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 そんなことを考えている私をよそに、彼は兄の名前がライールと知ったせいか、震え出した。
 ガクガクと音がしそうなほど震え、腫れた頬までが真っ白になるほど顔色が変わる。

「あっあっ、やばい、やばい・・・やばいっ」
「アーサー??」
 
 アルバート先生が様子のおかしい彼に声をかけた。

「申し訳ありません!!」

 いきなり立ち上がったかと思うと、私の前で再び土下座して、謝り出す。

 私たちは何事?と引き気味で彼を見た。

「ライールから・・・ノエルに会って失礼なことをしたら・・・覚悟しとけと言われてました」

 兄よ・・・。何を言ったの?
 頭を抱えて呟き出すアーサー様に不審に思う。

「ライールは怒らせたらダメだ・・・」
「アーサー・・・?」
「彼の手腕は近くで見てきたけど、はっきり言って怖いっ!敵に回しちゃダメだ!そんな奴が妹の話になるとデレデレし始めるんだ。にっっっこり笑って、泣かすやつをどうやって潰すか考えてるっ」
「ノエル?あなたのお兄様って・・・?」

 あれぇ?兄はそんな性格だったかしら?
 えっ・・・と?えへっ?

 変な笑い声が出てしまう。

 問題児扱いされる変人になに言ったのかしら?変人が恐れる兄って、一体何者?

「本当にトルスター国で会って時も君が彼の妹なのも知らなかったんだ。ライールに『トルスター国では図書館で会う女性には名前を聞いてはダメ』って言われていたから・・・。ライールについて他の国を巡ってやっとトルスター国に戻ったら君はいなくなってた。図書館の司書に聞いたら個人情報は教えてくれなかったんだ。そしたら、ライールが論文の序章だけ見せてきて、ノエルって名前の女性が書いたもので、この著者は帝国に行ったと聞いて、どうなってるんだって焦って・・・それで、急いで帰ってきた・・・」

 土下座したままでつらつらと言い訳を並べた。

「ねぇ、その彼から妹の名前は聞かなかったの?」

 エマの冷たい言葉に彼は首縦に振る。

「・・・ライールはいつも『妹』としか言わなかった。・・・『美しい妹の名前をお前如きが知る必要はない』って・・・」

 これって全て兄のせいじゃなかろうか。
 あの兄にことだ。わざとやってたんじゃ・・・。

 第一、『トルスター国では図書館で会う女性には名前を聞いてはダメ』なんて聞いたことないわよ。

 そんなくだらない話を信じ込んだ彼も彼だけど・・・。

「アーサー様の責任ではないわ。兄が原因だと思います・・・」

 ため息しかでてこない。
 横でエマも頷く。

「でも、このアーサーを怖がらせる人が身内以外にいるなんて意外だわ・・・」

 ぷふっとエマは吹き出した。
 楽しそう。

「そういや・・・」

 ふと、アーサー様は持って来ていた荷物から1通の手紙を取り出し、両手に持って恭しく差し出して来た。

「これは?」
「ライールからノエル嬢宛にだそうだ」

 兄から・・・。

 彼から受け取り中を取り出し読む。

「・・・・・・」
「どうしたの。ノエル」
 

『ノエル。外交先でキャンキャン吠える犬を見つけた。しっかり調教はしておいたから、あとは好きに躾けろ。歯向かう時は僕の名前をいえば大人しくなるから』

 エマと先生に手紙を見せると、再び笑い出す。しかもお腹を抱えての令嬢らしからぬ笑い方。
 先生も背中を丸め震え笑っている。

 私は床に正座して項垂れているアーサー様がなんとも言えなくて見つめることしかできなかった。

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