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第86話 欲深き者①

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「船は常にカメラで監視しとるさかいな、おかしな悪戯したらその映像、無修正ノーカットでウチの若いもんが世界に配信するで? ええな?」

 鉄橋にボートをくくり付けつつ、飲兵衛が偽島に釘を刺す。
 その若いもんは現在、絶賛封印中なのだが、なに、嘘も八丁というやつだ。
 そう言われてしまっては手が出せず、ぐぬぬぬぬぬ……と、歯ぎしりをして悔しがる偽島。
 本郷は役目を終えると、

「では先生、名残惜しいですが僕はこれで」

 と挨拶もそこそこに、すぐに帰ろうとする。

「おいおい、せっかく来てくれたんや一杯……いや、二杯でも三杯でも奢らせんかいな」
「いえ、そうされたいのは山々なんですが……明日も朝から予約が入っていましてね、すぐに東京にとんぼ返りですよ」
「なんやねん……ん~~~~……まぁ、無理言ったのはこっちやさかいな……これ以上わがままは言えんか……」
「すみません。また今度、たっぷりと奢ってもらいますから」
「ほなせめて、隣村までは送らせてくれや」

 言って二人は昔話に花を咲かせながら集落へと消えていく。
 残されたアルテマは釣り針に餌を付け直すと、

「……さて、これでとりあえず運搬の心配はなくなった。あとは明日きちんと物資が届けばいいがな」

 と、鉄板に腰を下ろし、釣りの続きを再開する。
 そして固まっている偽島を睨みつけると、

「……お前は目障りだ、もろもろの落とし前はことが落ち着いた後にたっぷりとしてやるから、いまは消えろ。……それともまた燃やされたいか?」

 と、指先に炎を灯して凄んでやる。
 偽島はサッと青ざめ後ずさり、またもや悔しそうに歯ぎしりをすると、

「ち、ち、調子に乗っていられるのも今のうちだからな!! 後で必ず吠え面かかせてやるぞっ!!」

 相変わらず教科書に出てくるような捨て台詞を吐き、車に乗り込み去っていった。
 その無様な背中を見て思わずプッとアルテマは吹き出してしまった。




 そして翌日。
 飲兵衛とアニオタを乗せたボートが帰ってきた。
 大きな荷物をたんまり積載して。

 荷物の中身はもちろん異世界への贈り物。市販の腹薬と浄化剤である。
 下流の町の郵便局や運送屋にそれぞれバラけて局留めにしてあった。
 そちろん偽名を駆使して。

 船は飲兵衛が運転し、荷物はアニオタが押さえていた。
 バシャバシャ水しぶきを上げ、ぐねぐねと蛇行しているのは舵を握る人間のもう一方の手にワンカップが握られているからであるが、そこは誰も見なかったことにしている。

 バ、バ、バ、バ、バィィィィィィィィィン……。

 集落のメンバーが迎え待つ桟橋代わりの鉄橋(仮)にヘロヘロと横付けすると、

「ゔぉぉおぇえぇぇぇぇぇ……げろげろ~~~~……!!」

 限界をとうに通り過ぎたアニオタが、真っ青な顔をしてお昼に食べたスタミナハンバーグ定食(特盛)を川に返却する。

「こらこら、それでもう三回目やぞ? せっかく奢ってやったご馳走が全部台無しやないかい……」

 情けないやつめと飲兵衛がむくれ、エンジンを止めて上がってくる。

「……いや、こっから見てるとイルカみたいに飛び跳ねとったぞ……あれで酔うなと言うのはちょっと酷じゃないか?」

 さすがに気の毒だと六段がめずらしく。

「ほうか? いや、ワシはそんなに揺れとるように感じへんかったがなぁ……」

 真面目なのかとぼけているのか、真っ赤に酔っ払った顔をして、白々しく首を傾げる飲兵衛。
 メンバーはみな顔を合わせて、

「誰か……飲兵衛以外に船舶免許もっとるか?」
「いや……」
「じゃあ、近いうちに取ろう。この爺さんに任せとったらいずれ事故る」
「じゃの。というか犯罪じゃし。見つかったら洒落にならんし」

 ヒソヒソと相談し合うのだった。



 そんなこんなで、

 ――――開門揖盗《デモン・ザ・ホール》!!

 いつもの校庭で異世界への扉を開けたアルテマ。
 すぐに応答したジルは、画面の前に置かれた大量の秘薬を見つめて大粒の涙をポロポロ流した。

『ああ……ありがとうございます。奇跡の神薬がこんなにもたくさん……。魔神様……あなたの深き慈悲の心に感謝いたします』

 神か悪魔か、どっちに感謝しているのか元一たちにはわからなかったが、とにかく喜ばれているのは確かなので細かいところはまぁ気にしないでおく。

 薬はざっと3千箱用意した。
 金額にして約300万円ほど。
 かなりの高額だが、金銭的な心配は異世界側に不変の黄鉄(金)がたっぷりあるので問題なかった。
 これの代償として異世界側が用意したのは不変の黄鉄、そして魔法の行使を約束したジルの約束状。

 ――――欲魔の秤目《ヘルス》。

 それらを向かえ合わせ、さっそくジルが価値の釣り合いを鑑定する。
 すると浮かび上がった針は、まだ半分ほど現世側に傾いていた。
 これはつまり、異世界側が用意した対価では半分ほどしか取引できないことを示していた。

「……なんでや? 金銭的には充分足りとるはずやけどな……?」

 電卓を叩きまくり、頭を捻る飲兵衛。
 ジルも不安げな顔をしてオロオロしている。
 その後ろでルナがいまいち事態を把握してないようすで指をくわえているが、彼女は魔法使いではないので開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の詳しいルールなどはまるで知らない。

『ど、ど、どうしましょう……このままでは充分な量にはなりませんわ……一体なにが足りないと言うのでしょうか……』

 毒に苦しむ異世界の人々を救いたい。
 その思いは両世界の人間が一致しているはず。
 金銭的にも労力的にも価値は釣り合っているはずなのだ。
 それなのにまだ、現世側に針が傾いているということは……こちら側にまだ不満を持っている者がいるということ。

「……おい、怒らんから正直に手を上げろ。この中にまだ取引に納得が出来ていない欲深い者はいるか?」

 集落長として元一が皆を見渡す。
 すると、やはりと言うか案の定というか。
 ビシッと臆面もなく男らしく、太い腕が垂直に掲げられた。

「……またお前か……」

 手を上げたのはキリッと顔面を引き締め、男前《おっとこまえ》な眉毛を生やしたアニオタだった。
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