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第234話 こ、こないで!!

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 ゴーレムとスマホを繋げたモジョ。
 側には、まだ青い顔をしたアルテマがぬか娘の肩を借りて立っている。
 その後ろには不安げなようすでたたずむ誠司の姿が。
 これから何が起こるのか? 
 興味と不安が入り混ざった表情で三人を見守っている。

 ここに来るまでの短い間、車の中で誠司はアルテマについて尋ねてしまった。
 彼女が、かつて元一の子だった娘に似ていると。
 そして30ほど年前に起こった事件について語ろうとしたとき、アルテマの頭痛が激しくなった。
 ぬか娘とモジョは同時に誠司を殴り、誠司もそんな二人からなにか事情を感じ、それ以上はなにも語らなかった。
 いまはとにかくそんな場合じゃないと、わかっていたから。




 ――――ヴンッ!!

 音がして電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》が立ち上がった。
 画面には着替えをしている最中のジルが映っていた。
 ジルはローブの下の薄着を頭から抜き取ろうとしていて視界が塞がってしまっている。そこにアルテマが『お師匠……おまたせいたしました』と、弱々しく声をかけたものだからたまらない。

 ――――どビクぅ!!??

 幽霊かなにかと勘違いしたジルはそのままの姿勢で飛び上がり、ドンガラガッシャンがらがらと、水差しやら花瓶やらなにやら高そうな絵画やらをひっくり返し踏み破って床に転がりまくった。
 そして服を頭にかぶったまま、短いステッキをどこからともなく取り出して、イモムシの触手のようにピコピコと振りまくっている。
 察するに除霊攻撃のようだが、実際は幽霊などいないので無駄振りに終わっているようだ。
 そんな背中丸出しの師匠に、

「師匠、落ち着いてください。私です、アルテマです。……師匠」

 やや呆れ気味に声をかけるアルテマ。
 それに気がついたジルは、そ~~~~っと薄着から顔を出し、辺りをキョロキョロ、何もないことを確認して「おっほん」と咳払いらしき所作をひとつ。
 手旗を両手に広げると、

『ああ、アルテマ……やっと連絡がきましたね心配していたのですよ』

 信号を送ってくる。
 アルテマたち三人は気まずそうに顔を見合わせ何も見ていなかったことにする。

「はい、魔素を集めるのに時間がかかってしまいました。……申し訳ありません」
『そうですか。では準備は整ったのですね? ではさっそく『滅私奉公《ゴートスケープ》』を――――と、言いたいのですが……アルテマ? どうもあなたの声に覇気がありません、なにかありましたか?』

「い、いえ……大したことではありません。ちょっと……」

 言いづらそうにしているアルテマに代わり、モジョが話に入ってくる。

「すまない。関係のない話だが……前回の連絡から今回まで、そちらではどのくらい時間が過ぎている?」
『? 時間……ですか? もう夜になっていますので、半日とちょっとですかね?』

 そう返事をしてくるジル。

「……そう、ですか……わかりました」

 確認したモジョは眉をひそませながら考えを巡らせる。
 おかしい……前回と今回では時間の流れが変わっている……。

 前のときはこちらの方が遅かったのに、いまはこちらが早くなっている。
 そもそも、こうして交信しているときは互いに違和感はない。つまり時間の流れが揃っているということだ……。

 これはいったいどういうことなのだろうか?

 初めてジルと会話したあの時も、同じ疑問を持った。
 アルテマの感覚では2週間だったものが異世界では半年過ぎていたり。
 半年遅れで後を追ったはずのクロードが、15年も先に転移してしまっていたことなど……。

 どうにも異世界と現世の間には、一口で説明できない時間の矛盾があるようだ。
 その矛盾を解明すること……それこそが電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》を完成させることであり、なんとなく、それが自分の生涯の仕事になりそうな気がして、モジョは何か背負うものを感じた。
 



『まぁ……元一様が……そんなことって……』

 元一の訃報を報告したアルテマ。
 聞いたジルは呆然と立ちすくみ、肩を落としている。
 アルテマはワラをもすがる気持ちで師匠に願い出た。

「お願いします!! 師匠ならばクロードよりも強力な〝ヒール〟いいえ、もっと上位の〝リ・フォース〟だって使えるのでしょう? お願いします!! それでどうか元一を助けてください!! ……お願い……します」

 最後の方は涙と鼻声で声が掠《かす》れてしまうアルテマ。
 アルテマの言う〝リ・フォース〟とは聖王国における最高位の神官のみが使えると言われる奇跡の魔法。
 離れかけた人の魂を、再び肉体と結びつける秘術中の秘術である。
 それを唱えてくれれば、まだ助けられる見込みがあると、アルテマの僅かな希望である。

「はい……確かにその魔法は……私にも使うことができます。しかし、それは死者の魂がまだ肉体の周囲に残っていればの話……。元一様がなくなったのは今朝のことなのでしょう? ……もう何時間も経っています。それではもう……手遅れかも……しれません」

 沈んだ声で、しかし冷静に状況を説明するジル。
 彼女とて、元一の死には少なからず動揺している。
 しかし神官長として、これまでいく百いく千もの死者を看取ってきた。
 心とは裏腹に、冷静に、非情に、事態を判断する自分もできていた。
 
 それはアルテマも同様だった。
 頭の片一方ではもう遅いと理解していた。
 しかし諦めるのが〝元一〟となると、なぜが理屈も道理もすべて放り投げ、奇跡という二文字に、がむしゃらに縋《すが》ってしまうのだ。
 そこにモジョが思い出したように、また話に入ってくる。

「そう言えば……アニオタからの伝言を預かっている。クロードが元一に〝オラクル〟を使ったと。……なんのことだかわかるか?」
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