超能力者の私生活

盛り塩

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第32話 黒菜々ちん。

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「うぉ……え? ど、どうしたの菜々ちん!?」

 普段のイメージとはかけ離れた彼女の迫力にたじろぐ私。

「いえ……ちょっと、見るに堪えない映像が見えたので……予想はしていた事なんですけどね」

 怒りと嫌気が入り交ざった表情で息が荒くなった菜々ちんは、気を落ち着かせる為にコーヒーを一口飲む。

「いったいなにが見えたの?」

 菜々ちんの表情で大体の察しはついたが、その内容はやはり聞くに堪えないものだった。
 情報にあった部屋には連中が今も中にいるそうだ。
 人数は五人。
 全員男で、写真にあった権力者の息子たちも一緒に酒を飲んでいるとのこと。

 矢島 優木 十九歳 大学生 父親が裁判官。
 望月 武  十八歳 大学生 父親が県警本部長。
 八代 昂  二十歳 大学生 母親が県議会議員。

 この三人が主犯格のボンボン。
 あとの二人はその腰巾着らしい。
 そしてそれ以外に女性が一人。

 金田 亜希 十七歳 高校生。

 これが問題の囚われている女子高生だが、その状態が悲惨だという。
 能力で過去の情報をたどれば、監禁されて大体一週間。

 その間、連中やその知り合いの男たちに陵辱され続け、その様子を収益目的でネットの裏動画にアップしていて、さらに麻薬も強制的に吸わせているらしく、その薬の効き具合とかを鑑賞して笑いものにしているらしい。
 そして近々、その女の子の携帯から適当に女友達を呼び出し、次の玩具を釣る予定も計画しているとのこと。

「な……んで、そんな……ひどいことを……」
「……暴力も受けてますね、全身がアザだらけで……ん、たぶん骨折も所々しているように見えますね」

 怒りを押さえつつ、能力で見ている景色を伝えてくれる。
 私は言葉を失った。
 ネットなどで昔起こった悲惨な事件簿やらのページは読んだことがあるが、それと同じような事が今まさに目の前の建物で行われているというのだ。

「け……警察を……!!」
「ですから無駄です」
「だったら片桐さんとか、強い能力者に協力を――――」

 そうだ、そんなやつら、片桐さんに頼んでそれこそ一網打尽にしてもらえば!!
 しかし、菜々ちんは難しい顔をして首を横に振った。

「ダメです。こんな些細なことで彼女に助けを求められません」
「些細なこと!??」

 これのいったいどこが些細な事なのか?
 そんな怒りを帯びた目で彼女を睨みつけると、一つため息を吐いて答えてくれる。

「……一般的にはあまり公にされていませんが、この手の権力者がらみの事件はけっこう頻繁に起きているんです。ほとんどが報道規制をされたり迷宮入り事件として実際には捜査されずに処理されていますけど。
 件数にしたら年間で千件は超えるんじゃないでしょうか?
 なので、そんなものにいちいち首を突っ込んでいたらこちらの暇が無くなりますし、そもそもJPAの仕事でも無いですしね。
 私も出来るだけそういう胸糞悪い事件の情報は見ないようにしています。見てしまえば関係無いとはいえ、首を突っ込みたくなりますしね。
 そういう訳なので、片桐さんや所長に協力を依頼しても動いてはくれませんよ」

「でも、だったらどうすれば!??」
「その答えは死ぬ子先生から言われているはずですよ?」
「……う」

『あなたにはぁ~~……これからぁ、人を殺してもらおうかと思って~~……』

 先生の言葉がよみがえる。

「い……いやいや、でも私には無理だって、いくらなんでもっ!!」

 しかしそんな私に菜々ちんが冷ややかな口調で、

「ならば、このまま見捨てて帰りますか?」
「いやぁ……それも正直……無理……。だって、もう知ってしまったから……」

 その言葉に菜々ちんはニッコリ笑う。

「ですよね、私もそうです。
 知ってしまったからにはこのまま帰れませんよね。
 本当はそんな甘いことではダメなんですけれど……でも、私もまだまだ訓練生ですから、一人前の先輩方のように割り切った考え方は出来ないんです」

 いや、私からしたら十分割り切れていると思うが……。
 これまでの所長や片桐さんとのやり取りを思い出してそう思う。
 が、今はとりあえずそれはいい。

「……なので、私もこうなったからには彼女を何とか救出したいと思っています。しかし、所長や他のJPAメンバーに協力は求められません」
「だったらどうするの?」

 私のその問いに、菜々ちんは学生カバンを開けて答える。

「私たち二人で解決するしかないってことです」

 その中には一丁の拳銃と一振りのナイフが入っていた。

「…………!!」

 ゴトゴトンと無造作にテーブルに置かれるそれら。

「申し訳ありませんが、拳銃は私が使わせてもらいます。情報収集力以外は普通の女子高生ですから。不死身の宝塚さんはナイフを装備して前衛をお任せしますね?」

 テキパキと指示を出し、私にナイフを押し付けてくるが、

「ちょちょちょちょ!! ちょっと待ったっ!! 拳銃ってなに!?? そんなもの撃ったら相手死んじゃうよ!??」
「もちろん殺すつもりですけど?」
「いやその……ぅえぇ……? まじ??」

 うろたえる私に、菜々ちんは呆れた顔で聞いてきた。

「逆に聞きますけど、大の男五人を制圧して一人の人間を救出するのがどれほど難しいことかわかっていますか?」
「い……いやその……」

 もちろんわかっていない。
 そりゃそうさ、そんなことした経験がないもの!!

「……少なくとも、訓練した男性が十五名は必要です。
 それを、非戦闘員の女子二人でやろうというのですからまともな方法では無理なのですよ」

 言って拳銃の弾数を確認してマガジンを収めた。

「死ぬ子先生の言う通り、この事件を解決する唯一の方法は、あのクソどもを文字通りぶち殺すしか無いってことです」

 菜々ちんの顔の影が濃くなった。

 怖い怖い怖い怖いっ!!

 しかし、そうか……あの先生、こうなることを最初っから見越してたってわけか。
 腹立つ……思い通りになるのはめっちゃ腹立つが……しかし、それ以外に道がないのも事実……。

「大丈夫ですよ。事件の隠蔽に関してはこちらの方がプロですし、どれだけ殺っても私たちを裁ける組織なんてこの国には存在しません。
 それに相手は生かしておく価値の無い害虫ですから気に病む必要もありません。蚊を潰す程度の認識で行きましょう。それこそ訓練と思えばいいのですよ、先生の言う通りに」

 完全に割り切って目が座ってしまっている菜々ちんを向かいに、私もどのみち戻る選択肢は無いのだと覚悟し、黙ってナイフを手に取った。
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