超能力者の私生活

盛り塩

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第49話 ベヒモス⑤

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「JPAS隊員の個体??」
 意味がわからず聞き返す私。

「なんじゃと!? ……やばいな、詳細は?」

 百恵ちゃんは表情を引き締め、身構える。
 菜々ちんはスマホに表示されているデータを読み上げた。

「名前は……楠……彩花(くすのき あやか)……し、所属は……」
 しかしその声は震え、目からは涙が溢れてきている。

「どうした!! 動揺するなっ!! 能力だけでいい、先に言えっ!!」

 ずっと年下のはずの百恵ちゃんに怒鳴りつけられ、菜々ちんは唇を噛み締め、心の震えを押さえつけながら言葉を続けた。

「…………能力は部分的瞬間移動。体の一部分をテレポートさせる能力ですっ!!」
「上等~~っ!! それだけわかれば対処出来るぞっ!!」

 ポキポキと指を鳴らして再び臨戦態勢に入る百恵ちゃん。
 すると道路の奥から、脇道から、ビルの間から、わらわらと現れる正気を失った人達。みなベヒモス化した一般人だった。

 その中の一人、正面の奥からゆらりと歩いてくる一体の個体。

 それは灰色の迷彩服を着込み、頭には目を覆う形のヘルメットを被っている。そこからはみ出した金色の長髪は女性を連想させるものだった。
 それを肉眼で確認した途端、菜々ちんは泣き崩れて地に伏してしまう。

「な、なに? どうしたの、大丈夫、菜々ちん!?」
「……せ、先輩……う、ううっぅ……どうして……」

 ボタボタとあふれる涙をアスファルトに染み込ませ、背中を震わせている。
 いったい何があったというのか??

「……楠彩花は菜々のJPAS時代の先輩だ。半年前まではコンビを組んで仕事をしていたはずだ」

 百恵ちゃんが代わって説明してくれる。

「先輩? あの人が菜々ちんの先輩なの!?」
「もう『人』ではない『ベヒモス』だ認識を変えろ」
「い、いや……でも」
「一度ベヒモス化した者はもう、元には戻らん!!
 そのくらいド素人の貴様でも教わっただろう? アレはもう人でもなければ組織の一員でも無くなった!! ただの暴走した化け物だ、菜々も諦めよっ!!」

 菜々ちんが泣きむせんでいた理由がわかった。
 ベヒモス化はつまり、死を意味する。
 彼女はたった今、世話になった先輩を失ったのだ。

「じゃ、じゃあ、これから私たちは菜々ちんの先輩を……そ、その、殺さなきゃいけないの!?」

 私は直接面識は無いが、しかし菜々ちんの胸の内は想像できる。
 やりきれないなんて言葉では収まらないだろう。

「……やっかいなのはそれだけじゃないぞ?」
 百恵ちゃんが呟く。その頬には汗が伝っていた。

『うるぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』

 ベヒモスたちが咆哮を上げる。
 その視線は――――げっ、全員私を見ている!??

「ちっ!!」

 百恵ちゃんの舌打ちが聞こえた。
 そしてベヒモスたちは一斉に走り向かってきたっ!!
 まわりにいた野次馬たちはみな散り散りに逃げ、通りに残されたのは私たちだけ。
 一般人には目もくれず襲いかかってくるベヒモス。
 さすがに10体をまとめて相手するのは百恵ちゃん一人では厳しいんじゃ!?

 そう思ったとき――――、

 ダララララララララララララララララララララララララララララララララッ!!

 突然、四方八方からマシンガンの一斉掃射が浴びせられた。

「――――!?」

 何事かと見回すと、周辺の建物の窓、隙間、屋上、いたる所から迷彩服とヘルメットの人達が現れた。
 掃射されたベヒモスの群れはそれぞれに怯み、足並みが乱れる。

「はっはっはーーっ!! 援護ご苦労であったJPASの戦闘員たち、褒めて使わすぞっ!! はっはっはーーーーっ!!」

 新たに現れた勢力に百恵ちゃんは上機嫌に笑い、体勢を低くする。
 JPASの戦闘員!?
 そうか、要請を受けて百恵ちゃんとは別に駆けつけてきてくれていたのか。
 そして彼女は、前に飛び出た数体のベヒモス相手に能力を発動させる。

「ハッ!!」
 気合を込め、拳を突き出す。

 ドン、ドン、ドンッ!!!!

 その拍子に合わせて三体のベヒモスが内側から破裂し砕け散る。

 ダララララララララララララララララララララララララララララララララッ!!

「はっはっはーーーーーーっ!!!!」
 
 ドン、ドン、ドンッ!! ドン、ドン、ドンッ!!!!
 戦闘員たちと、百恵ちゃんのコンビネーションは繰り返され、隊列を乱されたベヒモスたちは次々と各個撃破されていく。

「……す、すごい」

 私は百恵ちゃんの圧倒的な戦闘力に見とれていた。
 彼女の放つ能力一発一発がまるでバズーカ砲のようにベヒモスたちの体を弾け飛ばしている。
 超能力の源であるファントムによって動かされているベヒモスの体は、心臓や頭を撃ち抜いたところで倒れはしない。しかし粉々に爆散されてしまったらどうしようもない。
 彼女は自分をエースだとかエリートだとか言っていたが、なるほど、これは凄い能力だと素直に舌を巻いてしまう。

「も……百恵ちゃんって、もしかして片桐さんレベルに強いんじゃぁ……!?」

 私が呟くと、滲む涙を堪えながら菜々ちんが答えてくれた。

「……才能はおそらく。……でも、彼女はまだ訓練生です。
 片桐さんと比べるのはまだ酷ですし……それに『あの』ベヒモス相手にどこまで戦えるか……」

 そう言って菜々ちんはかつての相棒であり先輩の楠彩花を辛そうに睨みつけた。
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