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第257話 祈り

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『念のため、確認しますが……私のゴーレムをどう利用するつもりですか?』

 冷ややかな声のジル。
 対し、クロードも冷たい声で応対する。
 エルフ同士は精霊を介して意思の疎通ができる。
 普通は風魔法などを使うが、ゴーレムも土の精霊。同じことが可能。
 開門揖盗《デモン・ザ・ホール》ほどではないが、これも帝国を苦しめる強力な武器となっていた。

「これを媒体に、リスペルを街中に拡散させる。……貴様もわかって聞いているのだろう?」

 街中に張り巡らされた通信線。
 土の精霊ゴーレムへと変化したそれはデータだけでなく、魔力をも走らせるネット網へと進化している。
 それを利用し街全体を解呪しようとしているのだ。

『ええ。ですが、それにはマスターである私の許可がいります』
「俺が信用できないと言うのか?」
『……あなた方が帝国民に何をしてきたのか、忘れたとは言わせませんよ』
「お互い様だろう」

 ジルとクロードは互いの魔素を絡め、火花を散らした。
 しかし一拍を開けて、折れたのはジル。

『……わかりました。弟子が命を張っているときに、私が躊躇など……している場合ではありませんね。いまだけは、あなたを信じましょう』

「と言うか、騒動の原因は貴様と、貴様の弟子だろうが!!」

『……ぐ、そ、それを言われると……』

「だったら早く許可をしろ!! そして俺に魔力をよこせっ!!」
『許可はいま下ろしました。しかし魔力は譲れません』
「なぜだっ!?」
『こちらはこちらでリ・フォースを唱えている最中だからです』

 ドガン、ドガン、ドガン――――メシャッ!!
 屋上の扉が内側から攻撃されている。
 新たなゾンビたちが扉を破ろうとしているようだ。

「…………………くそ、間の悪い」
『アルテマが覚醒しました。私はこちらに集中します。そちらは任せましたよ』

 そしてフッ……とジルの気配はなくなった。

「お、おおい、だから魔力を――――っ!?」

 ――――ドバキャンッ!!!!

『うぐろぉおおぉぉぉぉぉぉおおおぉ……!!』

 訴えるクロードだが、ジルからの応答はない。
 扉は叩き破られ、中から十数体のゾンビが躍り出てきた。

「く、くそっ!?」

 ここで応戦していても、無限リサイクルされるゾンビたちを仕留めきるのは到底不可能。
 逃げるにしても、屋上、逃げ場はない。
 クロードはもう一度神経を集中させて呪文を唱えた。

「聖なる天の使い。その鉾を以て魔の鎖を断ち切れ――――」
 そして掲げる力言葉。
「リスペル!!」

 しかし。
 ――――ぷしゅぅぅぅううぅぅぅううぅぅぅぅぅ……。
 やっぱり情けない音がして、出るはずの光がかき消える。

『ぐるおぉおおぉぉぉおおぉ……』

 徐々に迫ってくるゾンビたち。
 聖騎士とあろうものが、まさかゾンビごときに追い詰められるなど、あってはならないこと。
 なんとしてでも魔力を絞り出さなければ!!

「むうわぁあぁぁぁっっぁぁあああぁぁぁっぁあぁぁっっ!!!!」

 クロードは神に祈った。
 必死に祈った。
 神聖魔法使いは〝祈る〟ことで魔力を回復する。
 普段は祈りと称した瞑想(睡眠)で回復しているのだが、いまは寝ている場合ではない。
 なので慣れない祈りを必死に行うのだが、しかしやはり付け焼き刃。魔力が回復していく気配はまるでない。

「くっそっ!! 届かん!! 届かんぞーーーーっ!!」

 そうでなくとも遥かに遠い異世界の神。
 さらに龍脈が閉ざされているいま、修行をサボった拙《つたな》い祈りなど届くはずがなかった。

『ぐるおぉぉぉおぉぉぉぉ……』

 すぐ近くまで迫ってきたゾンビの群れ。
 クロードは聖なる鉄パイプを握ると、戦闘態勢をとった。

 こうなったらもう…………どうしようもない。
 手段はあれど弾がないのだ。
 ここはなんとか聖剣で凌いで、一旦引くしかない。
 ゾンビ化した人間たちの時間制限《リミット》は過ぎてしまうだろうが、やむを得ない。

 全力は尽くした。
 そう頭を切り替えたとき。

「ま…………真子」

 背中から偽島のうめき声が聞こえた。
 娘を呼ぶ声だった。

「真子……ごめんな……。父さんは……なにもしてやれなかったなぁ……。遊んでやることも……叱ってやることも」

 偽島の中から何かを感じ取った。

「……助けて……やることさえ」

 それは娘への懺悔。

「……俺の命なんてどうなってもいい……」

 それは自分への制裁。
 そして深い深い、深い深い――――

「……どうか神様……。真子を……返してくれ……」

 親としての〝祈り〟だった。
 偽島の頬に、一筋の涙がつたった。
 その瞬間。

 ――――――――――――――――――ドゴッ!!!!
「――――なっ!? なんっ!???」

 膨大な量の魔力が天から降り注いだ。
 ありえないほどの大豪雨。
 普通の人間には見えないそれを、クロードは唖然と見上げた。

「な……なぜ……神官でもないこの男が……」

 これほどまでの祈りができるのか。
 それは愚問。
 子を想う親の愛に修行など不要。
 その当然に気がついたクロードは、手を広げ、おこぼれを拾う。
 偽島へと注がれた魔力だったが、その欠片でも充分な量だった。

『うぐるおぉぉおおぉぉおおぉぉぉおおぉ……!!』

 ゾンビどもがかぶりついてくる。
 しかし、もはや敵ではない。
 無視しゴーレム線に飛びつくと、すぐさま唱えた。

「消えろ悪霊《ザコ》ども――――リスペルッ!!!!」
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