超能力者の私生活

盛り塩

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第209話 最強の男

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 本館と別館の間、木々に隠れるようにひっそりと一軒の庵《いおり》が佇んでいる。
 女将の住居兼仕事場である通称『鬼の隠れ家』である。
 物騒な名前とは裏腹に、清潔に整えられた庭には綺麗な水仙の花が咲き、小さな池には可愛い金魚が泳いでいる。
 瀬戸さんに案内されるまま、私たちはここへやってきた。

「ちょっと待ってくれ……吾輩……気分が悪くなってきた……」

 百恵ちゃんが私の服の裾をつかみ、気分が悪そうに口を押さえている。
 彼女ほどではないが宇恵ちゃんも緊張した面持ちで唇を巻き込んでいた。

「大丈夫ですか百恵様……普段の行いが悪いからそうなるんですよ?」
「お……おヌシこそ真っ青な顔して震えておるではないか?」
「こ、これはちょっと底冷えしているだけです……決してこの場所が怖くて怯えているわけではありません!!」
「どうだか。おヌシ、ついこの間もここで女将にこってりと絞られたと聞いたぞ?」
「そ、それを言うなら百恵様だって」

 青ざめながらも、もみ合う二人に、

「二人とも外で話してないで、さっさと中にお入り。……それともまた説教されたいのかい?」

 庵の障子を少し開けて、目だけ覗かせた女将が私たちを睨んできた。

『は、はいっ!!』

 その眼力《おどし》に二人は背をピンと伸ばして返事すると、そそくさとお勝手から中に入って行く。
 ……どうやら二人にとってここはトラウマ級の説教部屋らしい。
 近い将来、私にとってもそうならないことを願って、神妙に手を合わせながら後をついて行った。

 しかし筆頭監視官なんて……名前からするに、すごいお偉いさんなんだろうが、そんな人が一体私たちに何の用だと言うのだろうか?
 聞けばそうとう高い能力を持つだと聞いたが……。
 なんとなくパリッとスーツを着こなした高級官僚のような人《エリート》を想像し、私は期待と緊張と興奮を胸に秘めつつ入り口をくぐる。

 中に入ると中央に箱火鉢が焚いてあり、その上で鉄瓶が湯気をゆらめかしていた。
 五畳と半分くらいしかない広さの部屋には、女将の他、死ぬ子先生、料理長が先に来ていて正座している。

 そしてもう一人、初めて見る男性が落ち着いたようすでお茶を飲んでいた。

 歳は三十代半ばくらいだろうか。長い黒髪を後ろで束ねて分厚い四角メガネをかけ、一応高級そうなスーツ姿なのだが、はち切れそうな肥満体型と雑に伸ばした無精髭。無意味に頭に巻いたバンダナと、ネクタイに薄っすら入れてあるアニメ美少女キャラの刺繍が全てを台無しにしてしまっている。

 ……もしかしてこの濃い人が筆頭監視官とか言うんじゃなかろうな?

 期待と正反対な生物を発見し、とんでもなく嫌な予感と落胆を感じる私。死ぬ子先生に目線を送るが、先生は黙って視線をそらしてきた。

「マジか……」

 思わず口に出し、慌てて手で押さえつつ私は他の三人と並んで畳に正座した。

 狭い部屋にギュウギュウになってしまった私たち。
 並びの不運か、私の隣がその筆頭監視官とやらになってしまう。
 黙って見つめてくるおっさんの視線が近い近い近い近いっ!!

 ちょっと……もう少し広い部屋に移ったほうが……。
 文句を言おうとしたとき、

「あ、あ、あ、あ、ここここんにちは……あ、あ、あ、あ、あ、あ、あああなたが宝塚さんですか? う、う、う、う、うううう噂はきききき聞いておりますうふふふふふふふふふふ……」

 おっさんが冷や汗をだらだら流しながら、ぎこちなく言葉を発してきた。
 うわぁ……濃い濃い濃い濃いっ!!

「は、はい!! そうですけど」

 限界まで斜めになりながら返事を返す私。

「は、はははは初めましてぼ、ぼ、ぼ、僕はJPA筆頭監視官をやらやらやらせてもらっておりますぎっぎぎぎ銀野正文《ぎんのまさふみ》といいいい言います!!」
「は、はい……あのその私はここの訓練生であのその……」
「おおおおおお噂はかねがね!!」
「は、はい!! どうぞよろしくお願いしますです!!」
「ん~~~~ゴッホん!!」

 静かにおし、とばかりに女将が一つ咳払いをする。
 そして私たちを見回し口を開いた。

「あ~~、みんな揃ったね。では早速、紹介させてもらうよ。こちらJPA総本部統合監視課からお越しいらした筆頭監視官――――て、たった今、本人が言ったところだが……まぁその、銀野監視官だ。……筆頭、あらためて挨拶するかい?」

 すると銀野さんとやらは、はっと我に返り、皆を見渡してあらためて深くお辞儀をする。

「ほ、ほほほ本日はお日柄もよく……はっは、は初めましての人と、そそそそうでない人がおりますが、ひとまずまとめてはははは初めまして。ぼぼぼっぼ僕が筆頭監視官のぎぎぎ銀野正文とももも申します。本日はお日柄もよく(2回目)本部からははは覇権……じゃなくぐふふ、は、派遣されてきましたどどどどうかよろしく!!」

 吹き出した汚らしい汗もそのままに、不気味に挨拶するその男を見るみんなの視線が痛々しい。

「ほらお前たち、筆頭監視官様がわざわざ来てくださったんだ、ボケっとしていないできちんと挨拶しな!!」

 女将が扇子でペチンと畳を叩く。

『あ……どうも……』

 瀬戸さん百恵ちゃん宇恵ちゃんの三人は放心しつつ、とりあえず適当に頭を下げる。

「こらお前たち!! もっときちんと――――、」

 女将さんがそんな非礼を叱咤しようとしたが、しかしそれを静かに手で制す、ひっとうかんしかん。

「ああああいやいえ、大丈夫ですよぐふふ、ぼっぼっぼ僕なんて女子に話しかけられるだけで絶頂の極み。あ、あ、あ、ああ挨拶などと分不相応なものはもとより求めておりませぬ……ん~~~~~~~~実に芳しい空気だうふふふふふふ」

 言うと興奮気味に頬を赤らめ、すう~~~~~~っと女だらけの部屋の空気を吸い尽くそうとする生き物。
 
 ぞぞぞぞぞわ、と、私たち全員の背筋に耐え難い生理的悪寒が走る。

 ――――バチイッ!!!!

 一番強い拒絶反応を示した百恵ちゃんから、結界の火花が飛び散り、背中からガルーダがその顔を覗かせた。
 瀬戸さんと宇恵ちゃんは慌ててそれを押さえつけ、なだめに入る。

 私はある意味、最強の敵の出現に、強い戦慄を覚えていた。
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