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044:精霊の牢獄①

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 朔弥は自分の寝室で目を覚ました。見慣れた天蓋付きのベッドに天井。ここは精霊界だ。


 ルキナとあの部屋を出た後、大精霊たちに出迎えられるも強烈な眠気に襲われ朔弥はそのまま寝室に入った。寝台の傍にはルキナが付き従う。微笑むルキナは少し大きくなったように見えた。

「ゆっくりお休みください」
「ごめんファウナさん」
「お疲れなのです。きっとお力が全て解放されたせいでしょう」
「解放?」
「はい。封印は解かれました。精霊王の真の覚醒です」

 よくわからない。自分は何も変わっていないつもりだ。他の変化も感じられない。唯一変わったというならキッチンにあったあの扉が消えたことだろうか。朔弥とルキナが部屋を出たところで扉は溶けるように消え失せてしまった。

「サクヤ、やすんで。ルキナここにいるから」
「うん、ありがとな」
「ずっといっしょ」

 子供をあやすようにルキナに手を握られ少し照れ臭いが睡魔には勝てない。その手に縋り朔弥はそのまま深く眠りについた。


 そこからの起床。随分寝てしまったようにも思うがそれほどではなかったのかもしれない。時間的には半日ほどだろうか。外の空はすでに明るい。

「ルキナ?」

 寝付いた時に一緒にいると約束したルキナが傍にいない。寝室には朔弥一人きりだ。何かの用でちょっと離れただけだろうか。だがなぜか胸騒ぎを感じた。

 いや、ルキナはいつでもずっとそばにいた。俺から離れることはなかった。なんだ?なぜそばにいない?

「ファウナさん?誰かいない?」

 寝室を出てリビングダイニングとキッチンを覗くが誰もいない。呼べばすぐに出てくるファウナが見えない。いつもいるはずのうるさい大精霊やヒカルもいない。小精霊さえいなかった。早足でルキナの部屋をノックもなしに開けるが誰もいない。ミズキもいない。

 一瞬今までの賑やかな生活が夢だったのかと思ったがそんなはずはない。なんとも言えない不安が背筋を這い上がる。

「なんだ?なんで誰もいないんだ?」

 部屋を駆け抜けバルコニーから外を見る。いつもと同じ、緑が続く大地だがさらに遠くから朔弥を呼ぶような何かを感じられる。この繋がりはあの光の大精霊のもの。

「ルキナが‥なぜ結界の外に?」

 小精霊を呼んでみてもいつもどっと現れる小精霊が今日に限って少ない。何か慌てた様子ではある。だが説明に要領を得ない。元々小精霊は知能もあまり高くない。

「何があった?え?どこ?連れて行く?何が?誰が?ルキナがどうした?」

 一向に埒が明かない。ルキナに導かれる方角はわかる。もう行くしかないだろう。

 朔弥がごくりと喉を鳴らした。ぶるりと身が震える。

 以前は凶暴な大精霊二人に守られていた。ファウナもルキナもそばにいた。一人では絶対に外に出てはいけないと、精霊王とて無限の命ではないのだと教わっていた。この城は結界内、結界から出なければ安全だと。

「だが行くしかない」

 もう失うわけにはいかない。ルキナはそれほどの存在だ。ルキナが成長熱で苦しんだ時に見た夢、そこで疑似体験した大切なヒトを亡くした恐怖が、常世で己を苛んだ後悔が身を貫いた。

「ビビるな‥逃げんな俺!今動かないで後で後悔したらどうすんだよ!ヨナ!来てくれ!」

 あの白い神鳥の気配がした。朔弥の召喚獣が羽ばたき一つで雲の上からバルコニーに舞い降りてきた。

「クェェ」
「俺をルキナのいるところへ運んでくれるか?」
「クェ‥クェ?」
「いいんだよ、一人で。大丈夫だ」

 多分ね。自分に言い聞かせるようにそう声に出す。ヘタレの本性で語尾が震えて青ざめてしまうのは仕方がないだろう。
 護衛の精霊がいない。不安がるヨナを宥めてその背に乗った。動揺するヨナの気持ちがなぜかわかるようになっていた。

 おそらく大精霊たちもそこに向かっている。自分を置いていったのは深く眠っていたからだろう。間が悪かった。だが自分が行けない程の危険な場所ならあの大精霊たちがヨナを残して行くはずもない。

「俺の足を残した。つまりは行っても問題ないってことだ」

 ヨナが羽ばたき一気に雲の上に出る。見よう見まねでルキナのように手をかざしてみれば風が望んだ通り朔弥を避けた。原理はわからないがやってみればできるもんだ。

 しばらく地表を探していたヨナが一声鳴いて下降する。そこはまだ未踏の山岳エリアだ。
 朔弥は大精霊たちと共にヨナに乗って外の散策はぼちぼち出ていた。だがここはなぜか朔弥の散策の選択肢にあがってこなかった。そしてぞろりと背筋を這う怖気おぞけが強くなる。その怖気で無意識にここを探索対象の候補にさえしていなかったとわかった。

「ここは‥」

 上空から見る限りでは普通の山岳地だがあちこちに黒いものが這っている。黒い精霊が。それにおぞましさを感じ朔弥はゾッと身を震わせた。

「なんだあれは?」

 見下ろす一角に見覚えのある姿があった。岩場の影に身を隠すようにしゃがんでいた。

「ニクス!」

 黒銀の大精霊は降り立つ神鳥を見やり何やら舌打ちをした。駆け寄った朔弥から目を逸らす。

「もう起きたのか」
「起きたら悪かったのか?なぜお前がここにいる?一体何があった?!他の皆は?!」
「王サマは最後の切り札だったのに。お前が出てくると事が大きくなんだよ」
「そんなこと聞いてない!答えろ!何があった?」

 気色ばんで詰め寄る朔弥にニクスは歯切れが悪い。

「いや‥‥その‥今から助け出そうとし」
「誰を!助けるってルキナか?!」
「え?ルキナ?ルキナ消えたのか?!」
「ルキナも?!あと誰がいなくなったんだ?!」
「は?!」
「え?!」

 二人の間に沈黙が落ちる。ニクスがしまったという顔をしている。

「言え。何があった?」

 朔弥の問いに諦めたのかニクスが深いため息をついた。

「ヴァルキリーが攫われた」
「はぁ?!」

 朔弥から調子の狂った声が出た。精神の大精霊はあの部屋で別れてそれっきりだった。とっくに下界に帰ったと思っていた。申し訳ないが朔弥の脳内では救出対象から除外してしまっていた。

「攫われた?精神の大精霊が?!大精霊があり得ないだろ?!ヴァルキリーはそんなに弱いのか?」
「あれでも腐っても軍神だ。そういう意味では下手な奴には負けねぇよ」

 つまり攫った相手はそこそこ強いということだ。やはりニクスの歯切れが悪い。いつもならズバリ言うところだろう。何か言い濁している。

「はっきり言え。何が起きたんだ」
「悪いがあたしの口からはいえねぇ」
「なぜ?!」
「現状を見て王サマが判断してくれよ。罪悪を。あたしには判断できねぇんだよ。誰が悪いのか」

 意味がわからない。精神が攫われた。誰が悪か決まっているだろう。朔弥がさらに問いたげな顔をするもニクスはそれを黙殺し立ち上がった。

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