超能力者の私生活

盛り塩

文字の大きさ
上 下
137 / 241

第137話 森田真唯⑤

しおりを挟む
 ぽたり、ぽたりと真唯さんの汗が絨毯に染みる。
 彼女の汗は止まる気配はなく、目は血走り、身体は小刻みに震えている。

「だ、大丈夫なんですか、真唯さん……ずいぶん苦しそうなんですけど」
 心配して私が言うと、

「真唯の能力はね、強力だけれどもその反面、身体への負担も大きいのよ」
 と、先生が慣れた雰囲気で答えた。

「能力の力加減にもよるけども、全力で使ったら一回で二、三日は寝込んじゃうわね」
「そんなにですか??」
「なに言ってんの、あなたも同じようなもんでしょ? もっともあなたの場合は寝込む代わりに脂肪を消費しているけどもね」

 そう言って私の腹をポンポン叩く死ぬ子先生。
 失礼な、今の私は腹なんぞ出とりゃせんぞ?

「でも、治療法を発見してしまえば、それで世界中の人を救うことが出来ますよね? その代償が二、三日寝込む程度なら充分凄い脳力ですよ」
「ところがどっこい、そうは簡単にいかないのよ?」

「?」

「治療法を見通すって言ってもね、それは理屈で示されるんじゃなくて、なんというか……神託や天啓みたいな形で記されるのよ」
「……お告げ? みたいな?」
「そう、そんな感じね。例えばあなたが風邪を引いたとするじゃない? すると彼女はこう言うの『リンゴを食べて暖かくして寝ていなさい』って」
「なんじゃそりゃ??」

 ガクッとずり落ちる私。

「でも、その通りにすればきっとあなたの風邪は治るわよ?」

 そりゃまあ風邪程度なら大抵それで治るでしょうよ。

「でも、あなたには『リンゴ』って言ったけども別の人には「イチゴ」って答えたりするのよ」
「まあ、イチゴもビタミンCが多いですからね」
「また別の人には茹で上がるほどに暑いお風呂に入れと言う」
「……無理やり汗を流せば治ることもあるでしょう」
「さらに別の人にはパソコンでHな画像を見なさいと……」
「ちょっとまて、それは関係ないと思う」

 条件反射でそうツッコむ私だが、しかし先生はニヤリと笑い、

「それが真唯が言うと、それでなぜか治っちゃうのよね」
 と肩を竦める。

「どういう事ですか?」
 呆れて問う私。でも先生は首を横に振る。

「それは分からないわね。でも、とにかく真唯の天眼通が見通した通りの事をすると望んだ通りの結果が出るのよ。不思議だけどもね、運命や因果でも見通しているのかしらね?」
「じ、じゃあ治療法って言うのは……」
「そう、あくまでその患者個人にしか通用しない風水的なものがほとんどで、とても学会なんかで発表できる根本的な解決法とは無縁なシロモノね」
「なあんだ、そうなんですか……まぁでも凄いですよ。それでも真唯さんの言う通りにすればどんな病気も治っちゃうんですから」


 またまた思わせぶりに先生は私を見た。

「ある時、末期がんの患者さんが彼女を尋ねてきたわ、その人はもう全身にがん細胞が転移していて、とても助かる状態じゃ無かった。そんなその人に彼女は治療法を教えてあげたわ。……なんて言ったと思う?」

 ええ? 末期がんの治療法だって……??
 抗がん剤治療とか、放射線とか……いや、もっときっと非科学的なものだろう。

 神託やお告げ的なもので言うと……。

「お、お遍路巡りとか……?」
「人を十万人殺しなさい、ですって」
「ウンガッ――――ゲフゲフッ!!!!」

 間髪入れず言われたその答えに、思わず私はコーヒーを喉に詰まらせた。

「じゅ……十万人…………殺すって????」

「意味はわからないわ。でも天眼通でそう見えたのだからしょうがないわよね」
「……そ、それでその人はどうしたんですか?」

「馬鹿にするなと怒って、その後すぐ死んだわ」

「も……もし、その人がホントに十万人殺していたら……?」
「多分、回復してたでしょうね。真唯の能力でそう見えたのだからその結果は絶対よ、意味はさっぱりわからないけどね」

「で、でも……ただの人間に十万人を殺すなんてこと……」
「出来ないわね。……だからその人はどのみち助からないって事だったのよ。それでも助かりたかったらその不可能をやってのけなさいってことね。誰が言ってるんだか知らないけれども」

「つまり……方法は解るけども、それをやってのけれるかどうかは別問題だと……」

「その通りよ。彼女の能力は万能だけれども、残酷でもあるのよ。それで随分と歯がゆい思いをしてね、そんなどうにもならない試練を背負った患者さんを見ているのが辛くて真唯は大きな病院から去ったのよ」
「余計な事まで言わないでくれる? 集中が乱れるわ」

 そこまで黙って画像に集中していた真唯さんが口の軽い先生に文句を言ってくる。

「あら、おほほ……♪ こっちの事は気にしなさんな、ほらほらちゃんと集中して」

 先生の言葉に無言で汗を流す真唯さん。

「はぁ……そんな凄い能力ならこの写真の男の正体を探ることなんて朝飯前ってことですか」
「そういう事よ。このレベルの仕事ならただの透視……とはちょっと違うけども、真唯なら大して難しい話じゃないはずよ?」

 友の優秀さを誇るように先生は胸をそらした。
 透視能力……正直、私はただ物を透かして見るだけのものだとあなどっていたが実はとんでもない能力《ちから》だった。
 それを極めた彼女の目はまさに神から授かりし神具にも匹敵すると言っても言い過ぎではないのかも知れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の人は別の女性を愛しています

杉本凪咲
恋愛
王子の正妃に選ばれた私。 しかし王子は別の女性に惚れたようで……

心を求めて

hakurei
青春
これはとある少年の身に起こった過去の物語。 そして今、ぽっかりと空いた穴を埋められない少年の物語。 その穴を埋める為に奮闘する『誰か』の話です。

第二王女は死に戻る

さくたろう
恋愛
死を繰り返す死に戻り王女はループの中で謎を解く! 「ヴィクトリカ、お前とヒースの婚約は解消された。今日の花婿は、このレイブンだ」  王女ヴィクトリカは、結婚式の当日、冷酷な兄からそう告げられる。  元の婚約者は妹と結婚し、同時に国で一番評判の悪い魔法使いレイズナー・レイブンとの結婚を命じらてしまった。だがヴィクトリカに驚きはなかった。なぜなら告げられるのは二回目だったからだ。  初めて告げられた時、逃げ出したヴィクトリカは広場で謎の爆発に巻き込まれ、そのまま死んでしまったのだ。目覚めると、再び結婚を命じられる場面に戻っていた。何度も逃げ、何度も死に、何度も戻る。  死のループに嫌気が差したヴィクトリカだが、一つだけ試していないこと、レイズナーとの結婚をすると死なずに生き残った。  かくして否応なく結婚生活が始まったのだが――。  初めは警戒心を抱くが、ヴィクトリカも彼の不器用な愛を受け入れ始め、共に何度も巻き戻る時の謎を解くことにした。時を繰り返しながら、徐々に真相が明らかになっていく!  突然の結婚を、本物の結婚にする物語。 ※約10万字のお話です ※話数はヴィクトリカが時を戻る度にリセットされます。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った

mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。 学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい? 良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。 9話で完結

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

お前の存在が鬱陶しいと婚約破棄を告げられましたが…だったら、あなたは罰を受けますよ?

coco
恋愛
浮気を咎めた私を鬱陶しいと罵る婚約者。 そして彼は、私に婚約破棄を告げて来て…?

観月異能奇譚

千歳叶
キャラ文芸
「君に頼みたいことがある」 突然記憶を失った「わたし」は救護者の兄妹に協力を要請される。その内容とは――彼らの目となり耳となって様々な情報を得ること。 「協力してくれるなら身の安全を確保しよう。さぁ、君はどうしたい?」 他に拠り所のない「わたし」は「音島律月」として〈九十九月〉に所属することを決意する。 「ようこそ〈九十九月〉へ、音島律月さん。ここはこの国における異能者の最終防衛線だ」 内部政治、異能排斥論、武装組織からの宣戦布告。内外に無数の爆弾を抱えた〈異能者の最終防衛線〉にて、律月は多くの人々と出会い、交流を深めていく。 奇譚の果てに、律月は何を失い何を得るのか。 ―――――――― 毎週月曜日更新。 ※レイティングを設定する(R15相当)ほどではありませんが、人によっては残酷と感じられるシーン・戦闘シーンがあります。ご了承ください。 ※カクヨムにも同じ内容を投稿しています。

処理中です...