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第85話 釣りっていいよね

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 翌日――――。

 アルテマたちの妨害により工事が中断されている仮設橋梁きょうりょう
 その途切れた鉄板の端に座り、飲兵衛とアルテマは川に向かって糸を垂れていた。

 今日も朝からジリジリと夏の日差しが暑い。
 道が閉ざされているため、悪魔付きの患者は来られないのだが、アルテマは今日も暑苦しい巫女服で頑張っていた。

「……のう、この世界ではどんな魚が釣れるのだ?」
「いろいろ釣れるで? 今の季節やと岩魚とかサクラマス、ニジマスなんかも狙い目やけど……今日の狙いはやっぱ鮎やな……ヒック」

 ワンカップ酒をかたわらに、ごきげんな飲兵衛。
 餌箱に入った小さな小さな魚を指差し笑ってみせる。

「こいつはシラス言うてな、やっぱ鮎釣りにはこれが一番や、ヒック」
「ほう……シラスに鮎か。こちらの世界の魚は油がのっていて身もふっくらと柔らかく美味いからな、その鮎とか言う魚も期待できそうだな?」
「もちろんや。鮎はええで、とくに塩焼きがええ。余計なことは何もせんと、ただ炭で炙るだけや……もう最高の酒の肴やで……じゅる、いかんヨダレが……」
「しかしこっちの釣り道具は凄いな、糸が透明でまったく見えんし竿もよくしなって力の伝わり具合がすごく繊細だ」

 ――――婬眼《フェアリーズ》。
『釣り竿。カーボン繊維製。鞭としても使えなくはないぞ☆』

「まぁ最近じゃ釣り竿も科学テクノロジーの塊になってきてるさかいな。……せやけどそれでよく釣れるかといったら別問題や。ワシも長いことやっとるが、竹竿の頃と釣果はそない変わらへん。……結局は腕とセンスってことなんやろなぁ……」
「そうか。まぁ魔導もよく似たものだ。どんなに繊細に編み込まれた呪文も、術者しだいでその効果は大きく変わるものだからな」

 そんな話をしていると、向こう岸から不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。

「……お前たち、一体誰に断って橋を釣り場代わりにしているのです!? そこは私たちが建てた鉄橋(仮)です。即刻立ち退きなさい!!」

 七三眼鏡に高級スーツをパリッと着こなすその男。
 偽島組営業課長、偽島誠である。

「……何が立ち退けや、ワシらはまだまだ工事なんて認めてへんぞ。不法侵入しとるのはお前らや、足場に使われとぉないんやったら、お前らこそさっさと物片付けて退散すればええんとちゃうか? ほんで向こうの道も直してどっかへ行ってまえや」

 呑気ないつもとは、あきらかに態度が違う飲兵衛。
 元一や六段がいないいま、アルテマを護るのは自分だと無意識に思っているのかもしれない。
 そんな意外な迫力を持つ飲兵衛にやや気圧されながら、偽島は、

「わ、わ、わ、私たちは正式な許可をいただいて工事に着手しているんです!! 不法に妨害しているのはあなたたちなんですよ!!」

 性懲りもなく正当性を主張してくるが、

「お――――っと、どりょぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「おお、やったなアルテマ。こりゃええ鮎やで、ピチピチのプリプリや!!」

 ちょうどアルテマが魚を釣り上げ無視されてしまう。

「おっととととと……の、の、飲兵衛!! この針はどうやって外すんだ?? 異世界とは勝手が違ってよくわからん!!」
「まてまて、これはこうして針外しを突っ込んでな……」

 きゃっきゃワイワイはしゃぐアルテマたち。
 突き出した指の下ろし場所に困った偽島は、頬をひくひく震えさせ何かを言おうパクパクするが、

 ――――ビイィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!
「……ん!?」

 遠くの方から甲高いエンジン音と水を切る音が響いてきてそっちに注目した。

「おっと、来よったな」

 鮎をクーラーボックスに入れて立ち上がると、ようやくかと腰を伸ばす飲兵衛。
 アルテマもその音の方に向かって興味深げに目を細めている。
 二人がここにいたのは釣りが目的じゃない。
 本当の目的は、

「――――? ふ、船!?」

 川の中を、遠くの方から近づいてくるそれは一隻の小型ボートだった。
 バババババと小うるさい音を響かせて、ゆっくりと鉄橋に近づいてくるそれをあんぐりと眺める偽島。

「こっちやこっちや!! すまんなぁ急に無理言って」

 途切れた鉄橋を桟橋代わりにボートを横付けする中年男は、出迎えてくれた飲兵衛に向かって帽子を取ると、笑顔とともに頭を下げた。

「お久しぶりです中瀬教授。やめて下さいよ、教授に頼み事されるなんてこれ以上の名誉はありませんから。呼ばれれば、僕は地球の裏側にだって飛んでいきますよ」
「ほんな大げさなこと言うなって。あと教授はやめい。もう昔の話や」
「おっとそうでしたか? ……しかしそれでも急な話でしたから、すぐにご用意できる船はこんな安物しかなかったのですが……」

 言って男は申し訳無さそうに船体をポンポン叩く。
 何の飾りもないFRP樹脂製の小型ボートだったが、それでも人なら五、六人は乗れそうな積量はありそうだ。

「充分や充分。あんまりでっかいの持ってこられてもこの川じゃ底がすってしまうかも知れんからな。こんなんで丁度や、ありがとうな」
「とんでもない。お役に立てたのなら幸いです。……こちらはお孫さんですか?」
「あ? ああいやいや知人の娘……いや、孫や。アルテマ、こちらはワシの古い仕事仲間で――――」
「先生の弟子で東京を脳外科をやっている本郷といいます。……アルテマちゃんは……外国人なのかな??」
「うむ。初めまして。此度の物資援助まことに感謝する。私はラゼルハイジャン、サアトル帝国出身の暗黒近衛騎士――――もがもがもがもが」
「な、なんでもあらへん!! アニメの話しやアニメの!!」

 余計なことを喋り始めるアルテマを押さえ込みつつ、飲兵衛は苦笑いでごまかす。
 本郷はおかしな雰囲気を感じつつも、一礼すると、それ以上は何も聞かなかった。
 まるでこんな事はいつもの事だと言わんばかりに。

 そして偽島はまたも取り残され、プルプル震えていた。
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