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第一章 : 恋に落ちた錬金術士
第五話
しおりを挟むシャルロッテの言葉にアイザックは目を剥いて驚いている。
「‥‥えと、ごめんもう一度‥何処だって?」
「ですから私の家です」
たっぷり十秒凍りつく。その間シャルロッテは生きた心地がしなかった。でもここでへこたれては勇気を出して言い出した甲斐がない。しばし茫然としていたアイザックが慌てて両手を上げて首を振る。
「いやいやいや。流石にそこまでして貰っては悪いよ」
「何故ですか?私は家に帰るだけですから不自然なところはありませんよ?寄り道しないのでむしろ助かります。家は郊外の一軒家で結界付きの実験部屋も助手用のバストイレ付きの部屋もあるのでホテルよりは快適ですよ?先生もご存知ですよね?」
シャルロッテが更にたたみかける。考えれば考えるほどにいい案だ。これなら完璧にアイザックを匿える。何度か家まで送ってもらっているからアイザックも入ったことがなくとも家の様子は知っているはずだ。実験部屋のくだりにアイザックがぐっと言葉を詰まらせる。やはり実験がしたかったんだ。
「近所に人は住んでないですし引きこもってくださってればバレないと思います」
「いやいや!そういうことじゃなく!一人暮らしの女性の家に喜んで匿って貰うほど図太い神経は僕にはな」
「は?私はただの弟子、そんなんじゃないですよね?それが何か?」
アイザックへの反論にシャルロッテが強い調子で被せる。説得のためにアイザックの言葉をそのまま使ったはずなのに自分で言ってみれば無性に腹が立ってきた。顔は笑顔だが声は1トーン低くなる。その冷気にアイザックが言葉を呑んで身を引いた。
「‥‥えーと?ロッテ?その、何か怒っているのかい?」
「そんなことありません。何故ですか?」
「だけど最近目を合わせてくれなかったし、僕が何かしたのならあやま」
「何も。怒っていません。で?どうするんですか?来るんですか?来ないんですか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥お願いします」
最後はシャルロッテの迫力に押し切られた。
その日の日没後にアイザックはシャルロッテの家にやってきた。王都を離れているという噂も撒いたから疑われないだろうが用心して夕食を取った後の夜遅くに移動した。
「客間は実験部屋の続き間ですが、バストイレもあるので自由に使ってください」
客間というより仮眠室に近いが一通りの設備は備わっている。泊まり込みで実験に来た助手用の部屋なのだろう。初めて家の中に入ったアイザックは感心した声を上げた。
「よくこんな条件がいい物件があったね」
「たまたまです。前の住人も錬金術士だったそうです」
家賃を聞かれなくてよかった。家賃は僻地のくせに高い。庶民では払えないほどに。間取りも大きくて実験部屋付きだから満足はしているのだが一人暮らしには大きすぎる。
兄は何を考えてこの物件を私に与えてきたのだろうか?
家でのいざこざを再び思い出してシャルロッテは目を閉じて小さくため息をついた。錬金術を毛嫌いする兄がシャルロッテを応援している。あの非情な兄のことだ、何か企んでいるに違いない。兄の顔を思い出したせいかムカムカしてきた。
だがそうは言っても今はこの物件のおかげで先生を匿える。この幸運に感謝だ。先生と離れ離れにならなくてよかった。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に自宅にいるアイザックを見て色々と実感が湧いてきた。
あれ?これって毎日朝から寝起きの先生と顔を合わすってこと?休みの日はリラックスした先生が朝から晩まで?あれれ?
これは天国?それとも地獄?
「ロッテ、キッチンはどっちだ?」
嬉しそうに部屋を探索するアイザックにつられてふわふわと室内を案内をする。
「キッチンはこっちでその奥が‥‥」
「ん?なんだ?」
私の部屋と言おうとして言葉を飲み込み、そこで一気に赤面した。
あれ?匿うためだけどこれって先生と同棲‥じゃなくて!ただの同居だから!
部屋だって別々だし。エッチなことだって全然しないんだから!
「おいロッテ。これはまずいだろ」
え?まずくないって。そんな絶対いやらしいことにはならないし。先生が誘って来たら考えちゃうけど‥‥って?
アイザックの渋い顔と声に慌ててピンクの妄想から我に返る。アイザックはほぼ空っぽの冷蔵庫を覗き込んでいた。シャルロッテも隣にしゃがみ込んで中を見た。
この間古いものは全部捨てておいたから不味いものはないはずだけど?
「え?え?そうですか?何か食べたいものありましたか?」
「朝晩の食事はどうしてたんだ?」
「朝は適当に。夜はそこらで」
雑な答えにはぁとアイザックがため息をついた。
「朝食はきちんと取ること。頭が回らなくなる。これは錬金術の常識だぞ?」
「聞いたことありません」
「ロッテがなんでそんなに痩せているかわかった気がする」
シャルロッテはむぅと顔を顰める。痩せてはいない。背は高くないのにバストやヒップサイズばかり大きくなる。おかげで服を探すのが大変だ。
「まあ僕はしばらくここに身を隠すわけだから自炊は必須だな。簡単なものなら作れるから朝晩必ず食べるように。いいね?」
「先生料理できるんですか?」
「一人暮らし歴は長いからな」
ということは、毎日先生の手作りご飯を食べられちゃうの?何そのご褒美。私は明日死んじゃうの?
シャルロッテはぽぇぇと惚けるも我に返り慌てて両手をあげて遠慮する。
「でも先生も忙しいのに作って貰うの悪いです!」
「僕はロッテの善意で匿って貰っている。これぐらいなんてことないさ。さて、もう遅いから今後の細かいルールは明日以降かな?じゃ!お休みロッテ!」
急に後退ったアイザックは早口でお休みを言いさっさと部屋に入ってしまった。後には唖然とするシャルロッテと空の冷蔵庫が残された。
「おかえりロッテ。ちょうど出来上がったところだ」
「ふぁぁぁ!」
翌日、普通通り研究所に出勤。追っかけ女子たちから睨みつけられたが特に何も起こらなかった。夕飯どうするか先生と決めてなかったな、と帰宅したロッテは家に着いて目を瞠った。
私ん家に眩しい笑顔の先生とご馳走。テーブルの配置から二人分?綺麗なテーブルクロスにキャンドルスタンド、ワイングラスまである。なんで?ケータリング?いい匂いだぁ!
「昼間に色々買い出してきた。皿もないから驚いたよ」
「これ全部買ってきたんですか?!」
「ほとんど私物。調理器具は預けておいた倉庫から持ってきた。足りない食器と食材は買ってきたよ」
シャルロッテが衝撃で再び目を瞠る。
「これ先生が作ったんですか?!それに外に出たって?!」
「大丈夫、バレないように気をつけた。先に食べてしまおう」
料理は美味しかった。もはやプロ並みである。牛肉の煮込みは口に含めばほろほろに柔らかく思わずうっとりする。注がれた赤ワインも料理と相性が良くすごく美味しかった。
「美味いか?」
「おいしいです!先生なんでも出来るんですね!」
「料理も錬金術みたいなものだ。手順を守れば爆発もしない」
「え?私はよく爆発しますよ?」
「ロッテは料理に何を入れてるんだ?ケーキは美味しいのに」
やばい、すでに女子力で自分は先生に敵っていない。デザートのドライフルーツのパウンドケーキを突つきながら内心焦りまくる。部屋も気のせいではなくこざっぱり綺麗になっている。昼間に掃除までしたんだろう。前々から器用で出来すぎる人だと思っていたが、これはずるい。思わずため息が出る。
「はぁ、男の人は力もあるし体も大きいのに。本気を出されたら敵わないじゃないですか。本当羨ましい‥‥」
そこでなぜかアイザックがむせて咳き込んだ。
「先生?!大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫‥‥」
あれ?何かへんなこと言った?
アイザックは頬を染めてシャルロッテから視線を外している。ワインで酔ったのかな?
「別に料理人に性別は関係ないだろ?」
「でも職業料理人は男性が多いです。やはりパワーは強い武器ですね。最後は力押しでいけますし」
再びアイザックは沈黙し下を向く。
あれ?これもダメだった?
「まあこんな程度でよければ準備するさ。引きこもりで時間は有り余ってるからな」
「それなら論文も頑張ってください。今日は締切の確認が来てましたよ」
アイザックは先ほどとは別の意味で再び沈黙した。
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