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✠ 本編 ✠

020 クリフォード⑦

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 昨年から続いた労使交渉がやっとまとまり疲れ果て温室に向かった。
 一年と言われたところを七ヶ月で終わらせた。相当無理した自覚はあった。だがこれでトリシャに経営を引き継げる。それは恩師の遺言だったが自分だけが与えられるトリシャへの贈り物でもあった。

 力尽きて長椅子に身を投げ出して眠っていた。ひどい頭痛から逃れたくて強い酒を飲んだ。
 自室ではなく温室に来たのは癒やしを欲したから。ここならあの残り香がある。だからか眠りながらも無意識にあの香りを纏う体に手を伸ばしてしまったのだろう。

 それはひどい夢だった。

 トリシャの体を強引に開いて蹂躙する。

 欲しいのに手に入らない、ならば夢の中でくらいトリシャを好きにしたい。抑圧された反動で夢の中で淫欲が暴走する。
 逃げようと抗う体を力で押さえつけ服をむしりトリシャを貪り犯す淫夢。義父だと心を許した男に無理矢理貫かれ姦され突き上げられ、それでもなお拒むトリシャの涙に鋭い痛みを感じると同時にゾクゾクと底昏い愉悦が走る。この涙は自分が流させている。それさえ快楽になりさらに催淫される。

 男として愛されていない。でもこれほどに焦がれる。
 ならば何もかもめちゃくちゃに壊してしまおう。
 そうすれば自分のものに出来る。
 もう誰にも渡さない。

 こんなこと、正気じゃない。相手は守ると決めたあのトリシャだ。夢であろうと許されない。
 なのにトリシャの優しい声が聞こえる。ひどいことをされているのに相手を気遣ってくる。大丈夫だと、そばにいると。優しく口づけられ、その声に縋りつけばひどい焦燥が嘘のように立ち消えた。夢と現実が混濁する。

 ひどいことをしたいんじゃない。
 ずっとそばにいてほしい。それだけでいい。

 癒やしの香りに包まれて満たされている。気がつけば温室の長ソファでトリシャを抱きしめて眠っていた。慌ててトリシャを解放し謝罪すれば許してもらえたが、寝ぼけていたとはいえとんでもないことをしてしまったと血の気が引いていた。

 抱きしめる以外何もしていないと知りホッと安堵した。無自覚なら何かもっと酷いことをしていてもおかしくない。あんな淫らな夢を見て、あの柔らかい体を抱きしめて何もしなかった。自分は思いの他忍耐強かったようだ。額のぬるい汗を拭った。

 忘れるな。自分は義理の父という立場なのに。
 後見人の自分が手を出していいはずもないだろう?

 煩わしいとしばらく女を遠ざけていたせいで弊害が出てしまったか。きっと体が女に飢えているんだ。今からでも誰か———

 だが今更他に意識が向くわけがない。
 欲しいと手が伸びるのは目の前で愛らしく微笑む十二歳も年下の大事なトリシャだ。

 相手が人妻だろうが伯爵夫人であろうが未亡人であろうが欲しいと思えば手を出してきた。そこに躊躇いはない。だが相手は恩師と共に守ってきた姫。戯れに手を出していいわけもない。

 このままではいけないとトリシャと距離をとろうとするも生活の全てがトリシャを中心に回っていた。トリシャのためにという言い訳で自分のためにせっせと日常を作り変えた。今更変えられるはずもない。変えればこの楽園が崩壊する。

 そして今、トリシャとの楽園の甘露が猛毒のようにクリフォードの心をむしばみ苦しめていた。

 手放すこともできず手にも入らない。
 永遠にさいなまれ続ける。

 クリフォードは自分が深い沼に嵌ったと自覚した。

 自分が望んで仕立てた状況。生前のダグラスにトリシャに愛を乞えと、遺言でまで結婚せよと言われたのに無視し後見人になった。男を怖がるトリシャの警戒心を解くために無害な義父になった。愛を乞える立場だったのに自らそのチャンスを手放した。最悪の選択。

 そしてクリフォードは恩師の残した言葉の真の意味をやっと理解した。

 トリシャは至宝。
 夫になったものだけがその価値を知る。

 トリシャに愛されれば大切に長く慈しまれる。あの服や小物のように。トリシャが自分に向けるものは父への慈愛、それはダグラスにも向けられたのだろう。ダグラスはトリシャに愛されて幸せだったと言っていた。
 夫への愛ではないがそれに似た片鱗に触れてしまった。抱きしめた時の柔らかさがまだ手に残っている。夫となってあの体に愛されていればどれほど幸せだったろうか。

 自分の手からすり抜けてしまったものの大きさにクリフォードは愕然とする。同時に酷い落胆がのしかかった。

 いや、何を血迷っている?十二も年上の、こんな仕事人間の自分がトリシャに愛されると思ったか?じいさんの遺言を読んだあの時だってトリシャは震えて嫌がっていた。

 自分は愛されていない。今は父だから慕われているだけだ。

 自分は愛を乞える立場にはないだろう?



 彼女は庇護すべき義理の娘。だからそのように接しよう。これ以上近寄らず深入りせず、だができうる限りの愛を与えよう。そして当初の予定通り彼女を幸せにする愛情深い男に添わせる。それがまだ十七歳で未来のある、愛されるべき彼女にふさわしい。

 ビジネスのためだと思った。彼女のためと言い訳し利益のために保身のためにトリシャを自分の支配下に入れようとした。

 こんな酷い仕打ちをした自分。これがそんな自分がトリシャにできるせめてもの償いだろう。

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