18 / 51
17.
しおりを挟む
三日後、一台の馬車が止まるのが見えた。
窓から様子を見ていた私は、部屋を飛び出し、階段を駆け降り扉を開けた。
馬車から男性が出てきた。その腕のなかには大事そうに毛布に包まれた女性がいた。
紛れもなく母の姿だった。
頬はこけ、生気もない姿。でも、母だ。
間違いない。
私の母さんだ。
ぐしゃぐしゃな気持ちが湧き起こる。
嬉しいのに、憎い。
懐かしいのに悲しい。
訳のわからない気持ち。
恨み言をいいたいのに、何も言えなかった。
「先にベッドに連れて行く。医師は?」
マゼルさんはそんな私を叱咤するように言った。
「こっちです」
メイドの代わりに案内をする。
南側の部屋。
窓の外の景色が一望できる、暖かな部屋。
もとは私に与えてくれた部屋だったが、母のために譲った。
寝かされた母は小さく見えた。
幼い頃はとても大きく感じていた。
お化けのように怖い存在。
優しいけど、怖い。
時折、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
そんな存在だった母の姿は弱々しいものだった。
医師に見てもらった。
「肺病です。もっと早くわかれば手の施しようはありましたが・・・」
医師は暗い顔で言った。
目の前にいる患者を救えない悔しさが滲んでいた。
「どれくらいまでなら生きれますか?」
「・・・もって、3ヶ月ほどでしょうか・・・。もしかすると・・・」
「母さん・・・」
ふらりと近づく。
「待って。これは移る病気です」
「やだ。まだ、母さんに、何も言えてない・・・」
首を振る私に、医師は何かを悟ったのか、ため息をついて頭をなぜてくれた。
「では、せめて、未然に防ぐために予防薬を接種させてください。あと、定期的に私の検診をうけること。いいですね」
こくこくと上下に首を振った。
医師に予防薬を接種してもらってから母の枕元に行った。
薬が効いているのか、落ち着いた呼吸音が聞こえてきた。
「母さん・・・」
マゼルさんも来る。
「セシリアが言っていた娼館にいたよ。病気で、客も取れなくなっていたけど、ずっと囲われていた」
「どうしてですか?普通なら、病気で客が取れなくなったら、捨てるのに・・・」
忘れてもいいことばかり覚えている。
字を覚えるよりも、暮らしの仕組みを覚えるよりも、母がどう生きていたかの方をよく知っていた。あの世界で生きていたのだから。
「いずれ、君が来るだろうと、探せば君が見つかるのが容易いだろうと。君を脅すためだけに生かされていた」
「私なんか、生まれなければよかったのに。産まなければよかったのよ」
「そんなことを言うな」
でも、そうだろう。
この目のせいで、本当の父親のせいでこうなっているのだ。
「エリザは君を愛している。愛してるから君をフィアナの元に送ったんだ。でなければ、君も今頃、あそこにいたんだから」
「でも・・・」
「もしかすると、君は政治に使われていたのかも知れないんだ。抜け出せない闇に囚われていたかもしれない」
そうかもしれない。でも・・・。
「それに、君がフィアナの元に行ってくれたからこそ、こうやって、僕はエリザにもう一度会えたんだ。こんなに遅くなった僕が一番悪いんだよ」
マゼルさんは、悲しそうな目で母を見つめた。
この人と母は知り合いなのか?
何があったのか?
「マゼルさんは母さんを知っているのですか?」
彼は涙を浮かべながら、私を見た。
窓から様子を見ていた私は、部屋を飛び出し、階段を駆け降り扉を開けた。
馬車から男性が出てきた。その腕のなかには大事そうに毛布に包まれた女性がいた。
紛れもなく母の姿だった。
頬はこけ、生気もない姿。でも、母だ。
間違いない。
私の母さんだ。
ぐしゃぐしゃな気持ちが湧き起こる。
嬉しいのに、憎い。
懐かしいのに悲しい。
訳のわからない気持ち。
恨み言をいいたいのに、何も言えなかった。
「先にベッドに連れて行く。医師は?」
マゼルさんはそんな私を叱咤するように言った。
「こっちです」
メイドの代わりに案内をする。
南側の部屋。
窓の外の景色が一望できる、暖かな部屋。
もとは私に与えてくれた部屋だったが、母のために譲った。
寝かされた母は小さく見えた。
幼い頃はとても大きく感じていた。
お化けのように怖い存在。
優しいけど、怖い。
時折、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
そんな存在だった母の姿は弱々しいものだった。
医師に見てもらった。
「肺病です。もっと早くわかれば手の施しようはありましたが・・・」
医師は暗い顔で言った。
目の前にいる患者を救えない悔しさが滲んでいた。
「どれくらいまでなら生きれますか?」
「・・・もって、3ヶ月ほどでしょうか・・・。もしかすると・・・」
「母さん・・・」
ふらりと近づく。
「待って。これは移る病気です」
「やだ。まだ、母さんに、何も言えてない・・・」
首を振る私に、医師は何かを悟ったのか、ため息をついて頭をなぜてくれた。
「では、せめて、未然に防ぐために予防薬を接種させてください。あと、定期的に私の検診をうけること。いいですね」
こくこくと上下に首を振った。
医師に予防薬を接種してもらってから母の枕元に行った。
薬が効いているのか、落ち着いた呼吸音が聞こえてきた。
「母さん・・・」
マゼルさんも来る。
「セシリアが言っていた娼館にいたよ。病気で、客も取れなくなっていたけど、ずっと囲われていた」
「どうしてですか?普通なら、病気で客が取れなくなったら、捨てるのに・・・」
忘れてもいいことばかり覚えている。
字を覚えるよりも、暮らしの仕組みを覚えるよりも、母がどう生きていたかの方をよく知っていた。あの世界で生きていたのだから。
「いずれ、君が来るだろうと、探せば君が見つかるのが容易いだろうと。君を脅すためだけに生かされていた」
「私なんか、生まれなければよかったのに。産まなければよかったのよ」
「そんなことを言うな」
でも、そうだろう。
この目のせいで、本当の父親のせいでこうなっているのだ。
「エリザは君を愛している。愛してるから君をフィアナの元に送ったんだ。でなければ、君も今頃、あそこにいたんだから」
「でも・・・」
「もしかすると、君は政治に使われていたのかも知れないんだ。抜け出せない闇に囚われていたかもしれない」
そうかもしれない。でも・・・。
「それに、君がフィアナの元に行ってくれたからこそ、こうやって、僕はエリザにもう一度会えたんだ。こんなに遅くなった僕が一番悪いんだよ」
マゼルさんは、悲しそうな目で母を見つめた。
この人と母は知り合いなのか?
何があったのか?
「マゼルさんは母さんを知っているのですか?」
彼は涙を浮かべながら、私を見た。
18
お気に入りに追加
939
あなたにおすすめの小説
これは未来に続く婚約破棄
茂栖 もす
恋愛
男爵令嬢ことインチキ令嬢と蔑まれている私、ミリア・ホーレンスと、そこそこ名門のレオナード・ロフィは婚約した。……1ヶ月という期間限定で。
1ヶ月後には、私は大っ嫌いな貴族社会を飛び出して、海外へ移住する。
レオンは、家督を弟に譲り長年片思いしている平民の女性と駆け落ちをする………予定だ。
そう、私達にとって、この婚約期間は、お互いの目的を達成させるための準備期間。
私達の間には、恋も愛もない。
あるのは共犯者という連帯意識と、互いの境遇を励まし合う友情があるだけ。
※別PNで他サイトにも重複投稿しています。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる