263 / 272
第262話 おくれたプレゼント
しおりを挟む
部屋に入ると、懐かしいランドセルがだらしなく迎えてくれた。
開けっ放しにされた蓋からこぼれる教科書。
時間割表。筆箱。そろばん。
すべてが懐かしい。
異世界に渡ってからの生活は楽なものではなかった。
ジルが面倒を見ていてくれたとはいえ、暗黒騎士として――――アルテマとして幾度となく戦場に出てきた。
その頃の記憶と、依茉《えま》だった頃の思い出。
それがごっちゃになり、なんだか笑えてくる。
――――がらがらがら。
節子が雨戸を開けてくれた。
陽の光が、暗い部屋の、止まった空気をかき混ぜてくれる。
照らされたアルテマの、顔半分が光り輝く。
そうしてあらためて。依茉《えま》が帰ってきてくれたのだと実感する。
「なんじゃ、また泣いとるのかお前……」
「だって……だってあなた。もう二度と……この部屋に光が入るなんて思っていなかったものですから……」
「そうじゃな……。しかし、これからはまた毎日のように風が入る。止まっていた時間が動き始める……そうじゃろ? その……え、依茉《えま》」
そう呼ぶ元一は、まだどこかぎこちない。
アルテマも照れくさそうに笑って、
「その……いまはいいが、他のみながいるときはアルテマと呼んでほしい……。なんだか照れくさくてな。か、構わないだろうか? お、お父さん……?」
元一ではなくお父さん。
昔はそう呼んでいたが、いまはとても恥ずかしい。
元一も、じわわわぁぁぁぁぁぁんと感動するが、同時に照れくさくてどういう表情を作ればいいかわからないようす。
34年も会えなかったのだ。
想いとは裏腹に戸惑いが二人を邪魔していた。
「わ……ワシも、連中の前ではいままで通り元一と呼んでくれ。あいつらのニヤケ顔を思うと……ムカつくからな」
「――――プ。そ、そうか? じゃ、じゃあそうさせてもらう。喋り方も……どうだろうか? 昔の私みたいに無邪気に喋ることは……ちょっと難しそうだ」
「それは当然ですよ依茉《えま》。あなたはアルテマとして異世界で暮らした時間のほうが長いのですからね。姿は子供ですが中身は大人になってしまっているのでしょう? でしたら無理をする必要はありません。私たちにとってはいままでの〝アルテマ〟も失いたくない大事な娘です。ありのままで、そのままでいてちょうだい。そうですよねあなた?」
「そうだ。それはもちろんそうじゃ」
二人にとって。
止まっていたままの依茉《えま》は本当の娘ではなく。
いまこの目の前にいるアルテマこそが本当の娘。
過ぎてしまった時間も含めて、すべて受け入れてやるべき大切な存在なのだ。
「……ありがとう。お父さん、お母さん……」
そんな大きな温もりに包まれて、アルテマは本当に二人の娘に戻れた気がした。
その日の晩はパーティーをした。
あの日できなかった元一の誕生日会である。
メンバーは一家の三人だけ。
他の連中に見られるのは恥ずかしすぎると、元一が駄々をこねたからだ。
もし誘っていても、きっと気を遣って来てくれなかっただろうと思うが。
「……っていうかワシ……誕生日じゃないんじゃがな?」
「いいじゃないですか。あの日の続きです。夢にまで見た翌日なのですよ?」
テーブルに置かれた手作りのケーキを前に、ハンカチを頬にあてる節子。
そう言われては何も言い返せない。
そんな風を装いながら、実は一番泣きそうなのは元一本人なのだが。
ケーキはあの絵日記のとおりに作られた。
白いショートケーキに赤いイチゴ。
そしてロウソクのかわりに光るキノコを刺してある。
……と、言いたかったがシイノトモシビタケ など、本当はこの付近にない。
そう元一に教えられた。
なので仕方なく生シイタケを刺してある。
「いや……べつに無理して再現せんでもいいぞ? そもそもケーキにキノコとか……発想が無茶苦茶――――ぐふっ!??」
つい正直な意見を言いかけた元一。
その脇腹をえぐりこむように、節子の鋭い中指がめり込んだ。
「まあまあ……お父さん。もちろんこれだけじゃ終わらないよ」
明かりを消すアルテマ。
そしてシイタケに手をかざすと、
「――――師匠、お願いします」
密かに繋げていた電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》。その向こうのジルにお願いする。
『はい、わかりました。神の祝福を、お父様にお伝えください』
そして唱え始める、とある神聖魔法。
『聖なる光の使者よ、その在りし理の秤を持って裁きの陽を紡ぎ出せ……』
それはラグエルの魔法。
神の作りし物、それ以外を消し去るこの魔法は、本来、浄化を司る神聖な灯火。
自然の産物たる生のシイタケはその光を難なく受け止め、とどまらせた。
――――パアァァァァァァ――――――――――……。
「……これは……」
「あらあら、まぁまぁ……キノコが光ってますよ、うふふふふ」
あるはずもなかった光のプレゼント。
巡り巡って――――異世界をも巡って。
いま。届けられた。
「遅くなったけど……誕生日おめでとう。……お父さん」
「う……うぐ……う……ぐぐ……」
そんなアルテマに返す言葉は無限にあったけれど。
なに一つ口に出せずに、涙を噛みしめる二人であった。
開けっ放しにされた蓋からこぼれる教科書。
時間割表。筆箱。そろばん。
すべてが懐かしい。
異世界に渡ってからの生活は楽なものではなかった。
ジルが面倒を見ていてくれたとはいえ、暗黒騎士として――――アルテマとして幾度となく戦場に出てきた。
その頃の記憶と、依茉《えま》だった頃の思い出。
それがごっちゃになり、なんだか笑えてくる。
――――がらがらがら。
節子が雨戸を開けてくれた。
陽の光が、暗い部屋の、止まった空気をかき混ぜてくれる。
照らされたアルテマの、顔半分が光り輝く。
そうしてあらためて。依茉《えま》が帰ってきてくれたのだと実感する。
「なんじゃ、また泣いとるのかお前……」
「だって……だってあなた。もう二度と……この部屋に光が入るなんて思っていなかったものですから……」
「そうじゃな……。しかし、これからはまた毎日のように風が入る。止まっていた時間が動き始める……そうじゃろ? その……え、依茉《えま》」
そう呼ぶ元一は、まだどこかぎこちない。
アルテマも照れくさそうに笑って、
「その……いまはいいが、他のみながいるときはアルテマと呼んでほしい……。なんだか照れくさくてな。か、構わないだろうか? お、お父さん……?」
元一ではなくお父さん。
昔はそう呼んでいたが、いまはとても恥ずかしい。
元一も、じわわわぁぁぁぁぁぁんと感動するが、同時に照れくさくてどういう表情を作ればいいかわからないようす。
34年も会えなかったのだ。
想いとは裏腹に戸惑いが二人を邪魔していた。
「わ……ワシも、連中の前ではいままで通り元一と呼んでくれ。あいつらのニヤケ顔を思うと……ムカつくからな」
「――――プ。そ、そうか? じゃ、じゃあそうさせてもらう。喋り方も……どうだろうか? 昔の私みたいに無邪気に喋ることは……ちょっと難しそうだ」
「それは当然ですよ依茉《えま》。あなたはアルテマとして異世界で暮らした時間のほうが長いのですからね。姿は子供ですが中身は大人になってしまっているのでしょう? でしたら無理をする必要はありません。私たちにとってはいままでの〝アルテマ〟も失いたくない大事な娘です。ありのままで、そのままでいてちょうだい。そうですよねあなた?」
「そうだ。それはもちろんそうじゃ」
二人にとって。
止まっていたままの依茉《えま》は本当の娘ではなく。
いまこの目の前にいるアルテマこそが本当の娘。
過ぎてしまった時間も含めて、すべて受け入れてやるべき大切な存在なのだ。
「……ありがとう。お父さん、お母さん……」
そんな大きな温もりに包まれて、アルテマは本当に二人の娘に戻れた気がした。
その日の晩はパーティーをした。
あの日できなかった元一の誕生日会である。
メンバーは一家の三人だけ。
他の連中に見られるのは恥ずかしすぎると、元一が駄々をこねたからだ。
もし誘っていても、きっと気を遣って来てくれなかっただろうと思うが。
「……っていうかワシ……誕生日じゃないんじゃがな?」
「いいじゃないですか。あの日の続きです。夢にまで見た翌日なのですよ?」
テーブルに置かれた手作りのケーキを前に、ハンカチを頬にあてる節子。
そう言われては何も言い返せない。
そんな風を装いながら、実は一番泣きそうなのは元一本人なのだが。
ケーキはあの絵日記のとおりに作られた。
白いショートケーキに赤いイチゴ。
そしてロウソクのかわりに光るキノコを刺してある。
……と、言いたかったがシイノトモシビタケ など、本当はこの付近にない。
そう元一に教えられた。
なので仕方なく生シイタケを刺してある。
「いや……べつに無理して再現せんでもいいぞ? そもそもケーキにキノコとか……発想が無茶苦茶――――ぐふっ!??」
つい正直な意見を言いかけた元一。
その脇腹をえぐりこむように、節子の鋭い中指がめり込んだ。
「まあまあ……お父さん。もちろんこれだけじゃ終わらないよ」
明かりを消すアルテマ。
そしてシイタケに手をかざすと、
「――――師匠、お願いします」
密かに繋げていた電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》。その向こうのジルにお願いする。
『はい、わかりました。神の祝福を、お父様にお伝えください』
そして唱え始める、とある神聖魔法。
『聖なる光の使者よ、その在りし理の秤を持って裁きの陽を紡ぎ出せ……』
それはラグエルの魔法。
神の作りし物、それ以外を消し去るこの魔法は、本来、浄化を司る神聖な灯火。
自然の産物たる生のシイタケはその光を難なく受け止め、とどまらせた。
――――パアァァァァァァ――――――――――……。
「……これは……」
「あらあら、まぁまぁ……キノコが光ってますよ、うふふふふ」
あるはずもなかった光のプレゼント。
巡り巡って――――異世界をも巡って。
いま。届けられた。
「遅くなったけど……誕生日おめでとう。……お父さん」
「う……うぐ……う……ぐぐ……」
そんなアルテマに返す言葉は無限にあったけれど。
なに一つ口に出せずに、涙を噛みしめる二人であった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
異世界で検索しながら無双する!!
なかの
ファンタジー
異世界に転移した僕がスマホを見つめると、そこには『電波状況最高』の表示!つまり、ちょっと前の表現だと『バリ3』だった。恐る恐る検索してみると、ちゃんと検索できた。ちなみに『異世界』は『人が世界を分類する場合において、自分たちが所属する世界の外側。』のことらしい。うん、間違いなくここ異世界!なぜならさっそくエルフさん達が歩いてる!
しかも、充電の心配はいらなかった。僕は、とある理由で最新式の手回しラジオを持っていたのだ。これはスマホも充電できるスグレモノ!手回し充電5分で待ち受け30分できる!僕は、この手回しラジオを今日もくるくる回し続けて無双する!!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
婚約破棄? あ、ハイ。了解です【短編】
キョウキョウ
恋愛
突然、婚約破棄を突きつけられたマーガレットだったが平然と受け入れる。
それに納得いかなかったのは、王子のフィリップ。
もっと、取り乱したような姿を見れると思っていたのに。
そして彼は逆ギレする。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、と。
普通の可愛らしい女ならば、泣いて許しを請うはずじゃないのかと。
マーガレットが平然と受け入れたのは、他に興味があったから。婚約していたのは、親が決めたから。
彼女の興味は、婚約相手よりも魔法技術に向いていた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる