黒の瞳の覚醒者

一条光

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二章~異世界の日本~

俺のすべきこと

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 今日の夕方には少女の亡骸を迎えに行くことになったが、山歩きに不慣れな者が居ると足手纏いだ、ということで俺の同行は拒否されてしまった。亡骸を運ぶ事は出来なくても、もう一度あの場へ行くべきだと思っていただけにかなりショックだった。でも、あの場に行ってもらうだけでも俺の我儘なので引き下がるしかなかった。仕方ない、か。そうやって逃げた結果があれだった。黙って後をつけようかとも考えたが、結局迷惑を増やす事に終わりそうなので諦めることにした。情けないな…………。
 その日はガキ共に追い回された疲れもあってすぐに眠ってしまった。

 次の日の朝には亡骸を迎えに行ってくれたおっさん達が戻ってきていた。
 結果は芳しくなかった。獣が喰い漁ったせいで遺体はバラバラの状態で、頭部と胴体はかなりの損傷をしていて、肉が殺げて酷い有様でとても見ていられる状態ではなかった。残っていたはずの左腕と右脚も獣が持って行ったのか失われていた。遺体を迎えに行ってくれたおっさん達も酷い状態の遺体を見たせいか黙り込んで疲れた表情をしていた。

 遺体はこの事を知っている者、俺、源さんと桜夫妻、迎えに行ってくれたおっさん達で、細やかな葬式が行われた後に村の墓地に埋葬された。
「こんな事を仕出かす奴らと同じ国に住んでると思うと反吐が出る」
 昨日怒鳴り込んで来たおっさんの言葉と悔しさを堪えたような表情が印象に残った。見ず知らずの相手の為にあんな表情もするんだな。
 埋葬が終わり皆が去った後も俺は墓の前で立ち尽くしていた。
 酷い状態だった、網膜に焼き付いて二度と忘れることが出来ないくらいに、俺が行動していれば変えられた事かもしれないと思うと、胸を刺すような苦しみに襲われた。
 またこんな光景を見る事になるとは思ってなかった。葬式や埋葬なんてそう何度も経験するものじゃないし、したいものでもない。それでも、またこの状態だ。墓石を前に立ち尽くす自分、鈴木真紀、小さな墓石に彫られた少女の名だ。幸い、と言っていいのか分からないが、少女は名札を身に着けていたから名前を知ることが出来た。学校で配られる物だろうから、登下校中にこちらの世界に来てしまったのだろう。覚醒者になった場合の能力が恐ろしいといっても、こんな子供になぜここまでの惨い仕打ちが出来るのか? リオは同じ人間と言ったけど、俺はもう、そうは思えそうにない。
 この娘に何がしてやれるかと考えた時に出てきた考えは弔いと報復だった。弔いはした、報復はそんな事が出来る力が無いとあの時は諦めた。だけど、奇しくもその力を今は持っている、少女を見つけた時にこの力があれば救えたのにという悔恨の情が胸を刺す。

 報復、この日それが俺の次の目的になった。復讐ではなく報復、恨むという気持ちはない。少女を、鈴木真紀の事を俺は知らない、だから恨むという気持ちは湧いてこない、だから復讐ではない。ただこの行いを許せないという思いはある、少女を奴隷だと言ったダンという男に自分のした事を思い知らせるそれが目的だ、だから報復。
 しないといけない事が出来たことで心が少しばかり楽になった。そのためにも、この力を自分の意志で制御出来るようにならないといけない。
「戻って訓練に使っていい場所がないか聴こう」
 菓子を供えて、手を合わせてから墓地を離れた。


 それにしても帰り道が長い、神社脇の道を進んで立札から左に行くと温泉、右に行くと墓地があるんだけど、立札から墓地までが結構な距離があった。すぐバテるこの身体も改善しないとだな。
 やっと立札が見えてきた。ここから墓地までが、桜家から温泉までと同じくらいの距離がある気がする…………。クソッ、鈍った身体がこれ程までに鬱陶しいと感じるとは思わなかった。
 だらだらと歩いてようやく石段を下り切った。
「ダメだ、少し休もう」
 石段に腰を下ろしかけて気付く、ここ平太たちが汚したんだった。少し登った場所に座る事にした。
「覚醒者か…………」
 なんで今更? もっと必要な時に成れたらよかったのに、しかも自分で制御出来ないなんて使い物にならない。訓練で改善出来ればいいけど、出来なかった場合使えば無差別に害を齎す災害と同じだ。災害人間…………最悪。
「はぁ」
 気分が暗い、明るい事の方が珍しくはあるけど、何か考えてないとさっき見た少女の遺体の様子とかがフラッシュバックして、頭の中で再生される。こんな風に思うのはよくないだろうが、気持ち悪い、見るに堪えない。
「はぁ~」
 ため息が増える、がそれも仕方ない、こっちに来てからストレスになる事が頻発している。
「はぁ~、あ~ぁ~」
 引きこもりたい、布団に包まってごろごろしていたい。誰かと関わるのも煩わしい。

「あー! やっと見つけたー」
 美空たちが駆けてくる。
「はぁ~」
 別に悪い娘たちじゃない、むしろ良い娘だろう、この国の人間の様に蔑んできたり、危害を加えてくるわけじゃない、でもやっぱり誰かと関わる事は俺にとって疲れる事である。これも改善していくんだろうか?
「お兄さん、ため息吐くと幸せが逃げちゃいますよ?」
「え!? そうなの!? あ、でもあたしため息吐いたことないかも」
 美空は確かにそんな感じだな、こっちの世界でもため息を吐くと幸せが逃げるなんて言われてるのか。
「ため息は身体に良いものなんだよ、細かい事は覚えてないけど病院の先生が心の状態を安定させるのに良いって言ってたから間違いないだろ」
「航さん、何かあったんですか?」
 ああ~、失敗した。こんな事言ったら何かがあって落ち込んでます、って言ってるようなものじゃないか。
「あー、あ~えーっと、村を歩いていたらまたウンコ爆撃されるんじゃないかと不安で?」
「そ、そうなんですか……」
 変な誤魔化し方をしてしまった。

「あっはははははは、昨日のは面白かったよね、さっき平太たちに会ったけどまだ臭かったんだよ」
「そうね、昨日のは私も面白かった」
「うん」
 昨日のウンコ塗れを思い出したんだろう、三人はくすくすと笑っている。昨日のあれも少しトラウマだ。子供に当たっていたらと思うとゾッとする。
「もー、そんな顔しなくてもまた追いかけられたら雷でバーンってやっちゃえばいいじゃん」
「怪我させるかもしれないだろ? 雷が当たらなくても、瓶が割れて飛び散ったらその破片で怪我をするかもしれないんだし、こんなことで人に向けて使いたくないよ」
 言ってから気が付いた。破片で怪我とかしてないだろうか?
「あいつら、怪我とかしてなかったか?」
「ん? 平太たち? 全然、元気だったよ」
 そうか、怪我してないならよかった。懸念がひとつ消えた。自分で制御出来るようになるまで絶対に人のいる場所で使わないようにしないと、心に負担を掛けたくない。ここには診察して薬を処方してくれる所なんてない、以前みたいな何も出来ない状態に戻ったらこの世界じゃ死ぬ事になる。
「お兄さん暗いですねぇ」
「そんなに肥溜め攻撃が心配なのかな?」
「航! また追いかけられたらあたし達が引っ張って逃げてあげるよ、それなら心配ないでしょ?」
 さっき言った事のせいで変な勘違いをされてる…………。女の子に手を引いてもらって逃げるとか小さい子供かよ、この娘らより小さい子供ならそれでいいけど、俺二十四だぞ? あの時は助かった。それは認めるけど、二度目は…………身体鍛えて運動不足も解消しないとな…………。
「まぁそうならないことを祈るよ」
「あたし達の方が平太たちより少し足が速いから安心していいよ」
 女の子に負けてるのか、情けねぇ。俺は人の事言えないけど。

「そういえばなんで俺を捜してたんだ?」
「ああー! そうだった! 航、父さんに用があるんでしょ?」
 んん? …………なんで俺が美空の親に用があるんだ? 用なんてないぞ? ただでさえ他人と関わりたくないのに、わざわざ人を訪ねる事なんてしたくない。
「用なんてないけど?」
「ええ~、昨日変わった剣を作って欲しいって言ってたじゃん」
 ああ! そうか、鍛冶が出来る人が美空の親父さんだった。完全に頭から抜け落ちていた。
「そうだった、鍛冶が出来るのが美空の親父さんなんだよな? 今から会いに行ってもいいのか?」
「いいから捜してたんじゃん。父さんも、黒い瞳の日本人見てみたいって言ってたし」
 見ても何も面白いことなんて無いと思うが、俺自身楽しい人間じゃないし、変な期待されてると嫌だなぁ。
「ほら行くよ?」
「お兄さん、手を繋がないと歩けませんか?」
 少しぼーっとしてたら、ニヤニヤしながらそんなことを言われた。
「俺は小さい子供じゃない。お前たちとはたぶん一回り位歳も違うぞ」
「航さんは何歳なんですか? 私たちは十二歳です」
 本当に一回り違うじゃないか…………。
「二十四だ、大人なんだから変な子供扱いするなよ」
「奥さんとか恋人いるの~?」
「? ……いないけど?」
 人と関わりたくなくて引きこもってたんだ、友達もいないし況してや更に踏み込んだ関係の相手なんているはずもない。
「大変ですね、お兄さん。婚期過ぎても独り身なんて」
 は? 婚期? 俺まだ二十四だけど? このままだと一生独り身だろう事は置いておいても、婚期過ぎたなんて言われる歳じゃなくないか? それに婚期って女の人が気にしてるイメージしか無いんだが。
「俺まだ二十四だけど?」
「それは聞いたよ。大体みんな十八位でお嫁さんもらうじゃん。なのに航もう六年も過ぎてるし」
 十八って結婚出来る歳になったばっかりじゃないか? 男が十八で女が十六だったか?
「みんなってこの村の人たちはどの位で結婚するんだよ?」
「十六、七でする人が多いですよ? 遅くても二十までには結婚してますから、どっちにしてもお兄さんは遅れてますね」
 いや、早すぎじゃないか? その位で結婚ってかなり昔の、江戸時代とかじゃないのか?

「この村っていつ頃出来たの?」
「二百年位前っておじいちゃんが言ってました」
 二百年って…………江戸時代の人がこっちに来て、この村を作ってひっそりと暮らしてきたって事? それで文化水準があまり変わらず今に至ってる? そういえばみんな着物だったし、そういうことになるのか? 俺は今江戸時代の人と会ってる? 少しびっくりして呆然としてしまう。
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃんか、なんならあたし達の誰かをお嫁にもらう?」
「落ち込んでないし、もらわない、大体今の日本じゃ十二歳は結婚出来ない、それに結婚する年齢層も上がってるし」
 それと俺はロリコンではありません。
「ふ~ん、変なの。まぁいいや、早く行こ!」
 こうして美空の家へ向かう事になった。
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