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043: 玉座の間の《アリス》①
しおりを挟む「ただいま戻りました」
「やっと帰ったか。して?そちらのお嬢さんか」
「はい、ありすです」
少しだけ見えた玉座には黒猫が座っていた。玉座の隣に立っていた銀縁メガネをかけた黒猫はおそらく猫の姿の王太子ルカだ。アリスはリオンの隣で顔を伏せたままこくりと喉を鳴らした。リオンに紹介されてアリスの手に汗が滲む。
この方がりおん君のお父様で猫の王様‥‥
街をたくさん案内してもらい、アリスは最後に猫の国の城に入った。見た目は人族の城と同じ。サイズが少し小さいくらいで立派な建物だ。装飾も美しいが金銀で飾られることはない。猫の国は質実剛健なようだ。
リオンに不要と言われたが、玉座の間に入る前にアリスは個室を借りて着替えをして身だしなみを整えた。何事も第一印象が肝心だと常々父からも言われていた。猫耳しっぽは出しっぱなしだ。そして鏡を覗き込んで気合を入れる。ここからが大勝負だ。
妖精殺し持ちの自分がリオンの婚約者になった。リオンは追放覚悟の様だが自分のせいでそんなことになってほしくない。どうか穏便に話し合ってほしい。緊張で体から震えが起こった。
追放だけは回避したい。でもりおん君とも別れたくない。どうすればいいんだろう‥‥
そうして臨んだ謁見だったのだが。
「ああアリスです。この度はお招きいただき」
「あー、いぃいぃ。人族のような堅苦しいことはなしじゃ、ここではな。どれどれ、顔を見せてくれんかの?」
スカートをつまみ 膝折礼するアリスに猫王は手を振る。二足歩行でぽてぽてと玉座から降りてきた。言葉を話ているが猫の姿で王冠をかぶっている。体の大きさも今まで出会った猫より大きい。顔を上げたアリスは意を決して口を開いた。
「あの‥王様」
「なんじゃ?」
にこにこと微笑む猫王は恐ろしさのかけらもない。優しい笑顔は黒猫リオンにそっくりだ。リオンの父、きっと話せばわかってもらえる。緊張でアリスに震えが走ったがそれでも伝えなければならない。アリスは勇気を振り絞りぐっと頭を下げた。
「こんなことを言うことをお許しください!どうかりおん君を猫の国から追放しないでください!」
「ありす!」
傍のリオンが目を瞠る。言ってしまった。それでもここで止めることはできない。
「りおん君はこの国が大好きです。今日もたくさん素敵な場所に案内してもらいました。猫の皆さんもとても優しくて可愛らしくて。りおん君はみんなのことを大切にしていて、みんなにもこんなに愛されています。王様のこともお兄さんのことも大好きで。自慢の家族だって話してくれました。なのに家族が離れ離れになるなんて悲しすぎます。罰は私がいくらでも受けます。私のせいでりおん君を猫の国から追い出さないでください!」
玉座の間が静まり返る。誰も口を開かない。言い切ったアリスの方が顔を伏せたままいっそガタガタ震え出してしまった。もしかしたら王の逆鱗に触れてしまった?話せばわかってもらえると思っていたが、ひょっとしたら状況をさらに悪化させたかもしれない。
そこでようやく猫王が言葉を発した。
「はて。なんのことじゃ?」
「え?」
聞こえた言葉が信じられず、アリスは思わず顔を上げてしまった。黒い目をクリクリさせてぽえ?と小首を傾げた猫王が何を思ったか鬼神の形相でリオンを睨みつけた。全身の黒い毛が逆立っている。笑顔で愛らしかった顔と雲泥の差だ。
「リオン‥お前何をしでかした?追放されるような悪さをするように育てた覚えはないが一体何をした?!まさかこのお嬢さんに無体を?!」
「何もしてない!悪いことしてない!」
「本当か?!正直に吐かんか!でなければわしのゲンコツを!」
「わぁ止めて!ありすの前でゲンコツは止めて!」
「違います!りおん君はずっと紳士で!何もしてないんです!」
「おや?勘違いか。それは失礼した」
人形リオンに鬼の顔で猫パンチを振り上げていた猫王が打って変わってほくほくと笑顔になった。アリスもひくひくと微笑んだ。この猫王、怒ったらとんでもなく怖そうだ。それはアリスが攫われた時のリオンにも通じていた。
動揺するアリスに猫王は器用に猫顔で笑ってみせた。その笑顔に、目元の笑い皺に誰かの面影が重なりアリスは心中首を傾げる。
りおん君にも似ているけどもっと誰か‥‥
この笑顔は誰だっけ?
その猫王がとんでもないことをアリスに言った。
「よくわからんが、何やら色々と誤解してるようじゃの。こちらの事情を話をせねばならんが、まずは確認じゃ。どれ、わしの頭を撫でてみてくれんかの?」
「はい?」
「遠慮はいらん。ほれほれずいっと」
「えっと‥ですが私は」
「あぁ、知っとるよ。妖精殺しじゃろ?確認のためじゃ」
王冠を外し黒猫は頭を差し出してくる。リオンが目を瞠っていたがアリスに頷いて見せた。アリスはおずおずと震える手で黒猫王の頭を撫でる。猫王は満足げにグルグルと喉を鳴らした。
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