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第204話 四面楚歌
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「カイギネス陛下!! ご無事でしょうか!?」
『おう、久しいなジルよ。むろん無事だ、聖王国の腰抜け兵ごときに後れを取るような俺ではないわ』
開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の向こう側で、サアトル帝国第13代皇帝アシュナ・ド・カイギネスは活力に満ちた笑顔を見せた。
公国に裏切られ、聖王国との挟み撃ちという形で脅威に立たされている帝国。
国境の西――公国との戦闘は第一皇子率いる第二軍と六軍が。
東――聖王国との戦闘は皇帝自ら率いる一軍と五葷が、国境線を守っていた。
背後に映る景色は野外の陣営。
皇帝直下の本陣であるが、ジルの目から見て、いつもよりあきらかに質素で荒れた様子がうかがえた。
「追加物資の矢と水。それとわずかばかりの食料です。お納めください」
ジルが立つのは城内地下にある、石造りの大きな倉庫。
そこには束ねられた矢と、水が入った瓶。そして城下町からかき集めた穀物の袋が山となって積み上げられていた。
これから皇帝との開門揖盗《デモン・ザ・ホール》で前線へと送るのだ。
『うむ、感謝するぞジルよ。……しかし食料は送らずともよい。少しでも国民へ還元せよ』
気性のせいか、戦闘に身を置くと生き生きとしてしまうカイギネス。
しかし映像の端に映る彼の側近たちはあきらかに疲弊しており生気がない。
カイギネスも表情こそは強がっているが、痩せた身体だけは誤魔化せていない。
「しかし、それでは兵の士気にも関わりますし、なにより陛下のお体が心配です!!」
『馬鹿者が。俺がこの程度の消耗でどうにかなると思うのか? 兵士たちも同様だ。この戦いに負けてしまえば国民はみな奴隷も同然。全軍、もとより決死は覚悟の上よ』
「決死などと申されないでください!!」
ジルの目に涙が浮かぶ。
たとえ嘘でも、皇帝が倒れたなどと噂になれば、それこそ軍の崩壊。
帝国はたちまち周辺国に食いつかれ、八つ裂きにされてしまうだろう。
『ふん。わかっておる……いまのは言葉のアヤだ、許せ。大丈夫、俺は――いや俺と兵士はみな必ず生きて戻る。しかしそうなった時に、肝心の国民が飢えて病んでいては意味がないからな。俺たちは国民を護るために戦っている。まずはそれを第一に考えよ』
「しかし……兵士も飢えてしまっては……」
『飯は山で狩る。敵から奪う。殺した兵の肉も喰らおう。そのくらいの修羅場どうということはない。泥沼戦こそ帝国軍の真髄よ。……それよりも公国との戦いはどうなっている?』
「……第六軍がカイザークの街を要塞化し、なんとか均衡を保っております。皇子率いる二軍はリミスの街へ入り、同じく要塞化を進めております。他のお二人の皇子も北と南からの奇襲に備え帝都を守っております」
敵は聖王国と公国だけではない。
周辺の小国も戦況を見て、ぞくぞくと敵側へと日和見を始めている。
『うむ。……いましばらくは耐えられるか……。それでアルテマとの連絡は取れたか?』
「いえ、何度も通信はしているのですが一向に繋がりません。最悪の場合、このまま永遠に連絡がつかなく可能性もあります……」
報告しながらジルは震えた。
正直、いまの状況で、希望となるものがあるのなら、アルテマと異世界の者たちがもたらしてくれる援助しかないからである。
『そうか……原因となっているのは例の奈落の峡谷だったな。それの不具合が通信不良をもたらしているのだろう? 場所はここから近い。俺が行って調べてこよう』
「恐れながら……」
言いづらそうに顔を上げるジル。
カイギネスはそんな彼女が何を言いたいか悟ったように苦笑いを浮かべる。
『俺ごとき(脳筋)が行ったところでどうにもならんと言いたいのだろう? わかっとるわい。しかしな、俺とて数少ない開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の使い手。行くだけ言ってみれば何かわかるかもしれんし。近寄るだけでも繋がってくれるかもしれんぞ? ほら何と言ったか……アルテマから送られた報告にそんな話があっただろう?』
「電波……でございますか?」
『そう、それだ。それによれば場所によって濃度が変わるという話じゃないか』
……確かにそういう話は聞かされたが、しかし異世界の通信原理とこちらの魔法を同じ理屈で考えていいものだろうか?
だが皇帝の言うとおり、何でも試してみなければわからない。
とにかくいのままでは滅亡も時間の問題なのだ。
それにカイギネスは謙遜したが、皇帝はけっして脳筋などではない。
豪快な性格に隠れてしまっているが、誰よりも高い知性と魔力を備えている。
「……わかりました。ではそこまでの詳しい地図と、事象についての資料も送らせていただきます。……くれぐれもご注意くださいませ」
『うむ』
「いいですか? くれぐれも。くれぐれも、ですよ? ……間違って谷に落ちたとかそういうのはやめてくださいね?」
『それはあれか? ……たしかアルテマの報告にあった……』
「〝フリ〟ではありません〝マジ〟です!! 本当にやめてくださいね!! 本気で国が滅びますよ!??」
わかったわかった、と笑う皇帝だが、本当に大丈夫だろうか?
アルテマが余計なことまで報告したせいで、皇帝にいらぬ影響を与えてしまっている。
そこはかとない不安に襲われ、ジルはまた体を震わせた。
『おう、久しいなジルよ。むろん無事だ、聖王国の腰抜け兵ごときに後れを取るような俺ではないわ』
開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の向こう側で、サアトル帝国第13代皇帝アシュナ・ド・カイギネスは活力に満ちた笑顔を見せた。
公国に裏切られ、聖王国との挟み撃ちという形で脅威に立たされている帝国。
国境の西――公国との戦闘は第一皇子率いる第二軍と六軍が。
東――聖王国との戦闘は皇帝自ら率いる一軍と五葷が、国境線を守っていた。
背後に映る景色は野外の陣営。
皇帝直下の本陣であるが、ジルの目から見て、いつもよりあきらかに質素で荒れた様子がうかがえた。
「追加物資の矢と水。それとわずかばかりの食料です。お納めください」
ジルが立つのは城内地下にある、石造りの大きな倉庫。
そこには束ねられた矢と、水が入った瓶。そして城下町からかき集めた穀物の袋が山となって積み上げられていた。
これから皇帝との開門揖盗《デモン・ザ・ホール》で前線へと送るのだ。
『うむ、感謝するぞジルよ。……しかし食料は送らずともよい。少しでも国民へ還元せよ』
気性のせいか、戦闘に身を置くと生き生きとしてしまうカイギネス。
しかし映像の端に映る彼の側近たちはあきらかに疲弊しており生気がない。
カイギネスも表情こそは強がっているが、痩せた身体だけは誤魔化せていない。
「しかし、それでは兵の士気にも関わりますし、なにより陛下のお体が心配です!!」
『馬鹿者が。俺がこの程度の消耗でどうにかなると思うのか? 兵士たちも同様だ。この戦いに負けてしまえば国民はみな奴隷も同然。全軍、もとより決死は覚悟の上よ』
「決死などと申されないでください!!」
ジルの目に涙が浮かぶ。
たとえ嘘でも、皇帝が倒れたなどと噂になれば、それこそ軍の崩壊。
帝国はたちまち周辺国に食いつかれ、八つ裂きにされてしまうだろう。
『ふん。わかっておる……いまのは言葉のアヤだ、許せ。大丈夫、俺は――いや俺と兵士はみな必ず生きて戻る。しかしそうなった時に、肝心の国民が飢えて病んでいては意味がないからな。俺たちは国民を護るために戦っている。まずはそれを第一に考えよ』
「しかし……兵士も飢えてしまっては……」
『飯は山で狩る。敵から奪う。殺した兵の肉も喰らおう。そのくらいの修羅場どうということはない。泥沼戦こそ帝国軍の真髄よ。……それよりも公国との戦いはどうなっている?』
「……第六軍がカイザークの街を要塞化し、なんとか均衡を保っております。皇子率いる二軍はリミスの街へ入り、同じく要塞化を進めております。他のお二人の皇子も北と南からの奇襲に備え帝都を守っております」
敵は聖王国と公国だけではない。
周辺の小国も戦況を見て、ぞくぞくと敵側へと日和見を始めている。
『うむ。……いましばらくは耐えられるか……。それでアルテマとの連絡は取れたか?』
「いえ、何度も通信はしているのですが一向に繋がりません。最悪の場合、このまま永遠に連絡がつかなく可能性もあります……」
報告しながらジルは震えた。
正直、いまの状況で、希望となるものがあるのなら、アルテマと異世界の者たちがもたらしてくれる援助しかないからである。
『そうか……原因となっているのは例の奈落の峡谷だったな。それの不具合が通信不良をもたらしているのだろう? 場所はここから近い。俺が行って調べてこよう』
「恐れながら……」
言いづらそうに顔を上げるジル。
カイギネスはそんな彼女が何を言いたいか悟ったように苦笑いを浮かべる。
『俺ごとき(脳筋)が行ったところでどうにもならんと言いたいのだろう? わかっとるわい。しかしな、俺とて数少ない開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の使い手。行くだけ言ってみれば何かわかるかもしれんし。近寄るだけでも繋がってくれるかもしれんぞ? ほら何と言ったか……アルテマから送られた報告にそんな話があっただろう?』
「電波……でございますか?」
『そう、それだ。それによれば場所によって濃度が変わるという話じゃないか』
……確かにそういう話は聞かされたが、しかし異世界の通信原理とこちらの魔法を同じ理屈で考えていいものだろうか?
だが皇帝の言うとおり、何でも試してみなければわからない。
とにかくいのままでは滅亡も時間の問題なのだ。
それにカイギネスは謙遜したが、皇帝はけっして脳筋などではない。
豪快な性格に隠れてしまっているが、誰よりも高い知性と魔力を備えている。
「……わかりました。ではそこまでの詳しい地図と、事象についての資料も送らせていただきます。……くれぐれもご注意くださいませ」
『うむ』
「いいですか? くれぐれも。くれぐれも、ですよ? ……間違って谷に落ちたとかそういうのはやめてくださいね?」
『それはあれか? ……たしかアルテマの報告にあった……』
「〝フリ〟ではありません〝マジ〟です!! 本当にやめてくださいね!! 本気で国が滅びますよ!??」
わかったわかった、と笑う皇帝だが、本当に大丈夫だろうか?
アルテマが余計なことまで報告したせいで、皇帝にいらぬ影響を与えてしまっている。
そこはかとない不安に襲われ、ジルはまた体を震わせた。
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