上 下
13 / 259

第12話 鉄の結束団①

しおりを挟む
 ぐつぐつぐつ……。
 煮える熊鍋を前に。アルテマは考え込んでいた。

 あの後、元一の連絡で六段率いる集落の人間が全員集まり、みんな総出で熊を麓に運んで行った。
 そしてその場で解体し、運んでくれたお礼にと肉を分け、解散した。
 若者連中は肉だ肉だと大喜びし、小躍りで帰っていった。
 食いきれない分は明日にでも業者に売りつけに行く、と元一はほくほく顔で鍋の具合を見ている。

 ――――婬眼《フェアリーズ》。
 アルテマは野趣あふれる匂いのする、その鍋を鑑定してみるが、魔力がないので当然のことながら何の返事も返って来ない。

「そら、煮えましたよ。ささお食べ」

 節子が煮えた熊鍋をよそってくれる。
 それを受け取ったアルテマはクンカクンカと匂いをかいで警戒する。
 べつに出されたものを疑っているわけじゃない。
 ただどうしても、初めて口にするものは魔法で安全か鑑定しておかないと気持ちが悪いというだけだ。

 魔法力は多分一晩もすれば、少ないなりにもある程度回復しているだろう。
 しかし、あの祠は一体何だったのだ?

 魔力を吸収する祠。
 そしてその場所に転移した私。
 そこから連想する答えは一つ。

 あの祠こそが、私をこの世界へ転移させてくれた装置だと言うことだ。
 なれば、あの祠に魔力を吸収させ続ければ、再び元の世界への扉が開くかもしれない。――――いや、きっとそうに違いない。

 いいぞ、手掛かりが手に入った。
 さっそく明日も魔力を注入しに行ってみよう。

 アルテマはニンマリ笑うと熊肉を一口食べてみた。

「――――!? うまい!??」
「そうじゃろう? これはな味噌とゴボウが決め手なんじゃ。熊肉は臭いという連中がいるが、きちんと処理して正しく料理すればこれほど美味いものはない。精もつくしたっぷり食べるがいいぞ、わははははははっ!!」

 上機嫌に笑う元一。
 そこへ節子が不機嫌そうに、

「何がわははですか、まだ怪我も治っていないアルテマを山の中に連れ出すなんて、もしも何かあったらどうするつもりだったんですか!?」
「いや……まぁ、ワシもこんな麓近くに熊が出るとは思ってなかったもんでな……それでも万が一を考えて銃を持って入ったんじゃから、別にいいじゃろう?」
「よくないですよ。最近は熊も民家に近づいてくるようになったって言うじゃないですか!?」
「……まぁのぅ。猟友会でもそのことは問題になっておる」
「そうでしょう? だったら用心してもらわないと!! アルテマや、明日からはもう山に近づいては駄目ですからね!! いいですか?」

 ――――ブッ!!
 と、飲んでた汁を吹き出すアルテマであった。




 ――――次の日。

「……こいつは困ったぞ」

 アルテマは頭を抱えつつ集落の道を一人で歩いていた。

 ――――婬眼《フェアリーズ》。

『異世界の履物、サンダル。使い勝手良し。足の爪に注意だよ』

 一晩寝たら魔力も回復していた。
 もちろん元の世界にいた頃の魔力は戻っていない、この世界の少ない魔素量なりの回復である。
 熊肉が効いたのか、身体は元気で軽い。
 本当ならすぐにでも昨日の祠へ登って、様子を確かめに行きたいのだが、昨晩それを禁じられてしまい山に入ることが出来ない。

 今日は元一も熊を売りに出かけていて、今は自分一人だ。
 節子が見てないうちにこっそり登ってしまえばいいじゃないか。
 とも思ってしまたが、拾ってもらい、看病してもらった上に食事を含め泊めてもらっている恩人の言葉を無視するなど、騎士である自分には絶対に出来ない。

『いいですか、山はもちろん、この集落からは絶対出てはいけませんからね。あと道を歩く時は車に気をつけて、それから知らない人には付いていかない、落ちてるものを拾って食べない、一人で川辺に行かない――――』

 などなど。
 家を出るとき節子に言われた言葉である。

 自分の中身は大人だと言っているのだが……節子にしてみればそれでも充分に子供だと言って、聞いてはくれなかった。

 何とかして節子を説得し、山に入る許可をきちんと得なければ……。

 などと考え歩いていると、緑の網柵で囲んだ広場と、その奥に大きな建物が見える場所に出た。
 奥の建物には『鉄の結束荘』と書かれた大きな木の看板と『働いたら負け』『努力は悪』などと書き殴られた横断幕が張り付けられていた。

「な……なんじゃ、あれは??」

 それを呆然とした顔で眺めるアルテマ。
 すると中から一人の男が出てきて、何やらブツブツ呟き始める。
 やがてアルテマの視線に気がつくと、その男は笑顔で手を振って近づいてきた。

「やあ、アルテマさん。昨日はご馳走様でした。お散歩ですか?」
「うむ。まだまだこの集落のことを知らないからな。色々見て回っている。……お前はたしかヨウツベとか言ったか?」
「おお、僕の事を覚えてくれなんですね!! 異世界の騎士様に愛称を呼ばれるだなんて感激だなぁ!!」

 そう言ってヨウツベは持っていた黒い箱をアルテマに向ける。

「この建物は……ずいぶん大きいが、ここはお前の家なのか?」
「え? ああ~~まぁ……そんなとこですが。ここは僕たち『鉄の結束団』みんなの共同家屋なんですよ。良かったら入ってみませんか?」
「ほお……?」

 招かれて、崩れかかった石門から広場に入るアルテマ。
 石門には銅のプレートがはめ込んであって、そこには『蹄沢《ひずめざわ》小学校』と字が彫られていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

処理中です...