黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

水面に揺れる私の心

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 ナハトの村を出発して十二日、ようやく目的地の半分近くまで進んで大きな湖の畔で休息してる。
 異界者の足にしてはなかなか進んだと思うけどやっぱり異界者の体は弱い。
 今までは野宿をしないようにその日の内に次の集落に辿り着くようにしてたけどとうとう疲労が限界になったみたいで回復の為にここで一泊くらいするみたい。

「情けない」
 ナハトの言葉に私もそっと同意して小さく頷いた。
「そう言うなよ、今の日本人で長距離歩いて旅するなんてのに慣れてるやつはかなり稀だと思うぞ?」
 歩いて旅をしない? 異世界は馬車が普通なの?
「だが普通の人間で女のリオは平気そうにしているぞ? それを考えるとコウヅキとミズハラは仕方ないとしても、ワタルとユウヤは男として情けないと言われてもしょうがないと私は思うぞ」
 私もそう思う、異界者とヴァーンシア人の差を差し引いてもワタル達は体力が無さすぎる。

 ユウヤが文句を言ってワタルも不満そうだけど体力が無いのは人種の違いだけじゃなくて生活の怠惰もありそうだから自業自得に思える。
 楽をしてたら弱くて当たり前。
「確かにワタルにはもう少し体力をつけてもらいたいな」
 ワタルを取ろうとするのは嫌だけどやっぱりワタルに対する考えはナハトと似通ってるみたいで少し複雑だけど理解できる――。
「なんで?」
「だって体力がないと困るだろう? 子作りの時に」
 前言撤回、理解できない。

 ワタルもナハトの調子に慣れないみたいで疲れた様子で水浴びの為に離れて行った。
 私はそれをこっそり追いかける。昨日まではリオと一緒に水浴びをしてたけど今日はなぜかリオは先に済ませてて……たまには自分でしてみましょうって言われた。
 リオの優しい手が好きだったのに……それに私の洗い方はダメって怒るし……裸を見られるのは少しもやもやするけど……ワタルにやってもらう方が楽そう。

「水、綺麗だけど風呂に入りたいなぁ」
 ワタル達異界者はよくこれを言ってる。毎日人が入れる程の湯を沸かしてそこに浸かる、そんな面倒な事をワタル達の国の人間の殆どがしてるという。
 私には理解できない世界だ。

 ワタルが水に潜ったのを見計らって私も入る事にした。
「な、なにをやってんだ?」
「水浴び、ワタルが毎日しろって言った」
 慌てて水から顔を出したワタルが私を見て目を白黒させて焦りながら後ろを向いた。
「なんでわざわざ俺の居る場所でする? 別の場所でしたらいいだろ。恥ずかしくないのか?」
「別に、なんでワタルは後ろを向いてるの?」
 少し恥ずかしいかもしれないけどワタルに見られても気持ち悪くない。ただ、少しだけ胸が苦しい気がする。リオの時はならないのになんでだろう?

「どうでもいいだろ、とりあえず水浴びするなら俺の居ない所でやれ」
「面倒」
 リオのやり方は凄くめんどくさいし難しい、だからワタルにやってもらいたい。
「移動くらい別に面倒でも何でもないだろ、お前が移動しないなら俺が移動するからこっち見るなよ」
「それは困る。それと面倒なのは髪を洗うの、だからワタルがやって」
「髪くらい自分で洗えよ、今まではどうしてたんだよ?」
「リオに会うまでは自分でやってたけど、リオに会ってからはリオが洗ってくれるようになった」
 リオにやってもらうと凄く優しくてあたたかくて気持ちよくて安心できる。
 それをリオに言ったら私がフィオちゃんを大事に思ってるからですよって言われた。
 ワタルも私を大事って言った、だからワタルがやっても自分でするよりきっと気持ちいい。

「てか、それならリオに頼めばいいだろうが」
「リオ今日はもう水浴び済ませたって言ってた」
 自分でしなさいって言われたのは言わない。
 絶対ワタルも同じ事を言い始めて逃げようとするから。
「他の、紅月とか瑞原、ナハトとかに頼めばいいだろ、なんで俺なんだよ」
「私が知ってるのはワタルとリオだけ、他の人は知らないから嫌」
 私が大切なのは二人だけなのに他の人にしてもらったって意味がない。
 私は二人がくれるならあたたかい時間が好きなんだから。

「自分で――」
「面倒」
 ワタルは逃げ腰……言い訳して逃げる気……絶対やってもらう。
「少しくら――」
「嫌」
 少しでもやったらなら残りも自分でとか言いそう――ううん、きっと言う。
「あのな、そういうのを世話してもらうのは子供か自分で自分の事を出来なくなった年寄りくらいだ。それを頼むって事はフィオはガキってことでいいのか?」
 子供……そう思われるのは嫌だけど、私とワタル達が家族でワタルがお父さんなら変なことじゃない……ような気がする。

『…………』
 なんでワタルはこんなにダメって言うのかな……私はワタルとリオの優しいとかあたたかいが好きなだけなのに。
「…………なにをする」
 考えている内に離れて行こうとしたワタルの髪を掴んで引き戻す。
 こうなったら私が先にしてあげる、そしたら今度はワタルがするべき、そう決めた。
 ワタルの頭を抱えて髪をわしゃわしゃしてみる……これ、ちょっと面白い。
「ワタルの髪は私が洗った、だからワタルも私の洗って」
 ワタルは顔をしかめる。そんなに私と水浴びするのは嫌なの? 私もナハトみたいな扱い? それは嫌。
「断ったら?」
「ワタルは私に髪を洗ってもらった子供って言う」
 予想外だったのかワタルは酷く顔をひきつらせて項垂れてしまった。そんなに嫌だったのかな…………。

「…………今回だけだぞ、次はやらんからな」
「ん」
「はぁ、後ろを向いたら言ってくれ」
「向いた」
 肩まで水に浸かって浮き広がった私の髪を掬ってワタルが優しく洗ってくれる。
 それはなんだかリオの時とは違っていて、胸の奥がくすぐったくて少し落ち着かない。

「綺麗なもんだな」
「なにが?」
「お前の銀色の髪の事、銀色の水面って感じで少し神秘的だ」
 そう言って私の髪に触れるワタルの手はとても優しくて……それなのになぜか胸が苦しくなった。
「…………そう」
 それだけ返すのが精一杯であとはもう初めての感覚に戸惑って言葉が出てこなかった。
 黙り込んだ私を気にした風もなくワタルは黙々と私の髪を洗ってくれた。


「どうにか誰かに見つかる前に終わったか」
「…………」
 なんだったんだろうさっきの気持ち、私はワタルもリオも大切だけどリオの時にはあんな風にならなかったのに。
「お~い、ちゃんと髪拭かないと駄目だぞ?」
「知ってる、やって」
 後ろに回り込んだワタルが撫でるように優しく私の髪の水分を拭き取りながら何度かまた髪の事を褒めてきた。またあの気持ち、動悸がして――。
「ほれ、終わったぞ」
「ん…………ありがとぅ」
 落ち着かなかったけど、どうにかそれだけを伝えた。
「手間かもしれないけど自分でやるようにしろよ。子供じゃないんだから」
「…………そのうち」
 よく分からないきもちになったりもしたけどやっぱりワタルやリオにしてもらうのはあたたかくて好き、だからこの時だけは子供と思われてもいい。
 だから、自分でするのはそのうち――。

「随分長く水浴びしていたのだな」
「え゛!? ああ、まぁ俺長風呂好きだし、久しぶりだったから?」
 ナハトは戻ってきたワタルに早速まとわりついてる。隙あらばワタルの傍に居て正直面白くない、それでも我慢出来るのはワタルがナハトにしないことをしてくれるから。
「長風呂……風呂とはそんなに良い物なのか?」
「ああ、日本人なら――」
「フィオちゃん一人で水浴びしてきたんですか? 髪はちゃんと洗えました?」
「ワタルにやってもらった」
 そう言った瞬間場の空気が凍りついた。
 私変なこと言った? リオも笑顔がひきつっていて目元がぴくぴくしてる。

 あの後寝るまでリオに注意された。
 何をしたか細かく聞かれて全部話し終わるとリオは安心したような呆れたようなよく分からない表情をしてた。
 異性と水浴びしてもいいのは好き同士の恋人とか夫婦だけって少し怒ってた。
 私はワタルが大切だしワタルも私を大切って言ったから好き同士じゃないの? って聞いたら好きには種類があるって言われた。
 その違いが分かるまでは今回みたいな事をしちゃいけないとも……私には何が駄目で何がいいのか分からない。
 私の好きはいつか違う好きになるのかな?
 そうなった時の私はどんな私になってるんだろう?
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