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37.ピン
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西館にに着くと騒がしかった。メリル様が廊下や部屋を行ったりきたりしている。
そんなメリル様に声をかけた。
「メリル様。ルナ様に会えますか?」
「フィー?今忙しいの。そんなところにいたら邪魔よ!」
「何があったのですか?」
血走った目を向けられ、少し逃げ腰になりながら聞いてみる。
「昨日正式に、ロイド様とソレイユ様のご婚約が決まったわ。それで、一ヶ月後には婚約式があるの。ルナ様はなにもお持ちでないから、その準備で忙しいの」
ロイド殿下とソレイユ様の?
「急に決まりましたね」
「そうよ。あのお二方を見ていればそうなるのもわかるけどね」
「そのせいかルナ様はピリピリしてるし・・・、そうね。丁度いいわ、フィー。ルナ様に用事があるならしばらく相手をしていてくれない?任せたわ!」
それだけ告げると「忙しい忙しい」と独り言
を繰り返しながらどこかに行ってしまった。
ーえーっ!!
仕方なく、扉をたたき中に入った。
「あら?フィー?」
ルナ様は自分の黒髪を手に取って眺めていたようで、私を見た瞬間に手を離して見てきた。
黒髪がさらさらと流れ、ポトリと髪飾りが床に落ちた。
ルナ様はそれを拾いあげ髪に付け直すが、また髪を滑り手の中に落ちてしまう。
「それは?」
初めて会った時もお茶会の時もしていなかった。
「私の宝物よ。光の国に来てから髪質が変わったのか、挿してもすぐに落ちるのよ」
困り顔になっているルナ様に近づいた。
「少し宜しいですか?」
そう言ってピンを手に取ってみてみると、裏の留め具は色が変わり形も変形している。
「ずっと海の中であったのが急に地上の空気にさらされてピンの部分が変質したようですね・・・」
ポケットの中を探り、小さなヤスリを取り出す。
「これくらいならすぐに直ります」
「できるの?」
「はい」
「なら、ここに座ってやって!」
引っ張るように座らされると、作業する、手元をじっとのぞいてきた。
私はピンの汚れをヤスリで擦ってゆく。
「地上は乾燥しています。それに人間は工夫を凝らしますから、髪の手入れなども怠りません。こちらにきて髪がサラサラしたんじゃないですか?」
「そうなのよ。あのシャンプーだったかしら?不思議な液体が海藻でできてるなんて信じられないわ。泡沫人は変わった物を作り出すのね」
感心している様子を見ると好奇心旺盛な子供のようだ。ルナ様はサラサラの自分の髪を何度も触っていた。
「ルナ様の髪は特にストレートですから、ピンが落ちやすいのだと思います」
「そう、なのね・・・」
ピンの部分が綺麗になったら髪から抜けにくくなるように形を整える。
最後に小さく呪いをかけた。これで長持ちもすることだろう。
「本当にあなたは何者なの?」
ルナ様はまた聞いてきた。
「この前貰ったクリームも普通の泡沫人が考えるには凝りすぎてるわ。呪いだって、私もできないもの」
「そうは言われましても・・・」
何度聞かれても困ってしまう。
私はルナ様の艶のある髪にピンを挿す。
白い花の刺繍がされたピンをすると、彼女は少し幼く見えた。
「不思議な泡沫人ね」
ルナ様は大事そうにそっとピンを撫ぜた。
「それで何しにきたのかしら?」
目的のことを思い出す。
「セイネ様のことです」
「セイネシアのこと?」
「はい。言葉を戻すことはできないのですか?ルナ様は言葉が出ます。ならば、そのような薬はできるのではないですか?」
ルナ様は目を細めた。
「無理よ。私はそんなに優秀じゃないわ」
「ですが・・・」
「私の作る薬は全て魔女フィレイネの薬を根底にしてあるの。彼女は素晴らしい方だわ。私にはあんな才能はないの。真似て改良するのがせいぜいだわ。」
「ですが、ルナ様の言葉には魔力が残っています。私が作るこの薬には声が戻っても魔力は失ってしまいます」
作るだけ作った白い結晶が入った小瓶をルナ様に見せた。
「これをあなたが・・・?」
小瓶を取り、手の上に結晶を取り出して眺めた。
「これで・・・。いえ・・・。どうして・・・」
ブツブツと独り言を呟く。しばらくして首を振った。
「無理だわ。これ以上のものは私では作れない。セイネシアには悪いけど、声を取り戻すには人魚に戻るしかないわね。」
それは静かな声だった。
「それしかないのですか?」
「そうよ。泡沫人のままでは人魚の声は出ないわ」
「ちなみに人魚に戻る方法はあるのですか?」
「この前にあげた紙を使って人魚に戻るか、恋した人を刺して人魚に戻るかのどちらかだわ」
ルナ様の赤い唇が優雅に弧を描いた。
にこやかに笑いながら白い手をソファーの隙間にいれ、そこから15センチほどの黒い棒らしきものをとりだし、私の前に差し出し手渡してくる。
「これは?」
「巨大サメの歯を研いで作った剣よ。もし刺すならこれをあげるわ」
受け取ったそれは黒くごわついた繊維質で編まれた袋で、その中には黒い短剣が入っていた。
そんなメリル様に声をかけた。
「メリル様。ルナ様に会えますか?」
「フィー?今忙しいの。そんなところにいたら邪魔よ!」
「何があったのですか?」
血走った目を向けられ、少し逃げ腰になりながら聞いてみる。
「昨日正式に、ロイド様とソレイユ様のご婚約が決まったわ。それで、一ヶ月後には婚約式があるの。ルナ様はなにもお持ちでないから、その準備で忙しいの」
ロイド殿下とソレイユ様の?
「急に決まりましたね」
「そうよ。あのお二方を見ていればそうなるのもわかるけどね」
「そのせいかルナ様はピリピリしてるし・・・、そうね。丁度いいわ、フィー。ルナ様に用事があるならしばらく相手をしていてくれない?任せたわ!」
それだけ告げると「忙しい忙しい」と独り言
を繰り返しながらどこかに行ってしまった。
ーえーっ!!
仕方なく、扉をたたき中に入った。
「あら?フィー?」
ルナ様は自分の黒髪を手に取って眺めていたようで、私を見た瞬間に手を離して見てきた。
黒髪がさらさらと流れ、ポトリと髪飾りが床に落ちた。
ルナ様はそれを拾いあげ髪に付け直すが、また髪を滑り手の中に落ちてしまう。
「それは?」
初めて会った時もお茶会の時もしていなかった。
「私の宝物よ。光の国に来てから髪質が変わったのか、挿してもすぐに落ちるのよ」
困り顔になっているルナ様に近づいた。
「少し宜しいですか?」
そう言ってピンを手に取ってみてみると、裏の留め具は色が変わり形も変形している。
「ずっと海の中であったのが急に地上の空気にさらされてピンの部分が変質したようですね・・・」
ポケットの中を探り、小さなヤスリを取り出す。
「これくらいならすぐに直ります」
「できるの?」
「はい」
「なら、ここに座ってやって!」
引っ張るように座らされると、作業する、手元をじっとのぞいてきた。
私はピンの汚れをヤスリで擦ってゆく。
「地上は乾燥しています。それに人間は工夫を凝らしますから、髪の手入れなども怠りません。こちらにきて髪がサラサラしたんじゃないですか?」
「そうなのよ。あのシャンプーだったかしら?不思議な液体が海藻でできてるなんて信じられないわ。泡沫人は変わった物を作り出すのね」
感心している様子を見ると好奇心旺盛な子供のようだ。ルナ様はサラサラの自分の髪を何度も触っていた。
「ルナ様の髪は特にストレートですから、ピンが落ちやすいのだと思います」
「そう、なのね・・・」
ピンの部分が綺麗になったら髪から抜けにくくなるように形を整える。
最後に小さく呪いをかけた。これで長持ちもすることだろう。
「本当にあなたは何者なの?」
ルナ様はまた聞いてきた。
「この前貰ったクリームも普通の泡沫人が考えるには凝りすぎてるわ。呪いだって、私もできないもの」
「そうは言われましても・・・」
何度聞かれても困ってしまう。
私はルナ様の艶のある髪にピンを挿す。
白い花の刺繍がされたピンをすると、彼女は少し幼く見えた。
「不思議な泡沫人ね」
ルナ様は大事そうにそっとピンを撫ぜた。
「それで何しにきたのかしら?」
目的のことを思い出す。
「セイネ様のことです」
「セイネシアのこと?」
「はい。言葉を戻すことはできないのですか?ルナ様は言葉が出ます。ならば、そのような薬はできるのではないですか?」
ルナ様は目を細めた。
「無理よ。私はそんなに優秀じゃないわ」
「ですが・・・」
「私の作る薬は全て魔女フィレイネの薬を根底にしてあるの。彼女は素晴らしい方だわ。私にはあんな才能はないの。真似て改良するのがせいぜいだわ。」
「ですが、ルナ様の言葉には魔力が残っています。私が作るこの薬には声が戻っても魔力は失ってしまいます」
作るだけ作った白い結晶が入った小瓶をルナ様に見せた。
「これをあなたが・・・?」
小瓶を取り、手の上に結晶を取り出して眺めた。
「これで・・・。いえ・・・。どうして・・・」
ブツブツと独り言を呟く。しばらくして首を振った。
「無理だわ。これ以上のものは私では作れない。セイネシアには悪いけど、声を取り戻すには人魚に戻るしかないわね。」
それは静かな声だった。
「それしかないのですか?」
「そうよ。泡沫人のままでは人魚の声は出ないわ」
「ちなみに人魚に戻る方法はあるのですか?」
「この前にあげた紙を使って人魚に戻るか、恋した人を刺して人魚に戻るかのどちらかだわ」
ルナ様の赤い唇が優雅に弧を描いた。
にこやかに笑いながら白い手をソファーの隙間にいれ、そこから15センチほどの黒い棒らしきものをとりだし、私の前に差し出し手渡してくる。
「これは?」
「巨大サメの歯を研いで作った剣よ。もし刺すならこれをあげるわ」
受け取ったそれは黒くごわついた繊維質で編まれた袋で、その中には黒い短剣が入っていた。
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