上 下
58 / 76

58.

しおりを挟む
 アーサー様が私を庇うように前に出た。

「失礼だが、ノエル嬢の知り合いか?」
「誰だお前は?邪魔するな。僕はノエルに用があるんだ」

 マルス様は強気にアーサー様に突っかかる。

「ノエル嬢。彼は君の知り合いかい?」
「・・・元、婚約者です」

 アーサー様は私をチラリとみながら聞いてきたので元を強調して答えた。だが、まさかマルス様に会うとは思っていなかったため怖くて声が普通に出せない。
 そんな私を察してくれたのか、わずかに後退して近づいてくれた。

「彼女は君とは話がないみたいだな」
「勝手なことを言う」

 マルス様は苛立ちを現しながら手を伸ばしてくるのが見えて、思わずアーサー様の服の裾を掴んだ。

「彼女が怖がっているのがわからないのか?」
「ノ・・・エル?」

 私の様子が心外だったか、マルス様は子供のように首を傾げてみせる。

「流石にここではなんだな。近くに知り合いの店がある。そこで話を聞こう」
「アーサー様・・・?」
「人が集まり出した」

 アーサー様は騒がしくなった周りを見て呟いた。
 気づけば、何事かとこちらをチラチラ見る人がいる。男女の痴情のもつれに見えたのだろう。
 アーサー様は手をだし、私の震える手を握りしめてくれた。

 そして歩き出す。
 マルス様もその後を苦々しい表情でついてきた。

 5分ほど歩くと、おしゃれなカフェにつく。見えるだけでも女性が多く見える。
 少し意外な気がして、アーサー様を見上げると、彼は微笑んだ。

「エマの母親・・・叔母さんが運営している店の一つだよ」

 そう言って、入り口を入ると店員が明るい声で挨拶する。

「いらっしゃいませ~。あら、アーサー様。だいぶご無沙汰してますぅ。お嬢様から連絡いただいてますよぉ」
「悪い、今はお前の茶化しには対応する暇はない。それより2階の部屋は空いてるか?」
「2階、ですか・・・?今は空いておりますが・・・」
「案内をたのむ」
「はぁい。ご案内いたします」

 店員は状況を察したのか、2階に案内してくれた。
 2階には区切られた部屋が3部屋あるように見える。だが、全て壁で仕切られているだけ。

 その一室にはいる。

「ご注文はいかがしましょうか?」

 このギスギスした雰囲気の中、店員はにこやかな表情を崩さない。

「ノエル嬢は何がいい?」

 アーサー様はマルス様を目に入れることもせずに聞いてきた。

「えっと・・・」
「ホットティーだろ」

 私が答えるより先にマルス様が言う。

「僕はノエル嬢に聞いているんだが?」

 マルス様を見て冷たく言い放った後、私を振り返る。その顔はいつもの表情だ。

「・・・ホットミルクティー、をお願いします」
「僕はコーヒーを。あと、この季節はアップルパイがあったよな」 
「はい。当店のおすすめです」
「ノエル嬢。お腹の空きはありそうかい?」
「あっ、・・・ごめんなさい」

 無理だ。こんな時でなければ食べれたかもしれないが、今はお腹より胸がいっぱいで、食べる気分にもなれなかった。
 アーサー様はこんな中でもいたって普通だ。

「じゃぁ、土産に3個・・・いやもう一人分お願いするよ。エマからも頼まれていたんだ。ここのアップルパイは絶品だから、ぜひノエル嬢にも食べてもらいたい。早めに用意を頼む」
「かしこまりました。そちらの方はいかがしましょうか?」
「ホットティーとそのアップルパイを・・・」

 マルス様はこちらを睨んでいる。
 店員がいなくなってから、マルス様は低い声でアーサー様に威嚇した。

「何者だ!ノエルのなんだ?」

 ギリギリと歯軋りが聞こえてきそう。

「僕はロマニズ公爵家の次男、アーサー。君こそ名乗ってくれるか?」

 公爵と聞いて、マルス様の表情が強張る。そうだろう。まさか、公爵家の人間が共をつけずに街中をあるいているのだから。

「ぼ・・・わたしはトルスター国、マルス・ダーリス伯爵子息、ですっ」

 苦虫を潰したような声で答える。

「ふ~ん。で、ノエル嬢に何の用があるわけ?元婚約者であって、もう関わり合いはないんだろう?」

 高圧な雰囲気に私まで怖くなりそうだった。

「あなたには関係ありません。ぼ・・・わたしとノエルの問題です」
「関係ない・・・か。確かにそうだな。だが、彼女とは同じ先生を支持しているから、兄弟子としては無関係ではない。しかも彼女の大の親友は僕の従妹。従妹にノエル嬢のことを任されている以上、彼女の問題は僕の問題になる」

 それでいいの?
 と思ってしまったが、アーサー様が味方になってくれるのであれば、怖くない・・・。
 私は、マルス様を見据えた。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

愛しの貴方にサヨナラのキスを

百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。 良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。 愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。 後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。 テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。

私は、あいつから逃げられるの?

神桜
恋愛
5月21日に表示画面変えました 乙女ゲームの悪役令嬢役に転生してしまったことに、小さい頃あいつにあった時に気づいた。あいつのことは、ゲームをしていた時からあまり好きではなかった。しかも、あいつと一緒にいるといつかは家がどん底に落ちてしまう。だから、私は、あいつに関わらないために乙女ゲームの悪役令嬢役とは違うようにやろう!

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

処理中です...