超能力者の私生活

盛り塩

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第89話 ラミア⑨

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 ズ……ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴンッ!!!!

 菜々の背後で爆発音が鳴る。
 音は穴の下から聞こえて来た。

「百恵さんっ!!」

 穴を覗き込む菜々だが、五回層も下の所長室には土煙が舞っていて中の様子を確認することが出来ない。

「全く……小娘どもが、私の旅館で好き放題暴れおって……。
 これじゃあ下の様子が見えないよ……菜々よ、状況を確認せよ」

 不機嫌全開で下を見下ろす女将。
 その凄みのある眼力に菜々は背筋がゾッとする。

「は、はい!! サイコメトリーっ!!」

 慌てて菜々は能力を発動する。

 植物の記憶を読み取るその能力は、草木のある所でなければ役に立たない。
 所長室に使えそうな植物は無かったはずだと瀬戸は思った。
 しかし、最恩菜々が操る能力の汎用性は瀬戸の理解を遥かに超えていた。

 菜々は神経を集中させる。
 所長室のどこにも使えそうな植物は存在していない。
 だがそれは『生きている植物』と言う意味である。
 彼女の能力は出力を上げていけば、たとえ生命を持たない植物であってもその残存思念を抽出することは可能なのである。

「ん……――――」

 ピンッと空気が張り詰める。
 菜々の背中から一人の小さなオカッパ頭の小人が姿を現す。
 まるでイソップ童話から飛び出して来たみたいに可愛らしいそれは、菜々のファントムである『ブラウニー』だった。
 ファントムがその姿をはっきりと見せれば見せるほど、術者は本気で力を使っているという証。

「媒体を捉えました。情報を読み取ります」
「媒体……植物なんて地下には無かったはず……? 一体どうやって??」

 瀬戸は目を丸くする。

「……畳、木のテーブル、ふすま、衣服……探せば植物なんてどこにでもあります」

 菜々は汗を拭って答えた。

「とりあえず今は天井の木材から情報を頂くとしましょう」




 ドンッ!! ドドドドドドドドドドッ!!!!!

 体が激しく揺れていた。
 目に映るのは宙に浮く真っ赤な液体。
 それが自分の血液だと気が付くのに私はしばらくの時間を使った。

 ――――あ……れ?

 足の平と手の平が折り重なって畳の上に転がっている。
 近くには臓物らしき物も散乱していて、それらが全て自分のものだったと気付くと同時に、ぐぐぐぐぐぐっと何かの力が働き、それぞれのパーツが中心である私に集まってくる。

 血も全て吸収した私は、

『ぎゅきゅきゅーーーーっ!!!!』

 と、
 怒りの咆哮を上げて目の前の人物を威嚇する。

 眼前に対峙するのは――――百恵ちゃん。

 精気を吸い取られ、疲れ切った目を私に向けている。
 やせ細った体からは玉のような汗が流れ、立っているのも精一杯と言ったようす。
 私は全てを思い出した。

 ――――そうだ、百恵ちゃんは所長と菜々ちんを守ろうと私に攻撃を加えたんだ。
 そのショックで私は一時的に気を失っていたみたいだが、そのあいだもラミアは活動していて、彼女と交戦していたようだ。

 右腕が勝手に動き、百恵ちゃんに向けて手を開ける。
 するとその先から黄金の光が放たれ彼女を照らす。
 私は体内に精気が充填されていくのを感じた。
 それは紛れもない、百恵ちゃんの精気。

 ――――だめっ!! やめてラミアっ!! 彼女を攻撃しないでっ!! あの子は敵じゃないのっ!! 
 必死に訴えるがラミアは答えない。
 ただ、百恵ちゃんに対する警戒心だけが伝わってくる。

「……まだ、やるかぁ!! ガルーダァァァァッ!!!!」

 百恵ちゃんが叫び、空気の円が周囲に出現し、

 ド、ドドドドドドドドドドドドッ!!!!

 爆発し、私の体を引きちぎる。

『ぎゅきゅぎゅぎゅぎゅーーーーーーっ!!!!』

 右腕が吹き飛び、左足の付け根が半分ほど裂ける。

「……くっ!! ……吾輩の……威力も、落ちてきたな……」

 膝をついて、ゼイゼイと肩で息をする百恵ちゃん。

「だが……おヌシの回復力も…落ちてきているようじゃからの……いい勝負ってところじゃろう?」

『ぎゅきゅぅぅぅぅ……』

 ラミアが呻き、光を収める。
 代わって体が回復していくのを感じる。
 傷がみるみる治っていき、代わりに精気を消耗する。
 先程より少し時間を掛けて回復したラミアは再び、手を百恵ちゃんに向けるが、

「――――ガルーダっ!!!!」

 ドドンッ!!!!

 それよりも早く爆弾が炸裂し、私の腕を吹き飛ばす。

 それで私は彼女がやろうとしていることに気が付いた。
 ラミアが回復を始める。
 百恵ちゃんが攻撃する。
 もう何回それを繰り返しただろう。

 やがて体力、精神力ともに尽きた百恵ちゃんは畳に崩れ落ちる。
 しかし止むことのない彼女の攻撃によって、吸収する暇を与えられなかったラミアも繰り返す回復に精神力が尽き、とうとう膝を折った。

『ぎゅぅ~~~~~~……』

 倒れ伏す私の体は両腕がもげ、腹部からは内臓が飛び出している。

「……く、すまんのヒロインよ……少し……やりすぎてしまったかも知れん……だが、こうする以外に…被害を抑える方法が無かったんじゃ……許せ……よ」

『きゅきゅぅぅぅぅ……』

 ラミアの鳴き声も次第に小さくなり、やがて消えていく。
 私の体はまるで干からびたミイラのように枯れ果て、再び回復する力なんて残ってはいなかった。
 ……この怪我では、おそらくもう私は助からない。
 百恵ちゃんが謝ったのは彼女もそれを思ったからに違いなかった。

 もちろん私が彼女を責めることは無い。

 あのままでは、ラミアは――――私は、所長や菜々ちんの精力を吸いきり、旅館のみなさん、街の一般人にまでも襲いかかっていたかもしれない。
 むしろよく止めてくれたとお礼を言いたいくらいだ。
 突然の死を迎えることとなったけれども、思い残すことも……一杯あるけれども、みんなを傷つけるくらいならこの結末で文句はない。

 私は意識だけの瞼を閉じ、運命を受け入れた。
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