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第四章

討伐①

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「今回の魔物はヒュドラ。魔物の正体がわかったのは大きい。弱点は炎。火薬と火炎瓶を持ち込みましょう。」

 人命救助ついでに倒してしまいましょう。カールの言葉にエレノアは驚いたが、確かに駆除は必要であった。地形を利用して追い込む策をカールが提案する。

 軍議は音楽室で引き続き行われた。レオーネの姿はない。
 持ち込まれた黒板に板書しつつカールがマルクス、エレノアに作戦を説明する。立卓には現地の地図。細い渓谷に追い込みそこで仕留める。その為に部隊を三つに分割し前後と渓谷の上に展開するとカールは語る。地図を示し理路整然と解説する様は九歳児とは思えない。

「地図を見てあの渓谷ならいけると思いました。右翼の将にルークにいを、左翼の将は別途推挙します。総大将は司令部を。拠点ベースはふもとの村を使います。姉さんが既に立ちました。」
「エルザが?」

 カールがにこりと笑いうなずいた。

「あがり症ですが拠点の設置は秀逸です。早い方がいいので先に行かせました。物資の搬送も手配済みです。」

 聞けばフリードの一報が入った時に隊の編成や装備の調達まで行っていたという。いつでも出立できるように既に準備は整えられていた。

「兵を出せるかわからなかったのに?」
「ダメでも避難民の受け入れは必要ですし無駄にはなりません。まあ出兵は押し切るだろうと思っていました。」
 
 カールは本当に利発だ。先見の明もある。素晴らしい軍師だと思った。戦場は何度も経験しているが魔物討伐は勝手が違う。カールの作戦や助言にエレノアはかなり助けられていた。


「母を許してやってください。」

 軍議が解散となった時マルクスにそう呼び止められた。

「いえ?出兵を許していただけて感謝しておりますが?」

 てらいなくそう答えればマルクスは俯いた。

「和平条約のこともあります。理由に関わらず賓客であるあなたに帝国が傷でも負わせればハイランドが黙っていないでしょう。皇后としての判断が優先されましたが、第一報でそれはもう泣いていました。身重でなければ自ら出兵していたでしょう。」
「まさか。」

 あのたおやかな貴婦人が?信じられない。

「そう思われますか?皇帝の妃も只人ただびとではありませんよ。あなたのようにね。」

 マルクスはレオーネによく似たその顔をそっと綻ばせた。


 そうして翌日、兵を連れてエレノア達は出立した。



 イーザは留守番となった。エレノアがレオーネ様をお守りして欲しいとお願いしたのだ。残念そうだったが仕方がない。

「ではわたしのかわりにスノウをおつれください。」

 そうして六頭の狼犬を貸してくれた。スノウとその子供達だ。イーザの代わりに参戦となった。

「スノウ達は役に立ちます。魔物の追跡や追い込み、遭難兵の探索もできます。伝令役にもなりますし攻撃力も高い。」

 群がるスノウ達の頭を撫でながらカールがそう説明した。エレノアがスノウの頭を撫でれば嬉しそうに目を細めた。その表情がイーザを思わせる。賢い犬だと思った。


 エレノアは進軍の途中で一人の剣士を紹介された。黒剣もくやという程の大剣を帯刀していたその男は、目元に鉄の仮面をつけていた。気配が只者ではない。

「ヴォルフと申します。」

 短くそう言い膝を折り頭を下げる。変わった髪の色だ。その赤黒さは錆びた鉄のようだと思った。
 背の大きな男だった。この大きな体躯からその大剣を振り下ろされればなんでも真っ二つになるだろう。

「我が軍で黒剣に能力が近しい唯一の剣士です。顔に傷があるので仮面はご容赦ください。左翼を任せたいと思います。」

 カールからそう紹介され改めてヴォルフを見やる。確かに纏う覇気が尋常ではない。これは相当の手練れだ。
 
「エレノアです。全てが終わりましたら是非手合わせをお願い致しますね。」

 そう言って起立を促す手を差し伸べた。その言葉にカールは目を閉じてなぜか長いため息をついた。
 呆れられた?フリード様と物言いが一緒になってしまったかしら?自分も存外に剣術バカだ。
 エレノアは微笑んで、立ち上がったヴォルフの手を握った。


 
 出発して二日後、エルザが設置した拠点にたどり着いた。すでに避難民の受け入れや物資の荷解きで忙しく人が出入りしていた。

「下山できた兵士の何人かを保護しています。やはりヒュドラで間違いないと。地元のハンターとも情報を共有しております。」

 エルザは方々に人を出し情報を集めているのだが、フリードの生存情報はなかった。
 公務スイッチが入っているのだろうか、エルザの言葉は滑らかだ。エルザからは皆に小袋と小瓶が配られた。

「爬虫類が嫌う匂い袋と弱化の毒です。痺れの効果がありますが致死ではありません。これを刃にお使いください。ヒュドラにも効けばよいのですが。」
「ありがとう。心強いわ。」

 匂い袋から鼻につく焦げた匂いがする。酢の匂いだろうか。これがあれば敵視ヘイトされることはないだろう。恐ろしく有能だ。裏方で本領が発揮されるタイプなのだろう。
 エレノアがにこりと微笑めばそれを見たエルザが一気に赤面した。しまった!と思ったがもう遅かった。

「ここここ、これくくくくぅぅ!!」
「これくらい大したことはありません、と申しております。」

 隣にいたカールがそう言いエルザが涙目でぶんぶん頷く。

「ごごごごぶごぶ‥‥」
「ご無事?いや、ご武運をお祈りしております、と申しております。」

 カールが代弁しエルザが全力でぶんぶん頷く。不思議な会話だと思った。


 拠点にはローランドがいた。肩を負傷していたが命に別状はないという。最後のフリードを見たのはローランドだった。早馬を手配した後に山に戻ったがそこには折れた黒剣だけが残されていたという。

「あの方はすぐ我々を庇って前線に出ようとする。これでは下の私の立場がありません。」

 悲しそうに語る。やつれた顔は自らの行いを悔やんでいるようだ。おそらくフリードの次に腕が立つのだろう。だからローランドに重要な任が託された。

「情報を知らせるという任を負っていたのですから仕方がありません。あの情報はとても助かりました。どうか気負いなさらずに。今は体を休めてください。帰ってきたらあの男に存分に文句を言いましょう?」

 そう言いその手を握ればローランドは苦しげに微笑んでくれた。



 一行は拠点を出て隊を三つに分けて入山した。
 カールの指示でスノウ達が隊より先行する。魔物の匂いを感知したら遠吠えで教えてくれるのだという。

 途中スノウ達は匂いをたどり遭難した兵士を見つけた。しかしフリードの痕跡は見つからなかった。エレノアは逸る思いを無理矢理押し込める。総大将が動じてはいけない。これは戦場でも同じだ。自分はただ信じるだけなのだから。
 その姿を左将のヴォルフがじっと見ている事にエレノアは気がつかなかった。

 目的の渓谷までたどり着いた。渓谷の上に司令部を置き、渓谷内に右、左軍が身を潜める。スノウ達はヒュドラを探索すべく散っていた。渓谷にはヒュドラの這った跡が地面に残っていた。巣が近いのだろう。

 カールは本陣で細々と指示を出す。司令部からは投石や弓による攻撃が主となっていた。
 エレノアは下を見下ろして降りる道を確認していた。渓谷は人の身で五人ほどの深さ。切り立っているが足場はあり降りられそうだ。
 それを見ていたマルクスが呆れた声をあげる。

「まさか総大将が前線に参加されるつもりですか?」
「?そのつもりですが?」
「あなたのことだからそうでしょうね。一応言っておきますが、母が大将ではなく総大将にあなたを任じたのはそれをさせないためです。それでも参戦を?」
「私はこれしか取り柄がありませんから。」
 
 エレノアは帯刀した剣の柄を撫でた。
 総大将は旗印。そこにいるだけという役目。だがそれでは自分は役立たずだ。
 エレノアは重鎧は身につけなかった。今回の相手は俊敏さが必要だ。スピードを殺したくなかった。
 皮をなめした軽鎧に髪はきつく結い上げている。兜もかぶっていない。ハイランドの戒めから解き放たれた姿だ。

「今は一人でも火力が欲しいところです。どうか怪我をなさらないでください。僕がフリード兄にどやされます。」

 わかっていたと言うようにカールが微笑んだ。本当に聡い。彼なら司令部を任せても大丈夫だろう。

 その時スノウの遠吠えが聞こえた。渓谷の遠くに視線を投げれば、吠え立てる狼犬の群れとその前を大きな魔物が地を這って来るのが見えた。

 ヒュドラが現れた。

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