超能力者の私生活

盛り塩

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第61話 死ぬ子先生④

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「で、私は一体、これから何をやらされるのでしょう?」

 監視官見習いといっても具体的に何をどう監視するのか素人の私にはまったくわからない。

「とりあえずは私の仕事を手伝ってくれればいいわ」
「先生の仕事?」
「ええ、私、監視官だから」

 あっけらかんと答える死ぬ子先生。

「は? 教官じゃないの? てか看護師もやってたよね??」
「全部私の仕事よ。まぁ本職は別にあるけどね」

 おい、一体いくつの顔をもっているんだこの先生は!???

「ちなみに片桐も監視官。菜々はその補佐。百恵は機動部隊の部隊長をしているわ」

 後から聞いた話だと、機動部隊とはJPAS隊員で構成される対異端者、対ベヒモスに訓練された戦闘部隊らしい。攻撃に特化した百恵ちゃんの能力にふさわしい役職だが、彼女みたいな幼い少女に隊長職とは……あいかわらずこの組織の常識はわからない。

「じ、じゃあその手伝いとは何を?」

 問う私に、先生はニヤリと笑って鞄からコンパクトを取り出す。
 それを開いて私に手渡すと、

「そのまま、鏡で後ろの席を見てご覧なさい」

 言われた通りやってみると、三組のカップルが鏡の中に映る。

「この中に一人、ファントムを滲ませてる男がいるでしょう」
「ファントム??」

 よく目を凝らして見てみる。
 すると二つ奥に座る高校生らしきカップルの男の方からぼんやりと青白い光がうねって見えた。

「あ、見えた……え? あの人って能力者なんですか?」
「いえ、一般人よ。一応ね」
「じゃあどうして……?」
「ベヒモス化してるのよ」
「はぁ!??」

 私は思わず大きな声を出して立ち上がってしまう。
 ――――ゴスッ!!!!

「おっほうっ!???」
 机の下から弁慶の泣き所へトゥーキックを決められ即座に着席する。

「静かにしなさい、人に聞かれるでしょ?」
 いや、うるさくさせてるのはアンタだってっ!!

「で、でも……ベヒモスって、それヤバいんじゃ……?」
 身を乗り出してヒソヒソと尋ねる。

「いえ、彼の場合はかなり弱いベヒモスだからね、この間の奴らみたいに暴れたりはしないでしょう。ベヒモスの強さや狂い具合は元の能力の強さに比例するって誰かから教わってない?」
「……えっと、うん……聞いた気がする」

 たしか料理長から、もともと能力の低い者がベヒモス化しても、ただの狂った人間と区別が付けにくいだったっけか? なんかそんな話をしていた。

「あいつがその、ほぼ無能力者がベヒモス化した化け物よ」
「そ……そうなの!?? うぅ、見た目はほとんどわからん。……でも言われてみるとなんとなく狂気を感じる目をしているような気がする」

 こうして鏡越しに覗いてみると、一見すれば彼女の前で楽しげに談笑する、いけ好かないイケメンだが……しかし、確かにファントムが滲み出ているし、肌に刺さるようなピリピリした嫌な感覚は伝わってくる。

「あなたの課題は、私と一緒にアイツのベヒモス化を解除することよ」
「はぁ!??」

 ゴスッ!!!!
「おっほうっ!???」

「まずは、この前のベヒモス戦での戦闘データーから、あなたの能力の分析を更に試みたんだけれど……」

 ――――こ、このババアっ!!
 スネをすりすり耐え忍ぶ。

「あなたの回復能力には肉体だけじゃなく精神にまでその作用が及んでいることが推測されたわ。これは実際にあなたに回復された菜々と、特にマンション事件の際に救出した金田亜希の回復状況によって判断されたことよ」
「亜希さんは元気なんですか?」
「驚くほどにね。普通、あれだけの虐待を受けたら人は多少なりとも精神に異常をきたすものなの、しかし回復した彼女は肉体だけじゃなく精神まで健康体で、どんな検査をしても異常は出なかったらしいわ。
 一応、私が撮った彼女の過去の記憶写真を医師にみせたけど、これほどの事をされて狂わない人間は存在しないそうなの」

 ど……どんな記憶が映っていたのか気になるが、それよりも怖さのほうが先に立つ。
 私は生唾を飲み込んで沈黙を保った。

「にも関わらず金田亜希の精神は健康体……。もちろん記憶は残っているから苦しみはゼロじゃないわ。トラウマもあるでしょう。でもその程度で収まっているのは奇跡なのよ? これはもうあなたの能力が作用したと考えるのが妥当だわ」

 う~~んまぁ、そう言われれば……私も親を亡くしたり、イジメられたり……これまで結構な苦難があった。でもそのわりに、自分で言うのはなんだが、あまりやさぐれず明るくやってこれた気がする……。
 死ぬ子先生の言うことが本当ならば、私は無意識に心の怪我も能力で治していたということだろうか?

「心当たりがあるようね」
 推察の裏付けを得たとばかりに目を細める死ぬ子先生。

「その事から、さらに推察……というかもう想像なんだけどもね?
 楠彩花は、なにもあそこまで傷めずとも良かったんじゃないかと思って」
「……う」

 その先の言葉は私も理解出来た。

「もし、あなたの能力が精神の回復にまで作用するなら、きっとそれでベヒモス化も解除出来るはず。 わざわざ戦わなくてもあなたが彼女に触れて能力を行使すれさえすればそれで終わりだったんじゃないかしら?」
「う……でも、だってそれは」

 言い訳いようとする私を手で制する死ぬ子先生。

「わかってるわ。あの時点でそんなこと誰も想像すらしなかったものね。それを知らずに立ち向かって行ったあなたの勇気は称賛ものだし、作戦も悪くはなかったわ。
 でもこの先、おそらく同じような事件がいくつもあなたの身に降り掛かってくるでしょう。その度にあんな自己犠牲的なやりかたで解決に挑んでいては、いくらあなただって身が持たないでしょう?」

 うん。まぁ、それはそうだ。てか、もう二度とあんな肉を裂かれる痛みとか体験したくない。

「だから、もっと簡単で効率的なやり方を検証するのよ。アイツで」

 そう言って死ぬ子先生は、あのイケメン男子を隠れて指差した。

「第して『簡単にベヒモス解除出来るかな? ドキドキ大作戦♡』!!」

 ダメだ。やっぱこの人フザケてる(怒)
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