくらい。他の方法があるならワタルが私に教えて欲しい。殺さないやり方――そんな暇無さそうだけど、エルフ達の気が私たちへ逸れている間に逃亡しようとしている混ざり者が居る、私たちもすぐに動かないと――。
「船は後だ! 先にこちらを終わらせろ!」
 私たちが下の混ざり者と同じと判断して、二人しかいないと踏んでこちらを後に回すみたい。だとしてもあまり時間があるわけじゃない、ワタルに案が無い以上ワタルが否定しても、二人の安全を確保するには敵意を向けてくる相手を排除するしかない。やろう、二人を護る為――。
「フィオ、あの指示を出してる女エルフを捕まえられるか?」
「捕まえてどうするの? 私たちじゃ能力を封じる方法がない」
 一時的に捕らえる事が出来たところで消し炭にされて終わってしまう。ワタルの能力も攻撃力は高くても防御には使えそうにないからそんな事しても無駄になる。
「俺の電撃で気絶させようと思うんだけど、俺が狙って撃ってもあっちの方が反応速くて避けられそうだから捕まえてもらおうかと」
 気絶……そんな使い方も出来るの? …………気絶、殺すじゃなくて気絶、ワタルは甘い。相手はこっちを殺す気でいるのに、その上ワタルより身体能力が高くて能力だって未知数、そんなものを相手に手加減している場合?
「…………ワタルを投げてあの女にぶつければいい?」
 敵を気遣うような感じがして、少しワタルにイライラした。自分とリオの事を最優先してほしいのに、なんでこんな時まで殺しちゃ駄目なの?
「出来れば俺も安全な方法で…………」
 困った表情をしてそう言われた。強さの分からない者を相手に手加減してその上安全になんて方法が取れるとは思えない。エルフと獣人の全力も分からないのに。
「…………ん」
 ワタルの雷をあのエルフに当てる方法…………そんな事するくらいなら私が気絶させる方がいいかも? でも、私の動きに付いてこられる様な相手だったら……視界に捉えられた時点で燃やされる。触れる事も難しい可能性がある、それだったら遠距離からワタルに雷を当ててもらう方が安全、私に注意を向けさせてその隙に狙ってもらう? でも外した場合ワタルを標的に切り替えられそう。そうなった場合私が傍に居なかったらワタルはどうやって逃げるの? …………ワタルの注文凄く難しい。
「っ!」
「どぉおわっ!? 何すんだいきなり!」
 矢がワタルの立っていた場所に振ってきそうだったから手を引いて避けさせた。そしたら、ワタルが私に抱き付いた。嬉しいけど…………なんだか、リオの時と少し違う。身体が熱くなった、恥ずかしい?
「矢」
「や? って矢!」
 私がそう言って指を差してようやく矢に気が付いたみたい。やっぱり戦場に居る以上傍に居ないとワタルが死ぬ可能性が高い。殺し合いならクラーケンの時みたいにすれば勝てるかもしれないけど、気絶なんて言ってるから絶対にあれは使いそうにない。
「まだ狙ってる」
「っ! フィオ! ここじゃ駄目だ! 船内にはリオ達が居る、あの女エルフが紅月と同じ事を出来るなら船に火を付けられたらヤバい! 船を降りてどうにかあの女エルフを捕まえて人質にするんだ」
 人質……相手に何か要求する時の交渉材料、指示を出しているからあの女エルフが頭なんだろうから人質としての価値はあるだろうけど、捕まえられるかどうかが問題、難しいと思うんだけど…………またこの目だ、諦めてない、出来ると思ってる……この目をされると弱い、無条件に信じてしまいそうになる。違うか、もう信じた、やるしかない。

「分かった」
 ワタルが出来ると信じてるなら私は頼まれた事を全力でやる。まず船から離れないと、リオはまだ見つかってないから船から離れさえすれば危害は及ばないはず。
「ってぇええええー! やるならやるって言えぇえええ!」
 ワタルの腕を掴んで海へ飛んだらこの大声、自分で言ったのに。今のでまたこちらに注意を向けたのが数人いる。弓で狙ってるっ!
「お前のせいでからだぁあああああ! 今度はなんだ!?」
 ワタルの服の襟を掴んでその場を離れた。直後にはさっき居た場所に矢が降り注いでる、止まってちゃ駄目、常に動き回ってエルフや獣人の集団に紛れながら狙いを絞らせない様にしないと…………この状況じゃ絶対にワタルを一人に出来ない。
「降りたから狙い易くなってる」
「フィオ、持つならせめて手にしてく――」
 っ!? 男のエルフが矢を回避した先に居て、大剣を振り下ろして来た。速い、私の動きをちゃんと目で追えてる。
「今度はなに――」
 腕力も結構強い、訓練で戦ってた混ざり者にはこんなのは居なかった。速さはピンクと同じくらい? 他もこのくらいの水準だとしたら厄介、負けはしないだろうけど、ワタルの頼みをこなせるかは分からない――っ!?
「っうわぁ! 今度はなんなんだよ?」
「ナイフが折れた、ワタルの剣貸して、私のはもう無い」
 危なかった、退くのがもう少し遅かったら斬られてた。ミスリル合金だからそれなりに良い物だったはずなのに、やっぱり純ミスリル製の方が良質か……買い出し係がケチって合金製にしたから……港町に居る間に買い替えておけばよかった。もう一本は鳥に刺したままにしてあるし。
「あ、ああ、ほら」
 …………そういえばワタルの剣もミスリル。純粋なミスリル? それとも合金? どちらにしても、こんなのを四本も盗んだのなら買い出し係をやってた混ざり者より断然優秀。
「ワタルも雷で戦って」
 当てられなくても放ち続ければ攪乱になる、当たれば気絶するなら十分に脅威になるからそれに注意を向けざるを得なくなる。そうすれば私も動きやすくなる。
「こんなに激しく動かれたら狙いが付けられんわ! あ、あと、剣渡したけど斬ったり殺したりすんなよ、気絶に止めろ!」
 別に当てれなくてもいいから数を撃ってほしい。
「こんな状況じゃ難しい、殺した方が簡単」
「お前はやれば出来る娘だ、どうにかしてくれ、殺すのは絶対に駄目だ!」
 やれば出来る……ワタルが私を信じてる? やれば出来る…………少しやる気出た、頑張る。

「っ!? ワタル! 脚曲げて!」
「? こうか? ――っ!?」
 妙な気配を感じてワタルに指示した。直後ワタルの脚があった空間を何かが空を切りながら通り過ぎて行った。見えない刃? これも能力……もう少しでワタルの脚が無くなるところだった。絶対に反撃してやる。
「あいつ」
「あいつって、あいつ何も持ってないぞ」
 持ってなくても攻撃してきているのはあいつで間違いない。掌を私たちに向け続けている、動き回っても狙いを外さない様に合わせて動いてるからあいつしかいない。
「っ!」
 またワタルを狙った。躱した先にも見えない斬撃を飛ばしてきてる、めんどくさい。こんなのが何人もいるの? ワタルが雷を撃ってはいるけど全部外れてる。
「うわっ!」
「ワタル、もっとちゃんとやって!」
「やってるよ! お前が動きまくるから狙いがつけられないんだ」
「動かないと狙い撃ちされて終わり」
 見えてる物なら余裕をもって避けられるけど、あれは違う。空気を切るような音と、その攻撃に乗った殺気を感じて勘だけで避けてるから狙いを付けさせてあげられるだけの余裕は作れない。それに攻撃はこれだけじゃなくて矢だってこっちに降ってくる、止まってのんびり狙ってる暇なんてない。止まればその瞬間に二人とも死ぬ。
「ならワタルは矢を潰して、ほら来た」
 矢だけでもワタルが対処してくれるなら私は見えない斬撃に集中できる。
「矢って、うへぇ、なんであんなに! クッソがぁあ!」
 ワタルが雷で飛んでくる矢を撃ち落としてるけど、すぐに次が飛んでくる。撃ち落とし切れなかった物も辺りに降り注ぐ。
「だいたいなんで俺たちがこんなに狙われてんだよ!」
「混ざり者が殺られてもう殆ど残ってない、それとこっちの方が厄介だって気付き始めてる」
 立ってる混ざり者は残りたった七人、あれだけ居たのに殆ど変な鳥に攫われて行ってしまった。
「っ! 鬱陶しい!」
 その変な鳥が上空から襲ってきているのに気付いたワタルが雷を当てて、迎撃して黒焦げにしたけど、さっきの私がやった時と同じで断末魔で私たちに視線が集まった。混ざり者の残党を狩っていた奴も動きを止めて私たちを見てる。
「…………ワタルもやらかした」
「分かってるよ! 悪かったよ!」
 矢が降ってくる、変な鳥が襲ってくる。エルフと獣人が、あの変な鳥と連携しているかのような波状攻撃、でもこちらに向かって来ている分狙いが付けやすいからワタルが迎撃してくれていて、私は見えない斬撃に集中して避けているけど、近付こうとする私たちを遠ざけるように斬撃を放ってきているからエルフ達との距離が開いていく。
「フィオは見えないのになんで避けられるんだ? お前には何か見えてるのか?」
「勘!」
 見えなくても殺気を感じる、空気を切る音が聞こえる、それに相手の視線、それで攻撃の位置を察知するしかない。
「ワタル、鳥」
「分かってるよ! 落ちろ、クソ鳥!」
 ワタルが雷を扇状に広範囲に放って変な鳥を数匹撃ち落とした。それを見て残った鳥は私たちを狙うのを断念したみたいで、それぞれ死体を攫って逃げ去って行った。残りはエルフと獣人、混ざり者はもう残ってない。二人だけでこんなのを対処できる? 殺すだけなら簡単なのに…………。

「さっきからチョロチョロしてるのが居るとは思っていたけど、こんな小娘とひ弱そうな男か、この程度の奴に能力を使って何故仕留めていない? エレッフェラ」
 ひ弱? …………ワタルを馬鹿にした。それに私も……許さない。
「い、いや、こいつらは中々強くて――」
「言い訳するな、お前は戻ったら負傷した連中と休まず訓練だ」
「え、それはちょっと…………」
 指示を出していた女エルフに私たちを見えない斬撃で攻撃していたのが怒られてる。休まず訓練……エルフも混ざり者と同じような感じ? 能力がある分混ざり者なんかより数倍厄介だけど。
「この程度の人間なんて剣一本あれば充分だ!」
 っ! 速い、ピンクよりも速いかも? 私に近い……これだけ速い他者を見たのは初めて――。
「止めたか、中々面白い小娘だな、今まで来た人間は打ち合いにすらならなかったんだけど、これは愉しめそうだ」
 笑ってる……また馬鹿にしてる。今まで来たのは処分されるようなのばっかりでそれに勝ってた程度で…………。
「痛い! 痛い! 強く握り過ぎだ! 骨が折れる!」
 知らないうちにワタルの手を握る手に力が入り過ぎてた。自分が馬鹿にされるのもイライラするけど、ワタルを馬鹿にされたのが一番嫌、身体の中が熱い。
「フィオ、殺しは無しだぞ。それと本気で動くつもりなら俺は放し――てぇええええええええ!」
 放したらその時点でワタルが死ぬ。こんなのが他にも居るかもしれない戦場でワタルを放り出せるはずない。
「速いな、そっちの男が殺しは無しなんて腑抜けた事を言うからお前も腑抜けかと思ったが、小娘のくせに力も中々強いじゃないか。愉しいぞ! この感覚は久しぶりだ」
 またワタルを馬鹿にした。許さない、許さないっ! 殺すのは駄目でも叩きのめす、死なない程度に浅く斬り刻む、でないとこの身を焦がすような怒りは消えない。
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