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第四章

エレノアの特訓

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 午後のお茶の時間が復活して後、フリードの部屋からエレノアの奇声が響くようになった。

 最初は何事かとフリードの部屋に人がなだれ込んだが、訳がわかると生暖かい目で見守られるようになった。それがエレノアはとっても不満だった。誰も助けてくれないからだ。はた目からはイチャコラしてるだけにしか見えないことにエレノアは気づいていない。
 エレノアはリースに同行を必死に頼み込むも侍女はため息をついて静かに消えた。これはエレノアを守るという役目の職務放棄ではないか?

 エレノアはフリードと共に長椅子に腰掛けているがエレノアの位置はフリードの前。フリードの膝の間に座らされ後ろから抱きしめられていた。ついでにこっちにも慣れてしまおうと始められたが、未だにこれにも慣れておらずエレノアはフリードの腕の中で真っ赤になって身を震わせていた。ついでとは一体なんだろうか?

 エレノアの賛辞慣れ特訓開始当初、一般例が必要だろうとフリードはマルクスに例文を書かせたのだがそれを見た二人は絶句した。こんなの絶対に耐えられない!!初心者二人の意見が揃った。
 難易度が高すぎる!とマルクスに苦情を言えば、あんな程度もダメなんですか、とあからさまに呆れられた。

「こうなったらオレの言葉で行くからな!マルクスに見下されて黙っていられるか!!」

 変な闘志を燃やさせないで!そしてこれ以上この男を煽らないで!被害を受けるのは私なんだから!
 エレノアは心の中でマルクスに呪いをかけた。あれは絶対わざとだ!!

 そうして特訓開始から二ヶ月がたった今日でも、エレノアの奇声はやんでいない。
 殺される!これが褒め殺しというものなのか?!刃も無しに人を殺せるとこの身で知った!これはなんのお仕置き?もはや拷問に近い!エレノアは息も絶え絶えだ。

「なかなかうまくいかないものだな。いっそオレの方が慣れてしまった。」

 腕の中で身悶えるエレノアを見やりフリードが嘆息する。フリードも当初こそ顔を茹で上がらせ辿々たどたどしい言葉遣いだったが、特訓の成果か日を追うごとに褒め言葉が滑らかになった。聡いが故に語彙もある。結果ここにエレノアの強敵が誕生した。
 もうこの男に勝てる気がしない!!エレノアは予定を入れたり仮病やらでなんとか敗走を図るも、予定はキャンセルされ仮病なら寝室まで押しかけられた。そうしてことごとく逃してもらえず今日に至っている。

「フリード様、やっぱり、ち、近すぎます!こ、婚礼前でこれはいかがなものかと‥‥」
「籍は入っている。この程度なら問題ないだろう。」

 そう言いフリードはエレノアの肩に顔を埋めた。この程度?どの程度まで大丈夫なの?!エレノアの想像力の限界だった。
 これはついでに慣れてしまうようなことなのだろうか?接触交流にしてはベタベタしすぎだと思うのだが。

「お前も早く慣れろ。当たり前というのはいいな。一緒にいればこうやってほっとできる。」

 エレノアは複雑な表情を見せた。
 この男は自分を愛玩動物ペットか何かだと思っているのだろう。小動物のようだと散々言われたし。それは褒め言葉じゃないと思うんだけど。だからこうやって安易に抱き締める。こちらは心臓バクバクで慣れる気配などないというのに!
 そんなフリードの黒髪を困ったように見ていたら、不意に顔を上げたその漆黒の瞳に覗き込まれた。見つめられ赤面してオタオタしたエレノアを見やりボソリとつぶやく。

「照れるエレノアもいいな。もう変わらないでもいいかもしれん。」
「は?!今それを言いますか?今までの苦労が台無しです!」
「いや、オレの特訓になったし。」
「なお悪いです!あんなに頑張ったのにフリード様を強くしただけなんて!」
「そんなこと別にいいだろ。どんなエレノアでも可愛いということだ。」

 さらりと褒められ、エレノアは心臓を射抜かれて撃沈する。今日も負けてしまった。

 王太子婚礼の儀まであと一月となっていた。

 

 婚礼の日の準備の最終段階になり、エレノアの武術訓練が中断となる。姫の体に傷がついたらどうするのか?!と鬼の形相のエレノア専属侍女頭と禿げあがった泣き宰相に迫られて、ついでに午後のお茶の時間も流れてしまう。
 オレの癒しの時間が!!と叫ぶフリードの一方で解放されたエレノアはほっとしていた。

 婚礼の儀までの一月の間は、皇帝が黒太子の手合わせをするらしい。チラリと訓練時の様子を見かけた時、フリードは嬉々としたヴォルフにボコボコにされていた。どんだけ強いんですかね、皇帝陛下は。



 レオーネは無事に元気な赤ちゃんを出産した。黒髪の男の子だ。愛らしい赤子はフリードを思わせた。フリードの赤ん坊の頃もこんな感じだったのだろうか?そう思うと自然と笑みが溢れた。

「陛下との出会い?そうねぇ、ちょっと普通じゃなかったわ。」

 産後の見舞いにレオーネの元を訪れ、以前より気になっていたことをエレノアが問えばクスクスと笑みを返された。

 二人の出会いは戦場。帝国本陣に敵国の姫騎士だったレオーネが手勢を連れて奇襲をかけるも、あっさりヴォルフに剣を飛ばされてしまう。
 レオーネはそのまま帝国に連れて行かれたが捕虜ではなく妻としてだった。ヴォルフに一目惚れだと散々口説かれ、勢いに飲まれレオーネが一つ頷けばあっという間に婚礼があげられたという。レオーネはその時十五歳だった。その勢いで和平が結ばれレオーネの母国は今では帝国の友好国となっている。

「本当にフリードは見た目だけじゃなく困ったところまで陛下にそっくりね。」

 そう微笑むレオーネをエレノアは唖然とした見た。
 ちょっと?ちょっと普通じゃない?とんでもなく普通と違うのでは?!
 この聖母のような貴婦人が姫騎士‥、本陣へ奇襲など相当なやんちゃさんだ。エレノアですらやったことがない。そしてレオーネを手に入れたヴォルフの早技にも。きっと飄々とレオーネを攫ってきたんだろうなと容易く想像できた。
 そして何やら自分も似たような境遇に思えてしまいどきりとした。

 自分が見染められた?戦場で?兜をかぶっていたのに?流石にありえないでしょ。自分の場合は和平条約のためのただの政略結婚だから。剣を飛ばされてその場で攫われなかったし。

 でももしそうだったらどんなによかっただろうな、とエレノアは少し悲しげに息を吐いた。
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