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第95話 新たな任務
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『あらあらまぁまぁ、ではそちらのお部屋がそのまま我が国の大使館として提供なされるのですね? さすがはアルテマ。軍事だけではなく外交手腕もあいかわらず素晴らしいですわね』
「いえその……外交というか……半ば無理やり勝手にそう決められたというか……」
元一と節子にこの家での永住を認められ、略式ではあるが大使館(兼私室)まで与えられたアルテマは、さっそくジルにこのことを報告していた。
ジルより異世界への大使役を任されることになり、その仕事の一つとして、就寝前の定時連絡が義務付けられた。
夕飯を食べ、お風呂に入ってポカポカ湯気を上げているアルテマは、節子が用意してくれたトマト柄のパジャマを身に着け、布団の上に正座していた。
『皇帝陛下と宰相からも正式に任命許可が下りました。なので今日より近衛騎士の位を返上し、大使の任に着きなさい』
「う……、き、騎士ではなくなるのですか?」
『不満ですか?』
「い、いえ、ですが私は……いままで騎士としての誇りを持って生きてきたものですから、その……いささか抵抗が……」
『そうですか、では必要なとき以外は騎士を名乗っていて構いませんよ』
「は? いや、それはそれで曖昧というか……いい加減ではないですか……(汗)」
『肩書などただの記号です。そんなものよりも自分の成すべきことを見失わないように務めることこそ重要です。あなたが騎士としての誇りを永久《とわ》に抱いていたいと言うのなら、誇り高き騎士として大使の任に着きなさい。それがアルテマ・ザウザーとしての、あなたの正しい形なのでしょう?』
にこやかな笑顔でそう言われ、アルテマは内心ホッと胸をなでおろした。
新たな任は光栄だが、暗黒騎士である名を捨ててしまうのは、いままでの自分を失ってしまうようで嫌だったからだ。
「ありがとうございます。ではそのように務めさせていただきます」
たかが肩書、されど肩書。
大使と言われると何をどうすればいいかわからなくなりそうだったが、騎士のままでいいとなると俄然《がぜん》やりやすくなってくる。
『ではアルテマ、さっそくですがそちらの世界と交渉していただきたい件があるのです』
「はい、お聞きします」
異世界『蹄沢集落』からもたらされる情報や物資は帝国にとって計り知れない価値のあるものばかりだ。それこそ我儘《わがまま》を言っていいのなら、あるものところかまわず輸出してもらいたいものだが、交易というものはそんな一方的な望みが叶うものではないことはジルも理解している。
ましてや蹄沢集落は日本という国のほんの小さな村のさらに一部だという。
いくら元一が代表として交渉に応じてくれるとは言え、その裁量はけっして大きくないはずだ。
本来なら日本国代表――――アルテマの報告では天皇陛下なる皇帝《エンペラー》との謁見を何よりも優先しなければ不敬なのだが、異世界との接触というのは日本国側にとっても天地がひっくり返るほどの大事件に値するらしく、そこは極めて慎重に行動しなければならないという。
いまのところ元一の判断で異世界ラゼルハイジャンの存在は蹄沢住民以外には認知されておらず、広める予定もないらしい。
帝国側としても現在、聖王国との戦争の真っ只中で皇帝自ら出陣中という危機的ありさま。次元をまたぐような複雑怪奇な外交政策など手を付けられるはずもない。
なので、ここはひとまず両国にとって一番いいタイミングがおとずれるまで、ほんの小さな関係性でいるべきだとの判断である。
『相談というのは……食糧事情のことなのです。水不足については水門都市奪還でひとまず解決いたしましたが、ルルカ村とマーシュの街についてはいまだ聖王国に占領されたままです』
この二つの地域は帝国でも有数の穀倉地帯となっていて、ここを押さえられると、ただでさえ食糧事情に厳しい帝国にとってはかなり苦しい状況になる。
『幸い、まだ暖かな季節で、野草や動物がわずかながら採れはしますが……半年もすれば冬になり、それもままなりません……。皇宮の蓄えを開放しても……おそらく三割りほどの国民は来年の春を見ることはできないでしょう……。アルテマ、この危機を乗り越える知恵を、どうかそちらの世界で見つけてはくれませんか』
という話を翌朝、元一に相談した。
納豆をかき混ぜながら黙ってその話を聞いていた元一と節子は、やがて静かに箸を置くと『ううううぅ……』と目を押さえて泣き出した。
「ど、どうしたのだ二人とも!? どうしていきなり泣き出すのだ!??」
茄子のお味噌汁を飲む手を置いてうろたえる。
二人はそんなアルテマを大丈夫だと手で返事し、
「いや、ワシらの子供の頃を思い出しての……。あの頃の日本も大戦直後でひどく貧乏じゃった。……食べ物もろくに無くて……よく道端の草を食って飢えをしのいでいたもんじゃよ」
「そうですね。私も……お肉なんて祭りの日に、それもほんの一切れぐらいしか食べさせて貰えませんでしたよ……」
「話を聞いて、その頃を思い出してのう……人間、一番つらいのは飢えと寒さじゃ。戦中の帝国では今まさにそんな状態なのじゃろう……。いや……もっと辛いのかも知れんのう」
そう目頭を押さえると『あいわかった』と膝を打って立ち上がり、元一は集落のメンバーに集合をかけるのだった。
「いえその……外交というか……半ば無理やり勝手にそう決められたというか……」
元一と節子にこの家での永住を認められ、略式ではあるが大使館(兼私室)まで与えられたアルテマは、さっそくジルにこのことを報告していた。
ジルより異世界への大使役を任されることになり、その仕事の一つとして、就寝前の定時連絡が義務付けられた。
夕飯を食べ、お風呂に入ってポカポカ湯気を上げているアルテマは、節子が用意してくれたトマト柄のパジャマを身に着け、布団の上に正座していた。
『皇帝陛下と宰相からも正式に任命許可が下りました。なので今日より近衛騎士の位を返上し、大使の任に着きなさい』
「う……、き、騎士ではなくなるのですか?」
『不満ですか?』
「い、いえ、ですが私は……いままで騎士としての誇りを持って生きてきたものですから、その……いささか抵抗が……」
『そうですか、では必要なとき以外は騎士を名乗っていて構いませんよ』
「は? いや、それはそれで曖昧というか……いい加減ではないですか……(汗)」
『肩書などただの記号です。そんなものよりも自分の成すべきことを見失わないように務めることこそ重要です。あなたが騎士としての誇りを永久《とわ》に抱いていたいと言うのなら、誇り高き騎士として大使の任に着きなさい。それがアルテマ・ザウザーとしての、あなたの正しい形なのでしょう?』
にこやかな笑顔でそう言われ、アルテマは内心ホッと胸をなでおろした。
新たな任は光栄だが、暗黒騎士である名を捨ててしまうのは、いままでの自分を失ってしまうようで嫌だったからだ。
「ありがとうございます。ではそのように務めさせていただきます」
たかが肩書、されど肩書。
大使と言われると何をどうすればいいかわからなくなりそうだったが、騎士のままでいいとなると俄然《がぜん》やりやすくなってくる。
『ではアルテマ、さっそくですがそちらの世界と交渉していただきたい件があるのです』
「はい、お聞きします」
異世界『蹄沢集落』からもたらされる情報や物資は帝国にとって計り知れない価値のあるものばかりだ。それこそ我儘《わがまま》を言っていいのなら、あるものところかまわず輸出してもらいたいものだが、交易というものはそんな一方的な望みが叶うものではないことはジルも理解している。
ましてや蹄沢集落は日本という国のほんの小さな村のさらに一部だという。
いくら元一が代表として交渉に応じてくれるとは言え、その裁量はけっして大きくないはずだ。
本来なら日本国代表――――アルテマの報告では天皇陛下なる皇帝《エンペラー》との謁見を何よりも優先しなければ不敬なのだが、異世界との接触というのは日本国側にとっても天地がひっくり返るほどの大事件に値するらしく、そこは極めて慎重に行動しなければならないという。
いまのところ元一の判断で異世界ラゼルハイジャンの存在は蹄沢住民以外には認知されておらず、広める予定もないらしい。
帝国側としても現在、聖王国との戦争の真っ只中で皇帝自ら出陣中という危機的ありさま。次元をまたぐような複雑怪奇な外交政策など手を付けられるはずもない。
なので、ここはひとまず両国にとって一番いいタイミングがおとずれるまで、ほんの小さな関係性でいるべきだとの判断である。
『相談というのは……食糧事情のことなのです。水不足については水門都市奪還でひとまず解決いたしましたが、ルルカ村とマーシュの街についてはいまだ聖王国に占領されたままです』
この二つの地域は帝国でも有数の穀倉地帯となっていて、ここを押さえられると、ただでさえ食糧事情に厳しい帝国にとってはかなり苦しい状況になる。
『幸い、まだ暖かな季節で、野草や動物がわずかながら採れはしますが……半年もすれば冬になり、それもままなりません……。皇宮の蓄えを開放しても……おそらく三割りほどの国民は来年の春を見ることはできないでしょう……。アルテマ、この危機を乗り越える知恵を、どうかそちらの世界で見つけてはくれませんか』
という話を翌朝、元一に相談した。
納豆をかき混ぜながら黙ってその話を聞いていた元一と節子は、やがて静かに箸を置くと『ううううぅ……』と目を押さえて泣き出した。
「ど、どうしたのだ二人とも!? どうしていきなり泣き出すのだ!??」
茄子のお味噌汁を飲む手を置いてうろたえる。
二人はそんなアルテマを大丈夫だと手で返事し、
「いや、ワシらの子供の頃を思い出しての……。あの頃の日本も大戦直後でひどく貧乏じゃった。……食べ物もろくに無くて……よく道端の草を食って飢えをしのいでいたもんじゃよ」
「そうですね。私も……お肉なんて祭りの日に、それもほんの一切れぐらいしか食べさせて貰えませんでしたよ……」
「話を聞いて、その頃を思い出してのう……人間、一番つらいのは飢えと寒さじゃ。戦中の帝国では今まさにそんな状態なのじゃろう……。いや……もっと辛いのかも知れんのう」
そう目頭を押さえると『あいわかった』と膝を打って立ち上がり、元一は集落のメンバーに集合をかけるのだった。
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