上 下
4 / 76

4.

しおりを挟む
「ノエル」

 ノックと共に低い声が聞こえてきた。
 その声に机から顔を上げ、急いで扉を開けに行く。

「お兄様」

 扉をあけると、そこには兄であるライールがいた。私より5歳年上で、今は若手の外交官として、上司の補佐として国内外を飛び回っている。
 3ヶ月ぶりに会えたのが嬉しくてお兄様の胸に飛び込む。

「まだまだ子供だな」

 優しい声が聞けて嬉しい。

「ノエル?」

 その声に泣きそうになる。

「・・・なんでもない、わ。それよりお土産は?」

 ー泣いてはダメ。

 顔を上げおねだりをしてみた。
 兄は苦笑いする。
 
「立ち話もなんだ、部屋に入らせろ」
「はい」

 兄を案内して並んでソファーに座った。そして兄を見上げる。

「まったく。ほれ」
 
 兄は手に持っていた2冊の本を手渡してくれた。一冊は外交に赴いていたブルトリア国の恋愛小説。もう一冊は恋愛小説を読むためのその国の国語辞書だ。

「これ、だけ?」
「お前が楽しみにしている本は、いつも通り先に図書室に置いてきた。母上にバレたらまた何か言われるんだろう」

 こうやって兄が手渡してしてくれるのは恋愛小説で、私が実際に楽しみにしているのは歴史書や地理、民俗学といった専門の本である。
 私は知らない国の言葉や生活のことを知る方が楽しかった。他の国を旅している気持ちになれるからだ。

 だけど、母は違う。私に女の子らしさを求めててくる。傷があっても家庭的であれば、生きていけると思っているからこそ私が専門的な類の本を読むのを嫌っていた。ただ恋愛小説は別としてー。

 兄が国外視察から帰ってくるたび、あらかじめ屋敷の図書室に置いてきてくれるようになった。
 母はあまり図書室に入らないので、多少本が増えていてもわからない。あとでこっそり読みにいけばいい。

「ありがとうございます。学園に入ってから・・・ますます過干渉が増してきたから・・・」
「そうか・・・。学園は楽しいか?」

 ー楽しいわ。

 兄の顔を見ていると、そういうことができなかった。

「ノエル?」
「今日・・・マルス様に・・・触るなと言われたの・・・」
「はあ?」

 瞳の色が一瞬濃いものになり、眉間にしわを寄せ私を見てくる。

「詳しく話を聞かせてくれ」

 私は兄には話した。母にはどうしても言えないかったことを。

 こんなことを正直に話せばまた、屋敷のなかだけの生活に戻ってしまう。

 苦しい胸の内を話すことができるのは兄だけ。

 黙って最後まで話を聞いてくれた。

「良く話したな」

 優しく、私の頭をなでてくれる。
 そして、手を自分の顎に当て考え事をしだしたかと思うと、ふむふむと頷く。

「うん。俺はしばらく内勤だ。2ヶ月くらいは王宮にいくことになっている」
「そうなんですね」

 確かに、外交から帰ってくれば、しばらくは事務処理や次の外交準備にはいる。それがなんなのだろう、と首を傾げた。

「お前も王宮についてこい」
「私がですか?」

 何しに行けばよいの?

「王宮の隣に何がある?」

 王宮の隣には・・・王宮が管理する図書館ー王立大図書館が建っている・・・。

「まさか?」
「そのまさかだ。まだ王立大図書館に行ったことないだろう。そこで本でも読んでろ」
「いいのですか?でもお母様は・・・」
「そこは俺に任せろ」

 にかりと笑う兄におもわず抱きつく。

「お兄様、大好きですっ」
「おう!兄様もノエルが好きだ」

 食事に呼ばれるまで、私は兄に色々な国の話を聞いて思いを馳せた。
 
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

処理中です...