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✠ 本編 ✠
本編最終話 最後の秘密②
しおりを挟むそこで気がついた。あの時イルゼはトリシャへ、ジェシカをクリフォードに近づけるなといった。よく考えればクリフォードの義娘に言う言葉ではない。つまりイルゼはトリシャにクリフォードを落とせと暗に言ったのだ。
「追い詰められないと私はジェシカを切れないと母はわかっていた。実際君とのことがなければずるずる放置しただろう。あの頃は結婚にも興味なかったし」
ジェシカを切るというのは失踪人届けのことだろう。死亡させることは軽々しくできることじゃない。イルゼがそうさせるようにクリフォードを追い込んだということになる。実際クリフォードはトリシャのために半ば実行しかけていた。
「母は喜んだろうな、私がまんまと君との養子縁組を進めようとしていたと知って。母はそれを握り潰しコリンズに箝口令を敷いた。あくまで私達が親子であるかのように扱うよう指示しつつ使用人には外に言うなと口止めだ。山荘に出かけた時も、私達をふたりきりにするためにグレースへ曖昧な連絡をした。あれも意図的だったかもしれない。あとは私が君に落ちるのを静観してたわけだ。わかっていたつもりだったが、じいさんも母も意地が悪い。性悪だ」
一度養子縁組で義父義娘になったふたりが結婚するのも外聞が悪い。いずれクリフォードとトリシャが結婚すると予想し、そのためにイルゼは独断で養子縁組を止めた。そこまで理解してトリシャの背筋にゾッと悪寒が走った。
「そんな!まさか勝手にそこまで!」
「あの人は絶対やる。母に今度聞いてみるといいよ。きっとこう言うだろうさ。『孫より娘でよかった、孫はあなたが産んでくれるんでしょう?』ってね」
確かにそのとおりだ。孫なら嫁になったトリシャが産めばいい。イルゼはあの日トリシャで良かったと異常に喜んでいた。合格というのは孫ではなく嫁としてだったのだろう。クリフォードの妻であれば多忙な夫の代わりにロージア伯爵領を管理することはなんだ問題もない。
アーサーが言っていたことにも符合した。トリシャを連れ出そうとした時、アーサーはふたりは親子じゃないと気がついていたのだろう。アーサーはクリフォードがトリシャを騙していると誤解していたがそれはクリフォードの意図ではなかった。らしくないくらいにアーサーがクリフォードに食ってかかっていたのはこのせいだったのだと納得できた。
そこまで語ったクリフォードがふぅと息を吐いた。
「だがどうしてもわからないことがある」
「なんでしょうか?」
「じいさん、どうして君の相手に私を選んだのだろうか。君が私に懐いているというのもあったろうが歳の差がある。条件的にはアーサーでもよかっただろうに。確かにアーサーはまだ子供だがレイノルズの力があれば君を守ることも可能だ。レイノルズから君が出てしまえば義孫も問題もない。つまり私でなくてもいいはずだ。いや!結果的にはよかったんだ!私は嫌がってないからな!誤解しないでくれ!」
「それはわかっております」
慌てて言い募るクリフォードにトリシャが冷静に応じる。
トリシャには心当たりがあった。
それは生涯秘密にしようと心に秘めたもの。
それを生前のダグラスは知っていた。
あの時これは夫がある身で犯した罪だと思った。だが子供の記憶が少し戻り、ダグラスが本当に自分を孫娘のように愛してくれていたとわかった。きっとダグラスもトリシャの幸せを純粋に祈っていた。だからここまで段取りをつけて天国に逝った。
トリシャへの遺言。
何も心配はいらない
クリフォードの言うことを聞け
ダグラスは全てうまくいくことを見越していたのだろう。
ここまでえげつなく仕込んだのは、死んでしまえば文句も言われまいと思っただけかもしれないが。
「たぶん、それは私のせいです」
「君のせい?男がダメだからだろう?それは仕方ない」
「いいえ、そうではないです」
思えばトリシャはクリフォードにはっきりと愛を告げたことはなかった。クリフォードはそれさえも暗に感じ取ってくれていたようだが、やはり口に出して言われなければ不安だろう。だから夜の行為ではあれほどに攻められた。そしてトリシャに縁談を突きつけ断らせるという踏み絵までさせた。だがそれは気持ちを伝えずクリフォードを不安にさせたトリシャが悪い。体だけ繋いでも意味がないのだ。
そこまで理解しトリシャはふうと息を吐いた。
私には秘密があった。それは禁断の恋。
夫がある身で恋をして義父に恋い焦がれた。
元々愛情表現も希薄だったのに、更にその罪の意識のせいで無自覚に愛を告げていなかったのかもしれない。
でももうこれは私の最後の秘密。
もう私には秘密は必要ない。
この想いはあなたにきちんと伝わるだろうか。
おそらく言葉だけでもきっと足りない。全て伝わらない。
だから私はあなたのそばを離れない、絶対に。
生涯かけてあなたに伝えよう。
小さく息を吐いてトリシャは正面の愛しい男を見上げ最後の秘密を打ち明けた。
「それは私がクリフのことをずっと愛していたとダグラス様がご存知だったからだと思います」
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