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第184話 無茶

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「ア、アマテラスって……あの日本神話の……? 天の岩戸のアマテラスですか?」

 なぜか感涙にむせんでいるアニオタを横に置いといて、ヨウツベたちは目を丸くした。
 聞いたことのありすぎる、超有名な神様の名に驚いているのだ。

「そうじゃ。……アマテラスとはこの国の創造神〝イザナギ〟の分身。太陽と慈愛を司る最高神の一人じゃ。こやつは、太陽光パネルに集まる陽の光を媒体に、その御力《みちから》を降臨させようとしておった」

 ジロリと睨む占いさんに、言い訳するように誠司が汗を流した。

「い、いやその……難陀《なんだ》を消滅させるには、並の法術ではとうてい無理と思いましたので。自分が知り得る最高峰の力はその……アマテラス様だったのです……だから」
「馬鹿者が、知識だけで術など操れるものか。才覚も修行もなしにそんな力を開放したら退治どころか、己も、この土地も、全て崩壊してしまう恐れがあるのだぞ」

 叱るように言い詰める占いさん。
 ちょっとまって聞き捨てならないと、ぬか娘がその裾を引っ張った。

「土地も崩壊……とは?」
「大きすぎる力を、それを受け止める器もなく降臨させれば暴走するのは必至じゃろうて。アマテラスほどの力が暴走したら……そうじゃのう、ここから東は静岡、西は愛媛あたりまでは海に沈むじゃろうて……」

 その例えに、その場の全員が言葉をなくして凍りついた。
 誠司も真っ青になって口をパクパクしている。

「ってなんで村長まで驚いてるんですか!!」

 ぬか娘が怒鳴ると、誠司はハッと我に返って、

「あ……いや、その……まさかそんな、そこまで危険なシロモノとは思ってなくて……え~~~~~~~~……???」
「いや、え~~じゃなくって!! ちゃんと調べなかったんですか!??」
「し、し、し、調べました。調べましたケド……なにせ秘匿の資料ばかりで、なかなか核心情報までは……」

 しどろもどろに汗をかく誠司。
 どうやら強大な力だけに魅せられて、危険性など細かいところまでは調べきれていなさそうである。

「……こういう輩《やから》がいるから、秘術というのは隠されているのじゃ。しかし、そう怖がることもない。どうせ此奴《こやつ》には暴走させること〝すら〟できなかったじゃろうよ。……のうアルテマよ」

 占いさんに話を振られ、これまで黙っていた彼女が口を開いた。

「……そうだな。聞くに、その〝アマテラス〟とやらは我らの〝魔神〟に匹敵する存在とみた。……ならば普通の者が知識だよりに何をしたところで、声すら届かすことはできなかっただろうよ」
「……と言うことは、村長の考えていた討伐計画って……」
「ああ、無駄な努力だった。ということだな」

 ぬか娘の問いに、簡単に答えたアルテマ。
 対して誠司は大きなショックを受けたようで、

「そ……そんな……む、無駄? わ、私が捧げた30年……が無駄?? そ、それじゃいったい……私の青春はなんだったというのだ……」

 弱々しくつぶやくと、そのまま目を回してひっくり返ってしまった。
 ついでになぜがアニオタも、涙を流しながら崩れ伏している。

「あ~あ~……村長さん……お気の毒……」

 自分が生まれるはるか前から重ねていた努力を〝無駄〟の一言で片付けられてしまったのだ。目を回すのも無理はない、とぬか娘は同情しつつ手を合わせた。
 しかし占いさんは、

「いや……まるっきり無駄というわけでもない。アマテラスの力を拝借する発想と、その結界陣を調べ上げただけでも大したもんじゃ。……のう」

 占いさんはその法術の存在こそ知っていたが、陣の形など、詳しいことまでは知らなかった。それを、その道の玄人でもない誠司がここまで調べ上げるとは、それだけでも功業ものである。
 渡されたノートをめくりながら、その内容をアルテマにも見せた。
 ザッと読んだアルテマは、

「……ふむ。なるほど……。これは確かにやっかいな術そうだが……基礎は我が暗黒魔法と似ている……いや……同じ、か? ……これなら、私にも使えるかもしれないな……」

 濡れた髪をなびかせて、そうつぶやいた。




 ――――その日の深夜。

 また一人の娘が、見えない力に誘われて蹄沢《ひずめさわ》へとやってきた。
 まだ十歳そこそこの幼い娘は、パジャマ姿のままヨロヨロと潰《つぶ》れたプレハブ小屋の横を通って、集落との境目となる川へ近づいた。

 そして誘われるがまま川へと入ることになるのだが、そのとき川辺の石につまずいて転んでしまう。

 頭を打って血が流れ、履いていたシューズの片方が脱げてしまう。
 少女は無言のまま起き上がると、額をつたう赤い血を拭うこともなく入水した。
 そのまま歩き、水がその姿をすべて隠しても少女は歩みを止めなかった。
 やがて対岸へと渡りきり、鼻と口からダラダラと、だらしなく水を吐き出す。
 吐き出しながらも無表情に歩く。

 難陀《なんだ》の元へと。

 岸に残されたシューズの内側には『偽島真子まこ』と名前が刻まれていた。
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