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第185話 一人戦う④
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所長から目をそらして私はうつむいた。
溢れ出た怒りは、それを生み出した世間に返さなけれだならない。
その理屈に道理が通ってしまっているから反論が出来ないでいたからだ。
「僕はねぇ、救いたいだけなんだよ?」
隠しきれない狂気を滲ませ、それでも所長は静かにお酒を傾ける。
「受けてしまった傷はもう癒やされることは無いけれども、元凶たる世の中を叩くことでその痛みが少しでも楽になるのなら、僕は彼らに殴らせ続けるよ? だってそれが被害者の本当の権利じゃないのかい?」
「……それが、所長が異端者になった理由ですか?」
「半分は、ね」
そう答えると所長は一転、ものすごく無邪気な笑顔になって言葉を続ける。
「もう半分は本当に純粋なお遊びさ。くだらない連中を葬るのに真剣になるなんて馬鹿馬鹿しいし、お遊び半分で殺してやるのがクソ一般人どもの相応の価値だろう? 彼らだってお遊びで差別を楽しんでいるんだから」
やられたら同じようにやり返す。
まるで子供の喧嘩。
いや、実際この人は子供なのかも知れない。そんな笑顔で笑っていた。
七瀬たちの死体を乗せたワゴンはすでに琵琶湖のほとりを走っていた。
もうしばらく走ると奥琵琶湖と呼ばれる山と繋がった地域に差し掛かる。
二人の遺体はその山間の人気の無いところで水没させるつもりだった。
トンネルを抜け、山間部に入る。
そこにある小さな集落に仲間がボートを用意してあるはずだ。
ちょうど日も沈みかけている。
あとはそのボートに二人を移し、沖まで出て重しを付けて沈めれば、とりあえず任務は終了である。
「……ん? なんだあれは?」
運転手の男が前方の道路上にいる人影を見て眉をひそめた。
その人影は車線の真ん中に仁王立ちになっていて、完全にこちらの進路を妨害する意志が見て取れた。
その人物の目の前まで迫ってワゴン車は止まる。
――――キィ。
「おい、お前何してる? じゃまだどけっ!!」
助手席の男が、その人物をどかそうと怒鳴ってみるが、その影はまるで動じずに立ったままだった。
「――――ま、そういうことでね。僕は仲間のみんなの心のケアと自分の趣味のために組織には内緒でみんなと人殺しを楽しんでいたのさ。いま僕に着いてきてくれている者たちはみんなその頃からの付き合いってわけだよ」
所長の言い分はわかった。
ふざけてはいるが、半分は仲間の為にやっていることだとも。
それについては私はもう所長を非難する気は無くなった。
差別や虐待を受けた者たちの気持ちを考えると、それはやって仕方がない行為だとも思った。
なぜなら……もし自分も、正也さんや渦女のような事情を抱えていたら所長について行っただろう。そして恨みを晴らし続けていただろう。
でも――――私の恨みは所長や他のみんなとは別のところにあった。
「で、どうだろう宝塚くん? キミも僕たちと一緒に新たな組織を作っていかないかい? JPAなんて生ぬるい集まりじゃなくって、僕たち超能力者が本当の意味で救われる正しい組織をさ」
「私は――――、」
「――――失礼します」
返事をする前に、いきなり背後から声がかかった。
振り向くと、開けられた障子の向こうに正座をして座る一人の美少女。
そのセーラー服姿の少女は……菜々ちんだった。
「え……なんで……?」
私の目が大きく開かれる。
菜々ちんは先生たちと一緒に捕らえられたはず。
それがなぜ……ここにいるんだ?
「おかえり菜々。ご苦労だったわね」
片桐さんが菜々ちんに労いの声をかける。
その一言で私は全て理解した。
考えれば分かること。でも考えてこなかった現実が無情に突きつけられる。
「菜々ちん……あなたもこっち側だったの……?」
血の気が引いた顔で私が聞くと、
「ええ。ごめんなさい」
と、彼女は短くそう答えた。
心なしか辛そうに。
所長の笑い声が響いた。
「はっはっはっは。何をそんなに驚いているんだい宝塚くん? 僕たち三人が仲良しだってことは最初に会った時から知っているだろう?」
そうだ。
私が初めて超能力という存在を知らされたとき、JPAのことを説明されたとき。
あの説明会の部屋にいたのは正にこの四人だった。
「……もしかして最初っから私を引っ張り込むつもりだったんですか?」
「うん、その通りだよ。だってさ、あの裏通りでキミが見せてくれた回復能力……あれを見た瞬間、僕はしびれちゃったんだよ~~。ああ……この能力があればJPAに対抗出来る新たな組織を作るのも夢じゃないってね。……最初は組織に疑われないよう訓練生として入ってもらったが、そのうちじっくりと洗脳して僕の配下になってもらうつもりだったんだよ」
洗脳という言葉を聞いて、私は菜々ちんの顔を見る。
すると彼女は私から目をそらし、返事をしてくれない。
つまり彼女もその計画を知っていたということだ。
「死ぬ子先生と百恵ちゃんはどうしたの?」
彼女に聞いた。
でも、視線を逸したまま何も答えなかった。
代わりに片桐さんが答えてきた。
「七瀬先生と百恵には死んでもらったわ。私がそうするよう菜々に命令したのよ」
溢れ出た怒りは、それを生み出した世間に返さなけれだならない。
その理屈に道理が通ってしまっているから反論が出来ないでいたからだ。
「僕はねぇ、救いたいだけなんだよ?」
隠しきれない狂気を滲ませ、それでも所長は静かにお酒を傾ける。
「受けてしまった傷はもう癒やされることは無いけれども、元凶たる世の中を叩くことでその痛みが少しでも楽になるのなら、僕は彼らに殴らせ続けるよ? だってそれが被害者の本当の権利じゃないのかい?」
「……それが、所長が異端者になった理由ですか?」
「半分は、ね」
そう答えると所長は一転、ものすごく無邪気な笑顔になって言葉を続ける。
「もう半分は本当に純粋なお遊びさ。くだらない連中を葬るのに真剣になるなんて馬鹿馬鹿しいし、お遊び半分で殺してやるのがクソ一般人どもの相応の価値だろう? 彼らだってお遊びで差別を楽しんでいるんだから」
やられたら同じようにやり返す。
まるで子供の喧嘩。
いや、実際この人は子供なのかも知れない。そんな笑顔で笑っていた。
七瀬たちの死体を乗せたワゴンはすでに琵琶湖のほとりを走っていた。
もうしばらく走ると奥琵琶湖と呼ばれる山と繋がった地域に差し掛かる。
二人の遺体はその山間の人気の無いところで水没させるつもりだった。
トンネルを抜け、山間部に入る。
そこにある小さな集落に仲間がボートを用意してあるはずだ。
ちょうど日も沈みかけている。
あとはそのボートに二人を移し、沖まで出て重しを付けて沈めれば、とりあえず任務は終了である。
「……ん? なんだあれは?」
運転手の男が前方の道路上にいる人影を見て眉をひそめた。
その人影は車線の真ん中に仁王立ちになっていて、完全にこちらの進路を妨害する意志が見て取れた。
その人物の目の前まで迫ってワゴン車は止まる。
――――キィ。
「おい、お前何してる? じゃまだどけっ!!」
助手席の男が、その人物をどかそうと怒鳴ってみるが、その影はまるで動じずに立ったままだった。
「――――ま、そういうことでね。僕は仲間のみんなの心のケアと自分の趣味のために組織には内緒でみんなと人殺しを楽しんでいたのさ。いま僕に着いてきてくれている者たちはみんなその頃からの付き合いってわけだよ」
所長の言い分はわかった。
ふざけてはいるが、半分は仲間の為にやっていることだとも。
それについては私はもう所長を非難する気は無くなった。
差別や虐待を受けた者たちの気持ちを考えると、それはやって仕方がない行為だとも思った。
なぜなら……もし自分も、正也さんや渦女のような事情を抱えていたら所長について行っただろう。そして恨みを晴らし続けていただろう。
でも――――私の恨みは所長や他のみんなとは別のところにあった。
「で、どうだろう宝塚くん? キミも僕たちと一緒に新たな組織を作っていかないかい? JPAなんて生ぬるい集まりじゃなくって、僕たち超能力者が本当の意味で救われる正しい組織をさ」
「私は――――、」
「――――失礼します」
返事をする前に、いきなり背後から声がかかった。
振り向くと、開けられた障子の向こうに正座をして座る一人の美少女。
そのセーラー服姿の少女は……菜々ちんだった。
「え……なんで……?」
私の目が大きく開かれる。
菜々ちんは先生たちと一緒に捕らえられたはず。
それがなぜ……ここにいるんだ?
「おかえり菜々。ご苦労だったわね」
片桐さんが菜々ちんに労いの声をかける。
その一言で私は全て理解した。
考えれば分かること。でも考えてこなかった現実が無情に突きつけられる。
「菜々ちん……あなたもこっち側だったの……?」
血の気が引いた顔で私が聞くと、
「ええ。ごめんなさい」
と、彼女は短くそう答えた。
心なしか辛そうに。
所長の笑い声が響いた。
「はっはっはっは。何をそんなに驚いているんだい宝塚くん? 僕たち三人が仲良しだってことは最初に会った時から知っているだろう?」
そうだ。
私が初めて超能力という存在を知らされたとき、JPAのことを説明されたとき。
あの説明会の部屋にいたのは正にこの四人だった。
「……もしかして最初っから私を引っ張り込むつもりだったんですか?」
「うん、その通りだよ。だってさ、あの裏通りでキミが見せてくれた回復能力……あれを見た瞬間、僕はしびれちゃったんだよ~~。ああ……この能力があればJPAに対抗出来る新たな組織を作るのも夢じゃないってね。……最初は組織に疑われないよう訓練生として入ってもらったが、そのうちじっくりと洗脳して僕の配下になってもらうつもりだったんだよ」
洗脳という言葉を聞いて、私は菜々ちんの顔を見る。
すると彼女は私から目をそらし、返事をしてくれない。
つまり彼女もその計画を知っていたということだ。
「死ぬ子先生と百恵ちゃんはどうしたの?」
彼女に聞いた。
でも、視線を逸したまま何も答えなかった。
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