黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

二人の傍に

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 夜が明け始めた。収容所から脱走して今日で三日目、今日中には港町に着けるはず、ワタル達はまだ眠ってる。少しワタルに凭れる、温かい……ワタルはリオと違ってぎゅっってしてくれない、私もワタルに自分からするのは恥ずかしい。だから馬車での移動中ワタルにくっ付いていられる時間は特別な時間…………ずっとこのままならいいのに……違う、隣にリオも居て欲しい。

 日が昇って、お昼になる頃にようやく港町が見える丘の上にたどり着いた。あれから追手も無かったし、この国を出る事は無事に出来るかもしれない。
「フィオ、お前大丈夫か? 本当に殆ど休憩しなかったろ」
「問題ない、後もう三日位なら休まなくても平気」
 本当はもっと動けるかもしれない、ワタルとリオを護る為だと思ったら疲れを感じない…………感覚がおかしくなってるのかもしれない、自重しないと、船に乗ったらちゃんと休もう。動きたい時に動く為に。
「なに?」
 ワタルが急に頭を撫で始めた。
「いや、良い子だなぁって、ってそれはいいから前見ろまえ」
「子供じゃない」
 ワタルとリオに撫でられるのは嫌いじゃない、嫌いじゃないけどあからさまに子供って言われるのは嫌……ちょっと他より小さいだけなのに。

「? どこに行くんだ? もう町は見えてるんだし休憩しなくてもいいんじゃないか?」
 町にある程度近付いたら街道を外れて林に入った。ワタル達はここに隠して、船があるかどうか確認に行かないといけない。
「行っても船が無かったら意味がない。黒い目の人間が三人も居るからすぐには町に入らない方がいい、私とリオと紅いので町を見てくる」
「なんでリオ達も連れていくんだ?」
「私が船を見てる間に食料とかを買ってもらう」
 リオと紅いのを一緒に行動させるのは不安もあるけど、追われてる身なんだから町で変な事はしないはず、それにこの国を出たいのは紅いのも他の異界者も同じなはずだから。
「って金は?」
「盗ってきた」
 元々は私が持ってたやつだけど……増えてるのはあっちが勝手に入れた分だから盗ったとは言わないかも?
「リオだけじゃ駄目なのか?」
「六人分の食料とかをリオ一人じゃ持てない」
「そりゃそうだけど、フィオが居るだろ」
「ここに戻って来る時ならいいけど、町の中で私が大きな荷物を持ってたら目立つからダメ」
 腹立たしいけど、本当に目立つ。盗賊の時に一度買い出しに行ったら、お前が行くと目立つから駄目だと言われて外された…………ワタル、今絶対小さいって思ってる。
「睨むなよ、船の確認頼むな」
「…………ん」

「なんであたしがこんな奴らと…………」
 私だってワタルとリオ以外と居たくない。それでも付いてくるなら役に立ってもらう。
「なら俺がフードを被って行く事にするよ、前の町ではなんとかなったし」
「ダメ、怪しい、目立つ」
 目や髪を隠そうと深く被ってるから凄く怪しい、よくこんな感じであの港町にたどり着けて町でも騒がれなかったな、と思う。
「そうですねぇ、フィオちゃんの言う通りだと思います。なんとかなってたのは酒場の人たちが酔っ払ってたせいだと思いますし、それにワタルは怪我してるでしょう? 荷物持ちなんてさせられません」
「麗奈行って来てよ~、今ある食料だってもう少ししかないし、どうせ食料も水も必要なんだから、私海の上でひもじい思いするの嫌だからね」
「お金はあるの? あたしは今は持ってないわよ」
「ある」
 無かったら買い物って言わない。盗むなら私だけで行った方が絶対楽だし。
「はぁ、分かったわよ、行けばいいんでしょう。でも何かあってもこの二人は助けないわよ」
 私も紅いの助けない、リオだけ護って脱出する。
「別に紅いのに助けてもらう事なんてない」
「っ! あたしには紅月麗奈って名前があるのよ! 名前で呼びなさいよ! ちびっ子!」
 っ!? ちび、っ子…………?
「私も名前ある、ちびっ子じゃない」
「フィオ、ちょっとこっち来い」
「? ん」

 紅いのを睨みつけてたら、ワタルが呼んで林の奥に入っていく。
「あのなぁ、俺たちは一緒に密航するんだろ? 一々騒ぎになる言動してたら駄目だろ?」
 私はワタルとリオの三人だけの予定だった。
「でも――」
「でもじゃない、フィオだって紅月の事名前で呼んでなかっただろう」
「紅いのの名前なんて知らなかった」
 ワタルが呼んでるのを聞いた事はあるけど、私は悪くない。子ども扱いして馬鹿にしようとする紅いのが悪い、だから知らなかった事にする。
 知らなかったって言ったらワタルの表情が変わった。
「さっき紅月が言ってたけど、あいつの名前は紅月麗奈だ。紅月でも麗奈でもどっちでもいいからそれで呼べ、それとフィオは『大人』だよな?」
「当然」
 もう成人してるんだから当たり前、子ども扱いしようとする方が変。
「なら、あんな事に一々怒るな、聞き流せ、出来なきゃ子供だぞ」
 うぅ~、むかむかするのに……出来なきゃ子供…………。
「…………分かった」
「あぁ、それと茶髪の男の方が相良、優夜で、女の方が瑞原、綾乃だ。名前の事で揉めないようにちゃんと名前で呼ぶ様に」
「コウヅキ、ユウヤ、ミズハラ」
「なんでその呼び方なんだ?」
「ワタルがこう呼んでた」
 あっ…………間違えた。
「……お、ま、え、は! 名前知ってたんじゃないか~」
「ひ、ひらにゃかっら」
 バレた……やっぱり休んでないのがダメだったかもしれない。
「もうバレてんだよー!」
 しばらくワタルに頬を弄ばれた。遊んでる間ワタルは凄く楽しそうにしてた。

「あんたってロリコン?」
「違う!」
 紅いの達の所へ戻ったら…………コウヅキがワタルにそう言った。ろりこんってなに? ワタルは必死に否定してたけどコウヅキ達には無視されてた。

「それじゃあ行ってきますね」
「ああ、悪いけどよろしく~」
 ミズハラがコウヅキを説得したみたいで、ちゃんと付いてくる事になった。
 街道に戻って私、リオ、コウヅキの三人で歩く。
「そういえば、また一緒にお出かけ出来ましたね。フィオちゃん達が宿から居なくなって、私もう二度と二人には会えないんだと思って辛かったんですよ?」
 私も辛かった、会いたかった。でもあの時はあれがリオの為だと思ってたから、また一緒に居られるなんて思いもしなかった。
「私も、ここが痛かった。だから今一緒に居られるのは嬉しい」
「フィオちゃん…………私も二人と居られる事、嬉しいです」
 リオも嬉しい? 一緒に居たいのは私だけの勝手な願いじゃなかった? なら、よかった、嬉しい。
「…………ねぇ、あんた達ってどういう関係なの? 私が見てきたこの国の人間と異界者、混血者の関係と全然違う様に見えるんだけど」
「私にとってはワタルもフィオちゃんも恩人なんです。ワタルは命懸けで私を盗賊から逃がしてくれましたし、フィオちゃんにも危ないところを救われてます。私は元々異界者に他の人のような先入観もありませんでしたから、だからこの国の人から見たら私は異常に見えるかもしれませんね」
 異常でも私は他の人間よりリオみたいな人間の方が良い。
「あん――フィオは?」
「ワタルとリオは大事な人……一緒に居ると楽しい」
「そう…………」
 私の答えを聞いたらコウヅキは何か考え始めて喋らなくなった。
「フィオちゃん! 私もフィオちゃんの事大切ですよ~」
「んぎゅ!?」
 リオにぎゅっってされた。嬉しいけど、歩きづらい、それに……この大きい胸、気持ちいいけど少しムカつく。私はこんななのに、理不尽。

「私は船の確認に行くから、買い物お願い」
「はい、任せてください。コウヅキさんと一緒に全員分しっかり買っておきますから」
「これ、お金」
 リオに金貨の入った革袋を渡して港へ行く。
 いくつか船があるけど、檻がいくつも積める位大きくないと駄目だろうから、たぶんあの一番大きいのだと思う。近付いて確認すると船の上に居るのは全員が紅い瞳、この船で間違いない。荷物を積み込んでるから出港が近いのかもしれない、全員表情が暗い。訓練で私に向かって来てたのも似たような表情だった。
「明日には地獄に向かって船出か…………」
 明日出港? 運が良い…………これもワタルの運?
「この国に居ても道具扱いで死ぬまで酷使されるんだ。俺はさっさと死んで楽になりたいね」
「そう考えられたら楽なんだろうけどな……脱走して盗賊やってる連中はいいよなぁ、俺も脱走出来たら――」
「妙な事言うなっ、見張りの覚醒者にこの場で殺されるぞ。北の大陸に行けば逃げ出せる可能性はあるんだ、それまでは大人しくしたがっておけ」
 逃げ出す…………今までのエルフ捕獲の成功例は聞いた事がないけど、行った者全員が殺される程エルフと獣人が危険だからじゃないの? ……そんなのを相手に二人を護れる? 護る! 行ってたのは無能として切り捨てられたやつ、それにわざわざ戦う必要はない、捕獲に向かう混ざり者に気を取られている間に逃げ出せば適当な所で暮らす事だって出来るはず。

「フィオちゃん、どうでした?」
「明日出港」
 しばらく船を見張って、船上に居るのが減ったのを見計らって船内を軽く確認した後にリオ達と合流した。
「明日…………それって本当なの? こんな、私たちに都合のいいような事がそうそうあるはず――あんた、私たちを嵌めるつもりじゃないでしょうね?」
「はぁ~、好きに思えばいい。それと、私が捕まえるつもりでいるなら、もう気絶させてとっくに檻の中」
「コウヅキさん、フィオちゃんは嘘を吐いたりする娘じゃないです」
「…………まぁ、いいわ。どうせこの国を出る以外道はないんだし、信じるわ」

「ただいま戻りました~」
「おかえり…………」
 夜には船に潜り込むつもりだから町の近くに買った物を隠してワタル達の居る場所まで戻ってきたけど、ワタルがぐったりしてる。
「どうしたんですか? ワタル、ぐったりしてますけど」
「あ~、私たちが充電頼んだんだけどそれで結構疲れたみたい」
 じゅうでん、変な板に雷を貯めるやつ…………小屋に居た時はこんな風にならなかったのに?
「充電?」
「この道具に電気を溜める作業の事」
「その道具は――」
「あんた充電が出来るの!?」
 コウヅキが驚いてる。じゅうでんは凄い事?
「出来るけど…………」
「なら――」
「そんな事より船はどうだったんだ?」
「あった。食料とかも積み込まれてたから明日には出港する、だから夜の内に潜り込む」
「あぁそれで何も荷物を持ってないのか」
「はい、町の近くに隠してきました」
「んじゃすぐ行こう、さっさとこの国を出たい」
「本当にいいの?」
 追手から逃れるには行くしかない、能力のない普通の異界者とリオ、何かを庇いながらの逃亡は酷く疲弊する。能力があってもワタルにもコウヅキにも辛いはず、でも北の大陸も安全とは言えない。だから確認しておく。
「? いいってなにが?」
「行くのはエルフの居る大陸、人間は居ない、エルフは人間と交流を持ってないから行ったらそれっきり、戻る事も他の大陸に行く事も出来ない。それに人攫いが何度も行ってるはずだから人間は敵視されると思う」
 一度行くと戻れない場所、だから自分で選んでもらう。私はワタルとリオが居るならどちらでも構わない。どこに行ってもワタルとリオは絶対に護るから、でも、他は……分からない。ついでで助かる事もあるかもしれないけど、何かあった時に優先するのは二人だけ、だから後で文句を言うくらいなら今ここで諦めて。
『…………』
 全員黙り込んで考え込み始めた。自分のこれからを左右する選択、みんな凄く悩んでる。

「俺は行こうと思う、でもリオは……これでいいのか?」
 っ!? 二人は一緒じゃないと嫌っ!
「はい、私も付いていきます。もうこの国には居られませんし、ワタルはすぐに自分の命を投げ出そうとするのでフィオちゃんと一緒に見張る事にします」
 危ない事するのはリオの為な気がするけど…………でもクラーケンの時の事もある、リオの言う通り見張ってないと駄目かもしれない。
「僕は……どうしようかな、一人じゃ生きていけそうにないし、麗奈さんはどうするんですか?」
「あたしは……そうね、あたしは行こうと思う、人間を敵視するって言ってもそれはこの世界の人間に対してだけかもしれないし、あたしは普通に町に入れるけど、この世界の人間の言動を見てたら気分が悪いのよ、だからこの世界の人間と距離を取れるのならそっちの方がいいわ」
「麗奈が行くなら私も行くかな~、私麗奈が居ないと生きていけないし~」
「みんな行くんじゃないか、それなら僕も行くよ。一人でこんな所に残っても野垂れ死にするか、捕らわれの身に逆戻りだろうし」
「俺たちは行くって事になったけど、フィオはいいのか?」
「前にも言った。ワタルの居た世界に興味がある、だからワタルが帰る方法を探すのを止めないならずっと付いていく」
 ワタルの居た世界に興味はある、でも本当はそんな事どうでもよくて、ワタルとリオ、二人の傍に居たいだけ、だから二人が行く場所ならどこにだって行く。
「あはは、ずっと付いていくなんて言うと少しプロポーズっぽいね、フィオちゃんみたいな娘にこんな事言わせるなんて航ってやっぱりロリコン~」
「プロポーズって何? あとロリコンも」
「それはねぇ――」
「変な事吹き込んだら、二度と充電しない」
 ワタルの言葉でミズハラが固まって動かなくなった。ちょっと、面白い?
「あ~……みんな行くって決まったんだしそろそろ出発しよう!」
「…………なら、出発。荷物の所までは馬車で行く」



 隠しておいた荷物を回収して、その場で夜が更けるのを待ってから町に入り港まで来た。
「どの船なんだ?」
「あれ」
 昼間確認した船を指差してワタル達に教える。
「デカいな」
「だから潜り込める。人が居ないか見てくるから待てて」
「ああ、見つかっても気絶で止めろよ」
「ん」
 素早く船に近寄って後部に飛び乗る。船上には…………船首側に二人、他には見当たらない。残りは船内? 船首側に居る二人に背後から近付いて、眠り薬を振り掛けた。
「んん?」
「なんだこの粉――」
 二人ともすぐにばたりと倒れた…………これ、強力過ぎる。私もすぐ眠ったし、軍に居た時はこんなの無かったと思うんだけど……? 次は船内……三人居る、居るけど三人とも眠ってる。こんなのだから弱いままで切り捨てられる事になったんじゃないの? 念の為眠っている三人にも薬を嗅がせてワタル達の所に戻ることにした。

「あ、フィオちゃん戻ってきましたよ」
 ? ワタルの表情がさっきと違う、何かあった?
「どうだった?」
「船番が五人居た。…………? 行かないの?」
「船番が居たんだろ?」
 何か考えてると思ったらそんな事、様子を見に行ってこれから乗り込むのに対処もせずに呼びに来るなんてしないのに。
「居たけど今は薬で眠ってる」
 三人はサボって最初から寝てたけど。
「お前そんな薬まで持ってんの?」
「収容所から持ってきた」
「なら乗り込んでも大丈夫なんだな?」
「ん」
 私の返事で全員安心したみたいで、ようやく船に乗り込んだ。

「ここが見つかりにくいだろうとはいえ…………」
 檻の置いてある船室に潜り込んだけど、ワタル達は気分が悪そう。
「ここに用が出来るのは着いた後だから、人が来る事はない、檻の数も今日確認してたからもう来ないと思う」
「でも檻ばかりの空間ってのは気が滅入るわね」
「それを言うなら私と優夜の方がもっと滅入るよ、ずっと牢の中だったんだから」
 ワタルも同じ理由?
「相良は知らないけど、綾乃が捕まったのは自業自得でしょ」
「だって、私だって町を見てみたかったんだよ~」
 そんな理由で見つかって捕まったんだ…………間抜け……凄く足手纏いになるかもしれない。気を付けておかないと。
「少し静かにしろよ、今は船番が寝てるけど航海中に騒いでたら直ぐに気付かれて見つかるぞ」
「ロリコンのくせに偉そうに…………」
 ワタルの言う通りなのに、コウヅキに睨まれてワタルは困った顔をしてる。ろりこん、変な言葉…………。
 それぞれ好きな場所に行って、座ったり寝転がったりして眠り始めてる。私は酒場の時と同じにワタルの脚を枕にしてる。
「お疲れさま」
 薄れていく意識の中、ワタルのそんな言葉が聞こえた気がした。
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